1つのモバイル端末に、SIMを追加することなくビジネス用の電話番号やメッセージサービスを付与できるアプリ「MultiLine」を提供しているMovius(本社:米国ジョージア州)。高いセキュリティと利便性、そしてコスト効率の良さで大手企業や金融機関、医療機関などさまざまな場面で利用されている。CEOのAnanth Siva氏に、そのテクノロジーやビジネス概況について聞いた。

目次
電話番号を個人ではなく職務に紐づけ
クラウド技術がもたらした新カテゴリ「Phone 3.0」
世界的な通信エコシステムの一部になる

電話番号を個人ではなく職務に紐づけ

―現在の事業やビジネスモデルについてお教えください。

 私たちは、MultiLineというモバイルアプリを提供しており、モバイルSIMに依存せず別の電話番号を提供することができます。このアプリでは、通話だけでなくメッセージやソーシャルメッセージングの履歴(WhatsApp、WeChat、LINEなど)の表示も可能です。これにより、人々は仕事とプライベートのために2台のデバイスを持つ必要がなくなります。

 MultiLineはパートナーを通じて提供されており、例えば北米ではT-Mobileがそれに当たります。その他の地域ではChina Telecom、BT Global、Bridge Alliance、Singtelなどのキャリアパートナーと提携しています。収益モデルは、SaaSベースのサービス収入です。エンドユーザーは80以上の異なる業種の企業・団体です。これには中小企業から大企業、政府機関、教育機関、医療、製薬、小売、プロフェッショナルサービスなどが含まれます。特にセキュリティやコンプライアンスが重視される銀行・金融領域でも強い存在感を示しています。

 MultiLineで設定された電話番号は、エンドユーザー企業によって管理され、個人ではなく職務に紐づけられます。従って、ある社員が異動した場合、そのポジションを引き継ぐ人が番号も引き継ぎます。私たちは電話をソフトウェアによって仮想化しました。これにより、1台の端末で仕事とプライベートの分離が可能となったのです。

image: Movius

―エンドユーザーのユースケースをお教えください。

 あらゆる業界の事例がありますが、ヘルスケア業界について話をしましょう。現在、医療業界全体の大きな課題の一つは、人材不足です。特に看護師や医師が十分に確保できず、人材の確保が難しい状況です。パンデミックを経験し、医療従事者は長期間にわたり酷使されてきました。MultiLineを使用することで、看護師は病院にいなくても、患者の求めに対応できるようになります。

 看護師は自分のプライベートの電話番号を患者に知らせたくないでしょう。でも勤務先の番号ならいいはずです。患者は看護師の勤務番号を知ることで、直接連絡が取れるようになります。この結果、患者の満足度が向上しました。もちろん看護師は2つのデバイスを持ち運ぶ必要はありません。

 患者とのやり取りがクラウドに保存されているので、分析もできます。もし誰かが「なぜあなたは私に電話をしてこなかったのですか」と質問してきたとしても、履歴を調査できます。また、MultiLineのテクノロジーは個人情報保護や各種業界のコンプライアンスに準拠しており、守秘義務を果たすことができます。

 先ほどお伝えしたポジションに番号を割り当てることについて小売業での接客のシーンで説明しましょう。店舗に来た顧客が店内の商品を見た後、「ちょっと考えさせてください」と言い、帰ろうとしたとします。接客担当者はそこで電話番号を渡しておけば、あとでその顧客から電話があった際に適切な担当者が対応することができます。これはSIMベースの電話サービスでは成し遂げられないことです。

 MultiLineはSalesforceとも連携しています。MultiLineで顧客に電話をかけると、Salesforceにその活動が自動的に記録されます。Salesforceの画面から同じ電話番号を使って顧客にコールすることもできます。真のオムニ・チャネルですね。

クラウド技術がもたらした新カテゴリ「Phone 3.0」

―これまでの職業的な背景と、Moviusに参加した経緯を教えてください。

 私はこの20年近くにわたり連続起業家として活動してきました。それ以前はIBMで働いており、そこでセールス・マーケティング、経営管理、パートナー・マネジメント、ベンチャー・キャピタルなど、ビジネスの多くの一般的な分野を経験しました。私にとって重要なのは、常に価値を創造し、人々の生き方や働き方を変えることでした。これはIBMでのキャリア中も、退職後も、私の人生の大きな部分を占めています。

