いまアメリカでは、宇宙ビジネスが活況を帯びている。イーロン・マスクやジェフ・ベゾス、など世界的起業家が宇宙ビジネスに多額の投資をする一方、NASAが民間企業へ事業委譲・協業を進め、ビジネスの裾野を広げている。今回はNASAジェット推進研究所のリサーチテクノロジストである小野雅裕氏に研究者の観点からインタビュー。アメリカの宇宙ビジネスの最前線、今後の発展の方向性、日本企業の可能性などについて聞いた。

生命を探求する探査機の自動化、自律化を研究

―小野さんはNASAジェット推進研究所で、どういった研究をしていますか?

 私の専門はAI(人工知能)です。AIという言葉は定義があいまいなのですが、私は自動化の研究をしています。火星へ行く探査機の自動化、自律化を行っています。昨年行ったのは「マーズ2020」計画のローバー(探査車)。2020年に打ち上げられる火星探査計画で使用する探査車の自動運転です。

 最近関わり始めたのは、「エウロパ・ランダー(着陸船)」計画です。エウロパとは木星の衛星で、星の表面は氷で覆われています。内部には液体の水で満たされた海があると考えられており、その中に地球外生命体がいる可能性もあります。そこでエウロパへ探査機を送り、それで衛星表面の氷を掘り採取して、生命の痕跡を探すというミッションです。その探査機の自動化、自律化に関わっています。あとは研究としては、もっと将来を見越した火星ローバーの自動化など色々行っています。

―研究員は世界各国から集まっているのでしょうか?

 私の研究所の人種的バックグラウンドは非常に多彩で、だいたい6000〜7000人の研究員がいます。その中で日本人は10人ぐらいでしょうか。私が入った頃はもっと少なかったのですが最近増えましたね。

小野雅裕
NASAジェット推進研究所
Research Technologist.
大阪生まれ、東京育ち。2005年東京大学工学部航空宇宙工学科卒業。2012年マサチューセッツ工科大学(MIT)航空宇宙工学科博士課程および同技術政策プログラム修士課程終了。慶應義塾大学理工学部助教を経て、現在NASAジェット推進所に研究者として勤務。2014年に著書『宇宙を目指して海を渡る』を刊行。短編小説『天梯』にて第24回織田作之助賞・青春賞受賞(緒野雅裕名義)。2018年2月に『宇宙に命はあるのか 人類が旅した一千億分の八』(SBクリエイティブ)を刊行。阪神ファン。ミーちゃんのパパ。

意味のない「宇宙ビジネス」という言葉

―そもそも「宇宙ビジネス」というのはどういったものでしょうか?

 「宇宙ビジネス」という言葉自体、あまり意味のないことだと私は思っています。例えば海に関するビジネスというものはたくさんあります。しかし、その海に関わる船舶会社、漁師、サーファーなどを1つの「海ビジネス」にまとめることはしませんよね。それと同じで、宇宙に関して様々なビジネスがあるにもかかわらず、「宇宙ビジネス」といった言葉でくくることは無意味でしょう。我々NASAがやっていることは、海で言えば海洋生物学者の分野ですし、スペースXは輸送を行う船舶会社のようなものです。

 ロケットを持って物資輸送サービスを行う企業はありますが、それはトラックを持って地上輸送を行う会社となんら変わりありません。ただ運ぶ場所が宇宙であるというだけです。同様に宇宙通信の会社も、地上通信の会社と変わりなく、衛星放送の会社も通常のテレビ局と同じです。まだまだ始まったばかりなので「宇宙ビジネス」というくくりをしたくなるのかもしれませんが、いずれ「宇宙ビジネス」という言葉は消えていくと思います。

 同じように間違った解釈のひとつに、NASAとスペースXが競合状態にあるといったものがあります。これは間違いで、私たちが行っているのは生命の発見、探求といった基礎研究、基礎科学であり、宇宙旅行、観光や輸送ではありません。海洋生物学者と船舶会社がケンカすることはないでしょうし、逆に協力関係であることの方が普通でしょう。大事なことは、「宇宙」というくくりで考えるのではなく、地球上の産業が宇宙へと延長していくという考えを持つことではないでしょうか。

Image: Kent Weakley / Shutterstock.com

NASAと民間企業の役割分担

―宇宙ビジネスにおいて民間企業と公的機関では、どのように役割分担がされているのでしょうか?

