イノベーションは時に破壊的だからこそ、ベンチャーキャピタル(VC)の投資には「責任」が伴わなければならない。これは、米マサチューセッツ州に本拠を置くトップティアVCのGeneral Catalyst(ゼネラル・カタリスト)の根幹を成す投資哲学だ。直近のファンド規模は60億ドル前後に達したと報じられており、Andreessen Horowitz(アンドリーセン・ホロウィッツ)の最新ファンドの72億と肩を並べるトップクラスの水準。TECHBLITZは今回、同社のマネジング・ダイレクターを務めるPaul Kwan氏に単独インタビューを行い、投資哲学が示すスタートアップ投資との向き合い方や、チームを率いる「グローバルレジリエンス」部門の重要性などについて聞いた。

目次
そのイノベーションに「責任」はあるか
経営破綻したSVB救済を呼びかけた理由
サムサラ投資の成功から学べること
優れた創業者が持つ3つの共通点とは
VCは自らの影響力を自覚せよ

そのイノベーションに「責任」はあるか

―ゼネラル・カタリストは投資活動の基本に「Responsible Innovation(責任あるイノベーション)」というアプローチを掲げていますね。これはどういった考えに基づくものなのでしょうか。

 少し時を戻してお話しすると、アメリカン・エキスプレスで2001年から約17年間にわたってトップを務めたケン・シュノールト(Ken Chenault)が、2018年に会長兼マネジング・ダイレクターとしてゼネラル・カタリストに参画した際、私たちに「ミッションとパーパスを持とう」と呼び掛けました。そこから生まれた私たちのミッションが「長く存続するパワフルでポジティブな変革に投資する」です。

 このミッションを、「責任あるイノベーション」というフレームワークに則って遂行しています。私達の行動原理は責任の伴ったイノベーションであり、安全で、持続的で、インクルーシブ(包摂的)なイノベーションを進め、調和の取れた社会を促進していくことです。

image: General Catalyst HP / Mission

 なぜ、私たちがこのような考え方をするのか。それは、責任あるイノベーションを正しい方法で実行できれば、結果として投資家に最大のインパクトと最大のリターンをもたらせると考えてるからです。これは、一般的なVCとは異なる視点で物事を見ていると言えるでしょう。そしてもう1つの考え方としては、明日を形作るような価値ある会社を創る、もしくはそうした会社に投資するためには、「社会の正しい側」にいる必要があると強く信じているからです。

「Move fast and break things(即座に行動せよ、そして破壊せよ)」*を行うだけではいけません。テック業界でよく言われるように、ただテクノロジーを構築し、その結果や予期せぬ影響について考慮しないことも許されません。テクノロジーは責任を持って創られなければならないのです。このミッションとパーパスこそが、ゼネラル・カタリストと他のVCを分かつ点で、非常に重要であると、まず強調したいことです。

*Move fast and break things:マーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)が考案し、Facebookが2014年まで社内モットーとして掲げた言葉

Paul Kwan
Managing Director
Stanford Universityでコンピュータサイエンスと経済学の学士号を取得後、1999年にMorgan Stanley入社。カリフォルニア州をベースにした26年間のキャリアで、Executive Directorまで上り詰めた。同社ではSpotifyの上場に携わったほか、多数のテック企業のIPOを手がけた。Morgan Stanley時代の顧客にMicrosoftやGoogle、Rakutenなど。2021年5月にGeneral Catalystに入社し、Managing Directorに就任。同社ではGlobal Resilienceチームを牽引。これまでAndurilやHelsing、Vannevar Labsなどへの投資を手掛けている。

―2024年の動きとして、AI技術の台頭だけでなく「グローバルレジリエンス」の重要性も挙げてらっしゃいますね。こちらについて、詳しく教えてください。

 ゼネラル・カタリストはグローバルレジリエンス(危機への耐性)を専門とするチームを有していますが、グローバルレジリエンスとは、地政学的な変化、ロシア、中国、世界的なサプライチェーン、金利の動向などに対するリアクションを指します。今、世界中のどの国においても、新聞の一面を賑わせているのは戦争、エネルギー危機、製造業界を取り巻く諸問題、サプライチェーン問題などです。これらこそ、グローバルレジリエンスが解決すべき問題です。
 
 VCやスタートアップはこうした大きな問題に対してどんな貢献ができるでしょう。防衛やエネルギー、サプライチェーンといった分野は国家レベルの課題で、これまでスタートアップが入り込めていなかった分野です。裏を返せば、新技術を活用することによってイノベーションを起こせる分野とも言えるわけで、私は、今こそVCやスタートアップがとてつもなく大きな役割を果たせると考えています。

 もともと、ゼネラル・カタリストは歴史の潮流を読むことに長けたVCでもあります。私が2017年に投資したAndurilという迎撃ドローンなどを開発する防衛スタートアップが典型的です。当時は、なぜVCが防衛産業に投資するべきか、ほとんどの人が理解しておらず、当時は私も「逆張りだ」と揶揄されていました。しかし、Andurilは現在、アメリカで最も注目され、最も成功している民間企業の1社にまで成長しています。

 2024年以降は、サプライチェーンや防衛の問題、(AIの台頭により叫ばれている)技術主権の問題がクローズアップされてくるでしょう。グローバルレジリエンスの投資機会は確実に増えていくと考えています。

image: General Catalyst

経営破綻したSVB救済を呼びかけた理由

―ゼネラル・カタリストは2023年にシリコンバレー銀行(SVB)が経営破綻した際、他のVCを巻き込み「資金援助しよう」と呼びかけました。どのような動機がこの行動につながったのでしょう。

