※本寄稿は、DNX Ventures主催で行われたセミナーの登壇内容を抜粋し、記事化したものです。
※寄稿記事前編 【寄稿】事業会社が考えるべき「戦略的リターン」とは DNX Venturesによるオープンイノベーション指南
事業会社がCVCによるスタートアップへの投資を通して戦略的リターンを得るためのアプローチは多種多様です。財務的リターンと戦略的リターンの重みづけも企業によって異なります。
例えば、BMWは戦略的リターンの観点でレートステージ、財務的リターンの観点でアーリーステージ、という形でスタートアップ投資を行っていますが、初期からその形だったわけではありません。経営の方針やスタートアップ連携の経験とともに戦略は変化していくことが多く、それに伴い投資チームの構成も変わっていくので、正解の形は千差万別です。
とはいえ、既存の事業部を活かし、スタートアップと密接な連携をしていくことはグローバル企業ならではの共通点といえるでしょう。ここでは、その一例として東芝テックのCVC活用事例を紹介します。
成熟期に入った東芝テックの成長機会獲得に向けた挑戦
image: 東芝テック、DNX Ventures
東芝テックは、東芝グループの中で、主にリテール・ソリューションやワークプレイス・ソリューション、インクジェット・ソリューションなどを提供している会社です。どの事業も成熟期を迎え、今後の成長機会を得ていかなくてはらないという危機感があり、2016年4月に社長直轄の新規事業推進組織を立ち上げました。
オープンイノベーションの推進を目指し、初期からスタートアップへの投資に挑戦していました。その後、2018年からアクセラレーションプログラムのような投資を伴わない伴走型の支援を始め、DNX Venturesと出合いました。そして、2019年にCVC投資のための社内規程を整備して予算枠を確保し、DNX VenturesにLP出資をしたという経緯です。
CVC投資規程に基づいた投資スタイルとアプローチ
投資のスタイルとしては、ファンド化せずバランスシートで管理する出資スキームを採用しており、財務的リターンと戦略的リターンの両方を目指しています。中期計画の投融資予算枠に組み入れて予算を確保し、年度ごとに状況に応じて見直しを行うスタイルです。
投資決定プロセスについては、組織立ち上げ時に設けたCVC投資規程に基づき、スタートアップの資金ニーズに合うスピードで意思決定できる形になっています。このプロセスには事業本部が入っておらず、コーポレートの役員だけで意思決定できるのが特長です。運営体制としては、投資担当3名、協業推進3名、PR/コミュニティ1名の計7名で、現在直接投資は日本国内が中心ですが、VCへのLP出資を通して海外への投資も始めています。
CVCで取り扱うのは「直接投資」と「VCのLP出資」の2つです。直接投資は、成長ポテンシャルが高く大きな財務リターンが見込めるベンチャー、中長期的に東芝テックの既存事業とのシナジーが期待できるベンチャーを対象にしています。VCのLP出資は、現時点でリスクは高いものの、すぐにでも既存事業・新規事業のパートナーになれる技術や知見を持ったベンチャーが対象です。
ポリシーとして、どれだけシナジーが生まれそうであっても、財務リターンが見込めない案件には投資をしません。事業本部も別で投融資予算枠を持っているので、そこに出資するかどうかは事業本部が責任を持って見極めるべきだと考えています。
image: 東芝テック、DNX Ventures
上のスライドが2023年4月時点の投資ポートフォリオで、グレー背景の会社が事業本部によって投資をしているものです。CVC単体ではINCUBATEFUNDとDNX VenturesへのVC出資を含め、スタートアップへ累計12社、約26億円を出資しています。
image: 東芝テック、DNX Ventures
戦略的リターンを生むための仕組みづくりについては、CVCが出資後、投資先企業が一定期間成長するまでCVCチームがサポートをし、クロスファンクショナルチームが投資先企業と事業部をつなぐ役割を担っています。このチームには事業部の人は入らない形で、PoC(実証実験・検証)、共同事業開発、共同研究開発をするための予算が別で割り振られています。
続けて、どのように投資先企業と事業部の連携を図っているか、具体的な協業支援の事例を紹介します。
具体的な協業支援事例と化学反応的なイノベーション
1つ目は出資先のスタートアップの顧客リード獲得支援の事例です。東芝テックが主催する展示会や外部展示会の東芝テックブースで展示をしてもらい、お客様と話す機会を提供しています。直接的にはリターンに寄与しないように聞こえるかもしれませんが、自社が持つアセットで投資先を伸ばすのもシナジーのひとつだと考えています。
2つ目は最適化技術とスタートアップの課題をマージした事例です。東芝テックが持つ最適化技術を活用したコア技術があるのですが、ブランディングの観点から自社の顧客基盤を使ってフレキシブルに動かすのが難しいケースがありました。その技術をスタートアップの課題に組み合わせることで、共同研究という形でプロジェクトを進行しています。これは、立ち上げ時にはまったく想像していなかった連携です。
image: 東芝テック、DNX Ventures
