膨大な量のデータがやり取りされる現代社会において、機密データの暗号化は最重要課題の1つ。暗号化方式の一種である「完全準同型暗号(FHE)」の高速化は、暗号化データセットの安全な通信を実現する手段とされてきたが、集約的な計算が必要で、商業化には適していないことがこれまでの課題だった。Cornami(コーナミ、本社:米国カリフォルニア州)は、この課題を解決し得る再構成可能な超並列コンピューティング・ファブリック・アーキテクチャー「TruStream」技術を開発したスタートアップだ。同社の独自技術などについて、CEOのDr. Walden C. Rhines氏に聞いた。

目次
「不可能」を可能にした創業者の知見
量子コンピュータにも耐え得る暗号化の仕組み
シリーズC資金調達はSVF2が主導、後方支援も

「不可能」を可能にした創業者の知見

―Cornamiにジョインするまでの経歴を教えてください。

 私は学生時代から大学院までのほとんどを、半導体工学の分野で勉強しました。その後、Texas Instrumentsで21年間勤務し、電子系設計ソフトウェアを提供するMentor GraphicsのCEOに就任しました。そこで23年間勤めた後、Siemensによって会社が買収されました。

 その間にもいくつかのことを探求する機会があり、米国防高等研究計画局(DARPA)の依頼でFHEについて調査を行いました。DARPAはFHEをサイバーセキュリティに応用しようとしていました。そこで、FHEに取り組んでいる企業の調査を依頼されましたが、そのような企業はありませんでした。

 その後、DARPAはこの技術のソフトウェアとハードウェアを開発する企業に資金を提供するプログラムを立ち上げました。後に、私は古い友人であり、非常に革新的なソフトウェアとハードウェア技術を扱っているスタートアップ企業を経営しているGordon Campbell(Cornamiの創業者でExecutive Chairman)に再会しました。彼らは主に機械学習AIの推論を行っていましたが、他の誰もできないとされるFHEも可能だと言いました。

 私は実際にできるとは思っていませんでしたが、およそ5カ月間、彼らのデータやシミュレーションを精査した結果、実際に彼らがFHEを実現できると結論づけました。その後、彼らは2020年に私をCEOに任命したのです。

Dr. Walden C. Rhines
President and CEO
ミシガン大学で工学の学士号、スタンフォード大学で材料工学の修士号および博士号を取得し、サザンメソジスト大学でMBAを取得。また、フロリダ大学とノッティンガムトレント大学から名誉博士号を授与。職歴ではTexas Instrumentsで21年間勤務し、エグゼクティブVPとして半導体ビジネスを統括、Mentor Graphicsで23年間会長兼CEOを務め、Siemensに買収された後はSiemensEDAのCEOとして2年間務める。2020年3月にCornamiの社長兼CEOに就任。

―Cornamiの創業の経緯は。

 当社は起業家のGordon Campbellに加えて、技術者のPaul MasterとFred Furtekの3人によって創業されました。Master氏とFurtek氏は、コンピュータアプリケーションをベクトル化し、完全に独立した制御とデータのストリームに分割するというユニークなコンパイラ技術を開発しました。この技術により、私たちはスケーラブルな並列コンピュータの製造が可能となりました。

 コンピュータを高速にするには、ストリームの数やチップの数、コアの数を増やすだけですが、従来のコンピュータはアムダールの法則による多くのボトルネック、特に共有メモリと同期の問題がありました。私たちはこれらの課題に対処するため、7年間ソフトウェアの最適化に努め、最終的にはこのソフトウェアを実装するチップを設計しました。

 一般的には、革新的なチップを先に作り、そのプログラミング方法を考えるものですが、Cornamiは異なります。私たちはまずプログラミングの最適化に7年間を費やし、その後でチップを開発しました。そして、エミュレータを構築して約3年間アプリケーションのテストを行い、その結果は非常に良好でした。このチップの製造リリースを間もなく行う予定で、さらに2024年中にはサーバーの導入も予定しています。

image: Cornami Cornami Server "preliminary design"

