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2018年1~3Q、イスラエルのハイテク企業は約45億ドル※1を調達した。スタートアップ大国として注目を集める当地には、1974年から研究開発拠点を構えイノベーションを起こしてきたインテルをはじめ、アップル、フェイスブックなどグローバル企業が進出している。企業の生存戦略としてオープンイノベーションが加速する昨今、日本はイスラエルとどのように共存共栄していくべきだろうか。現地でのリアルなデータと声をもとにまとめた。

編集部からのお知らせ:イスラエルスタートアップやそのエコシステム関連情報をひとつにまとめたレポートの2020年度版「Israel Startup Ecosystem Report」を無償提供しています。こちらからお問い合わせください。

スタートアップを支えるイスラエルのエコシステム

 Start-up Nation Centralの調査によると2017年には700社ものスタートアップがイスラエルで生まれている。その背景には、VCやアクセラレーター、技術移転機関(TTO)を持つ大学、多国籍企業のR&Dなど多くのサポーターが存在する。

 その他にも非営利団体や経営者クラブ、ミートアップなど多様なコミュニティが存在している。ミートアップは毎日のように開催され、新しい人を紹介してもらう機会も多い。現地で活動していると、プレーヤー同士が有機的に繋がり力強いエコシステムを形成していることを実感する。

最先端技術・優秀な人材を生み出すイスラエル国防軍

 そのエコシステムの中核的存在はイスラエル国防軍だ。国防軍は厳しい環境下にあるイスラエルの防衛という本来の役割のほかに、スタートアップにとっては「技術人材の訓練所」という別の側面も持っている。

 特殊な事情をのぞいて、イスラエルの男女は高校卒業後に2~3年間の兵役が義務付けられており、様々な部隊に配属されプロジェクトに携わる。そこで最先端テクノロジーを学ぶ。世界屈指のサイバー諜報機関と名高い8200部隊のようなエリートが集結する部隊からは、軍で学んだ最先端テクノロジーを活用して起業しているケースも多い。

 たとえばサイバーセキュリティ企業Cybereasonの共同創業者は8200部隊出身者だ。他にも医療現場で活用されているカプセル型内視鏡も、イスラエルのミサイル技術に関わっていた研究者がその技術を応用し開発したものだ。

 在学中から優秀な人材はチェックされており、30名ほどの選抜者のみが参加を許される「タルピオットプログラム」というエリート養成プログラムがある。ここからは世界的に有名な起業家が輩出されている。ファイヤーウォールで有名なCheckpoint Software Technologiesの共同創業者や、アメリカで有名なライドシェアアプリViaの創業者もタルピオット出身者だ。

コミュニティの役割も果たす国防軍

 また現地の人によれば、国防軍は技術や人材育成だけでなくコミュニティとしても大きな役割を果たしていると言う。現地では大学よりも出身部隊がアイデンティティや信用力の一つとなっているそうだ。

 兵役という厳しい訓練に耐え、同じ釜の飯を食べる濃密な共通体験は、イスラエル人の結びつきを強固なものにし信頼関係を育む。そのため同窓会や定例会などは、信頼関係で結ばれた優秀な人材同士が集まる場となる。この場で話が盛り上がり起業に至るケースも少なくない。

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個の強さを生み出すイスラエル人の国民性

 イスラエルのイノベーションはその厳しい環境を補完するために生まれたとの意見もあるが、現地のインタビューでは、その国民性がイノベーションの源泉となっているとの声が多かった。彼らの国民性を形容する言葉として「フツパー」や「バラガン」という言葉をよく耳にする。フツパーは図々しさや自己主張の強さ、バラガンはカオスな状態を意味する。

 世界各地からユダヤ人が集まり“当たり前”が存在しないカオスな環境の中で、自立や自己主張を教わってきた人材たちが議論を繰り返している。このような国民性が「やってみないとわからない」というトライアンドエラーを基軸とする価値観を生み、その経験から技術力を獲得している。失敗を賞賛する文化にも繋がっている。

 以上のように、①最新技術を習得する機会であり、優秀な人材同士の有機的繋がりを築く土壌としての「兵役経験」②自立や自己主張によりカオスな環境に対応してきた「個の強さ」③トライアンドエラーを基軸とした「失敗を恐れない文化」④優れたエコシステム、これらが相まって優秀なスタートアップがイスラエルで生まれている。

