米国ラスベガスで4日間の会期で幕を開けた世界最大級のテクノロジー展示会「CES」。1月9日の開幕に先駆けて催された「メディアデー」では、業界をリードする大手企業によるプレス向けカンファレンスが行われた。数え切れないほどの製品やソリューションが集まるCESにおいて、その年のトレンドを総括するのはなかなか骨の折れる作業だが、プレス向けに語られる大手企業のプロダクトコンセプトや注目の新製品を横並びでみることは、その年のトレンドを探るのに大いに役立つ。今回は、TECHBLITZの米国在住リサーチャーの目から見たカンファレンスの概況をお伝えする。

メディアデーにおけるプレスカンファレンスは同じ時間帯に2~3社がそれぞれ別会場で催されることが多く、通常はどの企業のカンファレンスに参加するか取捨選択することとなります。下記はカンファレンス開催企業一覧ですが、今回はリサーチャーが参加した一部企業について取り上げます。

メディアデーのカンファレンス開催企業一覧(一部非企業含む)
LG/Volkswagen/Ambient Scientific/Hisense/Bosch/Swapery/Panasonic/Valeo/Timekettle/TCL/SK Hynix/Harbor Lockers/Abbott/Hyundai/Ink Invent/Samsung/Ottonomy/Kia/Dosai/EssilorLuxottica/Sony

<紹介企業はこちら>
【LG Electronics】観衆を沸かせた透明テレビ
【Bosch】「電力」と「水素」の二本柱
【Panasonic】Amazon Fire TVとの協業
【Hyundai】水素へのコミットメントより鮮明に
【Samsung】無線8Kプロジェクター&「Ballie」最新モデル
【Kia】組み合わせ式ボディでカスタマイズ性
【Sony】Sony x Honda x Microsoft

生成AIは、まだおあずけ

 2024年のCESは、開催前から「今年は『AI x ハードウェア』の年になる」「生成AIを用いたソリューションが多く発表される」と囁かれていましたが、蓋を開けてみるとAIを前面に掲げた登壇企業は限られており、その中でも生成AIを用いたソリューションはあまり聞かれませんでした。あくまで予想になりますが、生成AIはその活用の可能性が注目される一方、AIが導く答えの精度はまだまだ改善の余地が大きいため、各社とも商品企画は進んでいるものの一般公開するには今年は間に合わなかったのではないかと考えています。

 そんなこともあり各社の発表では、誤解を恐れずに言えば、「全く新しいソリューション」というよりも「昨年度からのアップグレード」の毛色が強い印象でしたが、予想外の業務提携や新たな企業方針の発表もあり、総じて多くの驚きがありました。

 CES本会場内では、VRヘッドセットを用いたソリューションを展示する企業ブースも多く目にしましたが、プレスカンファレンスではXRやWeb3の話題はほとんど聞かれず、一方で環境問題に関連した発表を行う企業が多かったです。自動車メーカーと他業界企業との業務提携のニュースも多く、「乗れるデバイス」としてのEVへの機能拡充の期待感が高まっていることも感じました。

 また、今年は韓国企業(LG、Samsung、Hyundai、Kia)の存在感が強く、CES本会場でも韓国企業のブースは大規模な演出でイベントに華を添えていました。

【LG Electronics】観衆を沸かせた透明テレビ

TECHBLITZ撮影

 カンファレンスのトップバッターを飾ったLGの今回の目玉は「ワイヤレス透明有機ELテレビ」でした。同製品の発表は会の中盤でしたが、その際は観衆から大きな歓声が上がりました。通常のテレビモードからシースルーモードに切り替えることができ、窓の前においても景観を損ないません。近年はより大画面のディスプレイが求められますが、同時に景観を遮るため置き場所に制限が出てくる、という課題に対する解決策になりそうです。特に発表では言及されていませんでしたが、今後一般消費者に同テレビの認知が広まれば、大型ディスプレイの搭載が期待されるEVにおいても将来的に適用が求められるのではないかと予想しています。

 また、テレビの処理速度や解像度を大幅に向上させる新たな「Alpha 11 AIプロセッサ」の発表に対しても観衆から歓声が上がりました。自社開発チップによって将来的に生成AIの活用を後押ししたい意向があるかは分かりませんが、現時点ではOLEDテレビの音声認識や顔認証のAI処理を高めることでの顧客体験の向上が期待されています。

 なお、同社は「AI」を前面に出した発表を行った数少ない企業でしたが、「AI=生成AI」という訳ではなく、スマート家電や車載システムがAIによってどれだけパーソナライズした動き・提案をしてくれるかという趣旨を伝えていました。このあたりは昨年の発表内容にも近しく感じました。

