「人」と「サイバー・フィジカル」をつなぎ、健康、自立度を向上
――サイバニクスの概念や事業の概要について教えていただけますか。
はい。まず、科学技術の流れについて説明させてください。科学技術がどんどん進化していく中で、教育プロセスでは効率化のために縦割りがどんどん進んでいきます。教育がより専門分野へと、ニッチな世界に向かう中で、実際の社会課題、特に人間が抱える非常に複合的な課題を解決するには、どれか1つの分野のアプローチだけでは足りません。
その中で、物理空間を扱う分野の代表例にロボット開発があり、情報空間という形でIT産業があると思います。そのロボット産業、IT産業に続くものとして、サイバニクス産業があります。サイバニクスとは、人とサイバー・フィジカル空間を一体的に扱う新領域で、私たちはサイバニクスのコアとなる学術の面と事業の展開に取り組んでいます。
サイバニクスは、脳・神経科学、行動科学、ロボット工学、IT、人工知能、システム統合技術、生理学、心理学、哲学、倫理、法学、経営などの異分野を融合複合した新学術領域です。
「人はどう幸せに生きていくのか」という大きな課題があります。その課題に対して、やはり健康度、自立度が高い方が良いということが1つあります。その観点から、人々がより健康に、自立度が高い状態で長寿を維持するために、脳神経系の情報とテック系のためのロボットの情報、これらをつなぐ技術を作っています。
神経と神経の間のシナプス結合、あるいは神経と筋肉の間にシナプス結合を強化・調整できる仕組みを実現するためのデバイスとして、装着するだけで人をサイボーグ化することのできる世界初の装着型サイボーグHALというものを作り出した、というのが、まず1つの軸となる部分です。現在、医療用HAL下肢タイプで、人の身体機能を改善する「サイバニクス治療」が行われています。
有効な治療法が確立していない「難病」から適用をスタートした理由
――装着型サイボーグ「HAL」について教えてください。HALは、「身体機能を改善・補助・拡張・再生することができる世界初の装着型サイボーグ」とお聞きしています。人が体を動かそうとすると、その運動意思に従って脳から神経を通じて筋肉に信号が伝わり、その際に現れる微弱な「生体電位信号」をHAL装着者の皮膚に貼ったセンサーで検出し、意思に従った動作を実現するそうですね。
はい、先ほどお話したようなことがHALに搭載されているということになります。HALはまず、神経筋難病疾患を対象として治験に取り組みました。
進行性の神経筋難病疾患において、現状ではまだ有効な治療法が確立されていません。進行を食い止めることができずに寝たきりになった状況や、呼吸器をつけて介護を受けるという状況が起きる中、症状の進行速度を遅くする、あるいは回復の状態を作り出していくことが、もし可能であるのならば、というふうに考えて取り組みました。
最初の適用分野として、筋萎縮性側索硬化症(ALS)や筋ジストロフィーといった難病という部分で始め、それによって、従来なかった治療効果が得られたというところです。
医療用HAL下肢タイプ
Image: Prof. Sankai University of Tsukuba / CYBERDYNE Inc.
