中国で生成AI(人工知能)の基盤モデルを開発するDeepSeek(ディープシーク)が、2025年1月下旬に脚光を浴び、各方面から熱い関心が寄せられている。テック業界の最前線を走るグローバルプレイヤーたちとの対話を通じて技術力を高めつつ、中国政府の支援政策や膨大な中国国内市場のニーズを背景に台頭したDeepSeekは、単なる先端技術の一例にとどまらない。AIが本当に次世代の汎用技術となり得るかはまだ定かではないが、DeepSeekのような挑戦がその方向性を探る上でいかに重要か、多くの専門家が注目している。本稿では、DeepSeekの概要や技術的特徴、中国の大規模AIモデル市場との関連、さらには中国国内での反応などについて概観する。米国独り勝ちのAI業界に大きな衝撃をもたらしたDeepSeekを取り巻く状況を知ることで、そこに日本が今後どのような戦略を取るべきかのヒントが隠れているかもしれない。

※TECHBLITZのコンテンツパートナーであるジャンシン(匠新)の協力で、中国における生成AIの最新動向を紹介する。

グローバルな盛り上がりを見せる中国の新たな大規模AIモデル「DeepSeek」 image : Saulo Ferreira Angelo / Shutterstock

目次
DeepSeekの概要と技術的特徴
中国市場におけるDeepSeek:政府の戦略、競争環境、そして産業応用
DeepSeekを取り巻くエコシステムの主要プレイヤー
中国国内での反応と今後の見通し

DeepSeekの概要と技術的特徴

 DeepSeekが多くの人々から注目を集める理由は大きく2つある。まずは「自主開発」を貫きつつ、グローバルなテック業界の最前線との対話を重ね、独自の技術ルートと研究体制を形成している点。そして、もう1つは「オープンソース」を採用し、多様な原理や技術を組み合わせることで、多くのクローズドな商用の大規模AIモデルと比べて、低コストかつ短期間で広範にユーザーを獲得している点だ。

 近年、米中を中核とする大国間の科学技術競争が長く続いてきた中で、多くの人々が「技術の先進性」や「とある企業の先端部門の規模・実力」といった要素を基に、技術進歩の水準を測ることに慣れてしまっている現状がある。しかし、DeepSeekが「自主開発」と「オープンソース」を両立させていることで、単に「先進性」を追い求めるだけではなく、「誰もが幅広く使える先端技術を自ら生み出す」ことの重要性が再認識されている。

 DeepSeekは、約半年の間に「DeepSeek V2.5」「DeepSeek V3」「DeepSeek-R1」という3つの主要な大規模AIモデルを相次いでリリース。いずれも例外なく複数の大規模言語モデル(LLM)の中から処理に必要な部分だけを選んで使う「MoE(Mixture of Experts)」アーキテクチャを採用している。また、これらに先立ち「DeepSeek-VL」「DeepSeek Coder」「DeepSeek Math」なども公開されており、中国国内で主流の大規模AIモデルである「Qwen」、中国国外の「Llama」や「GPT 4o」などをベンチマーク対象として評価を重ねている。とりわけ「DeepSeek-V3」は、公開されているランキング評価によるとオープンソースモデルの中で上位を争うレベルにあり、世界最先端の大規模AIモデルと比べても遜色ない性能を発揮している。

DeepSeekの性能は国際的に主流とされる他社の大規模AIモデルと比べても遜色がないことが分かる。左側2つの青色がそれぞれDeepSeek-V3およびDeepSeek-V2.5の性能を指す image : DeepSeek-V3 Technical Report

 DeepSeekの核心的なブレイクスルーとして、MoEに基づいたAIモデルや強化学習、さらにコンピューティングの最適化技術が挙げられる。これによって高い性能を維持したまま、コンピューティングチップやGPU(画像処理半導体)への依存度を大幅に下げることに成功し、学習や推論のコストを他社の大規模AIモデルよりも低減させることを可能にした。多様な原理を統合するアプローチによって、多くの大規模AIモデルと比べて低コストを実現しながら、世界的に見てもトップクラスの性能に近づいたことで、国内外の学術界・産業界から一気に注目を集めるに至っている。

