ゴールドマン・サックス時代を含め20社以上の投資を行い、そのうち9社はIPOを果たすなど数々の投資実績を誇るRuby Lu氏。彼女は数少ない女性投資家として活躍する世界的なベンチャーキャピタリストだ。2019年、彼女は中国の次世代ハイテクカンパニーに投資する独自の会社、Atypical Venturesを立ち上げた。彼女が投資した短編動画アプリの快手科技(クアイショウ・テクノロジー)は、インターネット企業によるIPOとしてはウーバー以来、最大の54億ドル(約5,700億円)を調達するなど卓越した投資手腕を発揮する。「VCとはビジョンに則って、起業家をインスパイアする存在」と語る彼女にその投資哲学と、中国エコシステムの現状について話を聞いた。

<目次>
数々のIPOを経験。「私には起業を成功させる方法論がある」
起業家は孤独・誤解に耐えなければいけない
ロボット工学、コンピュータビジョン、シニア市場に投資
実力ある技術系企業からのスピンオフを拾い上げる勝ちパターン
あるスタートアップの借金を個人で肩代わりした理由
中国エコシステムは日本の質の高い投資を歓迎

数々のIPOを経験。「私には起業を成功させる方法論がある」

―ゴールドマン・サックスの投資銀行時代を経て、ベンチャーキャピタリストとして独立された背景を教えてください。

 私はアメリカ駐在時代を含めゴールド・マンサックスグループの投資銀行で7年間を過ごしました。その間、越境ECサービスを運営するeBayや、NTTドコモのIPOにも携わりました。IPOを経験した企業は、どれも素晴らしい大企業に成長し、そのほとんどがニューヨーク証券取引所か、ナスダックに上場しています。香港の証券取引所と中国の証券取引所にも上場しています。

Ruby Lu
Atypical Ventures
Founder
メリーランド大学経済学を首席で卒業。その後、ジョンズホプキンス大学で国際学の修士号を取得。 1996年にゴールドマン・サックスに入社し、香港で中国国営企業の上場を支援した後、米国に渡りテクノロジー関連の投資銀行業務に費やす。2003年にDCMに入社、DCM Chinaの共同創業者。2019年、米国の機関投資家などから資金を得て中国の次世代ハイテクカンパニーを支援するVC、Atypical Venturesを立ち上げた。

 こうした経験から、テクノロジー関連の投資に興味を持つようになったのですが、自分には企業が成長していく過程でポジティブな影響を与える能力があること気づいたのです。ゴールドマン・サックスでは成熟した企業が相手でしたから、もっと早期の段階から自分の能力を発揮したいと思い、ベンチャーキャピタリストを志しました。

 これまで20数社に投資し、そのうち14社がユニコーンに、うち9社がIPOを果たしました。ほとんどが失敗に終わることなく、100倍以上のリターンを得ています。中でも動画アプリの快手(クワイショウ)は2,000倍以上のリターンとなりました。

Photo: mundissima / Shutterstock

 スタートアップの中には業界のリーディングカンパニーになる企業もあれば、そこまで到達しない企業もあります。私の仕事は、その分かれ道を見極めること、成果に影響を与えること、より高い確率で成功するのを手助けすることです。私は起業を成功させる方法論を持っています。

起業家は孤独・誤解に耐えなければいけない

―Atypical VenturesはどのようなVCなのでしょうか。

 私たちAtypical Venturesは、ハイテクスタートアップ企業の早期成長に焦点を当てています。彼らは偉大な会社を作りたいと壮大なビジョンを持っているからこそ、ほとんどの人から理解されないうえに、誤解されるという孤独に長く耐えなければなりません。これは、優れた起業家が避けては通れない道です。あなたなら、この拷問のような人生に取り組むのでしょうか? 何のために起業家はあえて飛び込むのでしょうか?

