DraperNexusはシリコンバレーと日本をつなぐB2Bスタートアップ投資に特化したVCファンド。同社の投資先には、AIセキュリティーのCylance、IoTスマートオフィスのEnlighted、自動運転支援のNautoなどがある。今回はシリコンバレーで投資家として13年活動し、ユニコーンへの投資実績を持つ同社Managing Directorの前田浩伸氏にインタビュー。有望スタートアップへの投資方法、日本企業の“シリコンバレー村”への入り方などについて聞いた。

前田 浩伸 Hiro Rio Maeda
DraperNexus
Managing Director
慶應義塾大学SFC卒後、住友商事の国内インターネット事業に数年携わった後、住友商事のコーポレートベンチャーキャピタル(Presidio Venture Partners)にて、自身のシリコンバレーにおけるベンチャーキャピタリストとしてのキャリアをスタートさせる。2006年に米Globespan Capital Partners入社。日米ベンチャー企業への投資業務、事業開発に関する知見を広める。Palo Alto Networksは日本市場でのビジネス立ち上げを成功させた米国企業の一つ。2013年にDraperNexusにてManaging Directorに就任し、サイバーセキュリティーをはじめとしたエンタープライズ向け技術への投資を強みとする。

ユニコーンへの投資実績を持つ、数少ない日本人投資家

―まず前田さんの投資家としてのプロフィールを紹介してもらえますか。

 投資家としての始まりは住友商事のCVCでした。2004年から2年間シリコンバレーのCVCで活動し、それから2006年に、1500億円規模を運用していたGlobespan CapitalというVCに移り、7年間活動しました。そして2013年からDraper Nexusの立ち上げに参画して、現在に至ります。

―主な投資領域を教えてください。

 エンタープライズ向けのプロダクトや技術、ソリューションに対する投資が主です。渋いところに投資をしている感はあるかもしれませんね(笑)。

 特に最近は、サイバーセキュリティーの案件が非常に多くなっています。きっかけとなっているのは、Globespan Capital時代にPalo Alto Networksという会社にチームで投資をしたことです。この会社は、いまサイバーセキュリティー業界においては最大手になっており、いま時価総額で130億ドルくらいあります。それを仲間と一緒につくってきた経験が今に活きています。

―サイバーセキュリティー以外では、どんな分野に注力していますか。

 ストレージ、ビッグデータ、IoT、AI、SaaS周りも見ますし、エンタープライズ領域は幅広く見ていますよ。

―これまでに投資した社数はどれくらいでしょうか。

 ざっくりですが、13年の経験で50社くらいでしょうか。面談100件に1社投資するくらいのペースです。

―先ほど投資した成功事例として、Palo Alto Networksの話がありました。それ以外で、ここは自分が投資に携わって成功したな、という企業はどこでしょうか?

 ここ最近で言うと、モバイルセキュリティーのRemotiumがAvastというチェコの会社に買収、KloutがLithium Technologiesに買収、SimplivityがHPに買収とExitは順調に積み重なっています。あとはAIを使ったセキュリティーのCylanceは、投資後も成長を続けてユニコーンとなっています。

“シリコンバレー村”に入らなければ良い案件は回ってこない

―ユニコーンになるようなスタートアップだと、他のVCも投資したがりますよね。スタートアップ側が投資家を選ぶということもあると思います。どうやって有望なスタートアップに投資しているのですか。

 シリコンバレーのコミュニティでは、実績を積んだ起業家や投資家が連携しています。長年にわたって実績を積んで認められれば、“シリコンバレー村”の中に入れてもらえます。すると、他のVCから「この案件良さそうだから、一緒に投資しないか」と声をかけてもらえるようになるわけです。そういう意味では、長く深く“シリコンバレー村”に刺さっていることが大事だと思います。

 また、スタートアップに選ばれるスペシャリティも必要です。スタートアップが期待するのはお金だけじゃありません。投資家が持つ専門知識や経験、ネットワークにも期待します。スタートアップ側は、お金以外に何も持たない人を投資家として入れたくないと考えています。どうせ投資家として入れるならば、自分の会社をバリューアップしてくれる人がいいと考えているんです。

