1.インフラ事業を取り巻く厳しい環境
人口減少、資産老朽化、激甚化する災害など、水道、電力、鉄道などのインフラ事業を取り巻く環境は大きく変化している。日々、利用したい時にいつでも利用できることが当たり前となっているインフラ事業をどのようにして持続していくのかが問われている。このままでは、われわれが、水道料金や電気料金のような形で支払っているコスト負担の増加やサービスの途絶、サービスレベルの低下につながりかねない状況だ。
このような状況でインフラ事業に関わる企業はどのように貢献し、ビジネス展開をしていくことができるのだろうか。また、政府の規制の影響や、事業運営における公共セクターの影響度の大きいこの分野で、企業やスタートアップの取り組みを促進する観点から、官の立場、民の立場それぞれでどのような取り組みが有効なのだろうか。
まず、日本では、電力、上下水道、鉄道を例にインフラストック量を見てみると、それぞれ数十兆円規模に及び、物理的な延長や量も莫大(ばくだい)なものとなっている。
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人口減少や新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で、需要は減少している。そうした状況下で老朽化投資を進めていくためには、利用者の負担が増えるシナリオも想定される。
例えば、EY新日本有限責任監査法人および水の安全保障戦略機構による共同研究によると、今後の全国の各水道事業が赤字にならないように料金を値上げしていくと仮定した場合、2043年度までに水道料金の値上げが必要と推計される事業体は、分析対象全体の約94%に及ぶと推計される。水道料金の全国平均値では、平均的な使用水量の場合、2018年は3,225円/月であるのが、2043年には4,642円/月になると推計される。
また、お金の面と同様に深刻なのが、ヒトの観点だ。就業者の高齢化を見てみると、建設業という区分の場合、他産業と比べて高齢化度が高い。建設業就業者は、55歳以上が約36%、29歳以下が約12%と高齢化が進行し、次世代への技術継承が大きな課題となっている。
また、事業運営をしている公共セクターにおいても、市町村単位でビジネスが行われているために職員がもともと少なかったり、新規採用の抑制や平均年齢の高齢化により運営ノウハウの承継が厳しい状況にあったりする場合が多い。上下水道事業は典型的な市町村管理インフラだが、給水人口別の水道事業数と平均職員数(令和元年度)を見ると、人口3万人以下の事業では職員が10人未満の状況となっている。また、水道事業の職員数は、約40年前のピーク時から見て、約4割減少している状況にある。
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こうした状況を解決していくためには、資産管理の省力化・効率化や、住民にとってより利便性を高めるようなテクノロジーやソリューションの利用が間違いなく方策の一つとなるだろう。実際にスタートアップ企業を中心に国内外で数多く開発、実装されている。今回は、そのようなインフラ分野でのイノベーションをもたらし得るような企業を「住民の暮らしを支える」という観点と「インフラ設備を支える」というカテゴリーで紹介していきたい。
また、海外のインフラ事業でそのようなスタートアップ企業が生まれ、活用されている背景も紹介し、今後の日本におけるインフラ領域でのイノベーションのあり方も併せて考えるきっかけになればと考えている。
2.今後のスマートシティ、インフラ事業における企業の貢献とは
今後のインフラ持続化のカギは、投資と運営の最適化だ。膨大な資産を管理運営していくためには、インフラ事業の施設に優先順位をつけて、最適なタイミングで限られた資金を使っていくという点が重要だ。従来、インフラ分野では、熟練職員の経験にも頼りながら、施設の更新を進めてきたが、老朽施設が増加する一方で職員数が減少するようでは、そうした形でのマネジメントには限界があるだろう。
そうした中で、日常の施設の運営、維持管理や点検といったOPEX(運営・維持管理費)の部分でのデータ蓄積から、施設の劣化予測や故障発生時の影響の大小などを予測、評価し、更新投資計画に反映し、実行していく、という一連の流れ、つまりアセットマネジメントが不可欠だ。投資・運営の最適化を追求するアセットマネジメントの高度化が、インフラ事業持続性確保のキモであり、AIや数理モデルによる高度化が進んでいる分野でもある。
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また、そのほかにも、2050年カーボンニュートラルに向けた温室効果ガス(GHG)削減や省エネルギー化、再エネ導入などの環境エネルギー面での新たな社会的要請に応えねばならず、また、自然災害の激甚化傾向の中での安定的なサービス継続も喫緊の課題だ。さらに、小売市場が自由化された電力・ガスでは顧客満足を一層意識せざるをえず、公共交通ではMaas(Mobility as a service)など新たな利用モードが出現している。
