データを暗号化した状態で、計算処理や解析分析・AI処理、共有ができる秘密計算プラットフォーム「DataArmor」などを提供するEAGLYS(イーグリス、本社:東京都)。データセキュリティの重要性が増す中、グループ企業内や企業間においてデータ解析をする際に、データを秘匿したいという需要に応えるものだ。データサイエンティスト、AIエンジニアの経験を経てセキュアな計算技術の研究を行い、2016年に同社を創業した代表取締役/CEOの今林広樹氏にプロダクトや事業戦略について聞いた。

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ビッグデータ解析が直面する「データを持ち出せない問題」に着目

――創業の経緯をお教えください。

 大学3年生くらいの頃から、起業したいと思っていましたが、当時はスキルや経験を持ち合わせていませんでした。そこで、技術習得のためにAIの理論や機械学習を独学していました。元々脳科学を専攻しており、実験系ではなく理論系から、理解・解析をしたいという思いから、この分野に興味を持ち、これらを自分の軸に据えて活動していくことを決めました。

 しかし、当初の日本ではそこまで技術が発展していなかったため、シリコンバレーの状況を知るために、大学院の時に休学をして、サンフランシスコにある企業でデータサイエンティストとして活動していました。そこで、不正検知やビッグデータ解析のような技術が金融領域やマーケティング領域で動いていることを知りました。

 データサイエンティストとして活動しているなか、データを自社の高性能なマシンで分析したいと提案したのですが、データを持ち出せないと言われました。そのときに、なぜAIの技術は発達しているのに、データの活用においてはアナログで、人がセキュリティを管理しているのだろうと疑問を抱いたのです。AIの時代においては、AIのセキュリティやデータのセキュリティが重要であるという大前提にも関わらず、大多数の人がその点に気付かずに業務をしているという状況でした。その状況を解決することが社会にとって重要だと思うようになりました。

 その後、データセキュリティの分野を自分の軸として据えるために、大学院に戻って研究を行い、論文を10本程度書いてから、起業しました。

今林広樹
EAGLYS
代表取締役CEO
早稲田大学で脳神経科学を研究する傍ら、独学で人工知能(AI)理論・技術などを学ぶ。2015年、Digital Garage US, Incでのインターンシップとして米国でデータサイエンティスト、AIエンジニアとして働き、個人データの活用やAI開発におけるデータセキュリティの重要性だけでなく、セキュアコンピューティングの普遍的な価値を捉える。帰国後は早稲田大学大学院に戻り、科学技術振興機構 (JST) CRESTの研究プロジェクトに参加するなど、秘密計算の研究に従事しながら、EAGLYSを2016年に創業する。

――現在のサービス内容についてお聞かせください。

 我々は、自社の技術と、技術を作る人材という点に強みを持っています。ですが、そのままでは技術をエンドユーザーに届けることができないため、パートナーと連携して共同事業のような形で、ソリューションを提案し、エンドユーザーに届けるということをビジネスモデルのベースとしています。

 例えば、物流倉庫向けのAIの画像識別エンジンについては、既に顧客基盤を持っているパートナー企業に当社の技術を提供してエンドユーザーに届けています。そのときに、機密情報を扱うため、データセキュリティが課題となります。倉庫にあるデータを、デジタルツインとしてクラウドに置く際、エンドユーザーは、自分たちのデータが取られるのではないか、競合に共有されるのではないかということを気にされるのです。

 セキュリティや秘匿性を保ったシステムインテグレーションを依頼されるのですが、ここで2つの課題が生じます。1つは、メーカーやパートナーがお客さまの環境に出向いて、メンテナンスをしなければならないという点です。もう1つは、ローカルにデータが蓄積されるため、AIが成長しない点です。精度が上がっていかないので、ずっと同じバージョンのAIモデルを使うことになり、他社のデータで他の商品の識別をしようとした際に、学習していない商品を識別できないといった弊害が起こります。

 このような課題は、秘匿性を保ちながらデータをクラウドに置くことが解決策のひとつです。我々はまさに機密なデータを扱う業界のクラウド活用やAI活用に強みを持って、サービス提供をしているのです。現在は、プロジェクトごとにサービスを提供していますが、将来的にはプラットフォームに統合していく予定です。

処理速度と使いやすさで、競合に先んじて多くの事例を重ねる

――プライバシーを保護しながらデータ解析をできる点が優位性ですね。競合はいるのでしょうか。

 技術に関していうと、競合もいますが、当社の強みは3つあります。1つは高速性です。従来は暗号化した状態でデータを処理することは、暗号化のオーバーヘッドがかかってしまうために、実現が難しいものでした。当社では、従来の手法の数千倍の高速化を実現し、結果的に競合よりもより高いパフォーマンスで、暗号状態での計算ができます。これは自身が学生時代に研究していたテーマをもとにしていて、当時の段階で430倍くらいの高速化ができていました。この技術は特許化されています。

 2つ目の強みは、技術を知らずとも、簡単に導入できるユーザーエクスペリエンスです。これも同様にプロダクトの設計という点で特許化しています。我々が秘密計算の技術を市場投入し始めたのは約5年前で、当初は誰もやっていませんでした。だからこそ、早めにマーケット検証ができ、機能やアーキテクチャなどのコア要素は、マーケットから吸収しながらデザイン設計しました。当初、秘密計算のマーケットインという視点から知財化されたものは存在しなかったため、早期にスタートできたことは先行者のメリットがあると感じています。

 そして、3つ目は、前述の2つの要因から、この分野において事例数がグローバルにおいてもトップレベルである点です。高速さと使いやすさをプロダクトとして知財も含めたパッケージにし、多くの事例を重ねてきたのです。