Ananth Siva
CEO
1988年から19年間、IBMでアジア太平洋地域のソフトウェアソリューション等の要職に就き、その経験を活かして2007年にはTrimble Navigationのアジア太平洋地域のゼネラルマネジャー、2010年には24/7.aiのManaging Directorを務めた。2015年からMoviusにジョインし、2021年にCEOに就任。また、共同創設したInfensa Bioscienceの会長も務めている。
 IBM時代、1990年代半ばにはインドにおける金融業界セグメントのカントリー・ヘッドとして働き始め、2000年代半ばにはクレジットカードの電子認証を導入しました。

 IBMを退職した後、GPS技術をアジア太平洋地域に導入した最初のスタートアップに携わり、GPSとワイヤレス技術を利用して、モバイル・リソース・マネジメントという新しいカテゴリーを生み出しました。これには、車両テレマティクスのフリート・トラッキングなど、人々の効率的な働き方を支援するシステムが含まれていました。

 2010年頃には、予測分析とビッグデータを扱うビジネスに関わりました。今でこそ誰もがAIの話をしますが、当時からAIによるチャットや音声通話のデジタル・インタラクションのソリューションを展開していました。

 そして2015年、Moviusを買収するチャンスを得て、このチャレンジに挑みました。長年にわたりソフトウェア開発に携わり、価値を創造し、会社を作り上げてきた私は、Moviusで通信業界に根本的な革命を起こそうと考えたのです。

 モバイル業界は変革の機が熟しています。電話の歴史を見ると固定電話を「Phone 1.0」、ソフトバンクやKDDI、NTTドコモが提供するモバイルサービスを「Phone 2.0」としましょう。私たちのビジネスを考えたとき、テクノロジーが進化し、全てがソフトウェアに移行しています。そこで私たちは、Phone 2.0にあるすべての機能をクラウドに移行することができました。そして「Phone 3.0」と呼ぶカテゴリを作ったのです。

世界的な通信エコシステムの一部になる

―会社の成長を示す具体的な数値などはありますか。また、日本企業との提携についてはどのようにお考えでしょうか。

 数値は公表していませんが、ここ数年、驚異的な成長を遂げています。T-MobileやJP Morganなど、業界をリードする事業者も投資してくれています。私たちが行っている次世代のイノベーションが期待されているのです。そして私たちは非常に優秀な従業員を抱えています。

 今後もポートフォリオを拡充し続け、既存の顧客や、既存の製品を新しい市場の新しい顧客に、より多くの価値を提供し続けていく予定です。Moviusは世界的な通信エコシステムの一部になると信じています。AI分野にも継続して投資しており、さらに新しいパートナーシップも開拓しています。

 日本企業とのパートナーシップについては、さまざまな方向があるでしょう。私たちは、エンタープライズモビリティの価値を引き出すことに興味がある方、またはIoTに興味がある方々に向けて、私たちの特許技術により保護された製品を提供可能です。自社の企業基盤に大きな変化をもたらしたいと考えている方々にとっても、私たちは価値ある提案ができます。

 日本のような規制のある市場でも、シスコのインフラストラクチャなど、単純な固定回線サービスとMoviusの特許技術とを連携して新たな価値を提供できます。また、MultiLineは日本のLINEにも対応しています。ソーシャルメッセージングやクライアントビジネスのやり取りに注目している方々には、私たちとの提案は非常に魅力的でユニークだと考えています。

―長期的なビジョンを教えていただけますか?

 私たちは素晴らしい会社を築き続けており、計画通りに実行しています。私たちは毎日を新しい日として捉え、昨日よりも今日はより一層の努力をする必要があります。このアプローチは、昨日がより簡単だったという考えに基づいています。常にこのような考え方を持ち、一生懸命に働き、革新を続けています。

 重要な分野であるAI、ブロックチェーン、IoT、セキュリティの4つの主要セグメント全てで、私たちの技術は受け入れられています。これらの分野は非常に重要で、私たちのソリューションはビジネスの問題を解決するのに役立っています。今から2年後や3年後でも、私たちが取り組んでいる問題は発展途上にあると言えるでしょう。重要な分野に焦点を合わせ続けることが必要で、その姿勢を維持していくつもりです。  

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