前回に続き、「仕事の生産性を上げる睡眠術」をお伝えする。今回は「早起きで生産性は上がるのか」「スポーツ選手がよく寝たらパフォーマンスは上がるか」など、睡眠と仕事の生産性の関係性について解説する。

1955年大阪府出身。1987年、当時在籍していた大阪医科大学大学院からスタンフォード大学医学部精神科睡眠研究所に留学。突然眠りに落ちてしまう過眠症「ナルコレプシー」の原因究明に全力を注ぐ。1999年にイヌの家族性ナルコレプシーにおける原因遺伝子を発見し、2000年にはグループの中心としてヒトのナルコレプシーの主たる発生メカニズムを突き止めた。2005年に睡眠生体リズム研究所の所長に就任。1987年に渡米以来、30年以上に渡り、睡眠・覚醒のメカニズムを、分子・遺伝子レベルから個体レベルまでの幅広い視野で研究している。2019年5月より株式会社ブレインスリープ、代表取締役・最高技術責任者も務める。著書に『スタンフォード式最高の睡眠』(サンマーク出版)、『スタンフォード大学教授が教える 熟睡の習慣』(PHP新書)がある。

早起きな人=生産性が高い?

―シリコンバレーの経営者は早起きな人も多いと聞きます。早起きは仕事の生産性に効果がありますか。

 早起きの効用は、昔から言われていることです。日本では「早起きは三文の徳」。アメリカでは「The early bird catches the worm. 」、中国語では「早起三朝當一工」で、世界中で同じことが言われています。

 ただ科学的証拠があるかというと、調査した結果によると、そうではありませんでした。実は早起きも遅起きも収入、学歴、健康状態において、明確な差はないのです。早起きだから成功するというわけではないかもしれません。

 では経営者がなぜ早起きなのかというと、おそらく人に邪魔されない時間を疲れがない時期に確保するためでしょう。管理職であれば、日中は人からの用事が入りがちで、自分の仕事に集中しづらい環境にあります。そこで、早朝から仕事をすることで誰にも邪魔されず、クリエイティブなことに時間を使えるというわけです。

―西野先生もかなりの朝型だそうですね。

 私は朝5時に起きて、朝6時にはオフィスに来て仕事をしています。朝は論文書きであったり、研究費の申請など、頭を使ってアイデアを出すような仕事をしています。そして昼からは、時間をかければできるような単純な事務作業をします。

 もちろんこれは私の場合であって、誰でも朝がいいというわけではありません。それぞれの人によって、好み、スタイル、朝型・夜型の体質もあります。

Photo:Shutterstock, Song_about_summer

―人によって朝型・夜型というタイプはあるのですか。

 そうですね。朝型・夜型も、睡眠時間も、だいたい正規分布になります。中央が50%いたら、左右に20%ずつ、極端な左右が5%ずつといった分布になります。朝型・夜型でいえば、50%がどちらでもなく、ある程度の朝型と夜型が20%ずつ、極端な朝型と夜型が5%ずつという分布です。

―朝型か夜型かは遺伝で決まっているものなのですか。

 極端な朝型・夜型の場合は、遺伝で決まっているケースが多いですね。もちろん環境や加齢によって影響を受けることもあります。

 実験的には自分が朝型か夜型かは、体温を測ればわかります。体温のリズムが平均に比べて、時間が前か後ろかで調べられるのですが、 体温を持続して測定するのは容易ではありません。現実的には自分の感覚で朝スッキリ起きられるとか、夕方になると疲れてくるとか、夜更かしが平気だという感覚等で判断することが多いのです。

6時間睡眠を1週間続けると、2日徹夜と同じ状態に

―睡眠時間を削って仕事をするビジネスパーソンは少なくありません。睡眠不足は仕事の生産性にどれくらい影響を与えますか。

 大きな影響を与えます。スタンフォードのデメント先生が米国でトラックドライバーの昼間の眠気の状況を調査してから、世界中でこういった研究が盛んになりました。24時間睡眠をとらなかった場合、ドライバーの判断力は大幅に低下しました。

 どれくらい低下したかというと、アルコールの血中濃度0.1%と同じ程度。これは、飲酒運転で捕まる程度(米国の飲酒運転のアルコール基準値が血中濃度0.08%)より悪かったのです。米国ニュージャージー州などでは、24時間以上眠らずに事故を起こした場合、単なる交通事故ではなく、刑事事件扱いになります。つまり米国では「睡眠不足での運転は危険だ」と法律で規制されているのです。

Photo:Shutterstock, dotshock

 また徹夜だけでなく、睡眠不足が数日続くだけでも大きな悪影響があります。最近の研究では、6時間睡眠を1週間続けると、徹夜を2日も続けたのと同程度の判断力になると報告されています。「睡眠は6時間で十分」と思っている人は多いかもしれませんが、本人の知らないうちに睡眠負債が蓄積され、判断力を低下させているのです。

 仕事の生産性だけでなく、睡眠は健康にも大きく影響します。先日のインタビューでもお話しした通り、睡眠不足や睡眠障害があると生活習慣病やガン、認知症のリスクが高まることがわかっています。健康寿命にも影響があるわけですから、睡眠を削るというのは間違った選択だとはっきり言えます。

よく寝たらスポーツ選手の運動能力も上がった

―西野先生はスポーツ選手の睡眠解析もしています。睡眠はスポーツのパフォーマンスにも影響しますか。

 もちろんです。スタンフォード大学の男子バスケットボール部での有名な実験があります。学生が毎日10時間、ベッドに入るようにしたところ、運動能力が大幅に上がったのです。フリースローの成功率もスプリントの数値も大幅に向上しました。

 もともと学生は勉強しなければいけないし遊びたい盛りでもあるので、睡眠不足になりがちです。そして睡眠負債が積もった結果、本来のパフォーマンスが発揮できていなかったわけです。十分に睡眠をとれば、パフォーマンス面だけでなく、ケガの予防・回復にもつながります。

 プロのスポーツ選手の場合、試合前は緊張のために寝つきが悪くなりがちです。遠征が必要な選手の場合、ホテルに着くまでどんな部屋、ベッドなのかもわかりません。一流のプロスポーツ選手は繊細な人も多いですから、睡眠の環境も気になりがちです。ですからホテルに自分用のマットレスを持ち込む選手もいますし、最近はホテル側もいろんな種類の枕を用意しているケースもありますね。限られた時間で良質な睡眠をとるためには、環境整備も必要です。

次回は、カフェイン、昼寝、時差ボケ、睡眠をサポートするサプリなどについて解説します。

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