【スタンフォード櫛田】バイデン政権でアメリカとシリコンバレーは変わるか?

【スタンフォード櫛田】バイデン政権でアメリカとシリコンバレーは変わるか?
コロナ禍の新大統領就任で、アメリカに世界中の注目が集まっている。アメリカではバイデン大統領の誕生に沸く中、コロナ禍で生活に困窮する人々やトランプ支持者たちの不満もくすぶっている。今回は大統領選を振り返りながら、トランプが加速させたアメリカ社会の分断とバイデン政権の今後、シリコンバレーとは異なるアメリカの実像について、スタンフォード大学の櫛田健児氏に聞いた。

<目次>
・同じアメリカなのに、まるで違う世界を生きている人たち
・アメリカは1つの国ではなく、11の国の集合体
・バイデンは思うように動けない
・アメリカと中国の関係、本当のところ
・シリコンバレーから出ていく大企業と富裕層。シリコンバレーは終わったか?

同じアメリカなのに、まるで違う世界を生きている人たち

――昨年の大統領選は稀に見る接戦でした。あらためて大統領選を振り返ってみたいのですが、何が勝敗を分けたのでしょうか。

 もともとトランプは米国の過半数の国民から支持されていた大統領ではありません。2016年の大統領選でも投票数ではクリントンに負けていたんですよね。アメリカの大統領選は直接選挙制ではなくて間接選挙制ですから、たとえ国民投票の総数で負けても、小さい州でたくさん勝って選挙人を多く獲得できれば、大統領になれます。

櫛田 健児(スタンフォード大学アジア太平洋研究所 Research Scholar)
1978年生まれ、東京育ち。スタンフォード大学で経済学、東アジア研究の学士修了、カリフォルニア大学バークレー校政治学部で博士号修得。2011年より現職。主な研究と活動のテーマはシリコンバレーのエコシステムとイノベーション、日本企業はどうすればグローバルに活躍できるのか、情報通信(IT) イノベーション、日本の政治経済システムの変貌 などで、学術論文や一般向け書籍を多数出版。おもな著書に『シリコンバレー発 アルゴリズム革命の衝撃』(朝日新聞出版)などがある。https://www.kenjikushida.org/
アメリカの本質についての櫛田氏のコラム:https://cigs.canon/coverstory/202007_04.html

 トランプは分断と対立を煽り、一部の支持者を熱狂させることで大統領になりました。同じ手法で再選しようとしましたが、今回はそれが届かなかった。財政、外交、環境、教育、貿易の面だけでなく、人としても大統領にはふさわしくないと考える人たちの方が多かったわけです。決定的だったのは、大都市の郊外が共和党から民主党へシフトしたことでした。郊外がひっくり返ったことで、トランプは負けたんです。

 データでみると、都市部では人口上位の郡において、バイデンの民主党支持が91%が占めています。所得の高い郡では57%が民主党支持、大卒比率が高い郡では84%が民主党支持です。20〜30年前は高所得と大卒は共和党支持層でしたが、今は完全に逆転しています。このシフトは30年近く続いていた大きなトレンドで、今回さらにそれが加速しました。

Photo: Stratos Brilakis / Shutterstock

――それでも、依然としてトランプ支持者は多く存在しています。

 そうですね。地方ではトランプ支持が強いです。地方では共和党の支持が思い切り高まり、共和党は人口密度の低い州で多く勝っています。地方に行くと共和党支持以外の人を知らない、民主党支持者に会ったことがないという状況も起こっています。

 トランプ政権はアメリカ社会の分断をさらに加速させたと言えます。アメリカはもともと所得、価値観、情報などにおいて分断していましたが、それがますます強まった印象です。

 面白いデータを紹介します。選挙前に行われたCBSの世論調査で「アメリカは4年前より良くなっていますか?」という質問に対して、有権者全体では35%が「良くなった」と回答し、共和党支持者は75%が「良くなった」と回答しています。アメリカの経済状況については、全体の35%は「良くなった」と答え、共和党支持者は67%が「良くなった」と答えています。

 アメリカ政府のコロナ対応については、全体の38%が「良かった」、共和党支持者は73%が「良かった」と答えています。コロナによる死者数は、共和党支持者の57%が「許容できる」と答えていますが、民主党支持者は10%しか「許容できる」と答えていません。

 同じアメリカに生きているはずなのに、ここまで見方が違っている。本当に同じ世界に生きているのかと疑いたくなるようなデータです。ここまで世界観が違っているんです。

 なぜここまで見方が違うのかというと、情報リテラシーの差があります。アメリカの5人のうち1人がソーシャルメディアを主な情報源としています。こういう人たちは政治やコロナについての知識が少ないんです。