Image: EAGLYS HP

――ビジネス上の実績や顧客の成功事例はありますか。

 年度によって成長角度はそれぞれですが、これまでの数年で毎年約1.5倍から2倍程度、伸びています。これまでは立ち上げ時期だったため、実績数が少ないゆえに伸び率が大きく出ましたが、今後は市場ニーズが固定されて、その上で我々が提供できるリソースがあると思うので、自然なマーケットの成長に準じていくと思います。

 顧客の事例として分かりやすいものを挙げると、JR東日本とのPoC(概念実証)の取り組みです。Suicaのデータには人々の移動情報や購入情報が含まれており、その人の嗜好性や個人が特定できるデータが存在するので、プライバシーを守りながら他のデータと統合し、分析をするという点が従来から課題になっていました。従来はその課題を解消するために、人の手でデータを加工して使える状態にしていました。

 ですが、全てのパーソナルデータを変換することは、非常に大変な作業で、多大な工数がかかります。さらに、例えば個人が特定されないように、23歳を20代と変換するというように調整していくのでデータ自体の質が下がるという問題点もありました。そこを、秘密計算によってデータをそのまま活用できるようにすることによって、匿名化にかかる工数を削減し、精度的にも問題なく集計できるようにしたのです。

あらゆる業界のデータ連携に対する課題を解消するプラットフォームを目指す

――この分野のパイオニアとして、顧客のニーズをどのように捉えていらっしゃいますか。

 創業から3年ほどは、秘密計算で問い合わせが来ることはほとんどなかったのですが、この2年間は秘密計算に対する問い合せが増えてきていることから、国内でも認知度が上がってきたと感じています。我々も秘密計算コンソーシアムなどで啓発活動も行っており、その成果が表れていると感じています。

 マーケットの状況としては、初めからプライバシーやセキュリティを気にされる観点で相談が来るケースも増えておりますし、その前段階でデータを活用して、細かく事業化していきたいという観点での相談が来ることもあります。まずはAIの支援から入って、その上でセキュリティのところも対応していくというケースもあります。

 私たちが提供している秘密計算は、米国ではHomomorphic encryption(準同型暗号)と呼ばれていて、データ活用やコラボレーションの際にキーとなる技術として非常に注目されている技術です。AIの学習データを使おうとしたときに、ビックテックの企業以外は、単独ではデータ量が足りず精度の高いデータが取れないという問題があります。その問題を解決するために、データを各社が持ち寄って、1個の大きなデータとしてまとめて、精度を上げていこうという考えが出てきています。

 最近では各金融機関が不正取引のデータを持ち寄って、より高度に詐欺を検知するというロジックを作っています。先ほどのJR東日本の事例は1企業内ですが、事業部間のデータ連携のために秘密計算によってより高い精度を出しました。まだ立ち上がったばかりの領域ですが、このような事例に活用され始めたこれからが本番です。

 各企業のデータを持ち寄ったら利益になると分かっていてもセキュリティに心配があるから出せないという課題を解消できます。この技術を推進することで、データの利活用が進み、顧客がメリットを享受できるようになることを目指して開発を進めています。

 当社にはHomomorphic encryptionの研究をしていたメンバーが多く、データサイエンティストの7割はPh.D.を持っているので、技術力には自信があります。他の会社では解決できなかった課題をピンポイントで解決し、データ活用における顧客の課題を解決しながらより良い世の中を作ることを目指しています。

――これからの展開や将来構想についてお聞かせください。

 AI時代のデータの活用では、従来の「サイバーセキュリティ」という考え方から、「プライバシーテック」という考え方に変化しており、プライバシー保護がとても重要な課題になってきています。AIに取り込ませるデータが膨大になって、市場も大きくなっていく中、AIのモデルそのもののセキュリティをどう考えていくかという点は、今までのサイバーセキュリティーでも、プライバシー法でもなく、もっと大きな市場の概念で、かつ重要視される領域です。

 我々はプライバシー保護やデータのセキュリティについて取り組んでいますが、今後はAIのセキュリティに対してHomomorphic encryptionを適用する、またAIの精度を維持・向上するために、コラボレーションAIを研究開発するというようなことに取り組んでいきます。AIのヘルスチェックをやりながら、AIに関するデータも常に暗号状態で保護できるプラットフォームを構築していくのが現在の方向性です。

 AIをクラウドベースで提供されていと思っている企業や、サプライチェーンの上流から下流まで関わるような商社、流通事業者と組んで、業界のデータ連携に貢献できるといいかなと思っています。また、公共分野では、国策レベルでスマートシティプロジェクトが動いています。ここもプライバシー保護やデータ連携が鍵となる分野だと考えています。一般社団法人サイバースマートシティ創造協議会(MCSCC)に加盟しており、技術の提供やアーキテクチャの設計に携わっています。

――御社のビジョンについてお聞かせください。

 短期的では、AIセキュリティの領域で、我々のサービス技術群を通すプラットフォームを築くことによってデータコラボレーションを進めるなど、安心感を持って、メンテナンスやAIの活用ができるところを目指しています。それができた後は、我々のプラットフォームを通してさまざまな企業がデータ活用をできる状態を目指したいと考えています。サプライチェーンや物流、製薬、スマートシティなど、さまざまな分野においてデータ連携ができるイメージです。

 今の時代、機密情報や個人情報を活用するようなプロジェクトや、データ活用そのものが経営課題のレベルになっています。データやAIのセキュリティを経営企画のロードマップに入れることが必須となっています。ぜひ、読者の皆様のデータ活用の取り組みに、初期段階からご一緒できればと思います。

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