 したがって、“シリコンバレー村”にいて良い案件が回ってくるかという部分と、実際に投資検討となった際にスタートアップから選ばれるスペシャリティがあるか。その2点が大事ですね。

ユニコーンとなったCylanceに投資した経緯

―たとえばCylanceの場合は、どんな経緯で投資することになったのですか。

きっかけは、非常に懇意にしている他のVCから、「一緒に投資しないか?」と話が来たことです。CylanceのCEOを紹介されて、僕と同僚の二人で会いにいったところ、人工知能が、今後のサイバーセキュリティーの業界を守っていく要になる、というビジョンにものすごく共鳴したんです。チーム、技術、市場の動きのいずれもが揃っており、投資意思決定のスピードは速く、わずか1〜2週間で決まりました。

―投資の際、日本進出のサポートは約束したんですか。

 それはとても期待されていた部分ですね。僕らのチームは日本展開の戦略を一緒に作り、ハンズオンでサポートします。これが僕らの強みの一つですから、もちろんCylance側も期待していたと思います。

―具体的に日本進出をどうサポートをしていくのですか。クライアント候補の紹介などでしょうか?

 4つのフェーズがあります。まず1つ目は戦略を作るフェーズ。市場全体を理解し、どのタイミングでどういう形で入っていくべきかという戦略を作ります。

 2つ目は、パートナーや顧客候補企業など、スタートアップに引き合わせをする事業開発フェーズ。この段階で市場に入るイメージが段々つかめてきます。そこで、市場のニーズがある、タイミングも良い、パートナーも揃ってきた、顧客候補の要望もわかってきた、商品が機能する、という条件が揃って、ようやくGOサインとなり、各所とのパートナー契約などの機会を探り始めます。

 3つ目は実行のフェーズ。パートナーや顧客をしっかり作り上げる。ここで一番大事なのはここでローカルチームをつくること。ローカルチームがあれば、このチームが日本の展開を進めていくことができます。

 4つ目はモニタリングのフェーズで、ここが意外と難しい。どう日本市場を見守っていくかが実は大事です。本社側は事業の方向性や商品のバリューポジションが少しずつ変わっていったりするわけです。それとともに日本チームも当然ながら戦略を再度調整していかなければいけない。場合によってはチームやパートナーをつくり直さなくちゃいけないかもしれません。

 これまでシリコンバレーで投資をする中で気付いたのですが、スタートアップは日本市場に対して大きな不安があります。4つのサイクルを回し続けながら、この不安を解消していくのも我々の仕事だと思っています。

スタートアップが抱く、日本市場への3つの不安

―どんな不安でしょうか?

 3つあります。1つ目は、日本展開は時間がかかるという不安。彼らは、日本市場で仕事をすると、必要以上に時間がかかると思っている。2つ目は、膨大なリソースがとられるという不安。事業開発、技術面、言語ローカライズなど、過大なるリソースがかかると思っている。3つ目は、1つ目と2つ目を頑張ってクリアしたとしても、売上の貢献度が低いんじゃないかという不安。この3つの不安があるため、スタートアップ側は日本展開を後回しにしがちです。この不安、誤解を解いていく必要が僕らにはあると思っています。

―この3つの不安は、あながち間違いではないような気がしますが、実際違うのでしょうか。

 僕は20年、スタートアップの日本展開を支援してきたので違うと言えます。ただ、やり方を間違えると、スタートアップの抱える不安の通りになってしまいます。

 たとえば、スタートアップが日本進出する際、まず誰と話せばいいのだろうというところから始めます。しかし、スタートアップだけで手探りで始めると、膨大な無駄な時間を費やしてしまいます。正しい人に当たっていなければ、もう一度やり直さなければいけません。あるいは正しい人に当たっていたとしても、その人との信頼関係や過去の実績がなければ、最初の心理的なハードルを越えるために、何度も足を運んで、ようやく信頼してもらってという、少しずつ進んでいくステップを踏まなければいけません。