 あとは教育レベルが低い人は陰謀説を信じやすいというデータがあります。大統領選でトランプは陰謀説を連発していました。大統領選でフェイクニュースが問題になりましたが、大統領自身が一番フェイクニュースの源になっていたわけです。「マスメディアはでっち上げが多いので、ソーシャルメディアでニュースを見ています。トランプは信頼できる。トランプの言うことが真実です」と、どんどんハマっていくわけです。

 トランプは真っ赤な嘘もつきますが、事実を混ぜた嘘もついています。「株価は過去最高」「株の伸びは過去最高」と言いながら、自身の経済政策を自賛していますが、株価は歴史的にずっと最高記録を更新していましたし、コロナで一度激しく落ち込んだ時期があったので、それが回復した時期だけを切り取ると、株価の上昇率は非常に高かった。こういう見せ方に騙されてしまう人たちが多いんですね。情報の本質を見抜くには、クリティカルシンキング(分析的思考)が必要です。

アメリカは1つの国ではなく、11の国の集合体

――トランプ政権でアメリカ社会の分断が進んだというお話でしたが、もともとアメリカは分断していたということでしょうか。

 そうですね。もともとアメリカは1つの国というより、11の国(文化圏)の集合体だという、コリン・ウッダード氏のとても興味深い論があります。アメリカは、そもそも合衆国になる前から複数の全く異なる国と社会文化、価値観、経済システム出身の人々がアメリカ大陸に渡って複数の社会を作ったのです。言ってみれば、それぞれ全然違う社会をコピー&ペーストして作ったのだと。少し長くなりますが、いくつかのアメリカの文化圏を紹介してみましょう。

Colin Woodward and Tufts/Brian Stauffer

 たとえば、ニューヨークのある「ニュー・ネザーランド(NEW NETHERLAND)」はオランダからの移民が多く、商人の文化です。複数の人種が混ざっており、マジョリティとなる人種はいないので、多様性に対して寛容です。商人精神があり、金融ビジネスが発展しています。また、言論の自由やメディアが大好きで、今でもニューヨークには大手メディアが集まっています。

 ボストンのある「ヤンキーダム(YANKEEDOM)」は、ニューイングランドの文化から来ており、政治参加を通じて社会を良くしようという精神があります。教育を重んじる文化があり、アメリカ合衆国ができる以前から、ハーバード大はありましたし、この地域にはイエール大、プリンストン大など名門大学があります。

 シリコンバレーのある「レフトコースト(THE LEFT COAST)」は、ニューイングランドと価値観が似ています。自立的精神、個を尊重し、人類を良くすること、価値を高めることに興味があります。教育や言論活動にも力を入れており、1960年代のバークレーの自由発言運動はここから来ています。

 「タイドウォーター(TIDEWATER)」は、イギリスの貴族階級出身者が作り上げたエリアで、貴族社会をそのままコピー&ペーストしました。奴隷制をとり、白人の農地で多くの奴隷が働いていました。いまも階級社会の名残りが残っています。

 「ディープサウス(DEEP SOUTH)」はカリブ海の奴隷社会をコピー&ペーストしたエリアです。政府の規制に抵抗する傾向があります。サトウキビや綿がよくできるエリアだったので、農地で奴隷は過酷な労働を課せられました。これに対し、アメリカの北部の州は天候が悪かったので農業には向かず、工業が発達しました。工業となると、奴隷のように所有物にする必要はなくなり、労働に対して賃金を払うという経済システムが生まれました。

 「グレーター・アパラチア(GREATER APPALACHIA)」は、イギリスの北部スコットランドの闘争をしてきた人たちが作り上げたエリアです。政府や階級社会が嫌い、我々の邪魔をするな、邪魔をする奴は銃を持って自由のために戦う、という、よく言えばイギリス北部の「戦士の精神」が強い文化です。実際、アメリカの銃規制が動かないのはこういう人たちの影響が大きいです。

 選挙で共和党と民主党のどちらにもひっくり返るのが「ミッドランド(THE MIDLANDS)」。これはドイツ系の文化がルーツです。みんな勤勉で、政府もエリート階級社会も経済格差も好まず、あまねくミドルクラスになることを志向します。ヤンキーダムの教育されたエリートも、ニュー・ネザーランドの強い物欲的な資本主義思考も、南部の奴隷社会やその後の人種階級も好まないので、共和党と民主党がこの人たちのサポートを得て過半数を撮ろうと頑張ってきました。トランプ氏が大統領になったのは、クリントン氏がこの地域を押さえられなかった側面が大きいとされてます。

