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気候変動への対応が必須となる中、より環境に配慮した新しいビジネスと雇用を創出することで、持続的な経済成長ができる仕組みが求められている。ヨーロッパでは既に官民一体となって脱炭素にかかる雇用対策と産業振興をセットにした労働移動への取り組みが進んでいる。そこで注目されているのが「グリーン・スキル」だ。

一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事の後藤宗明氏は、グリーン経済への転換には人的資本投資が重要であり、将来的にはすべての働く人にグリーン・スキルが必要とされるだろうと指摘する。世界的にもまだグリーン・スキルを学ぶ手法が確立されていない今、「日本がこの分野にいち早く飛び込めば世界標準が取れる」と語る。グリーン・スキルとは何か。世界の潮流や日本の優位性について後藤氏に聞いた。

※インタビュー前編 リスキリングは「個人の学び直し」ではない。「技術的失業」を防ぐために 企業がやるべきこととは?

目次:
EUでは既に始まっている「グリーン・リスキリング」の取り組み
シンガポール、豪キャンベラ市でも 「労働移動」は3者連携で
メソッドはこれから 日本のチャンスとは?

EUでは既に始まっている「グリーン・リスキリング」の取り組み

 世界的に注目されているグリーン・スキル。日本政府もDX(デジタルトランスフォーメーション)とGX(グリーントランスフォーメーション)を掲げる中で、デジタル分野だけでなく、グリーン分野のリスキリングの必要性を指摘している。

 後藤氏は欧米の様々な研究機関がグリーン・スキルについての考察などを発表していると指摘する。国際連合工業開発機関(UNIDO)によると、グリーン・スキルとは「Simply put, green skills are the knowledge, abilities, values and attitudes needed to live in, develop and support a sustainable and resource-efficient society.(簡単に言うと、グリーン・スキルとは、持続可能で資源効率の高い社会で暮らし、発展し、支援するために必要な知識、能力、価値観、姿勢のこと)」と定義している。

 欧米を中心に、なぜグリーン・スキルが注目されているのか。

 後藤氏は「やはり気候変動対策、脱炭素化に向けた動きにおいて、ヨーロッパはすごく早いタイミングから動いています。クリーンテックなど、テクノロジーを使った取り組みも進んでいます。特にヨーロッパでは脱炭素化に向けたスキル、いわゆるグリーン・スキルを労働者が身につけ、環境に優しい経済活動へ移行することで、新たな雇用(グリーン・ジョブ)を創出していくことに積極的に取り組んでいます」と説明する。

後藤 宗明
一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ
代表理事
早稲田大学政治経済学部卒業後、1995年に富士銀行(現みずほ銀行)入行。営業、マーケティング、教育研修事業を担当。2002年、グローバル人材育成を行うスタートアップをニューヨークにて起業。帰国し、米国の社会起業家支援NPO アショカ日本法人の設立に尽力。米国フィンテック企業の日本法人代表、通信ベンチャーの国際部門取締役を経て、アクセンチュアにて人事領域のDXと採用戦略を担当。

2019年AIスタートアップのABEJAで事業開発、AI研修の企画運営を手掛け、シリコンバレー拠点を設立。2020年、リクルートワークス研究所にて「リスキリング~デジタル時代の人材戦略~」「リスキリングする組織」を共同執筆。2021年、日本初のリスキリングに特化した非営利団体、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブを設立。2022年、SkyHive Technologiesの日本代表に就任。同年9月に書籍「自分のスキルをアップデートし続ける『リスキリング』」を上梓。

 EUでは、5年間でグリーン分野とデジタル分野への労働移動を実現するためのリスキリングの取り組み「European Skills Agenda」というプロジェクトが始まっている。ここでは、労働移動を実現するための官民一体となった取り組みとして「Pact for Skills」(スキル協定)があり、成人のスキルアップやリスキリングのために具体的なコミットメントを奨励している。

 中でも、「Just Transition Fund(公正なる移行ファンド)」は、グリーン・リスキリング支援のための助成金の仕組みとなっている。後藤氏は「エネルギー分野などの伝統的な産業からグリーン分野への労働移動を促進し『公正な移行』を実現するための助成金です」と、政策的な取り組みと公的支援の重要性を指摘する。

「公正な移行」とは、脱炭素をめぐる雇用対策と産業振興をセットにし、温室効果ガス(GHG)削減などの政策目的の犠牲となって職を失う労働者に新たな仕事を確保することを指す。ファンドは総額€19.2B(約2.7兆円)で、下記に渡ってグリーン分野の新規事業創出やグリーン・リスキリングによる人材育成を支援するものだという。