活発化する日本企業とイスラエルの協業

 次に日本企業の活動について触れる。近年、研究開発やテックサーチの拠点をイスラエルに構える日本企業は増えており、約70社※2が進出している。

 現地企業を買収したソニーや田辺三菱製薬、イノベーションラボを構えるSOMPOホールディングスやデンソー、現地スタートアップへの投資を行う三井物産やSBIホールディングスなどが現地で活動している。その他、ベンチャーキャピタルへの出資を通して情報収集する企業や、出張ベースでイベントに参加しスタートアップを探しに来る日本企業も多く見られた。

 日本銀行の国際収支統計によると、2017年における日本企業のイスラエルへの投資額は約1300億円。3年前の2014年に比べると約50倍に急増している。

 これまで中東アラブ諸国との関係性やイスラエルの市場規模を理由に、日本小売企業の進出は少なかった。しかし最近では2018年6月にダイソーが進出を果たし、その後も急速に店舗数を伸ばしている。

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通用しない“日本の常識”

 日本とイスラエルの協業や経済交流が加速する一方、現地の日本人たちは、イスラエル人とのコミュニケーションに苦労していると話してくれた。

 優先順位やビジネスの進め方の違いが多く、イスラエルのスタートアップは、クオリティや売上よりも、クリエイティビティやスピードを重視する傾向が強いようだ。

 なかには、重要ではないと勝手に判断し顧客との約束ごとを放棄するという例もあったようで、日本の企業の常識では予想できないようなことも実際に起こっている。

相互に求め合う、日本とイスラエル

 文化の違いによるコンフリクトはあるものの、日本企業はもちろん、イスラエルスタートアップからも協業についてポジティブな意見が多かった。

 「何かを生み出す力を持つイスラエルと、それを開花させることのできる日本は相性が良いと思っている」「優れたアルゴリズムを持っているが、それを活かすデータなどのリソースは日本企業に協力を仰ぎたい」「市場として日本に魅力を感じており、良いパートナーを探したい」など、スタートアップからは日本に期待する意見が多く聞かれた。国内市場やリソースが限られているイスラエルスタートアップにとっては、日本市場や日本企業の持つリソースは大きな魅力になっている。

 また、2017年「日・イスラエル投資協定」への署名・発効など、日イ両国間の経済関 係は近年飛躍的に発展している。官民合同のイノベーション推進活動や、成田・テルアビブ間の直行定期便の就航に向けたチャーター便就航に関する協議など、両国政府は関係強化のための環境整備を着々と進めている。

日イ協業のキーポイントは相互理解と段階的な前進

 現地インタビューの中で、これから協業をしていくフェーズの日本企業とイスラエルスタートアップの間にはすれ違いが発生している印象を持った。

 社内の動きが遅いことを理由に消極的になる日本企業、より具体的に話を進めたいスタートアップ。密なエコシステムを持つイスラエルでは、ギブアンドテイクのない一方的な情報収集や曖昧な態度をとり続けることは、評判を落とすことに繋がる。

 日本企業は「イスラエルに進出する目的」と「スタートアップに貢献できるポイント」を明確にする。かつ現実的なネクストステップを決めながら話し合いを進めていくことを心掛けたい。

 特にフロントに立つイノベーション担当者は、誠意を持って状況をシェアし、段階的にでも前に進める姿勢を示していくことで信頼を勝ち取ってほしい。うまくいっている事例の中で、人間同士の信頼関係が存在しないものは聞いたことがない。日本とイスラエルのコラボレーションが着実に進んでいくことを願う。

Image:Aritra Deb / Shutterstock.com
※1 https://www.ivc-online.com/Portals/0/RC/Survey/IVC_Q3-18%20Capital%20Raising_Survey_Final.pdf
※2 https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000368753.pdf

 ※本記事は冊子「Israel Startup Ecosystem 50」の記事を再掲載したものです。冊子ではより詳しいスタートアップの情報や、イスラエルスタートアップと日本企業の協業事例、現地ベンチャーキャピタルのインタビュー記事を掲載しています。

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