東芝テックにおける戦略的リターンのアプローチを、「テクノロジー・イノベーション」「ビジネス・イノベーション」「ピープル・イノベーション」のフレームワークに当てはめて説明していきます。
私たちが組織立ち上げ時に狙っていたのは「ビジネス・イノベーション」でした。具体的には、スタートアップと協業して新市場の開拓や新規ビジネスの創造をしたり、既存事業の機能・価値・商材を拡大したりといったことを照準に当てていました。
その領域であれば、「何を実現するのか」「何が獲得できるか」の指標を明確にできるので経営層の理解を得やすく、KGI設定のためのディスカッションがしやすかったのです。
しかし、実際に取り組んでみると、先ほど2つめの事例として挙げた共同研究開発のような「テクノロジー・イノベーション」や「ピープル・イノベーション」の領域においても戦略的リターンがありました。もっと言えば、基盤としてピープル・イノベーションを確立させないことには、ビジネス・イノベーションも進まないと気づいたのです。
経営層の啓蒙という表現が適切かは分かりませんが、経営層にもピープル・イノベーションの必要性や価値が認識され、それを起点として、予期していなかった化学反応的なイノベーションが生まれていると感じます。
経営層の理解を得るために重ねた説明と工夫
経営層の理解を得るために重ねた説明と工夫を解説するため、まず私たちがCVC設立に踏み出したときの状況を振り返ります。当時の東芝テックは、すでにアクセラレーションプログラムやスタートアップへの投資といった経験をしており、経営陣からスタートアップへの理解度はある程度高まっていました。
これに加えて「既存事業による持続的な成長は難しい」という全社的な危機感があり、「新たな領域で事業拡大をしなければならない」という方針は合意を取れていたので、こうした前段の説明は必要ありませんでした。そのため立ち上げ時の課題として挙がってきたのは、「どの領域でやるのか」、「どうやって新規事業を生み出す組織を作るのか」といったHowに近しいところです。
ここからは実際に社内の説明で使った資料をもとに、どんなコミュニケーションを取っていたのかを解説します。まず、経営陣に対して早期に「自社で0から1を生み出すのは難しい」という結論を率直に伝えました。ここで有用だったのは、クレイトン・クリステンセン氏が提唱した「イノベーションのジレンマ」の図やRPV理論です。
image: 東芝テック、DNX Ventures
大企業は新規事業に使える資源(Resource)が潤沢です。しかし、既存のブランドや商品の品質を守ろうという意識が強く働くと、結局新しい動きには制限がかかり、イノベーションが起こりづらくなってしまいます。また、社内のプロセス(Process)は既存事業に沿って最適化されているため、変動制の高い新規事業の管理には向いていません。そして価値基準(Value)も既存事業と新規事業ではまったく異なります。売上のみで比較すると、新規事業はどうしても優先順位が下がってしまいます。
このRPV理論は優れた大企業であればあるほど強く働き、イノベーションを阻害してしまいます。だからこそ自社で新規事業を生み出すのではなく、スタートアップと連携していく必要があるということを、経営陣に対して伝えていきました。
これに加えて、スタートアップと連携することの強みをしっかり伝えることも心がけました。シード期のスタートアップの資金調達額と自社で新規事業プロジェクトを立ち上げる際の予算を比較したり、組織や仕組みが新規事業づくりに最適化されているのがスタートアップだという説明をしたりすることで、少しずつ連携の実現性を高めていったのです。
何よりも、新規事業に強みを持つスタートアップと競い合う関係性になった場合、そこに勝機があるのかという問いを投げかけることが、その選択肢がいかに難度の高いものかを説得する決定打となりました。
投資手法と特性を踏まえてCVCを選択
image: 東芝テック、DNX Ventures
次に、具体的な投資手法やアプローチ手段の選別をしていきました。例えばM&Aは、既存事業を活かしつつ比較的短期間でプロダクトやビジネスモデルのイノベーションを起こしやすい手法ですし、もしも技術力に強みを持つ領域があるならばR&Dも有効な手段だと思います。
一方で、イノベーションという観点で考えると、既存事業を軸にした手段だけにこだわらず、広く探索しながら新規事業にトライしていくべきではないか、とも考えられます。そこで私たちはこの新規事業の探索の手段として、スタートアップにアウトソーシングするつもりでCVCをやろう、という方針を提案しました。
CVCは他の手段と比べて中長期的な投資を行うことで、スタートアップの革新的な事業アイデアを軸に非連続なイノベーションをもたらせる可能性を秘めています。他の手段と比較したときの有用性について説くことで、経営陣の心を動かしていきました。
手段の選定の次に出てきた「具体的にどうスタートアップと連携していくのか」という不安に対しては、プレイブックと呼ばれるCVCの運用マニュアルを作成し、経営陣と共に具体的なシミュレーションを行うことで懸念事項を解消していきました。
メンバーの不安をVCと連携して解消
晴れて経営陣の合意を得て予算確保ができても、今度は現場のメンバーの中で新たな課題が出てきます。
