※本寄稿は、DNX Ventures主催で行われたセミナーの登壇内容を抜粋し、記事化したものです。
※寄稿記事続編 【寄稿】東芝テックがCVCから得た戦略的リターンとは グローバル企業のCVC活用事例
シリコンバレーと東京を拠点とするDNX Venturesは、BtoB領域のアーリーステージのスタートアップへの投資を主軸とし、起業家との信頼関係構築に注力するベンチャーキャピタル(VC)です。DNX Venturesは起業家側の視点だけでなく、LP投資に挑む事業会社がいかに戦略的リターンを得られるかという視点も重視し、これまで累計220件以上のスタートアップと事業会社の事業立ち上げを支援してきました。
スタートアップと事業会社の連携は、そう容易なものではありません。本記事では、事業会社がいかにスタートアップ連携・投資を通じて戦略的リターンを得ていくかというテーマを掲げ、事業会社の視点に立ちながらスタートアップとどのような関係性を結ぶべきか紐解いていきます。
事業会社とスタートアップがオープンイノベーションを通じて成長することの重要性
一産業を揺るがしかねないプロダクトを生み出すポテンシャルとスピード感のあるスタートアップは、事業会社にとってもはや無視できない存在です。このスタートアップと対峙する道を選ぶのか、あるいは協業して共に伸びる道を選ぶのかは、事業会社にとって分かれ道となるでしょう。オープンイノベーションは、スタートアップの力をうまく取り込みつつ、事業会社側も成長していくための取り組み方のひとつです。
スタートアップと事業会社はどのような関係を結ぶべきであるかを、米国の大手企業の取り組みを例に説明していきます。MicrosoftやGoogle、Salesforceといった企業は、いずれも自社の競争力を維持するためにCVCの活動を強化し、スタートアップのイノベーションを取り込もうとする動きが顕著です。
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昨今のAIトレンドの中で『ChatGPT』が高い注目を集めていますが、その背景にはOpenAIへの投資を積極的に行ったMicrosoftの存在があります。Microsoftは2019年から自社の事業とのシナジーやプロダクトの精度を確認しながら、OpenAIに対して定期的かつ大規模な投資を実施し、現在では過半数の株式を保有するまでになっています。
現在、Microsoftの既存事業であるAzureやBingなどのあらゆるサービスには、OpenAIのアプリケーションが組み込まれ始めています。これは大企業が投資を通じて財務的なリターンのみならず、戦略的リターンも確保した好事例と言えるでしょう。
戦略的リターンに内包される3つのイノベーション
事業会社がスタートアップとの連携や投資を通して得る「戦略的リターン」の具体的な内容について理解を深めるために、戦略的リターンの要素を分解して見ていきましょう。戦略的リターンは、「テクノロジー・イノベーション」「ビジネス・イノベーション」「ピープル・イノベーション」の3つに分けられます。
まず「テクノロジー・イノベーション」についてです。昨今の市場において一企業が存在感を示すためには、技術的な優位性を持つことが極めて重要です。もちろん業界・業態によってその濃淡はありますが、技術的な優位性が競争力に直結することは、多くの企業に共通していると思います。そして、多くの技術的なイノベーションが、大企業の研究開発部門以外で生まれている事実を鑑みれば、大企業はスタートアップを中心とする技術的なイノベーションにアクセスするべきだと判断できます。
次の「ビジネス・イノベーション」は、新市場に挑戦する契機としてスタートアップの力が役立つことを示しています。企業が成長し、事業を拡大し続けるためには、既存事業を伸ばすことはもちろん、新市場を開拓したり、新規事業を創り出していく必要があります。スタートアップはそういった市場開拓や新規事業の創造性に長けていることが多いので、彼らと協業することが事業会社側の成長・拡大を促進することにもつながります。
最後の「ピープル・イノベーション」は軽視されがちですが、実は極めて重要です。先ほど挙げたテクノロジーやビジネスの伸長を支えるのは「人」です。例えば、スタートアップへの理解やオープンイノベーションの考えが社員に浸透していない状態で先に述べたようなイノベーションを推し進めようとしても、それはなかなか実現できません。長期的なスパンで市場を見据える力や、イノベーションへの耐性を持った社員を育て、企業文化そのものもアップデートしていかなければ、取り組み自体が中途半端になってしまうでしょう。
では、それぞれのイノベーションがもたらす具体的な要素についても見ていきましょう。
