中国本土の4大都市として、北京、上海、広州に並び称される深圳。中国を代表するハイテク企業のテンセントやファーウェイを生み出し、「中国のシリコンバレー」とも言われている深圳は、なぜ急成長を遂げられたのか。元北京大学深圳大学院長であり、現在は起業家そして投資家として深圳のイノベーションに携わる張永宏氏に聞いた。(取材協力・FIND ASIA)

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なぜ深圳はイノベーションを生み出せるのか、5つの理由

――まずYuanquan Ventures(以下、YQ Ventures)のインキュベーション活動について教えてもらえますか。

 YQ Venturesは、深圳市から「海外イノベーションセンター」として認定された民間企業で、深圳のインキュベーターです。投資、コンサルティング、そして技術移転を事業の中核にしています。教育機関、政府、そして財界との人脈を通じ、これまでに100以上のプロジェクトのインキュベーションに携わっています。

張永宏
Yuanquan Ventures
Chairman
1986年に北京大学にて法学部学士、1989年に同大学にて経済法の修士号を取得。2013年に深圳にフェイファンホテルを創業。2015年にアクセラレーターYuanquan Venturesを創業しChairmanに就任。元北京大学深圳大学院長。
 当社では、主に4つの領域で事業を展開しています。1つ目は、深圳で起業する若い世代のスタートアップ支援です。2つ目は、シードやシリーズAにあるスタートアップ向けの金融サービスの提供。そして3つ目が中国から海外へ、または海外から中国への技術移転です。最後に、深圳におけるスタートアップエコシステムの構築に取り組んでおり、独自にエコシステムに関するレポートを作成しています。

――近年、深圳はイノベーションを生み出す都市として注目されています。深圳の特徴やビジネス環境についてお話ししてもらえますか。

 深圳は中国南部・広東省にあり、人口1300万人超の大都市です。北京、上海、広州をしのぐイノベーション都市として知られており、中国における都市ランキング、ユニコーン創出数の世界ランキングなどでも高く評価されています。

 深圳には、重要な役割を担う5つの「存在」があります。

 まず最も重要な役割を担ってきたのが、深圳政府です。深圳市は1980年に中国国内に設けられた経済特区の1つで、深圳政府自体がイノベーターでありパイオニアです。イノベーションを理解している職員が生き残りをかけてゼロから活動を始め、時代に合わせ、経済成長の促進に必要な政策に取り組んできました。

 1980年代〜1990年代は、海外企業の誘致に力を入れ、2000年からは金融システムの構築に注力してきました。そして深圳が「イノベーション都市」として頭角を現し始めたのは2015年頃からです。

 深圳では海外企業も現地法人を設立しやすい環境が整っています。他にも、現地で新規雇用した場合、その人件費や場合によっては居住費も政府が負担します。

 また、オフィスも無償提供するなど、有効な支援制度があります。企業は、規模に関係なく政府の支援を平等に受けることができます。

 こうした支援制度により、中国国内では珍しく、市内のハイテク企業の90%が民間企業で、特許も90%が民間企業のものです。そして、深圳では14人に1人が創業者で、彼ら起業家が2つ目の「存在」です。

 3つ目は、大学などの高等教育機関や研究機関の存在です。近年、深圳には大学などの研究機関が多数設立されています。例えば、北京大学を始めとする中国国内の有名大学の研究機関や、香港の大学の研究機関も設立されました。更に米国のUC Berkeleyや、英国のケンブリッジ大学など、海外の著名大学も進出し、10万人の大学生や研究者が深圳に集まっています。

 他にも、深圳バーチャル大学を設け、予算面などで制限があり深圳にオフィスを持てない大学や研究機関などを対象に、バーチャルオフィスをご提供しています。このバーチャルオフィスを活用し、より多くの国内外の大学や研究機関が、深圳のスタートアップコミュニティーとつながりを持てるようにしています。

 4つ目は、金融政策つまり資金調達に関わる「存在」です。まず、深圳政府が100億人民元規模のファンドを設けています。それ以外にも、200億人民元規模のエンジェルファンドがあり、中には、IT産業、バイオテクノロジーや新素材など、特定の産業分野に特化したものもあります。

 また、中国国内にある主要VCが支社や支部を深圳に構えていますし、プライベートエクイティファンドもあります。深圳証券取引所にはスタートアップ向け市場「創業板(チャイネクスト)」があります。新興企業がIPOできる環境が整っており、これまでに400社以上の深圳発スタートアップが上場しています。

 5つ目は人材です。深圳の人口約1300万人の平均年齢は30歳前後です。若い人が非常に多く、エネルギーに満ちていることが、深圳がイノベーション都市として成功している重要な要因だと思います。

新型コロナウイルスの影響から回復

――深圳でも新型コロナウイルスの影響は大きかったのはないですか?

