<目次>
・「両利きの経営」で、体力があるうちに新規事業を育てよ
・仮説・検証を早いサイクルで回す組織
・経営層とイノベーション人材に求められる資質
「両利きの経営」で、体力があるうちに新規事業を育てよ
新しい価値観や新規事業を生み出すには「両利きの経営」が有用です。たとえば、片方のハサミが大きいカニ(シオマネキというカニ)を想像してください。大きなハサミは既存の主力事業です。パワーは強いけれど、これだけに頼るのは危険。ディスラプションでなくなった場合に小さなハサミしか残らず、あっという間に死んでしまうからです。
シオマネキ Photo: Wuttichok Panichiwarapun / Shutterstock
大切なのは小さなハサミを育てること。つまり、体力があるうちに新規事業を育てることです。しかし、もちろん小さなハサミに大きなハサミと同じものを求めても意味がありません。経営に置き換えると、大きいハサミのKPIで小さなハサミを測ろうとしても、うまくいかないということです。小さなハサミは大きなハサミとは異なる方法で価値を作るのが使命です。したがって、最初は規模が小さくても、そして必ずしもうまくいかなくても良いのです。
もちろん、小さなハサミは本体のリソースがないと育ちません。したがってカニの本体と脳みそ、つまり経営トップのコミットメント・人材など各種リソースをふんだんに活用する必要があります。
大企業とスタートアップが協力する場合のオープンイノベーションもこのカニの例えが役立ちます。大きなハサミは既存事業であり、テーマはオプティマイゼーションです。ですからオープンイノベーションの相手は、比較的に成熟度が高いスタートアップでないと困ります。
しかし、小さいハサミはまだこれから新しい価値を作り出す段階ですから、成熟度が低いスタートアップと付き合うことで一緒に伸びることができます。これはオプティマイゼーションやコストカットだけの話では全くありません。多くのオープンイノベーションがうまくいなかなくなる理由は、大きなハサミの考え方を小さなハサミやオープンイノベーションで付き合うスタートアップに当てはめてしまうからです。
では小さなハサミはどうやって伸ばせばいいのでしょうか?ますは具体的な「未来ビジョン」を描いてください。未来とは、現在の具体的なペインポイントが解消された状態のこと。社内でディスカッションをしながら、絵コンテで自社の領域の未来ビジョンをつくってみましょう。どんなビジョンが描けましたか? どんなペインポイントを解消しましたか? 主力事業と新規事業はどう伸びていますか?
未来ビジョンが完成したら、社内外に共有しましょう。社外に発信すると、味方がつくりやすくなります。特にオープンイノベーションでは、外部の仲間づくりが重要です。
仮説・検証を早いサイクルで回す組織
その際、組織改革が必要な場合があります。改革自体は目的ではなく、ビジョンを達成するための手段。どうすれば未来ビジョンにたどりつけるのか? どうプロセスを変えれば達成できるのか? そのプロセスを達成するには、どんな組織が必要なのか? プロセスを実行しやすくするために、組織を改革してください。
たとえば、ネットフリックスは仮説・検証・実験をスピーディにガンガン行っています。それができる企業文化、組織、インフラをつくっているからです。アマゾンがものすごい数の分野に進出していますが、早く動ける大きな理由は、失敗すると素早く退くから。そして、失敗を学びの機会として検証しているからです。
Photo: Michael Vi / Shutterstock
アマゾンではアレクサと同時期にスマートフォンを発表しましたが、スマートフォンはうまくいかずに、短期間で撤退しました。ここで大事なのは「学んだことを次に活かす」という姿勢であり、新しいことに対して「絶対に失敗してはいけない」というプレッシャーをかけることは逆効果になります。いろいろ時間をかけてじっくりリスクを検証していたら、市場参入のタイミングを外して、むしろ失敗する確率を上げてしまいます。一度失敗すると「次はもっとじっくりリスクを検証しましょう」とリスク管理部門が良い仕事をしようとして、さらに足を引っ張るという負のサイクルに陥ります。そこは経営トップがしっかりサポートをする必要があります。