 「ファー・ウェスト(Far West)」は山岳地帯で自然環境が非常に厳しく、簡単に住めるエリアではなかったので、鉄道会社など巨大インフラ企業が町を作りました。このエリアの人たちはビッグビジネスに反感を持ちつつ、一方でビッグビジネスの意向にも逆らいません。トランプ支持者が多いエリアです。

 アメリカは一つの国ですが、このように全然違う文化圏が共存しているのです。EUを一つの国として運営するのが大変なのと同じように、アメリカもさまざまな矛盾を克服しなくてはいけません。

 特に、これらの地域はただ共存しているのではなく、ヤンキーダムとレフトコースト対ディープサウスを両極に置いて、熾烈な勢力争いを繰り広げられてきたと言えます。これは全く異なる価値観、経済システム、政府のあり方に対する考え、生活における宗教の位置付けなど、様々な全く別の社会を、どうやって合衆国全体に広めるかという絶えない争いです。

 最も分断が深かったのは1850年代の南北戦争で、南部が独立宣言をして結局北部が武力で制圧し、その後、100年以上かけて一つの国としてまとめるのに苦労してきたとも言えます。というより、まとめるという動きと、南北の勢力争いでどちらが自分たちの価値観を合衆国全体に押し付けるかと言ったら分かりやすいかもしれません。これがまさにバイデン政権の抱える課題の話につながってくるわけです。

バイデンは思うように動けない

――バイデン政権に移行し、アメリカは今後どう変わっていきますか。

 バイデンは、今後いろいろとやりたいことを公言しています。しかし、そんなに大きなことは期待できないかもしれません。

 なぜならアメリカには、いまだに非常に多くのトランプ支持者がいます。トランプは今回の大統領選で7400万票を得ました。これは歴代2番目の得票数で、歴代1番目は今回のバイデンです。新政権になって、トランプ支持者が消えるわけではありません。トランプ支持者も4年後の大統領選挙に向けて準備をしたり反発すると思うので、バイデンも足を引っ張られ、民主党も思うように動けないことも数多く出てくるでしょう。

Photo: Ron Adar / Shutterstock

 しかし、日本でけっこう流行っている「バイデン政権はダメだ」という論調も的外れだと思います。トランプ政権が驚くほど多方面でかなりハチャメチャなことをしたので、それに比べたら相当良くなるはずです。

――コロナ禍、アメリカ社会の分断は深まっていくのでしょうか。

 いまサンフランシスコのシティホールの前には、ソーシャルディスタンスで距離をとったホームレスのテント村ができています。テキサスでは地平線のはるか彼方まで、食料支援を待つ何千台もの車の列ができています。一方で、株価は過去最高を塗り替え、大富豪は資産を大きく増やしています。

 コロナ禍で資産を持たず、生活に非常に困窮する人がいる一方で、信じられないくらい資産を増やしている人もいる。バイデン政権はその状況をマネジメントしなくてはいけないわけです。両方に何かを与えなければいけない。これは難しい課題です。

ソーシャルディスタンスを取ったホームレスのテント(Photo: nerriy / Shutterstock)

アメリカと中国の関係、本当のところ

――トランプ時代、ファーウェイ、TikTokなど中国のテック産業への強硬策も目立ちました。今後も、中国のハイテク企業との摩擦は増えていくのでしょうか。

 日本では「トランプ政権では、中国企業に対して厳しい対応をした。バイデン政権になると対応が弱くなるのでは」と懸念する意見がありましたが、私は違う意見です。そもそも、トランプ政権は中国企業に対して厳しかったわけではないと思っています。

 トランプはTikTokやファーウェイで派手なことをやり中国企業に対して厳しかった印象ですが、そのイメージと事実は合致していません。例えばトランプ政権下でのアメリカにおける中国企業のIPOデータを見ると、オバマ政権よりトランプ政権の方が中国企業のIPO数が多く、上場廃止になった企業数も少ない。つまり中国企業がアメリカの市場を使って、アメリカのあらゆる機関投資家からも資金調達しているわけで、中国企業のアメリカ市場での資金調達額もアリババを除けば、過去最高水準になっています。

 2020年の米中貿易の数字を見ても、アメリカからの輸出、中国からの輸入が一年を通して増え続けています。農作物や半導体の一部など、関税を掛けた領域もありますが、パンデミックになる前から、パンデミック中にも、貿易の量が増えているんです。