 深圳では、今年1〜2月まで特に大きな影響がありました。しかし、深圳市政府と中国政府による支援金や政策、そして深圳の人々の努力で4月には新型コロナウイルスから受けた経済的なダメージをほぼ回復できたと思います。海外への輸出量も回復しましたし、4月には複数のIT企業がIPOしました。

 また、政府主導の研究プロジェクトも4月から始まり、深圳でも光明区で「光明科学城」という世界レベルの科学都市建設プロジェクトが始まりました。「光明科学城」は、大学や研究機関が集まる研究学園地区として整備が進んでいます。

 他には、香港と深圳による高度技術分野での共同プロジェクトも4月から始まりました。また、中国政府によるグレイターベイエリア計画もより活発に動いています。

 深圳ではショッピングモールも、4月から再開しています。また、深圳の不動産価格は上がり続けています。これは、深圳経済はこれからも強くなるということ、海外からの投資を呼び込んでいることの表れでしょう。

日本企業が知らない、深圳の今

――日本企業は、1980年代から深圳に進出していました。今はどうでしょう?

 そうですね。深圳では、1980年代から現在までの40年間、4つのフェーズで発展してきました。1980年代は洋服などの製造工場として成長し、1990年代には海外輸出品の製造、2000年からは深圳市や政府の金融システムに注力しました。そして、4つ目が2015年から現在も続くイノベーションフェーズです。

 日本企業は1980年代から1990年代までは深圳の経済に大きく貢献しました。例えば、三洋電機が中国で一番大きな工場を作り6000人を雇用しました。しかし、90年代以降は、影響力が少しずつ減り続け、現在の深圳に影響を与えている日本企業はなく、日本からのイノベーションもありません

 2018年頃から、日本企業や大学、そして政府機関と直接お話しする機会があり、深圳のイノベーション企業を紹介し、彼らの技術を日本企業で活用できないか、検討したことがあります。これは、私の個人的な意見ですが、日本企業は今の深圳を理解できていないように思います。

 ビジネスで深圳を訪れた日本の方の多くは、例えば、深圳の地理、産業やビジネス分野、エコシステムなどについて、事前の予習もせず、知識ゼロの状態で来ているようでした。中国政府によるグレーターベイエリア計画でさえ、知らない方がいます。

 私は、日本企業や政府機関の方々には、深圳を学び直していただきたいと考えています。1980年代の知識を改め、今の深圳市場のポテンシャルを理解していただき、深圳への進出をご検討いただきたいのです。

Photo:askarim / Shutterstock

 特に新エネルギー車や電気機器、新素材などの高度技術を持つ日本企業が深圳市場に進出し、市場を拡大してくれることを期待しています。深圳市の人口は約1300万人ですが、広東省の人口は約1億人です。ポテンシャルがある巨大市場を見逃さないでください。

 また、日本の大学や研究機関にも深圳に進出していただきたいと思っています。様々な国の大学が、深圳でプロジェクトを進めていますが、日本からはまだ参加がありません。

 最後に、日本企業に深圳発スタートアップの支援プラットフォームを設立してもらいたいと考えています。深圳にはイノベーションを支える豊富なリソースがあり、深圳のスタートアップはグローバルマーケットを目指しています。日本企業と共同でインキュベーションやスタートアッププログラム、国際的な共同プロジェクトを行い、共にグローバルマーケットを目指したいと考えています。

――張さんが深圳のスタートアップに投資する際、何に留意していますか?

 深圳は非常に競争が激しいため、良いテクノロジーを持っていても、商用化するまでのスピードが遅いと、勝負に負けます。そのため、インキュベーターまたは投資家としてスタートアップを支援する時は、スピードを重視しています。

 また、中国の一部の大学では市場の需要に対応するテクノロジーへの取り組みが進んでいます。北京大学や清華大学など、最高峰と言われるトップ校は、10年先の問題を解決するようなテクノロジーの開発や、政府主導プロジェクトに取り組んでいますが、深圳大学などでは、産業界で今必要とされているイノベーションに取り組んでいます。これらの大学も、市場の需要に対応することが求められますし、支援する時はスピードが最も重要です。

レポート記事
「中国イノベーションエコシステムの”今”」レポート発行

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