――進行性の難病にまず最初にフォーカスされた理由をもう少し詳しく教えてください。
効果的な治療法が確立されていない難病に対して、さまざまな科学技術が治療したいと手を差し伸べようとするわけですが、なかなか解決できていない、というのがまず1つ目の理由です。
それから進行性の病気は差はありますが、だいたい数年間で寝たきりになってしまうことが多いです。人が健康に生まれ、育って、熟年期を過ごし、年老いていく中で、もちろん薬が必要になったり病気になったりもしますが、そういう長い人生を、10倍くらい加速させてしまうような状況が難病では起こるわけです。
人類が科学技術の進展で直面している寿命の延伸、高齢化の問題と、進行性の難病の方が抱える問題というものは、背中合わせだとも言えます。難病の方々に対する治験が社会全体の取り組みに展開できると考えて、まず対象としました。
世界20カ国に広がる日本発の技術 多様なプロダクト展開も
――HALの開発から始まり、事業会社としてCYBERDYNEは2014年にIPOしました。世界でも多くの国でHALは導入され、サイバニクス治療が行われているそうですが、今はどんな段階に来ていますか。
医療技術を社会実装するのは、研究からスタートし、とても長い時間が必要なものがあります。創薬だと20年余りかかるものもあったりするぐらいです。
CYBERDYNEが上場して8年がたちますが、現在、欧米、アジアをはじめ世界20カ国で医療用HALが使われています。当初は日本国内の技術として国内の動きを見ていましたが、気がつくと、欧州をはじめ、米国、アジア、中東と、世界を覆いつくすような形でHALをプロモートしてくれる専門家や医師たちが次々と現れました。
ドイツの協力を得て、欧州全域では脊髄損傷、脳卒中に対して医療機器として承認されました。マレーシアでは政府も協力的で、周辺国への普及も含め推進してくれています。HALの国際的なプラットフォーム化がどんどん進み、サイバニクス治療という新しい医療技術が出来上がったというのが今の実感です。
日本では神経筋難病疾患での利用は承認されました。欧州やマレーシアだけでなく、米国、トルコ、サウジアラビア、インドネシア、シンガポール、オーストラリアなどでも、神経筋難病疾患だけでなく、脊髄損傷、脳卒中で医療機器として承認されています。
HALの使用のデータがどんどん集まり、その成果を見た瞬間に、私自身が思っていた以上の効果効能が出てきているというのが驚きですね。
サイバニクス治療(URL:https://www.cyberdyne.jp/services/CybernicsTreatment.html)
Image: Prof. Sankai University of Tsukuba / CYBERDYNE Inc.
――HALは下肢に障がいがある方々や、脚力が弱くなった方々を対象にした下肢タイプに始まり、自立支援や介護支援の腰タイプなどがあります。他にも清掃ロボットなど御社は幅広いプロダクトを展開されています。
HALにもいろいろなタイプのものがあります。国の許認可が必要な医療的なものとして医療用下肢タイプや、許認可を必要としない非医療の領域で運動をしやすくすることで、体の機能向上を促す腰タイプのものなどがあります。
下肢タイプのHALは当社の上場直前に欧州で医療機器として認められました。当時はこれ1種類でした。現在は、腰タイプや、肘や膝、足首などに装着する単関節タイプを展開し、小児タイプも2022年2月から脳性まひの子供達への治験が始まったところです。医療用、非医療用に分けて展開しています。全てのデバイスに通信機能があり、全データが世界各地から集まる仕掛けになっています。
医療と非医療をつなぐ技術の観点からいうと、病院で使われる技術、退院後に使われる技術、フレイルのような状況でベッドから立てなく寝たきりになった際に使えるもの、バイタルセンシングのデバイスも製品化されています。これによって、全製品のデータがつながってクラウド化が進んでいます。次はデータの国際ハーモナイゼーションを進めていきたいと考えています。
HAL腰タイプ介護・自立支援用
Image: Prof. Sankai University of Tsukuba / CYBERDYNE Inc.
――作業員の高齢化や労働力不足が深刻化する清掃現場で使える除菌・清掃ロボット「CL02」も開発されてるのは、驚きでした。
はい。ロボットが自分で地図を作りながら、空港やオフィスビル、ショッピングセンターなどの建物内を清掃するのに加えて、除菌機能があり、薬剤噴霧や、床を紫外線で照射して除菌するなどの機能も搭載しています。
どのビルに対しても、エレベーターと連動できるようになっており、CYBERDYNEが開発したエレベーター連動ユニットを設置すると、ロボットが自動でエレベーターを乗降できるようにしています。
異分野の企業間連携が新たな産業を切り拓く
――病気の予防や早期発見に軸足を置いた研究開発についてはいかがでしょうか。
予防や早期発見の観点から、不整脈や心房細動などのリスクを管理し、心筋梗塞や脳梗塞などを予防することを目的とした超小型バイタルセンサー「Cyvis(サイビス)」シリーズの製品化も進めています。心臓や脳の活動、体温、体動などを連続計測し、データの集積や解析、AI処理、通信機能でクラウドで管理可能になります。HALを使った治療の世界があり、予防の部分では手のひらサイズで計測が可能なバイタルセンサーがあります。