しかし、インフラ事業、特に公共オペレーターを念頭に置くと、スタートアップ企業の貢献という観点では、新規参入や民間大手企業との連携を行う上で、官民間の障壁、国内外の障壁、制度面、商習慣の違いなど、まだまだ課題が多いと言わざるを得ない。さまざまなハードルを解消していくためには、自治体におけるスマートシティやインフラのグランドデザイン策定、国・規制当局の政策・ガイドライン策定支援による技術導入の円滑化、典型的なインフラ事業者以外の企業の市場参入などさまざまな取り組みが不可欠だ。
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3.住民の暮らしを支え、インフラ設備を支えるスタートアップ企業とは
主に海外で、住民の暮らしを支える、またはインフラ設備を支える、という視点で事業を行っているスタートアップを今回リストアップした。One Concern、Fracta、CopperleafやASTERRAのように日本でも導入、または実証といった活動をしているものもあれば、海外での取り組みが主のものもある。AI、IoTを駆使して、インフラ事業の付加価値向上、またはアセットマネジメントの最適化や効率化に挑むソリューションであり、わが国における今後のインフラ事業運営の持続、高度化に有用なものと考えられる。
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4.今後のスマートシティ、インフラ分野でのスタートアップ活用に向けて
今後のスマートシティ、インフラ分野におけるスタートアップの活躍の機会という視点では、主に4つの取り組みが重要だろう。例えば、国・規制当局という視点では、インフラ事業の運営高度化を促すような制度、規制の枠組みをどのように作っていくかがポイントだ。
例えば、イギリスでは、上下水道事業を規制する省庁(OFWAT)が、上下水道会社が達成すべき資産管理の水準を示すとともに、料金上限に関する審査プロセスの中で、投資を効率化するように要求をすることが何ラウンドも繰り返される。こうした政府の運営高度化、料金最適化といった要請にオペレーターが最適に応えていくためにスタートアップのソリューションが用いられている。
例えば、Copperleafは、オペレーター企業が、政府(料金規制機関)が課す、膨大で複雑な長期財務・投資見通しを迅速に算定するための自動化ツールを提供しており、イギリスの複数の上下水道会社で導入されているが、政府の複雑な規制に迅速に対応していくというニーズに応えたものと考えられる。
また、インフラ領域でのPPP/PFIといった官民連携事業の導入という議論が日本国内では盛んに行われている。官民連携が日本よりも古くから導入されているフランスでは、公共から水ビジネスを受託している民間インフラオペレーター(水メジャー)がスタートアップ買収や連携の取り組みを進めているという注目すべき側面がある。
例えば、いわゆる水メジャーと呼ばれるフランスのSuezでは、Suez Venturesと呼ばれるグループ企業を通じて、水道、エネルギー、教育などさまざまなセクターのスタートアップへの出資をしている。また、同じく水メジャーであるフランスのVeoliaでは、スタートアップを募るOpen playground by Veoliaというプログラムを通じて、優れたスタートアップとの連携機会を模索している。
公共セクターでは必ずしも容易ではない、こうした取り組みを、公共から数十年単位で業務を受託するオペレーターである民間企業が、スタートアップ連携を代替しているともいえるような取り組みである。日本でも、今後官民連携事業がさらに深化する中で、民間発意のこのような取り組みが増加することも考えられる。
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こうしたさまざまな主体に関わる取り組みを同時多発的に進めていくことが、日本のスマートシティ、インフラといった分野でのスタートアップの活用やそれによるイノベーションを実現し、社会経済の持続につながるものとなる。しかし、国、地方自治体、民間企業といったさまざまなステークホルダーが関わるものであり、必ずしも一朝一夕に進むものでもないのも事実だ。
しかし、膨大な資産が足元で劣化し、取り巻く経営環境が厳しさを増している環境下では、歩みを止めることは望ましくなく、一歩一歩取り組みを進めていくことが肝要だ。
EYでは、例えば以下のような取り組みを通じた貢献をしていきたい。「Building a better working world ~より良い社会の構築を目指して」をパーパス(存在意義)に掲げるプロフェッショナルファームとして、EYは政府におけるインフラ資産管理の高度化に向けた制度設計、官民連携/PPPなどの制度設計、インフラ事業者(オペレーター)の経営改善の取り組みや、インフラ関係企業とスタートアップとの連携支援/POCなど、多様な取り組みを通じて、「オーガナイザー」として、インフラ分野でのイノベーション実現に向けた取り組みを進めていきたいと考えている。
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