うつ病など、精神疾患を抱える患者にとって最適なアプローチを提供し、回復を後押しするプラットフォームを運営するMeru Health。アメリカ・カリフォルニア州に本社を構える同社は、コロナ禍で顧客数を約10倍に伸ばすなど、急成長している。多くのメンタルケア事業が患者の「認知面」におけるケアを施すなか、Meru Healthは精神面と身体面を「包括的に」捉えたソリューションを提供している。同社の創業者であり、CEOのKristian Ranta氏に話を聞いた。

それぞれの患者に最適化された「総合的なケア」を届ける

―─御社はどんなサービスを展開しているのでしょうか。

 Meru Healthは、うつ病や不安障害、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、燃え尽き症候群などの問題を抱える人々に寄り添う、メンタルヘルスケアプラットフォームを運営しています。私たちのミッションは「メンタルヘルスケアへのアクセスを容易にすること」と「患者にとって最適なケアを届けること」の2つです。

 あまり語られることはありませんが、実は既存のメンタルヘルスケアを手がけるサービスは、患者の助けになっているとは言い難いケースも多いのが現状です。様々な薬を試し、診療に何度も通っても、なかなか改善しないことも珍しくありません。その大きな理由は、薬やカウンセリングなど、診療の手段が「サイロ化」してしまっていて、生活習慣の改善など、患者の全体の状態を複合的に観察した、総合的なケアがなされていないからです。また、既存のサービスは、患者の「認知」状態、つまり精神的な部分に焦点を当てるあまり、栄養や運動など、身体的なアプローチを疎かにしていることも理由の一つでしょう。

Kristian Ranta
Founder & CEO
フィンランドのHaaga-Helia University of Applied SciencesでITとBusinessを学び、University of Jyväskyläで理系修士号を取得。Aalto UniversityでWork & Psychology&leadershipを学んだ後、メンタルヘルスケアスタートアップ2社の創業に関わる。2016年、Meru Healthを創業、CEOに就任。

 Meru Healthは、診療の手段にこだわることなく、患者の精神的・身体的バランスを包括的に捉え、それぞれの患者にとって最適な治療法をレコメンドするプラットフォームを運営しています。当社のサービスについて具体的にお伝えしましょう。

 まず、ケアへのアクセスを容易にするために、私たちは様々な保険会社と提携を結んでいます。保険会社のプランに加入している人が、メンタルヘルスケアを探している場合、病院での診察や症状の聞き取りなどを経て、Meru Healthを勧められます。その後、当社のアプリをダウンロードし、アプリ上でセラピストとのオンライン診療を予約します。45分ほどの診療で、それぞれの患者に最適な、パーソナライズされた12週間のケアプランを作成します。

 このケアプランは既存のメンタルヘルスケアとは異なる、新しい臨床モデルとなっています。既存のケアは抗うつ剤などの医薬品によるものか、カウンセリング、もしくはその併用、という形です。対して、Meru Healthでは、カウンセリングに加えて、睡眠や運動、栄養に関するアドバイスを受け、日々の食事や運動に関するタスクをこなすものや、バイオフィードバック療法(心拍変動などの身体反応の測定)、Meru Healthコミュニティに参加する他の患者たちとの交流など、さまざまなソリューションを提供しています。

 バイオフィードバック療法では、ウェアラブル端末(耳にとりつけるもの)を患者に送付しています。

 アプリとBluetoothで接続されたウェアラブル端末は、患者に正しい「深呼吸の仕方」をガイドするために使われています。なぜ深呼吸が大切かというと、あらゆる精神疾患の最大の要因は「ストレス」であり、深呼吸はストレスを低減させることにつながるからです。Meru Healthのウェアラブル端末ではリアルタイムで、正しい深呼吸をしているかどうかのフィードバックが得られます。患者は深呼吸の練習をこなしていくと、その人の体重や身長に合わせた、最も効果的な深呼吸の仕方が分かるようになるのです。

 最終的には、患者が日々の生活のなかでストレスを感じた時、「あ、今は深呼吸が必要な時だ」と分かるようになります。そうすることで、さまざまな精神疾患の改善が期待できるのです。