 つまりアメリカと中国の関係はもう根底のところでは、強く結びついているのです。もうお互いにお互いの手は離せません。がっちり手を結んでいるんですけども、産業機密などではドンパチやっています。お互いに右手で握手しながら、左手で殴り合っているような状態ですね。

Photo: vetre / Shutterstock

 中国企業もこれまで知的財産を侵害するようなこともありましたが、中国は自分たちも知的財産を使って価値を作るフェーズに入ってきています。中国も自分の得を考えて、知的財産を守らないと困るはずです。

 アメリカはトランプ政権では、パリ協定、TPPなど国際同盟や国際協定から離脱しましたが、バイデン政権でまた戻ります。これは対中政策の面では効果があります。アメリカが戻って来れば、他の国も中国に圧倒されなくなるし、中国に圧力をかけやすくなります。あらゆる国際機関はアメリカがいないよりも、アメリカがいて中国とのバランスを取れることによって相対的にアメリカが強くなります。したがってこれだけでもトランプ政権に比べて、対中政策は強まるとも言えるでしょう。

シリコンバレーから出ていく大企業と富裕層。シリコンバレーは終わったか?

――従来からのシリコンバレー地価や税金の高さに加え、リモートワークが一般化したことで、人や企業の“シリコンバレー離れ”が進んでいます。この流れは続くと思いますか。

 見るべきは、誰が動いてるのかです。本社を移転したオラクルやHPは、もう大企業ですし、イノベーションの中枢にいる企業ではないですよね。シリコンバレーは今までコストが高すぎたので新しい挑戦者が入ってきにくいという課題がありました。ある程度出来上がった企業が出ていき、新陳代謝が生まれた方が健全だと思います。

 大富豪であるイーロン・マスクやドリュー・ヒューストンの移住は、税金対策だと思います。所得税が一番高いエリアから所得税ゼロのエリアに移るわけなので、これは納得です。イーロン・マスクは自分のジェット機でテキサスの工場とシリコンバレーやSpaceXが本拠地を置くロサンゼルスを行き来していますから、住む場所はほとんど関係ありません。

Photo: john smith williams/ Shutterstock

 注視しなくてはいけないのはVCです。VCが一気にテキサスや他のエリアに移ったかというと、まだそんな気配はありません。名門VCのオフィスは、今もパロアルトのサンドヒルロード沿いにあり、彼らは比較的近い場所にあるスタートアップに投資をしています。スタートアップの経営会議に出席したり、人を紹介するなど、近い場所にいるほうがさまざまな支援をしやすいからです。

 コロナの影響で、VCの活動も完全にリモートになり、違うエリアのスタートアップにも多く投資するようになったら、状況は変わるかもしれません。しかしワクチン接種が広まっており、パンデミックの収束が見えてきた中、名門VCの中心人物たちが軒並みシリコンバレーを離れていく動きは全く見えません。

 あともう一つ、シリコンバレーでの大きなトピックとして、2020年にAirbnb、Snowflake、DoorDashなど非常に大きなIPOがありました。これによりシリコンバレーで多くの億万長者が生まれました。たとえば私の複数の友人はこれらの企業に初期の頃勤めていて、ストックオプションをかなり持っていたので大富豪になりました。もうお金の心配をしなくてよいので、例えばデータサイエンスを政治の世界で生かして社会の分断を埋めるための政策の評価や分析をするという活動に全力を注げるようになりました。

 他の人は、得た資金でさっそくエンジェル投資も行い、次の急拡大スタートアップを手伝い、しかも社会問題を解決する取り組みを援助しようとしています。こういった人たちがシリコンバレーで多く生まれ、ますますエコシステムを強めていくでしょう。今回、アメリカの分断があまりにも露骨になり、分断を煽ることが政治戦略となったトランプ政権をこの上なく深刻な事態と受け止め、新しい取り組みを行うモチベーションと危機感を持った人たちも動き始めています。

 アメリカのハイエンドであるシリコンバレーでは、どんどん新しい価値を作っていき、これからも世界の産業をディスラプトしていくでしょう。一方で、アメリカの分断されたエリアと分断された人たちを見ると、「アメリカは終わっているんじゃないか」とさえ思えます。実態はどちらか?どちらもです。見るところにより全然違う、これがアメリカであり、ぜひ日本の方にも知っておいてほしい事実だと思います。

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カテゴリー Special / Silicon Valley / University / 櫛田健児
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