量子コンピュータにも耐え得る暗号化の仕組み

―FHEのテクノロジーについてお教えください。

 FHEでは、データの所有者が非常に安全な暗号化方式を使用してデータを暗号化します。これは量子コンピュータにも耐え得るもので、絶対的な保護を提供し、GDPR(EU一般データ保護規則)のようなデータ規制について心配する必要はありません。この高いセキュリティにより、暗号化されたままのデータをクラウドに転送し、計算はデータが暗号化された状態のまま行うことができます。

 FHEによる暗号化は、鍵を誰にも渡す必要がないので、他の誰もあなたのデータを見ることはできません。そして、結果も暗号化された形で返送されます。つまり、データや結果を見ることができるのはあなただけです。このため、米国防総省はこれを「暗号化の聖杯」と呼んでいます。いつか、全てのデータセンターがハッキングされ、全てのオペレーティングシステムがハッキングされる可能性もゼロとは言えません。国防総省では、そのような事態が発生したときに、誰もデータを見ることができないようにしたいと考えています。FHEはそれを実現するのです。

 この技術を使えば、機械学習モデルを暗号化したまま貸し出すことができます。モデルのデータを利用者に明かすことなく、モデルの提供ができるのです。

―FHEの処理には負担がかかりそうです。そこで独自のチップが役立つのですね。

 私たちのプロセッサは、NVIDIAやIntelのプロセッサと比較して約100万倍の速度で動作する必要があります。そのため、NVIDIAやIntelと比べて、チップ当たりのコア数を約50倍に増やしています。現在、私たちは70件の特許を保有しておりますが、NVIDIAは「シングルインストラクション、マルチプルデータ」と呼ばれる一種の並列処理をサポートしています。一方、Intelは「マルチプルインストラクション、マルチプルデータ」という形式をサポートしています。ほかにも、55種類の並列処理形式が存在し、私たちはこれら全てをサポートしています。

 私たちのチップは、暗号化されたデータに対する計算を、IntelやNVIDIAのチップにおいて暗号化されていないデータに対して行うのとほぼ同じ速度で実行できます。

―2024年中にサーバーを提供されるとのことですが、これまでのパイロット段階での実証についてお聞かせください。

 クライアントに対し、自社のサーバーにリモートアクセスして処理できるようにしています。SaaSベースのサーバーです。クライアントが希望する場合はサーバーやチップも販売します。

 また、クライアントは私たちのエミュレーター上でアプリケーションを実行します。このエミュレーターはチップのロジックを実行するコンピューターです。現在、複数のクライアントがエミュレーターによる評価を完了しています。特に金融サービス、医療診断、製造業の効率向上などの分野で良好な結果を得て満足しています。これらの分野ではデータのセキュリティが重要ですが、データを公開することなく分析や共有できるのがメリットです。

 クライアントたちは非常に興奮しており、エミュレーターでなく実際の製品を求めています。セキュリティを保証し、アプリケーションの速度を上げることができるため、結果に大変満足していただいています。最近では、大規模言語モデル(LLM)を用いた生成AIを活用している顧客がいます。彼らはセキュリティに非常に関心があり、自分たちのデータを保護できることにメリットを感じています。

 ブロックチェーン用途やその他の目的で使用している他の顧客もいます。当社に資本参加しているSoftbankの人々は(Softbank Vision Fund 2がシリーズCの資金調達を主導)、この技術の重要性を教えてくれました。彼らはこの技術がデータや情報を数兆ドル規模のビジネスにする可能性があると説明しました。価値あるデータを持っていて、それを他人に提供したいと思っていても盗まれる心配がありました。しかし、暗号化していればその心配はありません。