Image:Meru Health HP

コロナ禍で利用者急増 ストレスとの「共存」を可能にする

――御社のクライアントにはどのような人たちがいるのでしょうか。

 アメリカの全50州に住む住人で、保険会社に登録している、不安神経症やうつ病、燃え尽き症候群などの精神疾患を患っている人たちです。PTSDなどその他さまざまな病気も対象にしています。

―一般的に、そのような精神疾患の原因は何なのでしょうか。

 精神疾患の原因を特定することは難しいのですが、ストレスに対して上手く対応できないことによる、免疫力の低下や身体の不調がその大きなファクターになっているのは間違いありません。

 ストレスが人間に及ぼす影響は幅広く、厄介なものである一方で、それをコントロールすることは可能なのです。Meru Healthが提供するさまざまなケアも、煎じ詰めれば「ストレスと共存する方法」を教えている、と表現することもできるでしょう。

――特にコロナ禍においては、若年層の精神疾患の増加が問題になりました。

 Meru Healthの利用者数も、コロナ禍が始まった2020年から急増し、コロナ前と比較すると約10倍を記録しています。コロナ禍で人々が孤独に陥り、ストレスを抱えているのです。当社のサービスで、多くの人たちを支えていきたいですね。

Yコンビネーターなども出資 スタンフォード大学との共同研究も

―─競合他社とは、どのような点で差別化を図っているのでしょうか。

 患者とセラピスト・精神科医をつなげるプラットフォームを運営し、カウンセリングを行うサービスを提供する競合他社は存在します。しかし、彼らは患者の「認知面」にフォーカスを絞っている一方、当社のように精神面と身体面を包括的に捉えたソリューションを展開する企業はありません。その点が最大の差別化ポイントでしょう。

 また、Meru Healthのビジネスモデルとその総合的なアプローチは、メンタルヘルス界では新しいものであり、学術的な注目も集めている点も他社にはない特長です。当社は、スタンフォード大学と現在共同研究を行っていて、患者に対して認知面のケアだけでなく、睡眠や栄養、バイオフィードバックといった処置を行うことによる診療の有効性を調べています。すでに査読済みの論文も提出していて、2023年春に出版予定です。

――御社はY Combinatorなど、著名な投資家から、累計5330万ドルの資金調達に成功しています。資金の使い道を教えてください。

 Meru Healthをより多くの顧客に届けるために資金を投入していきます。

 調達した資金を基に、新たに複数の大手保険会社との連携を開始することになりました。また、ユーザーエクスペリエンスを向上させるため、サービスにも投資をしています。患者にとって、よりエンゲージメントが高く、よりよいフィードバックが受けられるプラットフォームを開発していきます。

日本市場進出は24年以降か 保険会社との協業を希望

――日本市場に進出する予定はありますか。

 現在日本企業の顧客はいませんが、日本市場進出については慎重に検討しているところです。2023年はアメリカ市場だけに集中することになりそうですが、2024年度には新しい市場で事業を開始できる可能性が高いと考えています。

 当社には日本の投資家がいるほか、日本の保険会社ともコンタクトをとっています。うつ病や不安神経症の問題が山積している現状を鑑みると、日本市場のポテンシャルは大きいと感じているので、本格的に進出することを検討しています。当社のビジネスモデルは、保険会社からの手数料収入ですので、その点も留意してほしいですね。

―─日本の大企業と協業したいというお考えはありますか? あるとするならば、どのような分野・業種の企業との協業を求めていますか。

 日本の保険会社と代理店契約などで、連携をとっていく方法がベストだと考えています。アメリカでも同様の形態のパートナーシップを結んでいますし、それが一番スムーズにエンド・カスタマーにMeru Healthの価値を届けられる手段だからです。

 基本的には私たちがサービス・プロバイダーとして、既存の保険会社のサービスのパッケージにオプションを付与できるような形を考えています。また、出資を受ける形態の協業も魅力的ですね。

―─最後に、御社の長期的な目標を教えてください。

 精神疾患を抱える人たちの立ち直りをサポートしていくことです。私がMeru Healthを立ち上げたきっかけは実兄を自殺で亡くしたことでした。その出来事を通して、既存のメンタルヘルスケア界には、大きな問題があると気づいたのです。そうした業界を変えていくためにも、まったく新しいビジネスモデルを開発し、パイオニアと呼ばれる存在になりたいですね。



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