【Bosch】「電力」と「水素」の二本柱

TECHBLITZ撮影

 自動車部品をはじめ多方面に事業展開をするBoschは、「持続可能なエネルギー」をテーマとしていました。その流れから同社発表では「寒冷地での住宅用ヒートポンプシステム」と「自動バレー充電システム」の2つを大きく取り上げていましたが、実際に興味深かったのは同社が、世界的なエネルギー需要の高まりに対して「電力」と「水素」の二本柱でアプローチしていく、という発表でした。

 自動車業界がEVに大きく傾いている中で、水素に注力する点には当初違和感も感じましたが、この方針は2023年10月に米政府が70億ドルの資金提供のもとカリフォルニア州を含む7州でクリーン水素の生産・供給を推進する政策に則ったものでした。これについては、同政策を支持するHyundaiも同様の取り組みを発表しています。

 Boschのこの方針は、基本的には大型トラックや建機などに対して水素燃料の活用を促すもので、水素燃料電池パワートレインや水素エンジン向けのコンポーネントの開発の他、米政府の水素ハブ建設プロジェクトも支援していくとのことでした。

【Panasonic】Amazon Fire TVとの協業

TECHBLITZ撮影

 Panasonicの発表の前半では「持続可能な社会に向けた取り組み」に焦点が当てられ、学生教育やリサイクル性の高い素材の活用、独自のグリッドマネジメントシステムなどが紹介されました。

 後半からは製品の話題に移りましたが、特にメディアの注目を集めたのは「Amazon Fire TVを内蔵したOLEDテレビ」でした。高画質・高音質技術を備える同社スマートテレビと、UX開発力・コンテンツ力に強みをもつFire TVのコラボだけにとどまらず、同テレビにはFire TVコンテンツに対する独自の画質調整技術が備わるとのことです。これを鑑みると、近い将来「このメディアコンテンツを楽しむならこのメーカーのテレビが一番」と選択する日も訪れるのではないでしょうか。

 また、日産自動車の高級車ブランド「Infiniti」との業務提携にも注目が集まりました。米国の音響機器メーカーKlipschと共に車載オーディオの品質向上を図る内容でしたが、昨年のSonyとHonda、また今年のHyundaiとSamsung(後述)のように、自動車メーカーが車内体験の向上のために他業界企業と協業を図るケースが今後も続きそうです。

【Hyundai】水素へのコミットメントより鮮明に

image: Hyundai_Press release

 午後一番に始まったHyundaiの発表は参加人数が上限を超えたため、本会場に入れないメディアが続出するほどの人気でした。また、今年はステージ中央にソファーを置いてのトークセッション形式となっており、スライド資料があまり用いられない点で他社の発表とは毛色が異なっていました。

 Hyundaiのテーマはまさに「水素」でした。2020年に発表した水素燃料電池システムブランド「HTWO(H2かつHydrogen + Humanityの意味)」を、水素バリューチェーン事業ブランドとして変更し、水素の生産・貯蔵・輸送・利用までを含むバリューチェーンを構築していく意向を発表しました。これに関連して、廃棄物やプラスチックからのクリーン水素製造技術の開発、メガワット規模の水素製造用設備の開発なども紹介し、ASEAN地域から世界に向けて水素供給拠点を拡大していく構想も伝えられました。

 加えて、前述のBoschと同様、米国にてクリーン水素生産・供給を推進するプロジェクトを支援していくことにも触れていました。ここで疑問に感じたのが、EV戦略との兼ね合いです。Hyundaiは昨年、2030年までに年間200万台のEV販売を目指す「Hyundai Motor Way」戦略を打ち出しました。そのため、水素バリューチェーンのプロバイダーを目指す今回の発表は、一見すると別方向の戦略のように見えます。ただ、実際のところ乗用車に関してはEV戦略を進めつつ、大型建機や工業分野などより多くのエネルギーを要する領域について、水素の活用または電力と水素の併用を進めていくようです。

【Samsung】無線8Kプロジェクター&「Ballie」最新モデル

TECHBLITZ撮影

 毎年大きな注目が集まるSamsungの発表は、広大な室内に膨大な座席数を確保していましたが、それでも立ち見が出るほどの熱狂ぶりでした。

 同社は昨年11月に独自の生成AIモデル(Samsung Gauss)を公開していることもあり、本年のテーマとして「AI」を大きく掲げていました(CES会場内でも大きく「AI for All」と書かれた広告を出していました)。大まかな趣旨としては、『AIの恩恵によって、全ての人がデバイスをより豊かに利用できるようにする』といったもので、障害者向けに音声のテキスト化機能や色彩調整機能をもつTVや、取手を持たなくてもドアがあく冷蔵庫、省エネ機能をもつスマート家電などを例に挙げていました。また、AIに関する説明の際にサイバーセキュリティ面の強化を真っ先に説明している点も印象的でした。

