Monk’s Hill Ventures(以下Monk’s Hill)は、東南アジアの技術系スタートアップにフォーカスしたVCファンド。今回はManaging PartnerのKuo-Yi Lim氏に、東南アジアのスタートアップエコシステムや日本企業の動きなどについて聞いた。

東南アジア市場では、ミレニアル世代を中心に根本的な変革が起きている

―東南アジアのスタートアップエコシステムのトレンドや特徴について教えてもらえますか。

 東南アジア全域で見ると中間所得層はかなりの規模で、消費市場の核となっています。この層は比較的若い世代で、共通してテクノロジーに精通しており、オンラインサービスを好みます。例えば、配車サービスのGrab(グラブ)がマレーシア、フィリピン、シンガポール、ベトナムなど、東南アジアの幅広い地域で成功を収めているのは、オンラインサービスへの欲求が一様に存在していたからでしょう。

 とはいえ、一つの国で成功し確立したビジネスモデルでも、他の国で同じ結果を生むわけではありません。それぞれの地域でローカライズが必要です。他の国で成功したサービスを、そのまま展開するやり方では通用しないということです。そういう意味では、地域の特性をよく理解している地元の企業が有利だと言えるでしょう。

―Monk’s Hillは東南アジアで広域に拠点を持っていますね。

 シンガポールとインドネシアのジャカルタがメインですが、東南アジアの様々な都市に拠点を持っています。ベトナムのホーチミン市、タイはバンコク、マレーシアではクラランプールに、地元出身のシニアレベルの担当者を配置しています。

Kuo-Yi Lim
Monk’s Hill Ventures
Managing Partner
1998年にマサチューセッツ工科大学にて博士号(電気工学)を取得。ボストンコンサルティング・グループでキャリアをスタートした後、セキュリティソフトウェア企業Encentuate(2008年IBMが買収)にてシニアセールスエクゼクティブを務める。スポーツに特化したSaaSプラットフォームSportsHookを2008年に共同で設立。クラウド通信のTwillioやオンライン翻訳サービスのGengoなど、世界的な技術系スタートアップへの出資で知られる、2億ドル規模のベンチャーファンドInfocomm InvestmentsのCEOを2010年より務め、2014年にPeng T. Ong氏と共にMonk’s Hill Venturesを設立しManaging Partnerに就任。

―なぜこれらの地域に拠点を置くこととなったのですか?

 それぞれの地域に精通した現地担当者の存在と、その地域でのプレゼンスを重視しているからです。いま東南アジアの消費者行動に根本的な変革が起きています。ミレニアル世代は、それ以前の世代とは全く違う動きをしますので、既存サービスは崩壊し、変化し、新しいサービスが生まれると私は考えています。

 そのため、特定の先入観は持たず、興味をひく会社や創設者に出会った際には、タイミングや状況、そして業界構造を踏まえた上で、その会社が成長できる理由を見つけるようにしています。市場やチームなど全てを踏まえて、その会社の事業が本当に魅力的なのか判断しますので、現地で何が起こっているかを理解することが非常に重要なのです。

東南アジアから日本へ進出するスタートアップたち

―技術系スタートアップにフォーカスしているとのことでしたが、特に注力している分野はありますか。

 主にソフトウェアのビジネスにフォーカスしています。ハードウェアや医療系のテクノロジーは当社の得意分野ではありません。これまでに、旅行や金融サービスのBtoCと、SaaS、サイバーセキュリティ、人工知能、ロジスティクスなどのBtoBにもかなり投資しています。

―Monk’s Hillのポートフォリオにある企業で日本市場に進出しているスタートアップはありますか。

 はい、あります。例えば、ベトナム発のAIを使った英語発音学習アプリELSAがあります。日本向けにローカライズしたサービスで、日本でもユーザーを獲得しています。ELSAはGoogleのAI特化VCからも資金調達に成功しています。私たちも1年半前にシリーズAで投資しています。

 他には、中小企業向けにサイバーセキュリティソリューションを提供しているHorangiというシンガポールのスタートアップがあります。Horangiは日本で大口顧客を獲得しています。

日本企業は“慎重”。チャンスをつかむために素早く動け

―YJキャピタルと伊藤忠がMonk’s HillのLP(リミテッド・パートナー)になっていますね。日本企業の東南アジアにおける動きはどうでしょう。

 とても順調です。日本企業、特にYJキャピタルは東南アジア市場に早期に参入していることでアドバンテージを持てていると思います。伊藤忠も東南アジアでかなり活発に活動しています。両社を含め、日本企業は何年も前から東南アジアに進出しており、現地におけるプレゼンスを築いています。そして、現地ではさらに多くの日本企業の参入が求められています。東南アジアと日本は古くから関係があり、日本企業は歓迎されているのです。

 一方、日本企業は間違いなく“慎重”でもあります。そして、日本企業同士、足並みをそろえる傾向があります。しかし、いま韓国、中国、インド、アメリカやヨーロッパの企業が東南アジア市場に押し寄せています。東南アジアにチャンスを見出しているのであれば、日本企業はより素早く行動しチャンスをつかむ必要があります。

見返りを急がず、まずはスタートアップの成長に先行投資せよ

―日本の企業や投資家は東南アジアのエコシステムにどのように貢献できると思いますか。

 日本企業には、非常に成功している分野があり、その分野における専門知識があります。例えば、デジタルメディア、インターネット企業におけるマーケティングや経営面など、専門知識の共有は、若いスタートアップに役立つと思います。東南アジアの企業にとって、資金調達は問題ではなくなってきていますので、資金だけではなくこうした貢献ができることは有利に働くでしょう。

 スタートアップにとって、ビジネス支援は魅力的です。しかし、日本の大企業は、ビジネス支援をするだけでなく、早い段階でパートナーシップの構築を求める傾向があります。共同イニシアチブ、共同マーケティングおよび共同の製品などです。しかし、スタートアップの多くは規模が小さすぎるため大企業とパートナーシップを結ぶ段階になく、それを彼らに強要することはできません。ビジネス支援とパートナーシップの両方は同時進行できませんし、両社にとってメリットがありません。

 日本企業が、東南アジアの若いスタートアップの成長を惜しみなく支援すれば、時間をかけて「善意」に基づいた関係を築くことができます。アメリカ企業、特に大手テック企業はこれを非常によく理解していて、比較的寛大なパートナーシッププログラムを用意しています。例えば、GoogleやFacebookなどは、見返りを求める前に、先行投資する傾向があります。

 投資は、長期戦です。すぐに価値を生み出せるわけではないことを理解し、忍耐強くありながら、早期段階で大胆かつ素早く行動しなければなりません。



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