目次
・デザイン思考とは?
・米国からデザイン思考講師を招聘
・「デザイン思考漬け」の3日間
・デザイン思考で生まれたアイデアの一例
・参加者に聞いた、デザイン思考の「3つのポイント」
・熱量を一過性で終わらせないために
デザイン思考とは?
そもそも、デザイン思考とは何か。
デザイン思考は、ユーザーの潜在的なニーズを深く理解し、新しい価値を生み出すための思考プロセス。「共感」から始まり、「課題の再定義」、「アイデア創出」、「プロトタイピング」、「検証」というサイクルを回すことで、従来の枠組みでは到達し得ない発想に辿り着くための手法だ。
スタンフォード大学のd.school(ディー・スクール)を中心に体系化されたこの手法は、世界的には急速に普及し、シリコンバレーでは「人間中心・プロトタイピング前提の考え方」としてスタートアップ、大企業、VCまで広く浸透している一方、日本ではまだ導入企業が少なく、イノベーション創出のカギとして注目が高まっている。
日本で導入企業がなかなか増えない大きな理由の一つは、デザイン思考の本質を教えられる講師が日本にはまだまだ少ないことだという。そこで、今回のワークショップを企画した日立システムズの研究開発本部は、本物のメソッドを学ぶべく、第一線で活躍する日本人講師2名をシリコンバレーから招聘するという初の試みを実施した。
image : Natee Meepian / Shutterstock
米国からデザイン思考講師を招聘
今回ワークショップに招いたのは、いずれも本場のd.schoolで教鞭を取った経験を持つ宮下雄介氏と早出美樹氏。宮下氏は米国で20年以上にわたり商品開発とイノベーション創出に携わってきた経験を持ち、d.schoolでも長年教えてきた実績を持つ人物だ。一方、ミキ氏は国際宇宙ステーション国立研究所などでの多様なキャリアを経て、現在はd.schoolの講師として「How to shoot for the moon」などの授業を担当している。
さらにワークショップの特別セッションとして、大企業でのシリコンバレー駐在経験を持ち、d.schoolの社会人プログラムを修了した吉成雄一郎(大学院大学至善館特任教授)も登壇。日本企業がイノベーションを起こすうえで直面する構造的課題や、デザイン思考を「イノベーションのOS」と捉える重要性について、実務家の視点から語り、参加者の理解を一層深めた。
「デザイン思考漬け」の3日間
ワークショップは全3日間。参加者は約20名、部署も年次も専門性も異なるメンバーがランダムにチームを組み、「フロントワーカーの課題を解決する」という共通テーマのもとでアイデア創出に挑んだ。
特筆すべきは、実際のフロントワーカーへのインタビューを軸にした実践的なプロセスだ。参加者はタクシー運転手、証券会社の営業職、救急救命士など、日々現場で働く人々と直接対話し、
- どんな時にモヤモヤを感じるのか
- 仕事で本当に困っていることは何か
- その背後にある欲求(desire)は何か
「なぜその時、そう感じたのか?」「言葉と表情に矛盾はないか?」――。表面的な事実確認ではなく、ユーザーの心の奥にある悩みや欲求(Desire)、そして本人すら気づいていない「驚き」や「矛盾」を徹底的に掘り起こしていき、ユーザーの「感情の起伏」をジャーニーマップに落とし込む。そして、驚き(insight)を抽出し、推察(hypothesis)を立て、課題を再定義していく。
こうした一連のプロセスを通じて、デザイン思考を「知識として学ぶ」いわゆるただの座学ではなく、「体で理解する」時間が続いた。
実際のフロントワーカーから課題を聞き出そうとインタビューする参加者たち(TECHBLITZ編集部撮影)
デザイン思考で生まれたアイデアの一例
3日間の成果として、各チームからそれぞれユニークなアイデアが生まれていた。その一つが、企業の人材流出や不本意な転職を防ぐための「共感サポートシステム」だ。
インタビューで多くのフロントワーカーが語ったのは、「現場の雰囲気が悪い」「意見を言いにくい」「努力しても評価されない」といった組織の空気にまつわる悩み。あるチームはこれを、「企業における人材流出の根源的要因」と捉えたチームは、社内会議の“空気”を見える化する次のような解決策を構築した。
その仕組みは、
- 会議中の表情データや発言率をAIが解析し、
- その場の“空気”がギスギスしているのか、リラックスしているのかを自動判定。
- 結果が良くない場合、改善のための体験プログラムをセットで提供する。
この提案の肝は、グループシナジーを最大限に活かした点にある。自社の強みであるシステム構築に加え、人材育成を専門とするグループ会社・日立アカデミーと連携。「ギスギスした会議」と「共感し合える会議」を対比させる体験型研修を組み合わせることで、システムによる「可視化」だけでなく、参加者の「マインドセット変革」までを一気通貫で提供する仕組みだ。
さらに将来的には、VRやAR技術を活用し、会議の空気をバーチャル空間で疑似体験させるサービスへの拡張も構想されている。実現可能性と将来性を兼ね備えたこのアウトプットは、ワークショップの目的であった「実際の事業課題に対し、参加者自身が新しい事業アイデアの種を生み出す」という会社側の期待に、見事に応えるものだった。
「ここまでできると思わなかった」