仮説・検証において大切なポイントは、仮説は必ず立証しなくてはならないものではなく、検証自体が価値なのです。テストの結果が悪かったとしても、その結果が学びになり、発見となります。これもDXにおける大きな要素です。
さまざまな構想には仮説が含まれています。だからこそ、根底にある仮説を割り出し、エビデンスにもとづいて構想を練るべき。十分なエビデンスがない場合、「データがないからムリ」と考えてはいけません。「どういうデータやエビデンスがあれば、仮説を立証できるか」というスタンスに立ちましょう。
経営層とイノベーション人材に求められる資質
続いて、DX(デジタルトランスフォーメーション)について解説します。DX戦略の要諦は、データ・プロセス・組織。すなわち、「何を測るために、どんなデータをどう集めるか」「どんなプロセスでユーザーのペインポイントを解消するのか」「それを可能にするには、どんな組織が必要か」という3つの観点が大切です。
その補助線として、デジタル組織の力学を紹介します。まずデータが増えると、アルゴリズムがよくなります。すると、サービスがよくなり、ユーザーが増える。すると、さらに多くのデータが集まり、アルゴリズムがよくなり・・という好循環が生まれます。
ただし、何でもかんでもデータを鵜呑みにするのは危険です。最近はデータサイエンティストがもてはやされていますが、彼らはビジネスのコンテクストを知りません。データサイエンティストが評価する「質のいいデータ」は「ビジネスに役立つデータ」とは限りません。だからこそ、企業にはクリティカルシンキング(常に分析的な思考)ができる経営層が必要。価値のあるデータを見極め、コンテクストから本質を導き出し、適切なマネジメント判断ができる人材です。
Photo: NicoElNino / Shutterstock
そもそも「どんなデータを集めるのか」という第一段階から、クリティカルシンキングは必要です。一般的な市場調査はマーケットシェアから入りますが、このデータは市場の本質を捉えていますか? 例えばテスラは「EV」という業界のみのデータを見るべきなのか、もはや自動車業界全体の一部と見るべきでしょうか? あるいはテスラのソーラーパネル事業は「家庭用エネルギー業界」として見るべきなのか、自動車業界の一部として見るべきなのでしょうか? 実際、テスラのEV保有者の大部分がソーラーパネルも購入するというデータがあります。実際にある業界を理解するには成長度合い、もっとも儲かるビジネスモデル、ディスラプトを起こしかけている企業など、いろいろ視点があります。
データ自体は間違っていなくても、本当にそのデータが一番知りたいことを表しているのかを問わなくてはいけません。今、日本企業に一番必要なデータ人材はデータサイエンティストだけではなく、データについてクリティカルシンキングができる経営人材だと思っています。
では、どうすればクリティカルシンカーになれるのか? 必要な行動は「常に分析的な思考を行う」「知識をもとに自分の意見や考えを確立する」「本質を突いたグッドクエスチョンを聞く」「新しい情報・仮説・理論を追求する」「思考を常にアップデートしながら、好奇心を忘れずに生きる」にまとめられます。グローバルトップ大学はこういう教育を行っていて、学部生のみならず、社会人向けにも数多くのプログラムを展開しています。
そして、新しい価値を創り出せる人材の条件は何か? 端的にいえば、「複数の社会文化に適応できる人」です。社内の言語や価値観がわからないと新規事業の成功が難しいように、価値創造には社会的・文化的な適応力が欠かせません。そういったバイカルチャー(マルチカルチャー)な社員を発掘して、どんどん活躍させましょう。
彼らはアウェーをホームに転換させるスピードが速く、未知のことに遭遇したときの対応力も優れています。また、ステレオタイプな思い込みにも陥りにくい。自らの見込みと違った結果に対しても、すばやく冷静な分析ができます。さらに複数の社会文化圏を行き来することで、複数の場所のインサイダーとアウトサイダーの両方の視点が身につきます。経営者の方々は、そんな経験を社員に積ませてください。
グローバルのトップ大学では、ビジネススクールやデザイン思考など、グローバル企業向けの人材開発コース、産学連携プログラムを数多く展開しています。多くのトップ企業の人材が受講していますが、まだまだ日本企業の人材は少ない。新しい価値を創るため、さまざまな研修や産学連携プログラム、勉強会などを活用してほしいと思います。