2022年11月に公開され、全世界に衝撃を与えたChatGPTの開発元であるOpenAIだが、まだ誰もそのスタートアップの存在を気にも留めていない2019年に、5000万米ドルを投資していた「育ての親」とも言えるベンチャーキャピタル(VC)がある。シリコンバレーに拠点を置く、Khosla Ventures(コスラ・ベンチャーズ、以下KV)だ。代替肉のImpossible FoodsやフードデリバリーのDoorDash、決済サービスのSquare(現Block)などの有名企業に、アーリステージから投資していたことでも知られ、運用総額は150億米ドルを超える。業界では、その一挙手一投足に注目が集まる大御所VCだ。

KVは、アーリーステージにあるスタートアップに対する目利きと、世界が向かっているトレンドをつかむことに定評がある。KVの投資哲学とはどんなものなのか。なぜいち早くOpenAIに投資できたのか。そして、KVが注目している日本企業とは。パートナーのKanu Gulati氏の独占インタビューをお届けする。

自分たちを納得させられる「大きなビジョン」に投資する

――KVは、OpenAIの初期投資家の数少ない1社として知られています。なぜ2019年に、つまりまだ誰もその存在を知らない時期に、同社に対して投資することができたのでしょうか。

 私たちの投資理念は至ってシンプルです。大きなビジョンに思いを巡らせ、もし全ての事が正しく運んだ場合、市場規模はどれほど大きなものになるのか、どれほど大きな機会がそこにあるのかを考えます。そこから莫大な成果が得られると、自分たちを強く納得させられるかどうかが判断の基準です。

 これは「そのスタートアップには、数百億ドル規模のバリューを発揮できるポテンシャルがあるかどうか」、たったこれだけに集約されます。数億ドル規模の企業価値で、エグジット戦略を考えているようなスタートアップには興味がない、ということです。

 なぜOpenAIに投資できたか、という質問にこの観点から答えるとしたら、あの会社は、Googleを凌駕するポテンシャルを有している、と見込んだからと言えます。その後、OpenAIがどんな評価を得ているかは、この記事をご覧の皆さんはご存知でしょう。

 ただ、私たちはOpenAIが人々に知れ渡るよりずっと早い段階で投資を決めていて、人によっては、なぜこれが可能だったか腑に落ちないかもしれません。最も大きな理由として、創業者のVinod KhoslaとOpenAIのCEOを務めるSam Altmanが長年の知り合いだったことがあります。ベンチャー業界では、どれだけコネクションを持っているかが非常に重要なんです。

 そうして、2019年にOpenAIが規模拡大のため多額の資金が必要となった際、私たちは彼らへの投資を決定し、彼らに投資した最初のVCとなりました。ちなみに、初めて出資を受けるスタートアップへのファーストチェックで5000万ドルというのは、私たちにとっても過去最大の金額でした。

 さらに言うと、私たちはOpenAIの技術チームのメンバーを何年も前からよく知っていました。私たちはAI分野に非常に精通していて、彼らがOpenAIに所属する前の職場にいたころから把握していたので、機械学習を専門とするトップレベルのエンジニアがチームをリードしていることを知っていたのです。彼らのような才能が会社を引っ張れば、成功しないはずがないと確信していました。

 OpenAIに対して自信を持って投資できたのは、彼らの技術力ももちろん大きいのですが、Altman氏が優れたビジネスマンであり、財務上の問題も、問題なくこなせるだろう、と判断したことにも言及したいと思います。

――OpenAIへの投資は、KVの投資方針に合致したものだった、ということですね。

 そうですね。私たちは他のVCと比較すると、よりテーマ主導の投資を手掛ける傾向にありますし、シード期やプレシード期など、会社立ち上げから間も無い段階で、創業メンバーと密に協業する方だと思います。

 当然なのですが、こうした手法は、よりパッケージ化された投資――つまり、シリーズAからCまでにいるスタートアップへの投資――よりも、圧倒的にリスクは大きいものです。その代わり、優れた技術とアイデア、そして野心的な目標を持つスタートアップに大きく投資し、時間と金銭コストをふんだんにかけることで、世界を共に変えようとしています。