 スタートアップとしては、「この業界であればこのパートナーが最適」というキーパーソンとネットワークのある人、信頼関係のある人と一緒に日本展開を進めれば、かなり時間を短縮できます。普通ならば2年かかるところを、うまくいけば半年くらいのスピードで立ち上げられます。その際、大事なのはその支援者がニュートラルの立場かどうか。コーポレートのベンチャーキャピタルのよくあるジレンマとしては、どうしても自分たちのほうに引き寄せなければいけないので、そこの多少の偏りは出てしまうと思います。

―2つ目の不安、リソースがかかるについてはどうでしょう。

 スタートアップにとって不安なのは、機会があるのかわからないのにリソースを割くことです。本当に日本で売上が上がるかどうかもわからないのに、日本市場専属のスタッフをつけたり、ローカライズをするのはリスクになりかねません。確実に市場性がある、魅力的な市場だと確信できれば、一定のリソースは必要ですし、当然かけるべきものだと思います。

 この時、スタートアップ側に大事なのは、日本市場に対する経験とリスペクトがあること。実際に足を運んでみても、日本市場はわかりづらい。ミーティングひとつとっても、打ち合わせの後、「え?今の良かったの?悪かったの?どっち?」となってしまいます(笑)。日本市場での事業経験があれば何となく空気でわかるんですが、経験がないとわからない。あとは出張に来て帰った後のフォローアップの難しさがあります。そこはフォローアップができるタイプのチームがいると理想ですよね。

―スタートアップにとって一番肝心なのは、売上がどこまで伸びるのかということだと思います。実際、日本市場でどれくらいの売上貢献が期待されているのでしょうか。

 市場分野、業種、参入タイミングなどによって左右されますが、成功と言えるところでは、グローバルの売上で見て日本市場の貢献度が20〜40%に至ることもあります。たとえば、Cylanceは、まさに日本市場でその規模を目指していて、順調に推移しています。これぐらいの貢献度があると、アメリカの経営層にも日本市場の重要性が伝わります。

 売上貢献度が10%以下だと、「しょせん売上で数パーセントのエリアでしょ」となってしまい、経営層からの意識も薄くなってしまいます。そうならないために、ポテンシャルを示しつつ、様々な手を打つべきだと思います。

日本市場のカントリーマネージャーの選び方

―日本市場で売上を上げることで、スタートアップの評判が高まり、他のアジアエリアへの展開が容易になるといったケースはあるのでしょうか。

 たしかにアジア企業が日本市場での動向を見ているケースもありますが、そのインパクトを求めるより、日本市場でいかに伸ばすかのほうが大事だと思います。

 日本市場とその他のアジア太平洋地域はかなり性質が異なります。例えばアジア太平洋リージョナルマネージャーというポジションはあっても、多くの場合は「日本を除く」となっています。日本はアジア太平洋地域とはいえ、別扱いなんです。アジア太平洋リージョナルマネージャーと日本のカントリーマネージャーは別で、パラレルに存在しているケースが非常に多いです。

―なぜ別々に責任者を立てるのでしょうか。市場環境が大きく異なるからですか?

 市場環境もそうですし、進出のやり方も違う。あとはきちんと進出すれば期待できる売上規模が、日本は桁違いに大きい。そのため、責任者を別で立てるケースが多いのかもしれませんね。

―日本のカントリーマネージャーへの採用についてはどうすべきでしょうか。

 難しいところですね。アメリカ側からすると、日本市場の内側でいったい何が起きているのか見えづらいんですね。その中でカントリーマネージャーというのは唯一のレンズになる。アメリカ側はカントリーマネージャーを通じて日本市場を見ることになるわけです。そのレンズとのコミュニケーションが大事になるから、英語力を過度に重視して採用するケースが多い。

 よく言われる失敗パターンですが、英語が流暢で、ロジカルにコミュニケーションがとれる人のほうが安心なので、ついつい英語力重視で採用してしまう。でも日本市場の立ち上げにおいては、例えばチャネル開拓とか、顧客のサポートなど、ウェットな人間関係構築やコミュニケーションのほうが意外に大事だったりする。英語力やロジカルコミュニケーションとは違う部分も考慮して採用しなくてはいけません。

日本の大企業の課題

―最近、日本企業のシリコンバレー活用の意識が非常に高まっています。どうすれば日本企業はもっとシリコンバレーを活用できますか?