 基本的には民間でできることは、民間企業で行えばいいと思います。公的機関の役割は、民間ではできないこと、しないことです。その意味で純粋なサイエンス、知識の探求という分野は、公的機関が担う部分でしょう。

 我々の研究所の役割は明確で、サイエンス・ミッションです。人類として未知なるものの知識を追っていくということですが、これはビジネスにはなりえません。エウロパの地球外生命を探査することに何千億円かかるのですが、生命体を見つけたところで何も儲かりません。火星探査ミッションである「マーズ2020」も、40億年前に存在したかもしれない火星の生命の探求、太陽系の成り立ちを解明するということですから、ビジネスにはつながりにくい分野です。

 しかしビジネスにはなりえないから、やる必要はないということではありません。人類にとっては儲からなくてもやるべきことはたくさんあって、それがNASAの使命だと思っています。

 もうひとつ考えなくてはいけないのは、一般の投資家にとってハイリスクを取るにしろ、10年レベルで投資回収できるものが限界でしょう。それ以上のハイリスク、回収に100年単位の時間が掛かるプログラムへの投資、つまり基礎研究への投資はやはり国の役割です。

NASAが宇宙航空産業を育てる

 では民間に何を任せていくことが良いかですが、ロケットで考えると、50〜60年前には、民間では打ち上げのリスクを取ることが難しかったので、国が手がけてきました。しかし最近はロケット打ち上げのスタートアップがたくさん出てきました。

 またNASAでは「CLPS(Commercial Lunar Payload Services,商業月ペイロードサービス)」といったプログラムが始まっています。これは月への物資輸送を民間に任せ商業化するものです。すでに9社が選定されており、彼らが入札をして契約が行われます。NASAとしてはお金を支払って民間企業に物資を運んでもらう形になります。このプログラムの目的の1つは、民間企業に任せることでコストを下げること。もう1つは民間企業にミッション実施の機会を与えて、アメリカ宇宙産業全体を育てる意味があります。

Image: Songquan Deng / Shutterstock.com

 民間による事業として、宇宙インフラストラクチャーにも期待しています。最も重要なのは通信分野で、宇宙船や人工衛星は打ち上げたら終わりではなく、打ち上げた後、交信して運用していかなくてはいけません。5年、10年と人工衛星を運用していくにはアンテナ、基地局が必要ですし、オペレーションも必要です。アマゾンのサービスである「AWS グラウンドステーション」は、アマゾンの管理する地上局を、クラウドコンピューティング経由で利用することができるものです。これによりアンテナ、基地局を持つことなく、人工衛星の運用が可能で、こういったインフラを非常に期待されています。

 あとは要素技術で、NASAでは小さなビジネスも行っています。「SBIR(Small Business Innovation Research)」プログラムといって、本当に小さなスタートアップ企業に資金を提供しています。この目的の1つは宇宙ビジネス業界の育成であり、もう1つはNASAの求めている技術の研究、開発を促し商品化を成功させることです。このプログラムでは年ごとにテーマがあり、そこに企業が応募して選定されると資金が提供されます。このSBIRはNASAだけでなく、他の公的機関も行っています。

軍需をベースにBtoGスタートアップが成り立つアメリカ

―日本と比較するとアメリカの方が、宇宙関係事業のスタートアップが育つ土壌があると言われますが、どうしてでしょうか?

