もともと大企業主導だったイスラエルのビジネスはどのようにしてスタートアップ中心のエコシステムに代わってきたのか-。日本に5年住んだこともあり、日本とイスラエルの橋渡しに注力してきたVertex VenturesのDavid Heller氏にこれまでの経緯や日本企業がイスラエルのスタートアップと協業する上での課題を聞いた。

David Heller
Vertex Ventures
General Partner
1985年にイスラエルで弁護士になる。1990年から京都大学大学院修士課程に通い、修士号取得ののち、1995年まで東京の弁護士事務所で働く。1996年にイスラエルに戻り、ベンチャーキャピタリストに転じる。日本とイスラエルの橋渡しをするI I Fを立ち上げ、のちにVertexと統合。

世界の中心は東に移る

―Vertexの立ち上げ経緯を教えてください。

 実は私は1990年から京都大学で法学修士を取り、東京の法律事務所で働きました。日本に来る準備をしていた1980年代、多くの国はまだまだ米国の方向を見ていました。でも、私はこれからは日本が世界一になっていくと思っていました。実際は中国でしたが、世界の中心が西から東に移っていくという予想は間違っていませんでした。

 イスラエルに戻って法務関係の仕事を辞め、イスラエルの技術を日本へ、日本の投資家をイスラエルに橋渡しをしたい思いでファンドを立ち上げました。そして1997年に、当初シンガポールのテマセックグループが作ったVertexと統合したのです。

イスラエル政府の問題意識

―イスラエルの産業構造にVCはどのような役割を果たしてきたのでしょうか。

 1990年代半ばまで、イスラエルの技術開発は大企業主導でした。でも、政府はシリコンバレーの事例などを見て、小さなスタートアップがこれからエコシステムを作っていくと考えました。大企業からスタートアップへの移行をどう作っていくか。これを考えたときに、政府はイスラエルは起業家精神に溢れているものの、そこにお金をつけるベンチャーキャピタルが存在していないことに問題を見出しました。

 そこで政府は「Yozmaプログラム」と呼ばれるVC育成プログラムを作り、1億ドルを元手にベンチャーキャピタル10社に出資しました。そのうちの1社がVertexです。政府からの資金だけではなく、日本やシンガポールとのつながりがあった私たちはアジアからの資金も呼び込みました。

 ベンチャーキャピタルができあがっていくのを見て、起業家が大企業を飛び出し、スタートアップを作り始めました。産業構造が変化し始め、大企業の存在感は小さくなり、いい大学を出た若者はいまや大企業ではなく、スタートアップで働く夢を持つようになっています。

―Vertexの投資先はどのような企業が多いですか。

 Vertexは今、サイバーセキュリティ、自動運転車、Eコマース、クラウドインフラ、ビッグデータなど様々な分野に投資しています。これまでに9億ドルのファンドレイズをして、29の投資家が欧米、日本、アジアから参加しています。128社に出資し、32社のM&Aと12社のIPOを果たし、合計44社がすでにエグジットしています。

 スタートアップに対しては資金的な支援はもちろんですが、技術の移管も進めて戦略的にもメリットが出るようにしています。アジアに巨大なネットワークも持っているので、資金だけではなく、ネットワークを求めて来訪する企業もあります。製造ライン、配達業者、時には顧客を紹介することもしています。

投資先選定で重視するのはリーダーシップ

―どのように投資先のスタートアップを探して、選定しているのでしょうか。

 年間600社が応募してきて、1年に6~10社の投資先を選びます。我々が発掘するというよりは、スタートアップ側が我々を見つけてくれるので、探す必要はありません。選定の上で、一番重要なのは、リーダーシップです。その次に技術。それから急拡大しているマーケットであること。もちろん合理的なビジネスモデル、エグジットの戦略もあるべきですね。

―今後日本とイスラエルの協業は増えて行きそうでしょうか。

 4年ほど前まで、日本の投資家はあまりイスラエルとのビジネスに関心がありませんでした。そこから、政治的情勢が変わりました。中東の政治が動き、今まで慎重だった企業が問題はないとみなしはじめています。ネタニヤフ・イスラエル首相と安倍首相が相互に国を訪問し始めたことも大きいと思います。

 日本企業が外からイノベーションを取り入れないといけないという姿勢に変化してきたことも感じます。最初はシリコンバレーを向いていましたが、イスラエルを1つめのシリコンバレーとして位置づけはじめました。このトレンドは続き、もっと多くの投資家がイスラエルに向かうと思います。

日本企業は意思決定が遅い

―日本企業と協業する上での課題は何でしょうか。

 課題があるとすれば、カルチャーギャップですね。日本企業は意思決定が非常に遅く、イスラエル企業はイライラさせられることが多いです。

 私はイスラエル企業に「根回しや稟議書が必要なことがある。でも、一度決断がされればそのあとは速いし、日本人はロイヤリティが高く、短期ではなく長い目で利益につながるから」と言い聞かせています。でもこれを理解できないイスラエル企業は他の提携先を探しに行ってしまい、日本企業は機会を逃していると思います。

―意思決定をできるだけ速めること以外に解決策はあるでしょうか。

 日本企業は、スタートアップに対してオープンになってほしいですね。一つは、プロセスにどれくらいの時間がかかりそうか、長くなりそうであればそれをあらかじめ相手に伝えておくこと。それから、今どこの段階なのか、プロセスを逐一報告し、動いているということを確認してもらうこと。このように透明性を高めることで、機会は増えると思います。イスラエルの企業は日本企業を含めたグローバル市場でのコラボレーションに大変関心があります。ぜひ早く動いてくださいね。

 ※本記事は冊子「Israel Startup Ecosystem 50」の記事を再掲載したものです。冊子ではより詳しいスタートアップの情報や、イスラエルスタートアップと日本企業の協業事例、現地ベンチャーキャピタルのインタビュー記事を掲載しています。



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