エアモビリティは「日本ものづくり」の希望
始まりは、有志の集まりによるプロボノ団体、CARTIVATORの設立からだった。福澤氏がトヨタ自動車に勤めていた頃にスタートしたCARTIVATORは、2014年4月に空飛ぶクルマ「SkyDrive」の開発に着手した。そして同年7月、無人試験機SD-00の走行・浮上に成功。その時のことを福澤氏は「ボランティアでつくり始めた空飛ぶクルマが、初めてふわりと浮いた瞬間を見て、これはきちんとしたビジネスになる。起業しようと決意しました」と振り返る。
100年に一度の大変革期と言われる自動車産業にあって、エアモビリティは日本製造業の強みを活かせる乗り物だ。自動車製造で培った技術とエアモビリティの利点を組み合わせれば、航空産業で乗り遅れた日本が「移動の革命を起こす」ことも可能かもしれないからだ。
自動車業界出身の福澤氏は、日本のものづくり現場を見てきた1人として、エアモビリティに未来の道筋を描いた。2018年、世界で開発競争が激しくなる中、先んじて日本の空飛ぶクルマを事業化しようと株式会社SkyDriveを設立する。
Image: ⒸSkyDrive
空飛ぶクルマの魅力は、何と言ってもその「可動力」にあると福澤氏は語る。将来的に自動車と同等のサイズで、ヘリコプターのように垂直離着陸できる空飛ぶクルマを実現できれば、滑走路や空港を必要とせず、まさに「ドアtoドア」の感覚で移動を叶えることができるからだ。
近年、空飛ぶクルマを巡る動きは加速し、新たなモビリティとして世界各国で機体開発が行われている。米モルガン・スタンレーの試算によると、eVTOLの市場規模は2050年頃には900兆円を超えるとの予測もある。
日本においても、経済産業省と国土交通省は、官民協議会を設置し、「空の移動革命」に向けたロードマップを策定した。ロードマップの2022年3月改訂版では、2025年開催予定の大阪・関西万博を起点に空飛ぶクルマの実運用や商用運航を大きく展開していく方針が盛り込まれた。
Image: ⒸSkyDrive
2025年大阪・関西万博が実用化のマイルストーン
2018年、SkyDriveとCARTIVATORは、日本で初めて屋外で空飛ぶクルマの無人飛行試験を実施し、初フライトに成功した。2019年には有人飛行試験も始めた。2020年8月に公開した最新モデルの有人機SD-03では、最高速度40〜50km/h、最大飛行時間5〜10分を実現した。
福澤氏が目下、空飛ぶクルマの実用化に向けたマイルストーンとして取り組むのは2025年の大阪・関西万博だ。大阪府は空飛ぶクルマの社会実装に積極的に取り組んでいる自治体の一つ。万博開催時に大阪ベイエリアでエアタクシーサービスを呼び玉の1つにしたい考えだ。
このプロジェクトでは、SkyDrive、大林組、関西電力、近鉄GHD、東京海上日動火災の5社が共同で、2025年に向けて「空飛ぶクルマによるエアタクシー事業性調査」に取り組んでいる。
「まだ詳細は決まっていませんが、ある地点間を移動する交通手段としてエアタクシーの実用化を検討しています。そのために飛行ルートの選定や、料金体系などどういう仕組みが適切なのか、見極めようとしている段階です。これが実現すれば、広く一般の方への認知度も高まり、空飛ぶクルマに対する社会の受容性も高まるでしょう」
Image: ⒸSkyDrive
国や自治体、企業が空飛ぶクルマの事業化に向けて邁進する一方、人々が新しい乗り物に対して「恐れる気持ち」が生じる懸念もある。そのため、企業などは事業化に向けてまず遊覧や短距離移動などエンタメ用途から、人々の不安を払拭するアプローチを考えている。官民の取り組みで、法整備や社会的な認知の広がり、機体の性能向上が進むことで、救急救命での活用やエアタクシーなどへの普及も期待される。
SkyDriveは2019年に物流ドローンの販売も開始している。30kgの荷物の輸送が可能なドローンによって、地形的に高低差があり、クレーン車やヘリコプターが入れない山間部や建築現場への資材運搬などができるようになる。こちらは大林組と協力し、少子高齢化で人手不足に悩む建設現場へ活用できないか、実証実験を行なっているところだ。また愛知県豊田市と災害を想定した物流ドローンの活用訓練も実施している。
Image: ⒸSkyDrive
満員電車や渋滞知らず 素早く楽しく移動のクルマが叶える未来
空飛ぶクルマと物流ドローンの2本柱による事業を展開するSkyDriveは、エアモビリティを世の中に受け入れてもらうためには、行政や産業界からの協力が必要不可欠だと考えている。事業化のための人材やノウハウも必要だ。
同社の主要株主には伊藤忠商事や、ENEOSイノベーションパートナーズ、大林組、日本政策投資銀行、NECなどが名を連ねる。累計資金調達額は50億円以上に上る。
福澤氏は「空飛ぶクルマの事業化にあたって、エンジニアはもちろんですが、運行計画の企画や、関係者と交渉ができる人材も必要です。バックグラウンドは交通・輸送にこだわらないので、一緒に夢を叶えたいという人に来てもらいたい」と呼び掛けた。
SkyDriveが将来的に目指す空飛ぶクルマの理想像は、コンビニの駐車場に置けるほどの大きさで、地上も走行できるような機体だ。「二重反転プロペラ」という構造で、世界最小サイズでありながら十分な揚力を得られるよう開発を進めている。これが実現すれば、人々はスマホで予約した空飛ぶクルマに乗って、自宅などあらゆる場所から直接、空を移動し目的地に向かうというSFのような世界が現実となるだろう。
電車や自動車は、いわば2次元世界の移動だったが、空飛ぶクルマは3次元での移動を可能にする。蒸気機関車の登場による産業革命や、T型フォード登場で起きた量産化と生活の変化のように、自動車技術を基にした空飛ぶクルマで「100年に1度のモビリティ革命を起こす」ことがSkyDriveのミッションだ。
福澤氏は「私は渋滞や満員電車、複雑な乗り換えといった2次元の移動につきまとっているムダをなくしたいのです。3次元の世界で行きたい場所へ素早く、かつ楽しく移動できる世界を実現します」と未来を見据えた。