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まず、「テクノロジー・イノベーション」には共同開発やライセンシング、新たな技術の獲得といった要素が挙げられます。また「ビジネス・テクノロジー」については、先に述べたような新市場開拓や新規事業創出といった側面に加え、既存事業の拡大や新しい価値の創出といった発展も見込めるでしょう。さらに、これらふたつのイノベーションに伴い、自社エコシステムの拡大や、企業力を高めることに資する情報の収集といった部分でも良い効果が得られるはずです。
「ピープル・イノベーション」に関しては、経営陣の意識改革につながる啓蒙、新規人財の獲得といった人に対するアプローチと変化が期待できます。社内のスタートアップ化が進むことも挙げられます。こういった人材開発や企業文化の改革に、先に述べたふたつのイノベーションと同時に取り組んでいくことが、戦略的リターンを得られる構造をつくる上で極めて重要です。
スタートアップと歩んでいく4つのステップ
さて、3つの戦略的リターンを念頭に置きつつ、それらの戦略的リターンをどのように最大化させていくか考えていきましょう。スタートアップとの出会いから戦略的リターンを求めていくまでのプロセスは、4つのステップがあります。
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はじめは「Discovery(スタートアップとの出会い)」です。事業会社の皆さんは、自社と同領域のスタートアップを探すことに集中しがちですが、そこだけにとどまらず、隣接する領域や僻地的な分野も含め、広くスタートアップを探していくことが重要です。
普段自社でフォーカスしていない領域で発生しているイノベーションがうまく取り入れられるケースもありますし、意外な連携ポイントを見出せることもありますので、固定概念にとらわれず、広い視野でスタートアップを探索すると良いでしょう。
また、このファーストステップにおいては、「選ばれる事業会社であろう」とする姿勢を心がけることが重要です。というのも、たとえ日本国内では大企業であっても、シリコンバレーのスタートアップにはそれほど認知されていないケースも珍しくありません。いわゆる“大企業”らしい振る舞いでコミュニケーションを取ってしまうと、スタートアップ側と友好な関係を築くことが難しくなります。事業会社側が選ぶという感覚だけでなく、スタートアップに選ばれるという感覚も持つようにしましょう。
次のステップが「PoC(実証実験)」です。実証実験を通じ、技術やビジネス性の検証を行い、自社が想定するユースケースやビジョンとの親和性を確認するのがこのステップです。プロダクトそのものもはっきりとしないシード期のスタートアップに対し、事業会社の皆さんはそのフェーズから連携する必然性はないと考えるかもしれませんが、実はそうとも言いきれません。プロダクトやサービスを一緒に作り上げていく、いわばデザイン・パートナーとしての立ち位置を獲得できるのは、シード期ならではの強みです。このステップから連携することで、早期から自社のビジョンやフィードバックを共有することが、双方にとってより良いプロダクト開発につながっていきます。
そして次が「Partnership/Integration(事業/技術連携)」です。国内での事業展開や、自社のプロダクトへの技術の組み込みなどを実際に行っていきます。
最後のステップは「Acquisition(M&A)」です。オープンイノベーションを通じて企業価値を高めていくというゴールを考えれば、最終的にはM&Aを通じてイノベーションの内部化までやりきることで、戦略的リターンが最大化します。技術力や事業、人材を獲得することで、即時的な効果を期待することができるでしょう。ただし、反面ではPMIや人材維持が困難であるといった課題もあり、連携するスタートアップのフェーズによって規模やその難度の差があることも念頭に置いておく必要があります。
シリコンバレーにおける日本企業の進出の現状
シリコンバレーではオープンイノベーションに挑む日系企業の動きが活発化しています。直近20 年間を見てもその数は2倍以上になっており、現在は延べ1,200社以上の日系企業がシリコンバレーに進出しているのです。
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米国進出という観点では他にも選択肢があるのに、なぜこれほどシリコンバレーに企業が集中するのでしょうか。その理由としては、米国のベンチャー企業への投資の約半分がカリフォルニアに集中していることが挙げられます。シリコンバレーはスタートアップにとって最も活動しやすく、イノベーションが起こりやすい拠点とも言えるでしょう。