Image: Atypical Ventures

 私はよく彼らに、「あなたは今後、10年以上続くかもしれない拷問のような人生にアサインしようとしています。その準備はできていますか?」と尋ねます。そして、何度も何度も同じ問答を彼らに繰り返して問うては、同じことを答えさせます。起業は簡単なことではないからです。

 本当に優れたものを作り、その分野で最高のものを作るためには、一点に集中する必要があります。自分が持っている能力を最大限に発揮するために、毎日、毎日、同じことを繰り返して精進する職人気質が求められます。

 日常生活はたいてい同じことの繰り返しで退屈なものです。ですが、企業のカルチャーもしくはスピリットこそが他社との差別化を図ります。こうした職人気質が、会社を形づくるうえで欠かせません。だから、私たちは道なき道を長い時間をかけて戦う起業家たちを応援したいと願って、社名に非定型ベンチャー(=Atypical Ventures)と名付けました。

ロボット工学、コンピュータビジョン、シニア市場に投資

―Atypical Venturesでのこれまでの投資実績を教えてもらえますか? またどのような分野に投資していますか?

いまはロボット工学、コンピュータビジョン、シニア市場などの分野で8社に投資しています。そのうち2社は1年以内に新たに資金調達を果たし、私たちが投資したときと比べて5倍の時価評価を得ています。

 ロボット工学の投資先は、たとえば巨大ビルの塗装をロボットがブラシを使って作業できるような建設用途を考えています。塗装作業全体を私たちのロボットに委託することができれば、多くの大手建設会社は大幅な工期短縮と労働力削減ができるでしょう。

 人間の視覚システムを研究する投資先は、携帯電話やビデオで撮影した写真、動画を自動的により美しくすることができるようなコンピュータビジョン技術の応用開発を行っています。

 ほかにも特徴的な投資先として、「Orka」という補聴器を開発している企業があります。彼らの特色は、補聴器のハードウェアにソフトウェアとチップを搭載していることと、Bluetoothを採用しているところです。

補聴器「Orka」(Image: Orkaホームページ)

 従来の補聴器は、調整のために病院に行かなければなりませんでしたが、彼らの補聴器はリモート調整が可能な非常に革新的なものです。とくに新型コロナウイルスの影響下では、その需要は並大抵のものではありませんでした。またテレビに直接、Bluetooth接続できるため、テレビ自体の音量を調節する必要がありません。

 投資先は中国だけでなく海外にも及んでいますが、日本については、私たちに市場での競争力がないため今のところ積極的に攻めることは考えていません。

実力ある技術系企業からのスピンオフを拾い上げる勝ちパターン

―次はAtypical Venturesの投資スタイルについてお聞きしたいと思います。数ある企業のなかから投資先をどのように見つけ出しているのですか?

 ほとんどは知り合いに紹介された企業です。私はこれまでずっとテクノロジーへの投資を行ってきたので、私の強みを知っている人々が「こういうアイデアを考えているので、チェックしてくれないか?」と向こうからやって来ます。私はVCのなかでも数少ない女性の一人ですから、人々の印象に残りやすいことも功を奏していますね。

―投資の勝ちパターンのようなものはあるのでしょうか?

 すでに実力を示しているテクノロジーベースのチームが新しいプロダクトを作って起業するのを助けることが私の勝ちパターンです。「技術系企業からのスピンオフ」と呼んでいるのですが、既存チームからスピンオフしたチームに投資するスタイルです。投資先は2度、3度と起業を経験したシリアルアントレプレナーによるスタートアップが8割を占めていますね。

 とくに10年以上一緒に働いてきたようなチームで運営している企業が好きです。ある投資先は、メンバー全員が数十億ドル規模の上場企業出身者で、前職では共同創業者だったり、CTOを務めていたりした人々でした。彼らがより大きな、より良いビジョンを作りたいと新しい企業を立ち上げたので投資しました。

 いろんな人が私のところに来ていろいろと言いますが、私は自分自身の目で企業を見極めたいと考えています。つねに自分が先頭に立ってその企業を見て、何をすべきかを決定するようにしています。

―投資を判断する際、特に重視していることは何でしょうか?

 何か一つだけに絞るというのはなかなか難しいです。ですが、一つ挙げるなら創業者のスキルセット、つまり「ビジョン」と「実行力」に注目しています。

 ビジョンがあるからこそ人々はそれに共感して、最高の人材が集まってきます。ですから創業者はビジョンをしっかりと持ち、皆を鼓舞しなければなりません。それもない状態で、どうしてあなたの企業に人々が参画したいと思うでしょうか?