3日間という短期間で、異なるバックグラウンドのメンバーが集まり、ゼロからユーザー課題を見つけ、そこから具体的なソリューション案へと落とし込む。この一連の流れこそが、デザイン思考の強力さを体感させるものだった。
参加者の多くが「自分たちでもここまでできるとは思わなかった」「正直、2日目までは議論がカオスな状態だった。デザイン思考という『OS』の強力さを実感した」と語っていた。
3日間のワークショップを通じて生まれたアイデアを発表するグループ(同上)
参加者に聞いた、デザイン思考の「3つのポイント」
ワークショップ終了後に参加者に話を聞くと、デザイン思考で印象的だったと語られたことは次の3つのポイントに集約された。
「良いアイデアを得るには、まずたくさんのアイデアが必要です」
講師の宮下氏がノーベル賞受賞者ライナス・ポーリングの言葉を引用して語ったのは、成功する2〜3個の事業アイデアの背後には、実は2,000から4,000ものアイデアが存在するということ。デザイン思考とは、最初から正解を狙い撃ちするのではなく、初期段階で大量のアイデアを創出することに特化したプロセスだ。
ワークショップでも、質を問わずとにかく数を出すことが求められ、参加者たちは「アイデア出しは選抜試験ではなく、確率論的な“数の勝負”である」という意識の転換を迫られた。
ユーザーの課題を定義する際、講師陣が繰り返したのが「大胆な推察(仮説)」の重要性だ。
事実を積み上げた論理的な結論は大企業が得意とするところだが、それでは「合理的に失敗する」だけでイノベーションは生まれない。必要なのは、事実の延長線上にはない、証明できないほどの「論理の飛躍」だ。
講師陣はこれをマリオが穴を飛び越える姿になぞらえて「マリオジャンプ」と表現。ユーザーの何気ない言葉や矛盾から、「もしかしたらこう思っているのではないか?」という深層心理を大胆に推察し、あえて「飛距離」のある仮説を立てることが、打開策の鍵になると説いた。
「この中で本を読んで泳げるようになった人はいますか?」
特別セッションに登壇した吉成氏が投げかけたこの問いは、デザイン思考の本質を突いていた。水泳に正しい理論があるようにデザイン思考にも型はあるが、本を読んでも泳げるようにならないのと同様、実践しなければ身につかない。
そのため今回のワークショップは、座学よりも「実践」に重きが置かれた。見知らぬユーザーへのインタビュー 、混沌とした課題の定義 、そして「I Like, I Wish, I Wonder(良い点、改善点、新たな疑問)」を用いた相互レビュー など、参加者は実際に手を動かし、議論のスピード感に時には冷や汗をかきながら、デザイン思考という「泳ぎ方」を体で覚えていった。
デザイン思考の「実践」に取り組む参加者たちの眼差しは真剣そのもの(同上)
熱量を一過性で終わらせないために
「アンケート結果を見て驚きました。5段階評価で平均4.68。ここまで満足度が高い研修はなかなかありません」
今回のワークショップを企画した日立システムズ研究開発本部研究戦略企画部の二郷正樹部長は、予想以上の反響に手応えを感じていた。特に印象的だったのは、参加者たちの「熱量」の変化だ。議論が白熱するあまり、自然と椅子から立って話し始めるチームが続出し、アイデアを記した付箋の数は二郷氏が「会社員人生で見たことがない」と言うほどの量に達した。
しかし、二郷氏が見据えているのは、ワークショップの成功そのものではない。最も重要なのは、この熱量を日常業務に戻った後も絶やさず、イノベーションの火種として守り育てることだ。
ゆるやかなコミュニティ「きらめき★ラウンジ」
そのための仕掛けとして、二郷氏はワークショップ終了後、すぐに動いた。参加者同士がつながり続けられるオンラインコミュニティ「きらめき★ラウンジ」の開設だ。
「KPIや目標は一切決めず、あえて『ゆるさ』を追求しています。せっかく生まれた熱意あるつながりを、終わらせてしまうのはもったいないですから」
参加は任意。ここでは業務の報告ではなく、ちょっとした気付きや、事業アイデアの種に関する議論、イノベーターの名言などが共有される。この「ゆるやかなつながり」こそが、縦割りの組織では生まれにくい新しいコラボレーションの温床になると考えているからだ。
「参加者たちの熱量を感じた」とワークショップの手応えを口にする企画者の二郷氏(同上)
「Yes, But」から「Yes, And」の文化へ
実は日立システムズでは、今年4月にイノベーション推進センターを設立し、社内ピッチイベントを開催するなど、全社的に変革の機運を高めている。初回のピッチイベントでは予想を上回る25件の応募があり、グランプリには検証予算がつくなど、会社の本気度もうかがえる。
しかし、課題も残る。大企業特有の「Yes, But(いいね、でもそれは…)」という否定から入りがちになるところだ。
「弱いアイデアでも、チームで『Yes, And(いいね、さらに…)』と肯定し合いながら乗っかっていくと、大きく膨らむことに気づいた――。参加者からそんな感想をもらいました。これこそが本質です」
デザイン思考が教える「Yes, And」のマインドセットをどう浸透させていくか 。 二郷氏は、今後もこのワークショップを継続し、ゆくゆくは事務局側もファシリテーションスキルを身につけ、内製化していく未来を描いている。
「シリコンバレー流のメソッド」という黒船に乗ってやってきたデザイン思考は、日立システムズという巨大な船の舵を、少しずつ、しかし確実に新しい方向へと切り始めているようだ。