【寄稿】米国の「東海岸」で急成長するロボティクス産業の動向 現地のエコシステムが日本に寄せる期待とは(前編)
目次
・米国への製造業回帰を狙う「Manufacturing USA」
・政府主導で「大企業×スタートアップ×中小企業」のコラボ
・中小製造業に協働ロボットを導入し、国内の製造サプライチェーンを維持
・日本は「仕組みづくり」が不可欠
米国への製造業回帰を狙う「Manufacturing USA」
「ARM Instituteは、ロボット工学を駆使して、米国でのモノづくりのサプライチェーンを維持するために国防総省が1億2,000万ドルを供出して2017年に設立された」。ARM InstituteでProgram Administratorを務めるMatt Rosenberger氏はこう語る。
(写真)ARM InstituteでProgram Administratorを務めるMatt Rosenberger氏
日本語では「先端製造ロボティクス研究所」と訳せるARM Institute (Advanced Robotics for Manufacturing Institute)は、ペンシルベニア州ピッツバーグにある非営利組織で、全米で17組織が所属する官民連携組織「Manufacturing USA」に属する研究機関の一つだ。Manufacturing USAは2012年に発足した全米製造イノベーションネットワーク(NNMI)を前身として、製造技術やサプライチェーン、教育や人材育成に関する官民協力を通じて、先端製造業における米国の世界的リーダーシップを狙ったもの。米商務省、エネルギー省、国防総省などが中心になり、製造業におけるイノベーションを推進する連邦政府全体の国家的取り組みを形成している。
例えばボストン郊外のケンブリッジには、先端機能性生地などに関するAdvanced Functional Fabrics of America (AFFOA)、ニューヨーク州ロチェスターにはフォトニック集積回路に関するAmerican Institute for Manufacturing Integrated Photonics (AIM Photonics)、といった具合に、地域ごとに特色がある。
(図) 米国の製造業を再生するための官民協力組織「Manufacturing USA」のネットワーク。全米の17組織が加盟する(出典: Manufacturing USA)
政府主導で「大企業×スタートアップ×中小企業」のコラボ
ARM Instituteはロボット工学やAIで全米トップスクールであるカーネギーメロン大学のプロジェクトを前身として設立され、最先端のロボティクス技術の研究や、教育プログラムの提供、人材育成などを行っている。技術検証では、コンソーシアムを形成し、製造現場でのリスク低減やヒトとロボットの協働、相互互換性などを実施しており、100以上の技術プロジェクトが政府の補助金で進められている。
2019年には、製鉄工場跡をリノベーションした施設「Mill 19」に移転し、地元の中小製造業向けに製造ロボットのデモやプロトタイプ、実証実験などをするスペース「Robotics Manufacturing Hub」を用意した。地元の製造業の特性を考慮し、このスペースでは協働ロボットや、大型材料の移動、検査作業や溶接、研磨、仕上げ作業などの検証ができるようになっている。
(写真)ARM Instituteが入居するMill 19に用意された実証実験スペース「Robotics Manufacturing Hub」
中でも興味深いのが、製造現場での適用を目指して、産業ニーズの把握や技術の検証、現場への導入を担っている点だ。「大企業がコストを負担し、スタートアップが新技術を提供し、地元の中小の製造業でロボットの導入テストなどを実施する仕組みがある」(Matt氏)という。
中小製造業に協働ロボットを導入し、国内の製造サプライチェーンを維持
ARM Instituteのプロジェクトを利用し、実際に協働ロボットを導入している地元の中小製造業の一つがDuctmate Industriesだ。同社は空調設備向けのダクトパイプなどを製造する中堅企業で「1978年の設立以来、ずっとこの地でモノづくりをしている」(親会社であるDMI CompaniesのCOOを務めるDouglas Gudenburr氏)という。