Photo: ESB Professional / Shutterstock

 また日々のタスクを上手にこなす実行力も創業者には必要です。たとえば超オタクで、エンジニアをうまく自分に惹きつけられる人は、AIのようなハイテク分野で大成功を収めることができます。企業のタイプが違えば、リーダーのタイプも異なります。このことを私は「冒険のマジックマッチ」と呼んでいます。その役割にふさわしい人が、ふさわしいことをする、という意味です。

 スキルセットに加えて、創業者の優れた資質を判断するために、私は同じ質問をいろいろな角度から聞いてみることもあります。時々、非常に細かい質問を浴びせるので同僚もあきれてしまいますが、優秀なジャーナリストのように、相手がどう考えているのかを深く理解したいのです。

あるスタートアップの借金を個人で肩代わりした理由

―あなたのキャリアの中で、最も印象に残っている投資先は何でしょうか?

 多くの人は、インパクトが大きい「快手」を思い起こすことでしょう。ですが、私がお伝えしたいのは、中国で医療ポータルサイトを提供するDXYという会社です。

医療ポータルサイト「DXY」(Image: DXYホームページ)

 私がDXYの創業者たちに出会った時、彼らと何時間もじっくり話をしました。当時、彼らは自分たちの会社を売ろうとしていたので、なぜ会社を売りたいのかと尋ねたところ、彼らは借金返済を迫られている状況だということが分かりました。彼らは会社を失うより、会社を売った方がいいのではなないかと考えたのです。

 そこで、私はすぐ主人に電話して「銀行にいくらあるの?」と聞きましたが、彼らの借金を払うには足りませんでした。次に、親友に電話したら、彼女が「じゃあ、私たち3人でお金を出しあって、会社の借金を返しましょう」と言ってくれたんです。私たちは彼らの借金を肩代わりする代わりに金利を請求したり、後に会社の株式を取得して投資したりしませんでした。

 なぜ私たちがそんなことをしたかというと、中国医療にとって彼らはとても重要な存在だったからです。中国には14億人の国民がいますが、医師は280万人しかいません。DXYは今では中国最大の医師コミュニティになっています。そして最終的に、私たちが肩代わりした借金を彼らは返済することができました。新型コロナウイルスが中国に広まっている間もDXYは大きな貢献をしています。ですから私はDXYをとても誇りに思っているのです。

 もし当時、私たちが彼らに借金の返済を打診しなかったらどうなっていたでしょう? 私たちのお金を受け取ったから、今の彼らがあります。ベンチャーキャピタリストとは、自分のビジョンを持って、起業家にこのようなインスピレーションを与えるべきです。そして豊富な人脈と知識を駆使して、不足する人材やコーポレートガバナンスなどのリソースを提供することがベンチャーキャピタリストの大切な役割です。

中国エコシステムは日本の質の高い投資を歓迎

―近年、中国ではユニコーン企業が次々と生まれています。中国のエコシステムについてどのように見ていますか?また外国の起業家や投資家が、参入するチャンスはありますか?

 私が投資を始めた2003年頃、中国のスタートアップ業界は非常に遅れていて、エコシステムはほとんど機能していませんでした。ですが、近年は急速に発展しており、今ではほぼアメリカと遜色ない環境となっています。

 失敗を許容する寛容な社会風土が育っていて、リスクを厭わないアイデアあふれる起業家がたくさん集まってきています。これは中国のエコシステムがとても健全に成長している証でしょう。

 海外から中国のエコシステムに参入するには、独創的なスキルセットと付加価値があれば十分にチャンスはあります。実際に中国で大成功を収めている外国人起業家もいます。ローカル企業のパートナーを見つけることも重要です。

 日本の質の高い方々の参入も、LP投資を含めもちろん歓迎します。日本社会には信頼性、勤勉性、献身、高品質なものに対する誠実な努力があります。中国はスピード、成長に特化していますが、お互いに学べるものがたくさんあると思います。



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