※後編はこちらから。
ESG経営の実装こそがスケーラブルな企業を生む
――VCファンドを設立した経緯について改めて教えてください。
MPower Partners Fund L.P.(以下、MPower Partners)を設立した最も大きな理由は「日本のもっと明るい未来」をつくりたかったからです。私たちゼネラルパートナー3人の問題意識は共通していて、この国のもっと明るい未来をつくるためには、「イノベーティブな企業と起業家がもっと必要だ」という認識です。
もちろん日本にも素晴らしい起業家はいますし、素晴らしいスタートアップもたくさんあります。国内のスタートアップへの投資額としてはこの8年間で約8倍ほどに伸びています。ただ、日本にはこれだけの才能ある人材、豊富な資金、最先端技術があり、GDPでみると「世界第3位の経済大国」であるにも関わらず、ふたを開けてみると、それに見合ったスタートアップのエコシステムになっていない。これはとても不思議なことです。
材料はそろっており、あと必要な要素はまさに我々がやろうとしている、よりサステイナブルな経営、ESG経営を広く実装していけば、よりスケーラブルな企業を輩出できる、という思いで設立しました。
「大人」より「ティーンエイジャー」の方が浸透が早い
――ゼネラルパートナー3人は全員女性で金融、投資分野の豊富なキャリアをお持ちです。村上由美子氏はOECD(経済協力開発機構)東京センター所長を務め、その以前はゴールドマン・サックスに勤めています。関美和氏はモルガン・スタンレー投資銀行部門を経て、クレイ・フィンレイ投資顧問の東京支店長を務めています。3人の考えの共通点をより詳しく教えてください。
私個人としては、2020年末に退職するまで30年間、ゴールドマン・サックスで株式市場や日本市場について、マクロな観点からリサーチ、分析、提案してきました。当時の研究課題の中には、コーポレートガバナンスやダイバーシティー、サステイナビリティの問題などがあり、今考えるとESG投資に網羅されているものでした。ゼネラルパートナー3人とも前職では、スタートアップより大企業にフォーカスした仕事に取り組んでいたという共通点があります。
私自身はゴールドマン・サックスでの経験から、大企業にESGの要素を実装することは簡単ではないと肌で感じました。顧客には、国内外のアクティビストファンドがおり、いろいろな会話をしました。その中で、「なぜ持合い株が解消されないのか」「株主資本コストの概念が分からないのか」「社外取締役の価値が分からないのか」など、日本の大企業の特にガバナンスに関しての意見がありました。こう変えた方がいいと提案しても企業側からのプッシュバックが強いのです。
「大人」になってから行動や意識を変えるのはとても大変です。これは企業も同じです。それならば、より若いうちに、「ティーンエイジャー」の企業、規模が小さく創業から年数が浅いスタートアップの方が意思決定が早いはずだと考えました。そこにESGを実装する、会社のDNAに浸透させることがビジネスの成長をより加速させ、持続可能にすることができるのではないか、というのが私たちの仮説です。
昔はESG投資イコール、パフォーマンスが低いという指摘もありましたが、ここ数年でESG投資やサステイナビリティ投資のパフォーマンスは高く、より高いリターンに結び付くというデータが出て、証明されています。私たちはソーシャルインパクトファンドではなく、経済的リターンをきちんと求めるファンドです。差別化要因としては、「ESGを企業に実装させることで、より高い企業のパフォーマンスが出せる」という取り組みをしている点です。
Image: MPower Partners
「信じていない」から変わらない大企業 経済合理性のエビデンスが重要
――日本の大企業は、ESGの重要性は「分かっている」と言いつつ、表面的になりやすい面もあるかと思います。環境配慮についても、実態を伴わないうわべだけのエコといった「グリーンウォッシュ」につながるのではという懸念もあります。松井さんがゴールドマン・サックス時代から提唱してきた、女性活躍が日本の経済活性化につながるという「ウーマノミクス」についても同様な印象です。その要因をどうみていますか。