 さて、同発表の最初の目玉は「8K映像を150インチで楽しめるワイヤレスプロジェクター」です。こちらは近距離から壁への映像投影に優れた超短焦点プロジェクターのため、限られた室内空間でも鮮明かつ大きな画面で映像を楽しめる、という点ではLGの透明テレビと近しい方向性を感じました。続いて注目されたのが、家庭用ロボット「Ballie」の最新モデルです。2020年のCESで発表されたテニスボール大のロボット「Ballie」は、その後新しい情報を聞く機会がありませんでした。今回発表された最新モデルではプロジェクター機能が搭載されてより賢くなっています。なお、今年はLGもコミュニケーション機能を強化した家庭用ロボットを発表しましたが、プロジェクター機能を備えている面では一見Samsungの方が利便性が高そうです。ただ、2021年にAmazonから発表された『Astro』が未だテスト段階ということもあり、家庭用ロボット分野は夢が広がる一方、一般販売まではまだ時間がかかりそうです。

 協業についてもアナウンスがありました。一つはHyundaiおよびTeslaとの提携で、Samsungのスマートホームアプリ「SmartThings」を通してHyundaiグループの車およびTesla製品をアプリで制御・管理できるようになります。また、Microsoftとの提携では、Microsoft製AIアシスタントCopilotの活用によってノートPCとスマホの連携がスムーズになるようです。なお、CES本会場内のブースで注目されたMicroLED透明ディスプレイ技術は、メディア向け発表では意外とあっさりと説明されていました。

【Kia】組み合わせ式ボディでカスタマイズ性

TECHBLITZ撮影

 Hyundai傘下のKiaの発表は、新たなコンセプトカー(EV)の紹介に特化していました。

 新たに発表された新モデルラインアップのポイントは「カスタマイズ性」です。統一プラットフォーム「Kia Platform Beyond Vehicle (PBV)」を基盤に、モジュール式ボディを組み合わせるイメージとなっており、運転席より後ろのボディは「ハイブリッド電磁結合技術」と「機械結合技術」によって柔軟に交換可能です(非溶接構造)。そのため、用途に応じて車両を柔軟にタクシー/配達用バン/RV車などへと切り替えられる、とのことでした。もちろん内装のカスタマイズも可能です。まずは配車や物流向けモデルから展開するようですが、2つの車のリアドア箇所が連結して車内荷物がベルトコンベアで自動で移し替えられる世界観は、純粋に便利そうだなと感じました(外観デザインは若干Canooに似ている気もしました)。

 なお、同社は将来像として『生活・仕事空間の移動』としての車のあり方を伝えていました。空間としての”コンテナ”が自由に移動していくような世界観ですが、これに類似したコンセプトカーが今回Hyundaiの企業ブースでも展示されており、”空間を移動させる手段”としての車の実現が、Hyundaiグループのめざす方向なのかもしれません。

【Sony】Sony x Honda x Microsoft

TECHBLITZ撮影

 Sonyのカンファレンスは昨年同様、CES本会場内の自社ブースにて催されましたが、エンタメコンテンツが多いこともあってか、座席数の多さにもかかわらず、立ち見が出る人気ぶりでした。

 最も関心を寄せられたのは、昨年に発表されたSony Honda Mobilityのコンセプトカー「AFEELA」の最新情報です。昨年にEpic Gamesとの協業を発表した時点でインフォテイメント強化の車になることは予測されていましたが、今回新たに、運転席・助手席のワイドモニターで映像を楽しめたり、リアルタイムの運転映像にゲーム要素を重ねられたりする点などが発表されました。顔認証でドアが開く機能や、外装ディスプレイに充電レベルが表示される機能もあり、もはや車ではなく大きなゲーム機に搭乗するような印象を持ちました。

 また、Microsoftとの提携によって、生成AIサービス「Azure OpenAI」を活用した会話型パーソナルエージェントが搭載される旨も発表されました。Microsoftはさまざまな分野への生成AI技術の提供を目指しているため、今後は会話機能以上の生成AI活用の可能性も期待できます。EVが”乗れるデバイス”として変化することで、機能拡充のニーズが高まると同時に他業界企業と協業ケースが今後さらに増えそうです。

 そのほか注目を集めたのは、新たなXRヘッドセットです。すでに販売されているゲーム向けVRヘッドセットとは異なり、メタバースコンテンツを設計・制作するクリエイター向けとなっています。同製品では没入型のコンテンツ編集体験ができるとのことです。メタバースの普及に関して、個人的にはPlayStation VRのゲームコンテンツがより拡充することを心待ちにしていますが、同製品ではクリエーターサイドの支援を通してメタバースコンテンツの拡充と普及を推進したい意向と推測しています。  

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