 SVBは、シリコンバレーにおいてイノベーションを創出する重要な役割を果たしていました。次々とユニコーン企業が生まれるシリコンバレーは「イノベーション・エコノミー」とも呼ぶことができますが、SVBはその屋台骨的存在だったのです。

 われわれのCEOのへマント・タネジャ(Hemant Taneja)が先陣を切ってSVB支援のために署名を募りました。皆さんが知っておくべきは、SVBのバランスシートをよく見てみると、実際には政府が保護している部分が大きかったのです。

 (経営破綻当時)SVBは確かに、手元流動性が低下していたのですが、それは米国債を長期ポートフォリオに組み込んでいたからです。実際には満期まで保有していれば資金が戻ってくる国債だったのにも関わらず、不良債権を作ったような報じられ方をしました。結局、経営破綻危機を煽られたことによって資金を強制的に引き出され、流動性の危機に追い込まれたのです。

 私は長年シリコンバレーで投資をしてきています。シリコンバレーの活力の源は、その「文化」にあります。シリコンバレーの文化とは、「テクノロジーを使ってイノベーションを起こせば、世界にインパクトを与えられる」という楽観主義や豊富なロールモデル、人を育てる文化、才能を見出す力などで、起業家にとって必要な要素が育っています。

 現在は日本をはじめ、こうしたシリコンバレーの文化が世界に輸出されつつあります。起業家に必要なのは資本力だけではなく、彼らをさまざまな面からサポートするエコシステムなのです。

image: General Catalyst CEOのへマント・タネジャ氏

サムサラ投資の成功から学べること

―Morgan Stanley時代を含めると、Kwanさんは約30年の投資キャリアをお持ちです。これまでで最も印象に残っている投資と、そこから得た教訓を教えてください。

 ゼネラル・カタリストの投資実績として、非常に初期の段階からStripe(ストライプ)に投資していたことは良く知られています。こちらは世間一般にはあまり知られていないかもしれませんが、ここではSamsara(サムサラ)への投資についてお話しさせてください。

 同社は2021年に上場したインダストリアルオペレーション分野のスタートアップです。インダストリアルオペレーションとは、トラック輸送、物流倉庫、製造業、ライドシェア車両のフリート管理などをより効率的に運営するためのサービスを手掛ける業態です。そのためのテクノロジー、IoT機器などのハードウェア、業務関連データを一元管理できるソフトウェアなどを提供しています。

 ゼネラル・カタリストはシリーズBの資金調達ラウンドのリード投資家を務めていましたが、サムサラが扱うIoT機器にはAI搭載車載カメラなどがあるため、投資した当初は周囲からカメラ会社だと思われていた節もあります。また、「トラック市場ってそんなに大きいの?」と言われることもありました。しかし、2015年の設立から7年以内に売上高10億ドルを達成しており、今日の企業価値は170億ドルに達しています。現在も成長を続けており、売上高の成長率は30%以上を記録しています。

 サムサラの成功の要因として、「巨大市場」をターゲットに据えた点が挙げられます。インダストリアルオペレーションは、GDPの3分の1を占める各業種に関係している一方、これらの市場はほとんど自動化されていません。この市場を自動化するためには、ハードウエア、ソフトウエア、優れた販売戦略といったさまざまな要素の掛け合わせが必要です。ただ単に、ソフトウエアを作ってインターネットで販売するだけでは成り立ちません。当初は、サムサラのビジョンは理解されていませんでしたが、彼らは非常に慎重にこの市場にアプローチし、今では近年のテック企業のIPOで最も成功した1社となっている興味深い事例だと思います。

image: General Catalyst ゼネラル・カタリストのポートフォリオ企業の一例

優れた創業者が持つ3つの共通点とは

―スタートアップに投資する際、どのようにして優れた創業者を見抜いているのですか。

 優れた創業者を見抜くには、注目すべき資質が3つあると考えています。

 まずは、「業界知識」です。その業界の専門家である必要はありせんが、少なくともその業界に精通した人間であるべきでしょう。ある創業者は、門外漢の業界で起業する前に潜在顧客数百人に聞き取り調査を行った、と答えています。

 2つ目は「自分より優れた人材」を雇う能力。自らのチームにスーパースターを採用できる能力は重要です。3つ目は「創業のストーリーや必要性、チャンスを明確に説明できる力」。英語の上手さは関係ありません。思考やコミュニケーションが明晰かどうかが問われます。

VCは自らの影響力を自覚せよ

―今後、VCの世界ではどのような変化が待ち受けていると考えていますか。

 最初に申し上げた点の繰り返しになりますが、われわれはもっとテクノロジーに対する責任を持たなければいけなくなるでしょう。

 AIをはじめとしたテクノロジーは人々の生活に「破壊的」とも言える影響をもたらします。今後は政府機関やパートナー企業、さまざまな規制当局との連携が必要になります。実際、ゼネラル・カタリストはヘルスケア関連の投資のアドバイスを受けるべく、20以上の医療機関と提携を結んでいます。

 VCは、後先を考えずに先端テクノロジーに投資するだけでは今後の世界に責任を持つことができません。われわれがもたらす影響力を自覚しながら、投資を行なっていく必要があるでしょう。



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