 例えば、Teslaは自動車のオートパイロット機能を開発しましたが、暗号化されていなかったため、競合他社にコピーされました。アメリカの企業であるMetaやGoogleは、データセンターにデータを保持していたため、欧州連合(EU)からGDPR違反で大きな罰金を受けました。しかし、データが暗号化されていれば、データセンターがハッキングされても問題は起きません。さらに、今後3年から4年の間に、量子コンピュータが従来の暗号を破ることが予測されていますが、FHEの方式では量子コンピュータによって破られることはありません。

 FHEの技術は数学的に複雑で非常に遅かったため、多くの人々は実用的ではないと考えていました。Cornamiによって高いパフォーマンスが証明され、いま突然注目されるようになりました。

―FHEの技術を実用レベルにできる企業はほかにないということでしょうか。

 将来的にはいくつかの競合が登場するでしょう。現在、少なくとも3社がFHEに対応したチップの開発を進めており、そのうち1社は光処理技術を使用しています。しかし、これらの会社は特定のアルゴリズム専用のチップを開発しています。FHEのアルゴリズムは常に変化しているため、プログラム可能なチップが必要となります。

 Cornamiのユニークな点は、製品が設定変更可能であることです。技術が変わるにつれて、私たちはソフトウェアでプロセッサを再設定し、必要なアルゴリズムに最適化することができます。

 導入に際しては、お使いのソフトウェアを一切変更する必要はありません。もし標準インターフェースの一つに従ってアプリケーションを作成していて、機械学習を行いたい場合、PyTorchやTensorFlowなどに対応したアプリケーションであれば、私たちはそのソフトウェアを変更せずに直接実行することができます。

 データセンターへのサーバーの設置は他のコンピューターと同じです。私たちのサーバーやラックは標準的な設定で提供されますし、IntelやNVIDIAのサーバーが設置されたラックがれば、そこに私たちのカードを追加することも可能です。

image: Cornami HP

シリーズC資金調達はSVF2が主導、後方支援も

―今後12カ月から24カ月で達成したい目標や、日本市場でのビジネスについてお教えください。

 私たちはチップとサーバー製品の提供を予定しており、増収が期待されます。また、より先進的な技術を使用した製品の設計を開始することも計画しています。これまでに使用していた技術は比較的成熟していますが、先端の半導体技術へ迅速に移行することで、パフォーマンスの向上、コストの削減、その他多くの利点が得られる見込みです。

 日本市場においては、2022年3月にSoftbank Vision Fund 2が主導する形で6,800万ドルの資金調達ラウンドを行い、その資金をチップとサーバーの開発に充てました。Softbankは資金提供だけでなく、適切な人材の紹介やその他のアドバイスも提供してくれています。製品が市場に出る際には、特に日本でのマーケティング支援も行っていただく予定です。

 さらに、私たちは日本国内外でデータの安全を求める顧客を持つ企業とのパートナーシップを模索しています。対象はサーバーやデータセンターを提供する企業です。また、私たちは日本のいくつかの自動車会社と組み込み用チップについての議論を行っています。ただし、初代チップはサーバー用であるため、組み込み用チップの提供は少し先になります。

―データ活用が進展した現在についてセキュリティは重要です。堅牢なセキュリティを実現する御社の長期ビジョンについて教えてください。

 私たちは、特にセキュリティが重要とされる分野で急速に成長することを期待しています。これには、金融サービス、医療診断、政府機関など、私が話した多くのカテゴリが含まれます。今後、量子コンピュータの脅威が高まるにつれて、すべての人が安全なコンピューティングに移行したいと考えるようになるでしょう。そのため、世界中のほとんどのデータ処理において、私たちの技術が一部となることを期待しています。

 人々が自身のデータとデータモデルの価値を認識し始め、生成AIが非常に複雑なモデルを生成可能になるにつれて、これらのモデルを売買、共有、または使用する際のセキュリティが極めて重要になると考えています。私たちは、このビジネスと技術の進化の中心に位置すると信じており、これが非常に大きなものになると考えています。  



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