既存メンバーのほか投資担当者を中途採用し、私たちの活動をスタートアップに認知してもらうためのコミュニティ担当者も迎えたのですが、そうは言っても簡単にスタートアップが投資させてくれるわけではありません。「新しいことができる」という高揚感がメンバー間でふくらむ一方、初めての取り組みに対する不安や、投資案件を早く作らなければならないというプレッシャーも相まって、一種のパニック状態になってしまったのです。
こういったメンタル面での不安を解消するサポートに寄与してくれたのが、VCの存在です。すでにDNX Venturesと連携していたので、壁打ち相手としてさまざまな相談を投げかけました。特に注力したのが、投資案件を精査する基準の制定や、法務・財務部門との連携強化です。社内の法務・財務担当者はM&Aには知見があるものの、スタートアップへのマイノリティ投資となると不安定さに目がいくことでどうしても動きが鈍ります。そこでDNX Venturesと連携しつつ、過去事例に基づいたスタートアップ連携のノウハウを社内に還元したり、スタートアップ投資に知見のあるリーガルファームと法務をつなげたりすることで、法務・財務担当者の懸念を解消しながら実行力を高めていきました。
image: 東芝テック、DNX Ventures
どういう観点で投資の判断をするのか、議論を深めていくのかといった準備段階での疑問点の最適解は、なかなか見えないものです。そこをVCの知見を借りながらひとつずつ解消できたことは、私たちのプロジェクトを推進するうえで大きな力となりました。
経営陣とメンバーのギャップを埋めるレポート
一定以上に投資が進み、投資案件も増えてくると、経営陣のニーズも変わってきます。そこでコンサルタントの力を借りつつ、経営陣に現時点での疑問や不安を直接聞くインタビューを実施しました。そこで出てきたのが、事業連携や協業体制の現状、海外進出への準備といった部分への課題意識です。
image: 東芝テック、DNX Ventures
この課題意識を踏まえ、次の組織強化のステップへと進みました。このステップで心がけたのは、あくまでスタートアップを母体に事業を育てる仕組みや組織づくりをしようということです。事業会社はどうしてもスタートアップの技術やアイデアを使って自社のサービスをつくろうとしがちですが、これをやると先に挙げたRPV理論にはまり、私たちがボトルネックとなってイノベーションを阻害する可能性が高くなります。そうならないよう、スタートアップの成長を支援するポジションを新たに設けました。また、海外進出を進めるためのメンバーを新たに迎えたのもこの頃です。
また、個からチームへと体制を移行しつつ毎週定例の投資案件会議を実施し、各人の投資の検討スキルを高めていくような仕組みづくりを心がけました。会議では出資比率や案件ごとの重要度の比重を数値化して報告することで、経営陣の情報ギャップを埋めることにも注力していました。経営陣はすべての投資案件を平均的に支援したほうが良いと考えがちですが、実際は投資期間の長短や状況によって支援の濃淡をつけるべきだと現場では感じるものです。このギャップを埋めるために、データを重ねながらヒアリングと説得を続けました。
こうしたレポート作成については、DNX Venturesからもアドバイスをもらいながら進めました。報告の中で重視したのは、損益計算書やバランスシートよりもマーケットやバリュープロポジション、エグゼキューションといった項目から見る事業推移です。アーリーステージのスタートアップは、表立った数字で進捗を知ることが難しいからです。そのスタートアップの本質的な価値は、プロダクトの開発進捗や優れた人材の獲得、逆に中心人物の離脱によるリスクなど、数値化できないところにあります。それらを捉えつつ評価につなげていくことに注力し、今後の見込みを伝えることで経営陣の安心感を醸成してきました。
CVC運営におけるVC連携で得られた戦略的リターンと財務的リターン
最後に、CVC運営におけるVC連携のポイントと、得られたリターンについてまとめていきます。
image: 東芝テック、DNX Ventures
まず案件紹介や財務的リターンといった「Tangible」なリターンは、分かりやすく挙げられるポイントです。これに付随して、間接投資の中である程度手堅い投資ポートフォリオを得られているからこそ、直接投資では多少のリスクがあっても挑戦的になれたということも、リターンのひとつと言えるかもしれません。
「Intangible」なリターンについては、VCが社内インパクトを出すための最強の伴走者であったというふうに感じています。伝えればさまざまなことを支援してくれる、というのが率直な感想ですね。一方で「VCに出資したら何かを教えてくれる、案件を紹介してくれる」というのは誤解です。自らが実践を通じて抱いた「どうすれば課題を乗り越えられるのか」「どう組織を運営しているのか」といった具体的な疑問を投げかければ、多くの知識を授けてくれる印象でした。こういったノウハウの提供などを通じ、社内の中で「ピープル・イノベーション」が起こっていったことが、財務的リターンよりも本質的かつ大きな価値をもたらしたと個人的には感じています。
VCに対して積極的にさまざまな疑問を投げかけながら、社内にある課題の一つひとつを解決していくことが、事業会社のCVC運営をより強固なものとし、戦略的リターンを得られる道筋を描く鍵となるでしょう。
記事執筆:宿木 雪樹