・中小企業への生産的な投資
・新会社の設立
・環境修復への取組み
・クリーンエネルギーへの投資
・労働者のアップスキリング&リスキリング
・求職支援
・求職者プログラムへの積極的な受入
・CO2排出の多い既存施設の変革(排出削減と雇用維持)

「これもポイントですが、二酸化炭素(CO2)排出の多い既存施設の変革にはもちろんCO2を出さないアクションもありますが、この分野で働いてた人たちをいわゆるサステナブル分野、特に代替エネルギーの分野で働けるようにするというリスキリングも実施しています

 その事例の1つが、ポーランドのエネルギー企業ZE PAKグループの取り組みだ。同グループの鉱山を所有する企業はエネルギー転換とグリーン分野へのリスキリングとして、炭鉱で働いていた鉱山会社の従業員約1,500人を対象に、太陽光発電設備の施工業者としての資格取得を支援するという。

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シンガポール、豪キャンベラ市でも 「労働移動」は3者連携で

 アジア・太平洋地域でもグリーン分野の官民の動きは広がっている。シンガポールは国家レベルで労働者へのグリーン・スキル習得支援を掲げている。シンガポール教育省傘下の組織、SkillsFutureは、グリーンエコノミーの実現に向け、国民が具体的に身につけるべきグリーン・スキルについて発表。今後、優先すべきグリーン・スキルとして、エネルギー効率化に向けたグリーン・プロセスの設計や、カーボンフットプリントの管理、環境管理システムの枠組みや政策などが挙げられている。

 これらのスキルを踏まえると、「これからは誰しもがカーボンフットプリントの計算や管理ができることが当たり前の時代になると思います。シンガポールのように政府が国民に対し習得すべきグリーン・スキルをきちんと提示することで、国民もそれを身につけるべく取り組んでいくようになると思います」と後藤氏は説明する。

 後藤氏によると、オーストラリアのキャンベラ市では、2024年までに450台のディーゼルバスなどを全て電気自動車(EV)のバスに移行すると発表した。その上で、市は職業訓練専門学校と連携し、バスの整備士を対象にEV分野の整備にリスキリングを行っている。この取り組みは、市と労働組合、キャンベラ交通という企業が連携しているという。

「これはリスキリングのポイントですが、行政と労働組合、企業が3者で契約をするというのは、ヨーロッパやアメリカの成功事例のポイントです。『個人の学び直し』ではなくて、きちんと強制力を持って、なくなってしまう仕事から成長していく仕事に労働者を移していくという『労働移動』を3者の合意と契約の下でやっていくということです」と後藤氏は説明する。

 石油メジャーのシェルやBPが洋上風力発電への取り組みを加速させる中、英政府はこれらの企業、労組と連携し、技術者らに代替エネルギーに関するスキルを身に付けてもらうリスキリングを始めている。自動車部品最大手の独ボッシュはEVの普及拡大の動きに伴い、全社的に従業員のリスキリングを実施することを確認した。

 ボッシュの経営陣による2022年6月の記者会見では、「近年、私たちの主力ビジネスである自動車業界全体も、大きな構造転換期を迎えています。この変化の激しい環境に対応するためには、従業員が新しいノウハウや知識を身につけ、競争力を確保する必要が有ります。ボッシュでは、従業員のトレーニングやリスキリングプログラムに継続的に投資し、過去5年間で10億ユーロを投じています」と発表。

 日本でも、ボッシュ・トレーニングセンターを含む人事部門と事業部が連携し、「従業員自身が目指すキャリアを明確にし、その目指すキャリアを実現するために必要な学びの機会を得ることのできる体制づくりを積極的に進めています」と説明している。

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メソッドはこれから 日本のチャンスとは?

 欧州を中心に、世界的にも動きが活発化しているグリーン・リスキリングの取り組み。とはいえ、人材育成における具体的なメソッドの確立はこれからだと、後藤氏は指摘する。

「ヨーロッパを中心に、グリーン分野に関する規制やビジネス慣習の改革に関する議論は白熱していますが、現在はグリーン・ジョブ創出に対する目標設定が定まった段階で人材育成の具体的なノウハウや手法についての議論はこれからです。実はここに既視感があり、2016年頃にアメリカでデジタル人材育成の必要性やリスキリングの議論が沸き起こった時と似ています。『グリーン・リスキリングは大事』『グリーン分野の人材は必要』という議論は広がっている。だけど、具体的なメソッドがまだ出てきていないという状況だと思います」

