世界中で猛威を振るう新型コロナウイルス。その影響は各方面に及んでいるが、スタートアップも例外ではない。従業員の解雇を迫られたり、事業をピボットするスタートアップも多い。では、スタートアップとの協業や投資を模索している日本企業は今、どう動くべきなのか。今回は、イスラエルでVC活動を営み、シリコンバレーでの投資経験もあるMagenta Venture Partnersの竹内寛氏にコロナ禍、ポストコロナでの日本企業の動き方を聞いた。前編はこちら

まずは自社戦略の見直しから

―今、オープンイノベーション予算の削減や、投資の中止を検討している日本企業もありますが、一方でイスラエルスタートアップと課題を一緒に解決したいという日本企業もたくさんあると思います。そうした日本企業に向けて、進出や投資のアドバイスはありますか。

 不確実性が高まっている現状では、自分の会社が置かれている市場環境や競争環境、戦略がどう変わるのか、といったことをまずは振り返ると良いと思います。

 新型コロナウイルスが自社事業にどう影響するのか。例えば、国境をまたいだ人や物の移動が自由に行えることを前提に組まれた現在のグローバルサプライチェーン体制が脆弱だったことがわかり、サプライチェーンを見直すべきだとか、顧客とのタッチポイントのデジタルシフトが思ったより早く大きく進展する可能性が出て来た中でビジネスモデルをどう作り変えていくか、そしてレガシーをどうするか、といった議論です。自分たちの事業を次はどうするのか、今は様子をみるのか、コストカットが必要なのか、ポストコロナで装備すべきものが何か等、ある程度あたりをつけた上で、その実現手段がイスラエルにありそうだ、となるのであれば、イスラエルに行き投資をする。これが順番だと思います。

 まずはやるべきことを定めて、その次に実現手段としてのスタートアップやオープンイノベーションです。

 コロナウイルス問題を契機にオープンイノベーションを見直すことは、逆に健全なことかもしれません。事業会社各社が自社の事業のありようを深く振り返る必要に迫られている現状は、結果としてスタートアップへの取り組みの目的やオープンイノベーションのあり方について、より本質的な議論ができる環境であると思います。少し長めのスパンでみると、今までの各社横並びのオープンイノベーションブームの過熱感が解消され、今は正常化しつつあるという見方もできるかもしれません。

Image: Andrii Vodolazhskyi / Shutterstock.com

―アメリカでも今回のことでバリュエーション(企業価値評価)が下がっていて、今こそ投資すべきだと言われていますが、イスラエルではどうでしょうか。日本企業も動くべきなのか、動くためにはどうしたらいいのか。竹内さんの意見をお聞かせください。

 日本の事業会社にとってスタートアップへの投資は事業遂行のための手段でしょうから、基本は、安いから買うのではなく必要だから買う、でしょう。したがって、繰り返しになりますが、まずは足元の環境変化を踏まえた打ち手を確認するのが良いと思います。無論、様々なスタートアップの事業計画に触れることで、事業・市場環境の今後の変化や対策に対する多様な仮説・アイディアを収集出来るメリットはあるでしょう。ただし、それは自社として能動的にやるべきことがあった上での補強材料であるべきですし、スタートアップ側も事業会社との提携や投資受入を検討するにあたってそこ(事業会社側の意思)をよく見ています。自社戦略の練り込みとスタートアップの情報収集や取組模索を並行的に進める場合であっても、常にこの構図に自覚的である必要があると思います。

 なお、スタートアップのバリュエーション水準についてはケースバイケースと思います。分野や内容によっては強気のバリュエーションでVCに声をかけて来る企業もありますし、スタートアップへの既存投資家がブリッジファイナンスによるバックアップ策を用意して、新規投資家との交渉上不利にならないようなお膳立てをした上で資金調達活動をしているケースも多いです。転換社債やSAFE(Simple Agreement for Future Equity)の形でバリュエーション確定を先延ばしにした上で資金調達するケースもよくあります。コロナショックで一律安くなった、という単純な構図ではないと思います。  

竹内 寛 Dave Takeuchi
Magenta Venture Partners
Managing General Partner
三井物産(株)企業投資部所属。2004年、同社VC子会社(Mitsui & Co. Venture Partners) 米シリコンバレー拠点立ち上げの為渡米し、現地で米スタートアップ投資業務に従事。2009年に日本帰国後、三井物産の複数部門で自動車・IoT分野の米スタートアップ投資と日本での事業開発に従事。同社経営企画部イノベーション推進室で、全社イノベーション推進体制の企画・推進。2018年10月、Magenta Venture Partners設立、Managing General Partnerに就任。現在イスラエルに駐在し、同国スタートアップへの投資業務に従事。早稲田大学大学院 理工学研究科卒(修士)。ソフトウェア工学専門。dave@magenta.vc
 

ポストコロナは、誰もが起業家精神を発揮する局面

―ポストコロナはどの分野で投資が増えるか、竹内さんの予想を共有していただけませんか。

 9.11(2001年の米国同時多発テロ)が起きた当時の記事を読み返してみたところ、「もう誰も飛行機になんか乗らなくなる」というようなことを書いている人がいましたが、早々に普通の状態に戻りました。リーマンショックの時は、「自由市場経済は終わった」とか「アメリカは終わった」といった極論も一部散見されましたが、その後10年以上に渡って市場もアメリカも健在でした。東日本大震災の後に原発事故が起きた直後も、「外国人はもう当分日本に来ない」と言われていましたが、その後インバウンドは大幅に伸びました。

