Sequoia Capitalが投資先に送った「52枚のスライド」
COVIDに始まり、ロシアのウクライナ侵攻、チップ不足、供給網混乱によりエネルギー高騰、食品高騰、インフレ、消費者支出への影響、利上げ、業績低迷と、負の連鎖が立て続けに続いており、IT企業にとどまらず上場企業の株価の低迷が今年に入り一気に加速してきた。日本の大企業がようやくオープンイノベーションに前向きになってきたここ数年に冷や水を差すこの状況を、大企業はどの様に捉えるべきか?
今回の不況はVC業界も重く捉えており、大きな懸念を隠さずにはいられない。Top VCであるSequoia Capital, Bill Gurley (Benchmark), YCombinatorがこぞって彼らの投資先に対して警鐘を鳴らし始めた。今回の不況は当初の想定以上に深く、そして長く続く可能性がある、と。
Google, Apple, Ciscoと名だたる企業を輩出してきたSequoia Capitalのこの種の警鐘は業界においては知られており、2008年リーマンショック時の“R.I.P Good Times”レポート、COVID直後(2020/03)の“Black Swan”レポートに続き、今回の不況のインパクトと対応策を”Adapting to Endure(耐え抜く為の変化)”という52スライドにまとめ、彼らの投資先起業家に5月に発表をしたことは地元のテレビ局(CNBC)でも取り上げられるほどだった。
基本的なメッセージとしてはCOVID時のような政府支援は期待できず、加えて地政学的懸念のV字回復は今回は見込めない、よってスタートアップは迅速に変化に対応し、コスト削減に注力、現金を維持せよ、という助言である。
テック企業の実際のビジネス、消費者生活はどんな状況か
株価低迷は年初と比べると、DowJonesは13%減だが、多くのテック大手企業のRevenue Growthは依然として非常に強い。Microsoftの一例を取って見ても、株価は2021年11月のピークから22%減だが、売上の年平均成長率(CAGR)は17.6%で顕著な伸びを示している。つまりこれらテック企業のビジネスにおけるExecutionが鈍化している訳ではなく、彼らが社会に提供する価値が低下したわけでもない。身近な例をとってみても、Zoom社の株価はピークから79%低下だが、売上、ユーザの利用頻度や価値は引き続き顕著な伸びを示している。
Image: Microsoft社の株価と過去12ヶ月の売上推移
Image: Zoom社の株価と過去12ヶ月の売上推移
今年の4月、US Inflation Rateは41年(1981年)ぶりに最高値を更新し8.5%となり、Inflationのピークは過ぎたと思われつつも、COVID前の状況には戻らず、FRS(米国の連邦準備制度)が想定する2%インフレを上回る値を推移すると予想されている。原油価格の高騰はサプライチェーン問題を作り、加えてウクライナ問題とともに食料価格高騰に連鎖している。その問題は継続される見通しで、消費者生活は引き続き圧迫されている。
エネルギー高騰の具体例として、現在ガソリン価格の米国全国平均は4.59ドル/Gallon (5/20現在)だが、カリフォルニア平均は6ドルを超えており、シリコンバレー在住の私の近所のガソリン価格は既に6.5ドル/Gallon (223円/litter)になっており、7ドルは間近と想像される。2年前の価格が2ドル台だったことを考えると、輸送費用に与えるインパクトは想像を絶する。(Source: AAA and Oil Price Information Service)
複合的にこれらはインフレを引き起こし、賃金の上昇につながっており、例えばCaliforniaでは近々最低賃金が15.5ドル/hr (時給2015円)にまで引き上げられる発表があったばかりだ。近所のマクドナルドのアルバイトは20ドル/hr (時給2600円)を超える店舗もでてきている。
スタートアップへの影響をどう見るか
スタートアップに対する影響は少しずつ出ている。Public市場の低迷から最も影響を受けるのは、まずはLate Stageのスタートアップになる。Public市場でのEV/Revenue multipleが下がり始め、買収元の大手企業のMarket Capが大幅に下がるのを目の当たりにすれば、Late Stageにおける投資家のスタートアップへの投資ペース、金額規模、価格面において慎重になるのは当然である。