また日米を比較していくと、米国では年間25〜30兆円、およそ日本の40〜50倍の規模感でベンチャー企業への投資を行っていることが分かります。その規模感を踏まえれば、日系企業がシリコンバレーに進出することの意義は伝わるでしょう。
戦略的リターンを得るための3つのアプローチとコスト
こうした背景を踏まえつつ、シリコンバレーへの進出を仮定したアプローチの選択肢について解説していきます。
1つ目はシリコンバレーにオフィスを持つ方法、2つ目はシリコンバレーのさまざまなVCに出資し、そのネットワークを活用していく方法です。そして3つ目はCVCの設立です。これら3つは別個のアプローチとして考えるのではなく、状況に応じて適切なアプローチを考えながら組み合わせていき、さらに大きなリターンを求めていくと考えるのが良いでしょう。
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前述の通り、オープンイノベーションは、スタートアップと出会うところからPoC、そして事業展開の先にイノベーションの内部化といったステップを踏んでいくものです。それぞれのフェーズに応じた適切なアプローチの仕方があるので、ステップと照らし合わせながら、その成長に伴ってアプローチの幅を増やしていけるのが理想です。
例えば、シリコンバレーに自社のオフィスをもって活動するアプローチは、会社の看板によって自社事業領域におけるスタートアップ探索・開拓を比較的効果的にできる可能性が高いです。その一方で、自社の事業範囲の隣接や飛地といったより広い範囲のスタートアップと出会うのは難しくなります。また、数名の駐在員のみでスタートアップソーシングから日本側への働きかけなどを行うため活動のスケールがしづらく、効率的な案件創出に課題が残るケースが多いです。
私自身も元駐在員だったので、その難しさを当時も身をもって感じたのですが、スタートアップのエコシステムの中での動きは、非常に属人的なものが多いため、会社の看板を掲げてはいるものの、結局は個人と個人の関係性に依存する部分も多くなってきます。すると、駐在員が帰任の際に、自身で築いた人間関係を後任者へ引き継げないという問題が起こってくるのです。駐在員の入れ替えに伴いネットワークがゼロに戻ってしまうことを避けて、継続的かつ長期的なネットワークを築き、それを活用していくというのは、想像以上に難しいものです。
これに対して、LP出資をしてシリコンバレーに進出するアプローチは、出資するVCの投資領域次第で自社の事業範囲を超える多くのスタートアップと出会うことができます。また、VCによっては日本側を含めた社内の人材育成を積極的に支援するスキームを持ったものもあり、体制構築・活動のスケールにつなげられる可能性があります。
そして、CVCを設立するアプローチを選択した場合には、投資機能を持つことで自社事業領域周辺のスタートアップへのアクセス、協業、そして将来的な買収といった流れが作りやすくなる可能性がある一方で、必要な資金、人材、体制などを作るにはしっかりとした規模のリソースが必要となります。
もうひとつの観点として、コスト構造やROIを考えたときにどのアプローチが一番自社にフィットするか考えることも大切です。
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まず、シリコンバレーに駐在員を配置する際のコストについて考えてみましょう。他のアプローチと比べてコストがかからないと考える方もいるかもしれませんが、長期的に見たとき、必ずしもそうとは言い切れません。生活費やオフィスの賃料などを鑑みると2名体制でもそのコストは年間0.8億ドル、10年間継続すると考えるとおよそ8億ドルのコストがかかることが分かります。
一方、CVC設立を検討する場合、仮に事業会社に1000億円程度の売上があったとすると、目安としてその0.5%に当たる年間5億ドル程度、10年間で50億円程度投下していかなければ、その存在感は薄らいでしまうでしょう。そしてVCにLP出資する場合は1件当たり10~50億円を目安と考え、基本的には10年間単位で活動していくことを想定してみてください。
こうしてコストを比較してみると、実はいずれの選択肢も最終的な金額には決定的な差がないことが分かります。このように、あらゆる観点から難点や課題を考えつつ、アプローチを選択していくよう心がけましょう。
オープンイノベーションにおけるKPI設定のポイント