 JETROが公表しているように、今シリコンバレーへの日本企業の進出数は過去最高となっています。大企業の中で「シリコンバレーでイノベーションが起きている」という理解が進んだのはすごく良いことだと思うんですね。次に大事なのは、自分たちができていないイノベーションを理解し、外からそのイノベーションを取り込むことです。これはアメリカの大企業がずいぶん前から取り組んでいて、いわゆる「オープンイノベーション」と言われている取り組みです。ただ、アメリカの大企業でも、スタートアップとの連携は難しいと言われていて、日本企業もこれから失敗事例も出てくると思います。

 日本企業の課題の一つとしては、会社規模に比例してリスペクトをする傾向があります。会社規模にかかわらず、技術力やイノベーションの部分をまずリスペクトするという価値観があった方がいいですよね。

 そして根っこの部分で大事なのは、危機意識だと思います。薄っぺらな危機意識じゃなくて、「このまま手を打たなければ、自分たちの事業は傾いてしまう」という深い危機意識を持つことです。経営層はもちろん、担当者まで危機意識が浸透していれば、オープンイノベーションへの取り組み姿勢が大きく変わると思います。

 あとは実行のスピード感。経営層が一枚岩となり、シリコンバレーで新しいことに取り組んでいかなければ、スピードは出ません。その際、失敗を許容する文化も大事で、シリコンバレーの話って、成功したGoogleとかFacebookの話ばかりが前面に出てきますけど、その裏で何千、何万社というスタートアップが失敗をしています。シリコンバレーのスタートアップと連携するというのは、その世界に足を踏み入れることになるわけです。みんな「失敗を積み重ねてこそ成功がある」と上っ面では言えるんです。でも、実際シリコンバレーのスタートアップ3社と契約を結んできて、全部失敗したとか起きると、駐在員にとって厳しい評価になるわけですよね。そういった失敗も含めてシリコンバレーなんだと許容できる体制にならなければいけないと思います。

VCを活用した“シリコンバレー村”への入り方

――日本企業が“シリコンバレー村”に入る方法として、VCへのLP出資をする、CVCをするというケースは多いです。VCを活用したコミュニティの入り方とはどういうものなのですか?

 VCというのは非常に狭いコミュニティの中で、長く深くやっていくタイプのビジネスなんですね。自分たちでCVCを作る場合、“シリコンバレー村”の中に入るのは一朝一夕には実現できません。コミュニティでの存在感もネットワークも、自分たちでゼロからつくるとなると、ものすごく時間がかかります。アメリカの大企業の場合、それこそインテルやGEなどは、何十年にもわたって、ものすごいお金と時間をかけて、スタートアップエコシステムに貢献しています。

 またCVCをする際に問題となるのは、日本企業の駐在員の多くは、3年や5年で入れ替わるということです。表面的には「これが後任の人です」と引き継ぎはされていくんですけど、残念ながら、ウェットな人間関係までは引き継げません。毎回ゼロリセットとまでは言わないですが、かなりの部分が初期化されてしまう。効率としてはとても悪いわけです。

 そういう意味で、VCファンドへのLP出資は効果的な選択肢の一つだと思います。LP出資することで、”シリコンバレー村”にいるチームのネットワークや経験、視野を即座に活用できるようになります。これはシリコンバレーで事業を進める上で、大きな強みになると思いますよ。

―シリコンバレーの日本企業はブームになるとやってきて、ブームが冷めると帰っていくという批判もあります。

 その通りです。ブームに踊らされて、シリコンバレーを行き来していてはもったいない。ぜひ地に足を着けてシリコンバレーで活動をしてほしいです。どうすればシリコンバレーと持続可能な関わり方ができ、自分たちの存在感を高めていけるのか、しっかり考えてほしいと思います。



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