 その必要性、重要性の認識は共通しているが、まだ草創期のグリーン・リスキリングの取り組み。だからこそ、日本にチャンスがあると後藤氏は見ている。

「私も業界別グリーン・リスキリングのジョブマップを作ろうと思っています。CO2排出量が多い業界について、グリーンのカテゴリーで気候変動や脱炭素対策、代替食品、水、代替燃料を考えると、各業界ごとに新しい仕事が生まれています。これら『グリーン・ジョブ』が1つ1つきちんと定義されることで、そこにどのようなスキルが必要なのかという『グリーン・スキル』が定義され、そのスキルを身につけていくためのメソッドが整っていくと考えています」

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 その上で、「日本はデジタルでは世界に出遅れましたが、環境分野の優れた先端技術があり、グリーン・リスキリングにおいて世界のロールモデルになれる可能性があります」と後藤氏は指摘する。

 日本政府は2050年までにCO2排出量を実質ゼロとするカーボンニュートラルを目指し、GXを積極的に推進しようとしている。岸田内閣は、国際公約達成と日本の産業競争力の強化と経済成長の同時実現に向けて、「今後10年間に官民協調で150兆円規模のグリーントランスフォーメーション(GX)投資を実現する」と打ち出している。「5年で1兆円」のリスキリング支援においても、GXの人材育成に向けた取り組みも想定されているという。

「グリーン分野は気候変動対策の倫理的な意味もありますが、新しいビジネスにつながることでもあります。デジタルやEVにおいて、日本は世界に出遅れてしまいましたが、グリーン分野のビジネス創出やリスキリングは国策として、重点的にやっていくべきだと思います」

 日本ではグリーン人材の育成やグリーン・スキルに関する議論はまだ本格的には始まっていない。その機運を高めるには何が必要か。後藤氏は「海流発電システムや二酸化炭素の回収技術など、企業や研究者らが積み上げてきた素晴らしい環境技術が日本には多くあります」と指摘する。

「国策としてこれらの分野に思い切って舵を切り、重点的に取り組むことで大きなリードが取れると思います。こういった環境技術を身につける再教育、これらの仕事に就ける人材を育てることが『グリーン・リスキリング』です。その手法を確立することによって、環境技術を活かした製品やサービス、人材育成の仕組みを『輸出産業』にすることができ、外貨獲得につながるはずです」

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 だが現状をみると、世界をリードする可能性はあるにも関わらず、残念ながら日本企業のグリーン・スキルへの関心はまだまだ低いと後藤氏は指摘する。その理由をこう考察する。

「そもそもグリーン・スキル、グリーン・ジョブに関する世界的な流れの一次情報を取れていないこと、グローバル化が進んでいないことが要因にあります。日本では人的資本経営についてもそうですが、情報開示の義務化など、強制力が働かないと、『余計な仕事が増えるからやらない』傾向があると思います。問題意識を持って動いていない状況ですね」と厳しく見る。

 GAFAMの台頭など、日本はデジタルの分野で世界のプラットフォーマーに大きく水をあけられた。後藤氏は「AIやデータサイエンスも昔は一部の研究者のためのものでしたが、今では一般的な仕事として必要とされ、しかもAI人材が足りないと困っているのが現状です。日本の世界的な競争力も下がっています。このままでは、グリーン分野も全く同じことになると思います。他の国々は人的資本に投資し、グリーン分野への移行を大きく進めようとしているのにも関わらず、です

 企業や研究機関などがこれまで積み上げてきた日本の環境技術を活かして人的資本に投資し、グリーン・スキルのメソッドを世界に先駆けて確立することで、日本は再興できるかもしれない。その可能性を活かすにはまず何が必要か。

「今はこのグリーン分野のリスキリングの正解がまだありません。日本人はその『正解がないところ』に飛び込むのが本当に苦手だとは思いますが、いち早く飛び込んだもの勝ちだと思います。ファーストペンギンになり、試行錯誤を繰り返しながら、デジタルでは負けてしまった世界標準をぜひグリーン分野で勝負して取りに行ってほしいと思います」

 世界各国、どの働く分野においても今後グリーン・スキルやそのスキルを身につけた人材が必要とされるようになると予測する後藤氏。「これは、グリーン、デジタルに関わらずですが、日本式にこだわっているのではなく、とにかく最先端の取り組みについて一次情報を取り、学び、まねることで初めて『日本流』が生まれてくると思います。まず海外で何が起きているのか、グローバルな視点で日本の現在地、現状をしっかりと把握することが大事であり、必要なことだと思います」

※インタビュー前編 リスキリングは「個人の学び直し」ではない。「技術的失業」を防ぐために 企業がやるべきこととは?



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