SMBCグループのITソリューション・シンクタンク機能を担う日本総合研究所では、先端技術ラボを設立し社会実装に向けた先端ITの研究・開発にも力を入れている。今回は脳科学の知見とテクノロジーを組み合わせた「ブレインテック」について取り上げる。

※TECHBLITZのコンテンツパートナーであるSMBCの協力で、DXにおけるSMBCのビジョン、企業のDX推進のためのソリューション、DXの最新動向などの情報を発信するサイト「D X-link(ディークロスリンク)」から記事を転載します。

ブレインテックの概要

ブレインテックとは、脳(Brain)とテクノロジー(Technology)を組み合わせた造語。認知状態や感覚体験などの活動をfMRI(*1)やEEG(*2)などの専用装置で計測し、それらの結果を用いてデコーディング(*3)やニューロフィードバック(*4)、BMI(*5)に応用する技術である。ブレインテックに関連した取り組みとして脳の仕組みを参考にコンピュータ開発に生かす、ニューロモルフィックコンピューティングと呼ばれる技術がある。

Image:ブレインテックの全体像

ブレインテックのビジネス活用

 本人しかわからない脳の意識や知覚を解読するデコーディングの活用例の一つとして、マーケティングがある。例えば世界最大の化粧品会社であるロレアル社は、来店した消費者が香水の香りを嗅いだ時の脳波を測定し、消費者の好みの香水を提供するサービスを発表した。(*6)

 脳活動をモニタリングしながら自己制御するニューロフィードバックの分野では、ヘルスケアでの活用が進んでいる。アメリカのボブスレーのスケルトンチームの選手はBrainCo社が提供するヘッドバンド型の脳計測装置「FocusCalm」を用いて、集中度やリラックス度を高めるトレーニングを実施。2022年北京・冬季オリンピックに向けたトレーニングで活用された。(*7)

 脳活動に合わせた行動支援・機器制御を行うBMI(Brain Machine Interface)では医療やリハビリテーションで活用が進んでいる。Synchron社はALS(Amyotrophic Lateral Sclerosis)患者の脳内の血管にデバイスを埋め込むことで、ALS患者が脳内で考えただけで、ECサイトでの買い物や同僚とのチャットを行うことを成功させた。(*8)

 ブレインテックは医療・ヘルスケア領域での活用が最も期待されており、他の領域に先駆けて、普及すると予想される。国内ではビジネスと結び付きやすいマーケティングでの活用を模索する企業が多く、その他、人材育成などの領域での活用も期待されている。

西下 慧
日本総合研究所
先端技術ラボ アナリスト
2016年日本総合研究所へ入社。三井住友銀行の社内システム開発・プロジェクト管理を経て、先端技術に関する調査業務、およびブレインテックやブロックチェーンなどの業務応用に向けた研究開発に従事。著書に「あなたの会社もブロックチェーンを始めませんか?」(中央経済社、2020年5月)

ブレインテックの課題・考慮事項

ブレインテックを活用する上では脳データの収集や再現性、倫理面など課題が存在する。

  1. データ収集
  2. ビジネスシーンや日常生活で高精度な脳活動の取得が難しい。また計測に時間や費用もかかり、解析に必要なデータを大量に取得することも困難。

  3. 再現性
  4. 脳活動には個人差も大きく、研究成果の再現性の低さや誇張広告の見極めが難しい。

  5. セキュリティー・プライバシー・倫理面
  6. 脳データの暗号化やプライバシーの観点でどう保護するかが課題。また脳信号が発端となって行われた操作に対する責任の所在をどう整理するかが必要。人間にとって最もセンシティブな脳を取り扱うため、倫理的な配慮やルール整備、安全性が求められる。

    活用に向けた展望

    デバイスの精度向上やガイドラインの整備や標準化が重要で、ブレインテックの様々な領域への活用には数年以上かかる見込み。

    1. 脳計測デバイスの精度向上
    2. 日常生活で利用が可能な簡易な脳計測デバイスの開発が進められている。現状は精度や用途が限定的だが、精度向上や充電頻度などのメンテナンス性が向上することで、ビジネスシーンや日常生活での脳活動の計測がしやすくなる。

    3. ガイドラインの整備・標準化
    4. 国内でも総務省が進める研究開発プロジェクトの一環で、BMIの利用ガイドライン作成委員会を設置し、ガイドラインの整備が進められている。

      用語
      (*1)functional Magnetic Resonance Imaging(磁気共鳴機能画像法)の略。脳血流の酸素飽和度の変化から、活動している脳部位を可視化する方法。脳深部までデータを取得できる。
      (*2)Electroencephalography(脳波検査)の略。数百万個単位の神経細胞の活動を反映した電位変化(脳波の変化)を頭皮上で記録する方法。認知や情動など研究例が豊富なため、さまざまな指標・分析手法が存在する。
      (*3)脳活動から、本来は本人にしか知ることができない主観的な意識や知覚を解読する技術。
      (*4)脳活動をリアルタイムにモニタリングしながら、脳活動を自己制御する技術。
      (*5)Brain Machine Interfaceの略。推定した情報(意図・状態など)に合わせた行動支援・機器制御を行う技術。

      出典
      (*6)ロレアル プレスリリース
      https://www.loreal.com/en/press-release/group/press-release-scent--sation/?_ga=2.254832328.1529386409.1658824462-591452971.1658824462
      (*7)USA Bobsled/Skeleton Features. FocusCalm commits to helping USA Bobsled/skeleton Athletes through 2026
      https://www.teamusa.org/USA-Bobsled-Skeleton-Federation/Features/2021/June/24/FocusCalm-commits-to-helping-USA-Bobsled-Skeleton-athletes-through-2026
      (*8)Synchron社 ホームページ
      https://synchron.com/

      参考 日本総合研究所 【IT動向リサーチ】ブレインテックの最新動向2022



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