Ductmateでは、それまでヒトが担っていた作業を、少しずつ協働ロボットに置き換えて、作業の自動化・ロボット化を進めていた。
(写真)ピッツバーグ郊外にあるDuctmate Industriesの工場。左の写真のように多くの製造工程は今も人間が担っているが、少しずつ協働ロボットを導入して自動化を進めている(写真右)
協働ロボットの導入は、「最初こそベンダーに導入してもらったが、徐々に社員が使い方を覚えていき、今では調整や設定変更などは自前でできるようになった」(COOのGudenburr氏)。担当した社員も、ロボティクスの勉強のために新たに大学に通ったという。またARM Instituteなどとの連携では、地元(ペンシルベニア州南西部)の中小製造業の技術支援や人材育成を担う非営利組織Catalyst Connectionが橋渡しの役割を担い、教育プログラムや研修プログラムを提供するほか、転職支援などもARM Instituteなどと連携して実施しているという。
米国では、製造業の国内サプライチェーンを守ることが、雇用促進だけでなく、国家安全保障の観点からも重要とされている。そのため、政府主導で協働ロボットの導入を支援するプログラムが進められている。例えば、ARM Instituteは国防総省からの資金を受けて、中小企業が協働ロボットを導入する際の技術支援や教育プログラムを提供している。これにより、製造業の自動化が進み、国内生産の競争力が強化されている。
日本は「仕組みづくり」が不可欠
協働ロボットの市場は、世界的な労働力不足により成長が見込まれる。2024年3月に富士経済が発表した世界の製造業向けロボット市場に関する調査によると、協働ロボットの市場規模は、2023年の1,232億円から、2028年には約2倍の2,430億円に拡大すると予測されている。
日本国内でも人手不足が進む中で、協働ロボットへの関心が高まっている。しかし日本市場においては買い手、売り手の双方に導入を阻む課題があるようだ。
買い手側の問題として、富士経済は「安全性に対する要求が高く、センシティブなユーザーも多いため、大量導入に至るケースは限定的」と指摘する。協働ロボットの利点の一つは「安全柵なしでも使える」ことだが、導入にあたってさまざまなリスク評価が不可欠になるため、多くの中小企業は、二の足を踏んでいるという。
さらに、協働ロボットの導入を支援するシステム・インテグレータなどのベンダーが限られたリソースを大企業に振り向けるため、中小企業での導入が進んでいないという指摘がある。中小企業は投資規模が小さく、期待できる導入台数が少ないため、継続的な売上になりにくいためだ。
近年、ロボット導入を後押しする補助金が増えている。しかし多くの補助金は、ロボット導入の初期費用としてハードウェア費用は充当できても、安全性の確保やロボットの保守などの継続的な費用はカバーされにくい。
そのためベンダー側は、ロボットを使った期間・量の分だけ課金するRaaS(Robotics-as-a-Service)を導入し始めている。Ductmate Industriesへの視察に同行したNTT西日本の原勲イノベーション戦略室事業開発担当部長は、Ductmate Industriesで見た中小企業でのロボット導入を参考に「日本でも、中小企業が既存業務を自動化していくプロセス全体を支援できるサービス商品をRaaSで作り、補助金などを活用して普及を促進したい」と意気込む。
補助金は企業が支払った費用を後から補助する仕組みのため、企業が一時的に大きな金額を支払う必要があり、運転資金に限りがある中小企業には荷が重い。ベンダー側が補助金で充当される分を短期的に融資する(立て替える)などキメ細かい商品を作り、行政側が買い手側のハードルを意識した補助の仕組みを提供できれば、普及を加速できるだろう。
Monozukuri Venturesは2015年創業の、京都とニューヨークに本社を置くディープテック専門のベンチャーキャピタル(VC)。日本で複数のVCやアクセラレーターに参画した牧野 成将と、米国や日本でスタートアップの創業やイグジットの経験がある関 信浩が、それぞれの会社を統合して誕生したユニークなVC。製造業によるアクハイア(人材獲得)型のM&Aを推進している。Monozukuri Venturesは日米の製造業系スタートアップへの投資にとどまらず、スタートアップと連携した大企業の新規事業開発の支援を手掛けている。