中国市場におけるDeepSeek:政府の戦略、競争環境、そして産業応用

 2023年から2024年にかけて、中国国内で大規模AIモデルを中核とする応用分野が一段と深まり、「百模大戦(意訳で、多くの大規模AIモデルが競い合う状態)」と呼ばれるほど多数の大規模AIモデルが台頭し大きな話題を呼んでいる。その中でもDeepSeekは際立ったイノベーティブなモデルとして位置づけられている。中国の国家インターネット情報弁公室のデータによると、DeepSeekがブレイクするより前、2024年11月時点では3回にわたって合計309の大規模AIモデルが同室の登録を受けているという。

多岐にわたる中国の大規模AIモデルやアプリケーション、それを支えるクラウドサービスやコンピューティングチップといった産業マップ image: 第一新声

 そして時は2025年に至り、過去2年あまりの間に、米国によるさまざまな規制を受けながらも中国のAI産業は堅調な成長を続けている。1月にはDeepSeekが、米国のApp Storeの無料アプリランキングでChatGPTを抜いて1位に躍り出たことで話題を呼んだことは記憶に新しい。

 こうした盛り上がりの背景には、中国政府による大規模AIモデルへの支援やインフラ投資が欠かせない存在としてある。地方政府の積極的なコンピューティングインフラ整備や、「国家新一代人工智能開放創新平台(新世代AIオープンイノベーションプラットフォーム)」などの政策を通じて、DeepSeekのようなスタートアップが大規模なAIの学習や技術革新を短期間で推し進められるようにしている。

 また、DeepSeekのオープンな姿勢は中国の中小企業にも大規模AIモデルを導入する選択肢を与え、産業資本や政府系ファンドを誘致する効果も生んでいる。すでに製造業、金融業、小売業など、さまざまな業種の企業がDeepSeekと協議を重ねるほか、地方政府の中には共同ラボを設置し、クラウド環境やコンピューティング、人材獲得などを支援する意向を示すところも現れている。

 DeepSeekの台頭をもって中国市場を眺めると、必ずしも強力なコンピューティング能力がすべてではなく、政府の支援や産業資本、オープンソースのコミュニティなどのエコシステム連携こそがイノベーションの推進力となっていることが見て取れる。大手インターネット企業が相次いで自社開発の大規模AIモデルを発表している中、DeepSeekがどのように差別化を図り、エコシステムを構築していくかが、今後も注目されるポイントだ。すなわち、性能面・コスト面・エコシステム面でどれほど総合的に独自性を発揮できるかが、その後の評価や市場シェアを左右する可能性がある。

DeepSeekを取り巻くエコシステムの主要プレイヤー

 DeepSeekが注目を浴びる中で、実際にどのような企業・業界が関与しているのかを見渡すと、中国国内の多種多様なプレイヤーがエコシステムに参画していることがわかる。こうしたエコシステムは、まず政府の支援政策を土台としている。その上で、クラウド事業者やコンピューティングチップのベンダー企業、そして各種産業界という3種類のプレイヤーが下記のようにそれぞれ連携することで、あらゆるユーザーにとって利用しやすい環境を創出している。

 1種類目のプレイヤーであるクラウド事業者には中国EC最大手のアリババ集団や中国ネットサービス大手のテンセントなどが含まれ、自社のクラウドサービスとDeepSeekとの連携を開始している。特にテンセントは、あらゆる自社サービスにDeepSeekを接続すると発表している。例えば、同社が手掛けるAIアシスタントアプリ「元宝」(Yuanbao、ユェンバオ)は、2025年2月13日にアップデートを行い、「DeepSeek-R1 671B完全版」が接続された。これにより、元宝のバッググラウンドで稼働する大規模AIモデルを、テンセントが独自に開発した大規模AIモデル「混元」(Hunyuan、フンユェン)と共にユーザーが自由に選択できるようになっている。

 この取り組みは、多くのユーザーのペインポイントにアプローチしている。DeepSeekのユーザーが急速に増加したことで、サーバーの稼働が逼迫し、応答がストップする事態が発生している。テンセントのクラウドコンピューティングを利用することで、DeepSeek本体を直接使用するよりも、ユーザーはより速い応答速度を体感できるようになっている。このように、テンセントはDeepSeek単体では処理しきれないトラフィックを受け入れ、技術と製品レベルを向上させている。