例えば、ソフトバンクグループのようにPublic市場での保有株の多いファンドとなれば、投資先企業の株価が急落したことで、時価純資産保有価値が減損となり、約7.6兆円の損失を計上したことで、今年の投資のペースを大幅に下げることとなった。
これはソフトバンク特有の動きではなく下記グラフの通り、全般的にSeries B以降でのベンチャー企業は投資総額及びValuation(企業価値)の下落が現れ始めている。
Image: DNX Ventures
一方でSeedを中心とするEarly Stageの投資は投資総額、Valuationの変化は今のところ見受けられない。理由はいくつかあり、Seed Stageにおいては、プロダクト/サービス開発に専念し、企業からの売り上げを取りに行くフェーズでないこと、Seed Stageの投資先が次のステージに行くまでには不況が戻っている可能性に期待していたり、ミッドステージの投資家がアーリーに降りてきており、シード投資における競争が激化する事象が発生していると思われる。
しかし、これらの市場環境はスタートアップへの成長を鈍化させるのかというと、そうでもない。それは過去の例でも明らかで、古くはAmazon、Netflix、直近でもInstagramやAirbnb、Uber、WhatsApp、Square、Slack、Venmoといった今を代表するスタートアップは不況時代に設立されている。理由は様々だが、不況であろうと起業を厭わない武骨の精神や、企業の予算が絞られる中でも明確なROIや価値を提供できる技術/製品/サービスが彼らの爆発的な成功に導いている。
大企業が身につけるべき「VCの視点」とは
今回のインフレ、エネルギー、人件費高騰が企業利益を圧迫をするとなると、効率の良い経営や様々なプロセスの自動化をスタートアップ技術の導入により実現しなければならない。
例えば、Walmartなどのリテール企業は、自動運転による配送や無人決済を積極導入し始めている。日本では、ユニクロ店舗によるRFID(Radio Frequency Identification、近距離の無線通信を用いた自動認識技術)を利用した自動決済なども、みなさん利用していたことはあるのではないか。大手店舗からすると、高まる人件費で人員をそのまま採用して経営を圧迫するよりも様々なDXを実現し、効率化を図るべきだ。
ここ数年、日本においてもスタートアップと連携しオープンイノベーションに取り組み始める大企業が増えてきている。私自身、2004年よりシリコンバレーでベンチャー投資を行なっている身として、(大企業が)スタートアップを単なる「中小企業」として見て連携を躊躇していた当初とは大きく違う状況であることは非常に喜ばしい事であり、今後の更なるオープンイノベーションに期待をしていた。その矢先のこの不況到来は「不安定なスタートアップと事業に取り組むことは高リスクである」といった安易な結論に結びつかないかと不安ではある。
経済的混乱は常に発生する。1948年からベアマーケット/不況は12回起きている。繰り返しだが、それによってイノベーションの速度は全く鈍化しない。
この様な不況において、1つ提言するとするならば、大企業にももっと「VC視点」を身につけてほしいということだ。スタートアップは本来から不安定な存在。不確実な市場の中で革新的なVisionをベースに、技術とビジネスの両輪をExecutionする。それが可能なチームなのか、次のマイルストーンを着実に実現できVCからの資金調達を実行できるのか、市場は本当に立ち上がるのか、大手の追随に勝ち続けるのか。
これらを全てこなしていかないと、スタートアップにとっては資金調達そのものの可能性や資金調達額、企業価値に多く影響する。これは同時に、そのスタートアップの成長速度または生存に直に連動する。そこまでを見極めつつ、スタートアップとの協業を模索し続けてほしいと思う。
日本の大企業がオープンイノベーションに取り組むということは,失敗を許容する中で革新を求めて長期的に様々なスタートアップと取り組むという「耐性」と「体制」の両方を作ることである。
今回の不況も必ず終わりがある。日本企業が市況に翻弄されずに腰を据えて、イノベーションを取り込む「耐体制」を作ることが大事だと考える。VCのような視点を持ち、各スタートアップの見極めを行い、失敗を許容しつつ、次の事業の柱や既存事業の根本的なプロセスの改善にスタートアップを活用する。それによって自社の現業の強化、ひいてはこの不況を一緒に切り抜けてほしい。