 私たちは、その投資がファーストチェックであることを重視していて、OpenAIもそうですが、これまでImpossible Foodsにも、Squareにもファーストチェックを書いてきました。これは他のVCとの大きな違いと言えます。

 ただ、ハッキリさせたいのは、私たち自身、2019年の段階で、OpenAIがこれほどの存在になるとまでは思っていませんでした。つまり、こんなに短期間で、世界でユーザー数1億人を獲得するまでに至るとは予想していなかったということです。しかし、冒頭にもお伝えした投資理念を信じて、ある意味「賭けに出た」とも言えるかもしれません。投資理念を策定した創業者のVinod Khoslaは、常に「投資をした結果、指数関数的なリターンを得られる機会を狙え」と言っています。

TECHBLITZ編集部作成

数々のサービスに生成AIが統合される未来

――現在、御社が注力している投資分野と、追いかけているトレンドにはどのようなものがあるのでしょうか。

 2023年になって、私の仕事の大半の時間を占めているのは、生成AI関連のトピックです。私自身の専門は、ソフトウェア・アプリケーションとロボティクスなのですが、これらの分野にも、生成AIの技術を応用して、さまざまな新しいサービスが開発され始めています。ChatGPTをはじめとした生成AIの出現により、これからあらゆる企業のサービスが見直されると思います。

 UXや技術スタックのあるべき姿、大規模言語モデルのどんなサービスを導入すべきかなどを考えている今は、とてもエキサイティングな時期だと言えるでしょう。

 おそらく今後、大規模言語モデルを用いた企業向けのさまざまな機能が出てくるでしょう。現在はテキストがメインですが、これに画像やビデオ、音声を組み合わせたサービスも普及していくと思います。マルチモーダル化は次の大きなマイルストーンです。

――あらゆる業界のあらゆるサービスに、生成AIの技術、つまり大規模言語モデルが応用されるようになる、ということですね。

 以前、TECHBLITZが取材していた、自動音声アシスタントのPolyAIは、私が投資を主導したのですが、あのようなサービスにおいても、生成AIの技術が応用されています。顧客は、AIを用いた自動音声アシスタントに話しかけるだけで、極めて自然な形で返答してもらえるのです。このような対話型AIサービスは、米国はもちろん、欧州やアジア諸国でも急速に成長しています。

ロボティクス、LIB、音楽生成アプリ KVが投資するスタートアップの数々

――ロボティクスについても教えてください。

 ロボティクスでは現在、工学的な研究と自律走行システムの研究が盛んです。この分野は、当社が得意としている領域であり、日本市場で有望な技術が多数生まれてもいます。実は、私が本日インタビューを受けようと思った理由もここにあります。

 私は現在、KVがインキュベートしたZordiという、ロボティクス技術を活用して、効率的に農作物を育てるスタートアップの役員を務めています。現在、農業においては労働力不足と人件費の高騰で、経営が難しくなっているほか、投資回収期間も短くなっています。同社では、苗植えから収穫作業、商品の梱包までロボットを使っているのです。こうした分野で問題解決を図っている日本のスタートアップや投資している企業があれば、ぜひお話ししてみたいですね。

――他に御社が投資している企業で、日本市場に進出している企業を教えてください。

 いくつか、例を挙げましょう。

 TeraWatt Technologyは、カリフォルニア州に本社を置く次世代型リチウムイオン電池(LIB)を開発する企業で、EVやドローンに同社の製品が導入されています。CEOは日本人(緒方健氏)で、日本政策投資銀行や森トラストなどの日系資本も投資しています。

 また、ゲーミングプラットフォーム内のRobloxで展開されているSplashという音楽生成アプリ企業にも投資しています。Splashのアプリは日本のユーザーからの評価が高いです。

スタートアップの創業者だけでなく、VCにも「野心」が必要

――Kanuさんは2017年4月にKVに入社されていますが、きっかけは何だったのでしょう。

 私の専門は電気工学と機械学習で、NvidiaとIntelから奨学金を貰い、Texas A&M Universityで博士号を取得しました。その後、Intelでフルタイムの研究員として働き、コアの数値計算などに従事していました。