 2種類目のプレイヤーのチップベンダー企業には中国通信機器大手のファーウェイが手掛けるチップ「昇騰(Ascend)」や米Intel(インテル)などが含まれ、AIを端末側の機器に普及させ、低遅延で高エネルギー効率のローカル推論を実現する目的でDeepSeekとの連携を開始している。端末側のAI推論においては、AIモデルの軽量化を通じて、スマートフォンやIoT機器のメモリ制限に適応している。インテルは「DeepSeek-R1」に合わせてコンピューティングチップを最適化し、演算効率を向上させている。

 3種類目のプレイヤーの各種産業界については、例えば、中国の自動車大手であるBYDや吉利(GEELY)を筆頭に、自動車のコックピットの更なるスマート化を目的に、DeepSeekを研究開発に取り込むことで、ユーザーとのインタラクティブなコミュニケーションを実現しようとしている。医療分野では、嘉和美康(GOODWILL)や恒瑞医薬(HENGRUI)などが、AI技術を通じて診療の効率と正確性を高めて人為的なミスを減らすことなど、専門化されたAI応用シーンを模索してDeepSeekの導入を開始している。具体的には、病歴データに基づく診断提案の生成や患者のデータをリアルタイムで監視し、救急プロセスを最適化するといった利用シーンだ。他にも、スマートフォンメーカーのOPPOやPCメーカーのLenovo、江蘇銀行や国信証券といった金融機関などと、様々な業界で導入が開始している。

中国国内での反応と今後の見通し

 DeepSeekのような大規模AIモデルは、多くの既存産業や職種に影響を与えうるとして、一部では懸念も示されている。一方で、オープンソース技術によって国内の開発者や研究者を増やし、中国の製造業やサービス業など様々な業界を高度化していくのではないかと期待する声も少なくない。実際に、DeepSeekが米国のApp Storeのランキングを席巻したことで、多くのスタートアップや産業界が同社のAPIを導入・検討し始めている。その一方で、大手IT企業のクローズドな大規模AIモデルも急速にアップデートを進めており、「オープンかクローズドか」をめぐる議論が活性化しているのが現状だ。

 DeepSeekの事例が示すのは、中国がアメリカの技術を受動的に模倣することから脱却し、大規模な市場需要と政府の支援政策を背景に、国際的影響力を持つAIイノベーションブランドを作り出せることだと評する声もある。もちろん、そこにはチップなどのコンピューティングリソース、ソフトウェアアルゴリズムなどに内在するボトルネックへの対処や人材・イノベーション文化への絶え間ない投資が欠かせない。

 実際のところ、中国のAI大規模モデル産業は、技術・人材・商用化・国際競争・政策・エコシステム・エネルギーなど、さまざまな面で課題を有している。こうした諸問題に対処するには、政府・企業・学術界が協力し合い、技術革新や人材育成、政策の最適化を連動させていく必要がある。

 しかし、だからこそ深耕した自主開発とオープンソースのイノベーションを融合させるDeepSeekのアプローチは、大きな可能性を秘めていると言えるだろう。膨大な市場需要を背景とし、政府支援や国際的な連携(例えば、学術分野での連携、グローバル企業とのエコシステム連携、NVIDIAのような中国でもAIインフラ分野において先行して既得権益を持つ企業との協調)を通じて、新たなエコシステムを形成している。その挑戦の行方は、中国のAI産業が今後どのような発展を遂げるかを考える上で、非常に示唆に富んだ事例となるだろう。

筆者紹介

久保 洋量(くぼ ひろかず)
匠新(ジャンシン)
創新加速事業部 マネージャー/アナリスト
「匠新(ジャンシン)」で、中国の最新テクノロジー調査や日中企業間のマッチング、新規事業創出支援を担当。以前は、データサイエンティストとしてPwCコンサルティングのAI関連チームに所属し、AI開発やデータ活用分野で経験を蓄積。現在は同分野の専門知識を活かし、最新テクノロジー起点で、中国企業と日本企業をつなぐ架け橋として活動中。



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