2台のノートパソコンから始まったアフリカを代表するAI企業
インタビューの冒頭、Beguir氏は「今年の8月下旬、北アフリカで多くの企業が参加するイベントがありますが、あなたも参加されますか」と語り掛けた。このイベントは、Tokyo International Conference on African Development(TICAD、アフリカ開発会議)で、日本政府が主導し、国連や国連開発計画(UNDP)、世界銀行及びアフリカ連合委員会(AUC)と共同で開催するものだ。第8回となるTICAD8は2022年8月にチュニジアで開催される予定だ。InstaDeepも参加するという。
「私たちはアフリカから始まった会社で、アフリカを代表するAI企業であると広く認識されています」とBeguir氏は語り、自身のルーツについて説明した。
Beguir氏のルーツはチュニジアとフランスにあり、チュニジア南部で育ち、フランスの高等教育研究機関Ecole Polytechniqueで応用数学や経済学を学んだ。その後、渡米してNew York Universityでも応用数学を学ぶ。
「大学時代、応用数学への情熱を持ち、当時からニューラルネットワークの研究をしていました。大学を卒業後はロンドンやニューヨークで仕事をしていましたが、2014年に全ての仕事をやめてチュニジアに戻り、応用数学への情熱を貫くため、そしてアフリカの才能でデジタルやAIの時代に面白いことをやれると思い、InstaDeepを始めることにしたのです」
こうしてBeguir氏は、AIの研究に加え、アフリカのデジタル人材をAIなどの分野で活かしたいという情熱を胸に、2014年に共同創業者のZohra Slims氏とともにチュニジアでInstaDeepを創業する。現在は、ロンドン本社と、パリ、チュニス、ラゴス、ドバイ、ケープタウンの計6拠点にオフィスを構え、200名以上のメンバーが在籍しているが、創業当時はわずか2台のノートパソコンと、2000ドルのみでのスタートだった。
独BioNTechと新型コロナ変異株の早期警告システムを開発
InstaDeepの主力製品はエンタープライズ向けの意思決定AI製品だ。さまざまな産業において複雑な課題の解決に取り組んでおり、Google DeepMindやNvidia、Intelなど、人工知能関連のグローバルリーダーとのコラボレーションも展開している。
Beguir氏は導入事例をこう紹介する。「ドイツの鉄道において、私たちは、列車の運行スケジュール管理を完全にデジタル化し、自動化するという、これまでにない野心的なプロジェクトのパートナーになっています。3万km以上の線路を走る1日10000本の列車について、どの列車がどの時間帯にどの目的地に行くかを自動的に管理するのは、私たちが構築するAIなのです」
シミュレーションによってAIシステムを強化し、それを実世界に展開することで効率性を高めているのだ。例示したモビリティ分野だけでなく、物流やバイオテクノロジー、創薬、プリント基盤設計などにも同社が手掛けたAIシステムは活用されている。同社が構築したAIシステムをそのまま企業が活用する場合もあれば、大企業とコラボレーションしたプロジェクトも展開する。
例えば、InstaDeepは、ドイツのBioNTechと2020年11月に複数年にわたる協力契約を結び、AIとバイオテクノロジーの最先端分野の研究に取り組んでいる。BioNTechは製薬大手ファイザーと共に、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチン開発に取り組んだ企業だ。
COVID-19を引き起こす病原体「SARS-CoV-2」について、InstaDeepとBioNTechは2022年1月、高リスクのSARS-CoV-2亜種の可能性を検出する早期警告システムを開発したと発表した。
Beguir氏は「世界初の試みで、基本的にリアルタイムで新規変異体をスクリーニングするシステムです。毎週1万以上のCOVID-19の新規変異体を把握できます」と説明した。業界のリーダーとのイノベーション活動が先端技術の研究にもつながるため、InstaDeepは競合に対する優位性をより高めていけるのだ。
米国市場での地位確立、日本企業とのコラボレーションを目指す
InstaDeepがさまざまな産業を革新するAIを提供できる理由について、Beguir氏は「私たちはディープテックのスタートアップであり、純粋にAIシステム開発に取り組んでいます。ヨーロッパや中東、アフリカで最も優秀な研究者らがいます。基礎技術が同じ意思決定のAIプラットフォームを構築しているので、あらゆるセクターへ応用でき、提携することができます」と語る。
前述のようにドイツでは既に大きな成果を出しており、アメリカ市場にも展開中だ。2台のノートパソコンで始まった企業は、毎年2倍〜3倍の成長を遂げてきた。2022年1月にはAlpha Intelligence CapitalとCDIB Capital、GoogleなどからシリーズBラウンドで1億ドル(約126億円)を調達している。
今後12カ月で重視しているのは、アメリカ市場での地位の確立や、新たなパートナーシップ構築だ。新製品の提供も予定しており、さらなるコンピューティング能力の向上にも投資する。
日本での協業の可能性にについてはどうか。
「日本企業とのコラボレーションも喜んで始めたいと思います。TICAD8でも多くの日本企業に直接お会いしてお話ししたいです。私たちは洗練された業界のリーダーと仕事をするのが好きですし、日本には多くのリーディングカンパニーがあります。プリント基板設計を行う電子機器製造業や、海上輸送、トラックの運行管理、コンテナ積込の最適化など、物流関係の企業とは大きな貢献ができると考えています」
現在開発中の新製品に、プリント基板を自動設計するAIと、コンテナへの効率的な梱包と積込を行うAIがあり、日本市場においても大きな需要があると見ているのだ。人工知能は人類の未来にとって重要な存在で、その恩恵は広く共有されるべきだと考えるBeguir氏は、最後に日本企業に対して次のようなメッセージを残した。
「会社を設立したときの夢は、現代で最もエキサイティングなデジタル技術で、真の貢献ができることを世の中に示すことでした。日本はアフリカの経済発展や技術開発の面で、常に偉大なサポーターのような存在です。ですから、私の将来のビジョンは、日本のような先進国のリーダーと、アフリカや発展途上国のリーダーたちの技術的な橋渡しをすることです。世界中の素晴らしいパートナーとともに、資源ベースあるいは安い労働力ベースの従来のモデルを超えて、新たな経済モデルを構築するイノベーションに注力したいのです」