 なぜKVに入社したかというと、当社の投資理念に共感したことと、世界を変えるような起業家と毎日共に働くことができるのは、とてもエキサイティングなことだ、と考えたからです。実際、今でも日々、さまざまな分野のさまざまな問題を解決しようとしている創業者たちと、戦略を策定したり、適切な人員を雇ったりするのは、とても楽しく、私により多くのエネルギーを与えてくれる、と実感します。

――最後に、今後の目標を教えてください。

 冒頭に申し上げた通り、私たちの投資理念は、まだ幼い会社だが、有能な技術と、何より野心的な創業メンバーがいるスタートアップに投資して、より大きなリターンを獲得することにあります。この投資手法は、当社にとってもかなりリスクがある手法であることは間違いありません。しかし、私たちが本当に力のあるスタートアップと協業したら、必ず成功するとも思います。

 私のパートナーとしてのキャリアにおいても、自分のポートフォリオの中に、本当に人類の問題を解決したようなスタートアップを入れたいという野心があります。スタートアップの業界では、創業者だけでなく、VCにも野心が必要ですよ。

Kanu Gulati
Partner
IntelとNvidiaが資金を拠出し、Texas A&M UniversityでComputer Engineeringで博士号を取得。その後、IntelでResearch Scientistとして勤務し、CADアルゴリズムの最適化などに取り組む。2017年4月にKhosla Venturesに入社。同社ではAI関連企業への投資を多数手掛けている。



RELATED ARTICLES
【寄稿】米政府が協働ロボット導入を推進する理由と、日本の中小企業が直面する課題(後編)
【寄稿】米政府が協働ロボット導入を推進する理由と、日本の中小企業が直面する課題(後編)
【寄稿】米政府が協働ロボット導入を推進する理由と、日本の中小企業が直面する課題(後編)の詳細を見る
【寄稿】米国の「東海岸」で急成長するロボティクス産業の動向 現地のエコシステムが日本に寄せる期待とは(前編)
【寄稿】米国の「東海岸」で急成長するロボティクス産業の動向 現地のエコシステムが日本に寄せる期待とは(前編)
【寄稿】米国の「東海岸」で急成長するロボティクス産業の動向 現地のエコシステムが日本に寄せる期待とは(前編)の詳細を見る
VC業界の常識覆した「創業者を見る投資」 ピーター・ティール率いるFounders Fundの投資哲学
VC業界の常識覆した「創業者を見る投資」 ピーター・ティール率いるFounders Fundの投資哲学
VC業界の常識覆した「創業者を見る投資」 ピーター・ティール率いるFounders Fundの投資哲学の詳細を見る
AIはなぜ今転換点を迎えたのか?2024年の生成AIトレンドは? シリコンバレー拠点のAI専門キャピタリストが解説
AIはなぜ今転換点を迎えたのか?2024年の生成AIトレンドは? シリコンバレー拠点のAI専門キャピタリストが解説
AIはなぜ今転換点を迎えたのか?2024年の生成AIトレンドは? シリコンバレー拠点のAI専門キャピタリストが解説の詳細を見る
AIの真価は「未知の予測」にある 米国のサイバーセキュリティ専門家の視点に学ぶ
AIの真価は「未知の予測」にある 米国のサイバーセキュリティ専門家の視点に学ぶ
AIの真価は「未知の予測」にある 米国のサイバーセキュリティ専門家の視点に学ぶの詳細を見る
【寄稿】中国巨大テック企業の最新動向、華為の自動車事業から百度のAIアシスタントまで
【寄稿】中国巨大テック企業の最新動向、華為の自動車事業から百度のAIアシスタントまで
【寄稿】中国巨大テック企業の最新動向、華為の自動車事業から百度のAIアシスタントまでの詳細を見る

NEWSLETTER

世界のイノベーション、イベント、
お役立ち情報をお届け
「グローバルオープンイノベーションインサイト」
もプレゼント

Follow

新規事業の調査業務を効率化
成長産業に特化した調査プラットフォーム
BLITZ Portal

Copyright © 2024 Ishin Co., Ltd. All Rights Reserved.