次にKPIについて解説していきます。オープンイノベーションのような新たな活動に事業会社が取り組むとなると、やはり経営陣の視点では進捗が気になるところです。ここでKPIを設定するときに重要なのが、戦略的リターンを「Tangible」と「Intangible」の2つに分けて捉えることです。
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まず「Tangible」なリターンとは、比較的短期かつ定量的に測れるものを指します。例えば、カンファレンスに出た頻度、出会ったスタートアップの数、NDA(秘密保持契約)を結んだ回数、その中からPoCに至ったもの、そしてどれだけ売上に貢献できたかなど、いずれも分かりやすく定量化できるものが「Tangible」なリターンに属します。これらのリターンは非常に単純で数値化して求めやすいのですが、もう一方の「Intangible」なリターンにも目を向けていきましょう。
「Intangible」なリターンとは、一見して数値化するのは難しい、長期的なリターンを指します。例えば経営層の啓発、社内人材のスタートアップ化の促進、そして新規人材の獲得といったリターンがこれに当たります。本質的に事業会社のカルチャーを変えていくのは、この「Intangible」なリターンです。これを少しずつ積み上げていくことが、最終的には大きなインパクトをもたらす事業へとつながっていきますし、企業としての強度を増すことにも直結します。
オープンイノベーションを成功させるためには、経営層が新しい考え方や技術を理解し、自社の経営の方向性を誤らずに舵取りしていくことが大切です。さらに、事業を作っていくのは人なので、魅力的な組織づくりや人材獲得といった部分にも注力していくべきでしょう。しかし、これらのリターンはいずれも定量化できず、数字として追えません。それでもなお「Intangible」なリターンという目線を失わず、先に説明した「Tangible」なリターンと組み合わせてKPIを設定していくことが、オープンイノベーションの成功の鍵となります。
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こうしたKPI設定の考え方と、オープンイノベーションの4ステップ、そしてイノベーションの3つのタイプをそれぞれ掛け合わせていくと、図のようにフェーズに応じたKPI設定をしていくことができます。これを軸としつつ、アプローチのメリット・デメリットを比較しながら、どのステップでどんなアプローチをとっていくか検討していくと良いでしょう。
事業会社がオープンイノベーションを通じて戦略的リターンを得るために
さて、ここで改めて戦略的リターンを求めていくオープンイノベーションの進め方とポイントについて、まとめていきましょう。
第1に、オープンイノベーションに取り組む場合、その取り組みの必要性について経営陣も含めて全員が腹落ちする状況をつくることが何より大切です。もちろん、昨今の市況感を見れば「オープンイノベーションの必要はない」と考える企業は逆に珍しいかもしれません。しかし、単に必要性を認識するだけでは十分とは言えません。実際のオープンイノベーションには失敗がつきもので、その失敗に対する許容がなければ、取り組みを継続させるという判断を経営陣ができるとは考えがたいのです。心の底からオープンイノベーションの必要性を理解し、失敗を乗り越えて取り組みを継続するマインドを共有できて初めて、事業会社はそのリターンを得ることができるでしょう。
そしてオープンイノベーションには財務的リターンと戦略的リターンが内包されているということも、改めて確認しておきましょう。企業によって双方のリターンをどのようなバランスで求めていくのかは異なります。今回の記事で紹介したアプローチやコストパフォーマンスを参考にしつつ、より自社のカルチャーや組織にフィットする形を模索していくと良いでしょう。
最後に、オープンイノベーションというものは長期的な視座でリターンを得ていく手段である、ということを重ねてお伝えしたいです。短期的なアップダウンに執着してしまうと、本質的なインパクトを与える事業というものは生まれません。それこそ、10社投資したうちの5社が失敗に終わったとしても、1社が大成功を遂げれば十分に取り組む価値はあったと言える世界なのです。失敗に惑わされず、軸をぶらさずに積み上げていくことが、戦略的リターンを得る上で何より心がけてほしいところです。
DNX Venturesは、スタートアップとの連携を通した事業会社のイノベーションを、テクノロジー・ビジネスの両面から実現するために、人材の育成も含めて長期的にサポート・伴走していくことに今後も取り組み続けます。今回のお話に共感いただける事業会社の皆様と是非ディスカッションをできればと思います。
記事執筆:宿木雪樹