また、さらに一歩進めるものとして、CYBERDYNEが特許を持っている光音響イメージシステム(AccousticX)では光を当てることで血管から戻ってきた音響情報を拾うことで、非常に細い血管の動きが見える、新しい診断技術で見えるようにするという新技術です。こちらもケンブリッジ大学と共同研究に取り組んでおり、新しい診断技術をつくっていこうというムーブメントを世界で取り組んでいます。
――これだけ幅広いプロダクトを製造している拠点を教えていただけますか。
HAL関係については、CYBERDYNEの本社があるつくば市で行っております。それから、例えば除菌・清掃ロボットは福島に生産拠点があります。そこも医療機器の製造が可能で、バイタルセンサーもそこで製造することになるかもしれません。
企業との連携にもいろいろ取り組んでいます。ありがたいのは、自社ブランドしか作らないと自負しているような一流企業も、CYBERDYNEのデバイス装置を作ってみたいと声をかけてくれます。最終的なチェックはCYBERDYNEが担当するものもありますが、企業間連携の中でも出来上がっています。
――企業間連携が既に進んでいるとのことですが、日本の大企業に対して、御社とこのようなコラボレーションができるのではないかという提案や、もしくは日本の大企業にぜひこういうことに取り組んでほしいという要望はありますか。
おそらく、これまで大企業が大企業になれたのは、自社ブランドの製品がちゃんと社会の中で上手に展開できたからだと思います。ただ、今のように科学技術がものすごい勢いで進歩している中で、従来型の延長線ではなかなか先が見えにくい状況もあると思います。
そういう状況の中で、例えばCYBERDYNEと連携して、ある部分をサポートしていただくというのは先ほどの事例です。実はそういった企業に対しては別の技術の面でも、彼らの新規事業の開発チームと領域を限って連携することもあります。
また、そこから通常のNDA(秘密保持契約)の対象となるコアな技術に対しては、NDAをちゃんと交わしつつ、相互にディープなところに入り込んで、CYBERDYNEや大企業の双方がまだ作り上げていない新しい産業領域の開拓にチャレンジしていこう、といった展開にもつながる可能性もあります。
サイバニクスの領域というのは、これまで見ることができなかった細かい血管や血液の動きまで見えてくるとか、日常の健康状況をずっとモニターできる装置が出来上がってくるとか、そういった新たな展開につながる可能性があります。例えば、CYBERDYNEと、再生医療や薬剤との組み合わせで、さらなる革新領域への開拓へまた新しいイノベーションが始まってくることでしょう。
企業間連携を考えたときに、それぞれの企業がお持ちの技術がお互いにとって異分野であればあるほど、おそらくその威力を発揮するのではないかと思います。連携をすることによって失うものはなく、異分野の連携では相互に領域を侵すことがなく、一緒になることによって新領域を共につくっていけるのです。
高齢化は人類全体の問題 新技術を生かした社会設計、産業創出を
――世界の中でも少子高齢化が非常に進んでいる日本から世界に先駆けて、高齢社会に合わせた社会モデルの構築や、企業が取り組むべきことはありますか。
日本が世界より早く高齢に達しているのはその通りです。そして今も既に、高齢の問題が起きている村や町は日本の僻地に行けば山ほどあります。だとすると、そういった所で検証や実証実験などがいろいろできるはずです。ただ、実際にやろうとすると、日本の省庁が縦割りになりすぎている今、各省庁が目指す最適解と国全体の最適解が違っていたり、どういう経済サイクルを作るかという課題があります。
一方、コロナ禍で大学でもZoomでの講義がすっかり定着しました。大学には空き教室が山ほどあります。これまで造ってきた建物とは一体何だったのかという話にもなります。学生からはZoomでの講義の方か好評です。通信環境があればどこからでも講義を受けられる。これまで黒板に書きなぐっていた教員も必死で資料を作ります。
このように学習の仕掛けが変わったということは、「定員」という概念を越えていけるということです。年齢や定員を超えた学びです。日本が人材を資源として未来を生き抜こうとするならば、人をどう育てていくか、まさに教室のサイズで決まる定員などを取っ払って、学びたい人はとことん学ぶことができるようにすればいいと思います。
先述をまとめますと、科学技術とともに人類の寿命が伸びています。高齢化は日本の問題やどこかの農村の問題ではなく、人類社会全体の問題です。世界にいる高齢者に対してどうアプローチしていくのかを今からちゃんと考えながら、日本の輸出産業にできるように考えることが産業づくりの観点から見て可能性があると思います。
日本のGDPは世界3位に落ちましたが、しばらくすると4位になりこれからどんどん落ちていくでしょう。余裕がなくなった国は、チャレンジしづらくなります。その余裕がある時にぜひチャレンジを続けるというのが重要だと思います。