さまざまな理由があるかもしれませんが、おそらく最も大きな理由は「信じていないから」です。ESGを実装することで、本当により高い成長に結びつくのか、「はてな」「疑問だ」という反応です。「ウーマノミクス」のレポートを最初に書いたのは1999年でしたが、そこでも日本人のリアクションは「はてな」でした。
ですので、より客観的なエビデンスに基づくことが大事です。今では、多様性がなぜ成長を促すのかを証明する調査データは国内外に山ほどあります。そういったエビデンスに基づき、感覚や信条ではなく、本当に経済合理性に基づくものだと信じなければ、なかなか企業も取り組まないでしょうし、ご指摘のようなグリーンウォッシュのリスクにもつながります。
それ以上に大切なのは、ESG経営は事業をもっと大きく成長させるために、特に人材獲得のために必要不可欠だということです。シンプルに言うと、企業の存在意義や目的が何かを言語化できない会社に、優秀な人材は来ない、ということです。
ファンド設立以来、さまざまな方からESG投資に関する質問などをよく受けてきましたが、ESGについてきちんと理解し、その必要性を表現できる会社ははっきりと分かります。「何のために」ESGが不可欠なのかといえば、優秀な人材獲得に尽きると私は思っています。
マテリアリティは企業側が決める その上での伴走、ハンズオン型のVCファンド
――「ジェネレーションZ」と呼ばれる若い世代は環境やダイバーシティに関心が高いというのは世界共通のように感じます。それは今・現在が、彼ら彼女らが生きる未来に大きく関わることだからだという指摘があります。そういう意味でも、大企業より、これからをつくっていく世代、スタートアップの方がESGへの意識は高いと思いますか。
そうですね。ただ、誤解しないでほしいのは、われわれが投資先企業に、ESGの中のいろいろな細かな項目として「Aをいつまでにやってください」「Bをやってください」と指示するようなことは一切ありません。あくまでも投資先企業がわれわれの投資を受ける合意の一環として、自分の会社にとって重要なESGの要素から、マテリアリティ(重要課題)を企業側に決めてもらうということです。
それは企業側しかできないことです。マテリアリティを決定して全社的に納得してもらった上で、私たちが取り組むことは、そこに基づいてKPIをつくったり、ロードマップをつくったりして、伴走します。当然、企業側の事業規模も違えば、領域も違います。ワンサイズフィッツオールでは当然ないので、そこはあくまで企業側にマテリアリティを決めてもらいます。決定してからは、私たちがフルサポートをします。
例えば、数年後にIPOしたいが役員などのダイバーシティーが足りない、といったときに、私たちが取締役候補者を探すお手伝いをしたり、カーボンフットプリントをどうやって測り、スコープ1、2、3からこの企業のステージでは何が大切かなのかということをアドバイスしたりします。私たちのチームは非常にグローバルな知見、経験があります。それらを活かしてアドバイスします。これは普通のVCがやる仕事以上のことです。かなりハンズオンで取り組む点があります。
Image: MPower Partners
――そこがまさに従来のVCと違う点だといえますか。
そうですね。昨今、ESGを流行り言葉のように使うファンドやVCがあるのは事実です。でも、「どういった意味でESG重視なのか」という点がすごく大切です。
我々のアプローチは、いわゆるコンプラ的、box-ticking(官僚主義的確認手続き)のように「手伝います」というものではありません。本当に「芯」「真」のところから、投資先企業が自社のカルチャーを外に対してメッセージとしてきちんと伝えているのかが重要になります。
ESG経営の指標は統一されたものはなく、多様です。例えば、従業員のメンタルヘルス、エンゲージメントの度合いや離職率などのあらゆる項目も入ります。測りやすいものもあれば、測れないものもあります。ESG投資のフレームワークには統一の指標はなく、国によっても業界によっても違います。
我々の理解では、こういうアプローチをしている日本のVCファンドはMPower Partnersしかないと思います。ただ、私たちのようなVCファンドがもっともっと出てきてほしいと期待しています。真剣にESGのことを理解し、それぞれのスタートアップにフィットするような戦略を考えていくことが今後より一層、必要とされると思います。