 まず宇宙事業に限らずスタートアップ企業の数は、アメリカの方が圧倒的に多いですよね。それはアメリカ人の独立意識の高さによるものではないでしょうか。それから航空宇宙産業の規模の差でしょう、アメリカには軍需産業がありますから。

 実はアメリカの宇宙事業予算のうち、NASAはそれほど多くはありません。偵察衛星を打ち上げて運用している国防総省の傘下であるNRO(National Reconnaissance Office, アメリカ国家偵察局)もありますし、空軍も軍事衛星を打ち上げています。宇宙事業の中で軍事関係の占める割合は非常に大きいのです。

 そして昔からNASAや国防総省は民間企業を利用していましたから、公的機関だけをビジネス相手としたBtoGのスタートアップ企業も幅広い分野で成り立っていました。

 ですからスペースXがロケットを作ろうとしても、部品の調達はそれほど難しいことではなかったでしょうし、それぞれのスタートアップは先ほどのNASAのSBIRプログラムで資金を得て開発したものなどを、民間利用してきたと思います。そういった環境は日本とは大きく違うのではないでしょうか。

―VCの観点で、宇宙産業はチャンスがありますか。

 宇宙産業で大きく成功しているVCというのはあるのでしょうか? スペースXにしてもVCの投資によってのみ成功したという感じではないと思います。それは宇宙事業の難しさにあると思います。事業スタートには大きな資金が必要となります。最低でも100億円、スペースXレベルの事業になると1000億円は必要で、投資リスクはとても高くなります。そうするとそれだけのハイリスクの案件に1000億円出せるVCがどれだけいるのかという話ではないでしょうか。

 宇宙弾道飛行サービスを行うブルーオリジンは、アマゾンのジェフ・ベゾスがポケットマネーを出していますし(ブルーオリジンの資金の大半はベゾス氏の個人投資で、最低でも5億ドルを投資していると言われている)、ヴァージン・グループ創設者のリチャード・ブランソン(宇宙旅行サービスを行うヴァージン・ギャラクティカ会長)も他人の資金というより自分のお金で作っていますよね。超大富豪が投資するというモデルですね。

Image: lev radin / Shutterstock.com

今後はロケットではなく通信インフラ

―これからどういった分野の産業が、地球上のビジネスから宇宙でのビジネスへと広がるチャンスがあると思いますか?

 一番に始まったのが物資輸送です。それは宇宙に物を運ばないと何も始まらないからです。だから現在は、ロケットを持っているスペースXが宇宙ビジネスの代表になっているんですね。しかし地上で考えると、トラック輸送会社や船舶会社が、地球の産業の代表とは言えませんよね。よって宇宙ビジネスでも輸送分野は近いうちに飽和すると思います。

 その次に来るのはインフラだと思っています。まずは通信分野。軌道上サービスというものも需要がでてくるでしょう。先ほど話したアマゾンの「AWSグラウンドステーション」はこれですね。まだあまり競争相手のいない分野ですが、アマゾンが参入したことで通信インフラを牛耳る可能性もありますね。アンテナをたくさん建てられる規模の大きい企業が勝ってしまうので。現在も家庭や会社はプロバイダーにお金を払ってインターネットに接続していますよね。同様に、人工衛星を運用する会社の多くは、自前で通信設備を設けるのではなく、アマゾンなど「宇宙通信会社」にお金を払ってサービスを利用するようになるのではないでしょうか。

 それからスペースXが進めている「宇宙インターネット(衛星インターネットアクセス:人工衛星を利用したインターネット網サービス)」はどれくらいのビジネスになるでしょうか。あと昔からありますが、スカイボックス(現スカイサット)のリモートセンシング観測サービス(衛星を利用した高精密映像分析サービス)の需要も上がるでしょう。

Image: Andrey Armyagov / Shutterstock.com

インターネットビジネスに慣れているVCには難しい

―日本企業が宇宙ビジネスに参入できる可能性をどう考えますか?

 これまでVCの対象だったインターネットビジネスはITバブルの中で、小口で利益を得られて、かつ短期での回収が可能でした。しかし宇宙ビジネスは最低でも100億円の投資が必要で、回収は10年超のスケールです。インターネットとゲームに慣れているVCにとっては感覚が違うでしょう。

 アメリカの場合は国と超大富豪が投資していますが、日本は国も超大富豪もやってはいません。堀江貴文さんの企業(インターステラテクノロジズ)も資金に苦労していますよね。ただ先日、ロケットの到達高度が100キロを超えたので、これをきっかけに勢いをつけたいところですね。日本の宇宙ベンチャーで最も手堅いところの一つが、アクセルスペースだと思います。技術も成功例もあるし、資金調達もうまくいっています。



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