 私も含め、人間はストーリーや意味付けを求める動物なので、皆、目の前で生じたイベントに対して短期間に説明可能な意味を求めがちです。しかし、経験則上その精度は必ずしも高くないようにも思います。従って、コロナウイルス問題が深刻化してからわずか数か月程度しか経っていない現状で、何らかの大きな社会転換を示唆するような議論には注意が必要だと思います。

 現時点では、大きな転換を断定的に論じるよりも、過去からの継続性を意識して、既知のトレンドがどう影響を受けるかを見るのが良いと思います。例えばNetflixはコロナ特需で足元の視聴者が大きく伸びましたが、NetflixのCEOは4月下旬に株主に宛てたレターの中で、外出禁止措置が解ければこの伸びは速やかに止まり、今年の後半以降はむしろ前年同時期よりも視聴者数の伸びは鈍化する可能性があると説明しています。今は皆が巣ごもりしていますが、いずれ戻るとの前提です。ただし、コロナ前から既に始まっていたビデオコンテンツ制作・配信業界の地殻変動トレンドは、おそらく今後も続いていくでしょう。足元の事象1つ1つに過度に反応せず、何が一時的なオーバーシュートで何がトレンドなのか、という選別をする意識を持った上で考えていくのが良いと思います。

Image: sitthiphong / Shutterstock.com

 我々のようなVCは、ファンドの運用期間を10年程度に設定しているところが多く、コロナウイルスの影響も我々はその時間軸で見ています。もともとあったオンラインや自動化といったテーマは影響を受けずに伸びていくか、むしろ追い風になりそうです。例えば、自動車の高度化・ネットワーク化に向けて技術開発を進めている投資先企業の本格的な売上計上はまだ少し先ですが、そうした企業は足元の状況にあまり左右されず粛々と仕事をしています。

 逆に明らかな変化があったこととしては、新型コロナウイルスの影響で、世界中で強制的にデジタルリテラシーが底上げされた点が挙げられると思います。オンラインツールをあまり使いたくないと思っていたような人も、オンラインに半ば強制移行されてZoomを使う。色々な意味で共通のリテラシー・基盤ができました。

 在宅勤務も、通勤地獄への対応も、以前から言われていたことですが、今までは問題意識があっても色々なしがらみがありできなかったことが、しがらみが強制的に排除された。もともと来るとわかっていた未来が、強制的に大幅に前倒しになり、環境が突然整備された。そういう状況です。「よーい、ドン」でうまくやった人間が勝つ世界になっています。同じタイミングで皆が是々非々で議論や試行錯誤ができるようになったという意味では、これは万人に対して等しく与えられたチャンスだという見方もできるかしれません。

―リーマンショックの後には、シリコンバレーから一気に日本企業が撤退していきましたね。

 そうでしたね。私は当時アメリカにいて、日本企業駐在員の帰国ラッシュと、自分の引っ越しの時期がちょうど重なり、引っ越し屋さんが数か月先までつかまらなくて大変だった記憶があります。

 リーマンショック時と違うのは、今回は経済ではなく、ウイルス、即ち身体的・物理的な話がショックの起点である点だと思います。そして、それが結果として世の中のデジタル化・自動化への促進材料として機能しそうであり、それが企業から見ると時間軸の変化を含めて新しい事業環境要因になりそうだということです。その中でどう自社のビジネスを最適化していくか。今回は、この課題を全世界が皆、同時に考えなければいけないという、面白いケースだと思います。

 物理的な人間の活動・移動の制限によって様々な業界で売上が減り、足元の需要蒸発に対してどう対応するかというダメージコントロール策が現在クローズアップされていますが、並行して考えるべきはこの新たな環境要因への対応議論ですね。そこを考えて施策を実行していく一環としても、スタートアップの活用を考えれば良いのだと思います。

―少し冷静になった方がよさそうですね。

 新たな事業環境要因が出てきた際には、その環境に一番適応した人が一番儲けるのが世の常だと思います。ですから、「冷静に」なりつつも、一方で不確実性と正面から向き合い、大なり小なり、何らかの形で能動的に動いて行くべき局面でもあると思います。インターネットが出てきた時と同じです。インターネットの商用利用が解禁された時に、ネットで本を売ったら儲かるんじゃないか、と考えて実行した人で成功した人もいますし、様子見した人もいます。

 皆にとって新しい環境なので、正解はまだありません。不確実な環境下で最初に打った手がそのまま正解であることは稀だと思いますので、とりあえず動き始めて、その後どんどん修正して、工夫していけば良いのだと思います。言ってみれば、これはスタートアップの行動様式そのものでもあります。自分とは異なる何かとして客観的にスタートアップを論じるのではなく、我々1人1人が起業家精神を発揮して考え、行動していく。ポストコロナで世の中がこう変わる、と分析するのではなく、ポストコロナの世の中をこうする、と一人称で考える。

 コロナのロックダウンが一旦明け、今、外を出歩いていて、すごく楽しいですよね。人間は社会的動物ですから、やはり、ずっと家にいるなんてありえません。全部オンラインに、ということではなく、ビジネスも生活も、より良い新しいやり方があると思います。

前編はこちら



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