セメント、鉄鋼、廃棄物、石油化学などの重工業プラント向けに、排ガスから二酸化炭素(CO2)を捕捉する技術を提供するCarbon Clean。イギリス・ロンドンに本社を置く同社は日本の大手総合商社・丸紅の資本も受け、その技術は日本のセメント工場でも活用されている。2030年代半ばまでにギガトン級の産業の脱炭素を目指し、2022年5月には米石油大手ChevronがリードするシリーズCラウンドで1億5000万ドル(約210億円)を調達した。同社の共同創業者でCEOのAniruddha Sharma氏に、テクノロジーや業況について聞いた。

「京都発 テクノロジー×カーボンニュートラル」 環境に優しく、循環型社会の構築へ
関連記事
「京都発 テクノロジー×カーボンニュートラル」 環境に優しく、循環型社会の構築へ
「「京都発 テクノロジー×カーボンニュートラル」 環境に優しく、循環型社会の構築へ」の詳細を見る

モジュラー型装置の開発で段階的な脱炭素を低コストで実現

――これまでの職歴や専門分野について教えてください。

 私は、大学では統計学を学んでいました。そのころ、2009年のCOP15(国連気候変動コペンハーゲン会議)に参加し、政治家たちに対して、より強力な気候変動対策を決定するよう要求しました。そこで、「How old will you be 2050?(2050年、あなたは何歳になっていますか?)」というロゴを配布したのです。つまり、「あなた(政治家)が作る政策は、あなたの将来のためではなく、私たちの将来のためなのです」と伝えたかったのです。

 その6年後の2015年、パリ協定で私たちの要求は実現しました。大学時代の2009年にCarbon Cleanを起業していた私は、煙突から排出されるCO2を回収する技術の商業化に取り組んでいました。他の企業で働いたことはないのですが、私は既に15年ほど気候変動に関する議論に関わり続けています。

Aniruddha Sharma
Carbon Clean
Co-Founder & CEO
Indian Institute of Technologyにて統計情報学を専攻し、学士、修士号を取得。在学中にはテクノ・マネジメント・シンポジウムKshitijのイベント責任者やベルン大学のリサーチアシスタント、学生の採用コーディネーターなどを務める。2009年にCarbon Cleanを共同創業し、CEOに就く。同時にインド青年気候ネットワーク(Indian Youth Climate Network)の代表としてニュージーランドで開催された持続可能なエネルギーシステム会議に参加。インドの教育格差を是正することを目的とした国家的なプログラムTeach For Indiaのアンバサダーやアジア開発銀行でのアジア新エネルギーリーダーも務めた。

――プロダクトの特徴について教えてください

 私たちは、企業、特に重工業の事業者の産業排出ガスからCO2を捕捉するのを助ける技術を提供しています。そして、それをビジネスとして成立させる価格帯で提供しています。実は煙突からCO2を回収する技術は、50年前から存在しています。私たちは、この技術全体を完全に新しくすることに取り組みました。当社はこの技術をいかにして完全にモジュール化し、拡張性を持たせて、顧客がより優れた経済性を達成できるようにするかということを考えたのです。

 私たちは、小型のモジュラーユニットである「CycloneCC」を製造しています。製造施設を脱炭素化する設備の導入には36カ月ほどかかる場合がありますが、CycloneCCなら6カ月に期間を短縮できます。そして、1トンあたり70ドル前後かかっていた炭素捕獲コストを30ドルにまで下げることができます。

 設備を新たに建設する必要はなく、私たちの装置を置いて、排ガスに接続してCO2を回収するだけでいいのです。初めから大きな投資をしなくても、当社のユニットを追加していくことで、2030年の大幅な脱炭素化に向けて段階的にCO2回収量を積み上げていくことができるのです。

Image: Carbon Clean

太平洋セメントの熊谷工場に導入 ドイツではガス生成プラントにも採用

――顧客の事例をいくつかお教えください。

 丸紅を通じて太平洋セメントが当社のプロダクトを導入しています。太平洋セメントはCO2の排出量削減に非常に真剣に取り組んでおり、私たちは彼らの排ガスからCO2を分離する技術を提供しました。パンデミックのなか、埼玉県熊谷市にある彼らの工場に私たちの技術設備を納入しました。これは日本初のセメント業界向けCO2削減プロジェクトとなりました。

 私たちのプロダクトは完全にモジュール化されているので、熊谷の工場には、ユニットの設計と構築のための建設用地を必要としませんでした。モジュラーユニットは、イタリアのオフサイト製造施設で組み立て、日本に運んで設置しました。

 もう一つ、ドイツの顧客の例を紹介しましょう。廃棄物から出るバイオガスからCO2を回収するプロジェクトです。ドイツでは、農作物や食品から出る有機性廃棄物の多くが天然ガスに変換されています。その過程で、バイオガスからCO2を除去する必要があります。私たちは、バイオガスを高品質の天然ガスに変換する技術を販売しています。このガスを供給網に注入し、暖房用や産業用に利用されています。このプロジェクトは2014年に開始し、現在、ドイツ国内40拠点で稼働しています。この8年余、問題なく稼働しています。

 今年はさらに7拠点を稼働させる予定です。当社ではこれまでに約150万トンのCO2を回収しており、今後さらに増加する見込みです。鉄鋼、セメント、廃棄物、石油化学向けの技術が当社の専門分野で、毎年、顧客数を2倍から3倍に増やしています。

――急速に成長している理由を教えてください。

 現在、ほとんどの企業がCO2の問題に対して何かしなければならないことに気づき行動しています。欧州の炭素クレジット価格を見ると、一貫して80ユーロを上回っており、カリフォルニア州は約200ドルです。カナダ政府も動いていますし、日本政府も最近、脱炭素関連のいくつかの発表をしていますね。

 そのような背景で私たちの技術を商業ベースに乗せた事例がかなり積み上がってきています。私たちは、お客様のお役に立てるようなものを提供しているのです。ビジネスケースの例として、私たちがスウェーデンでLiquid Windと取り組んでいるプロジェクトがあります。これは、CO2と再生可能な水素とを結合して、カーボンニュートラルな液体燃料であるeメタノールを回収し、それを使ってカーボンニュートラルな輸送用燃料を生産するプロジェクトです。

 海運業の脱炭素化は非常に難しいのが現状です。現在のバッテリー技術では海運向けの船舶を走らせることはできません。そこでカーボンニュートラルな燃料を提供できれば、海運業を脱炭素化することができます。これは非常に興味深いプロジェクトです。CO2を回収して価値ある製品に変換するという一連の流れが、ビジネスとして注目を集めているのです。

――成長市場において、競合との差別化はどのようにしていますか。

 三菱重工などもCO2削減に取り組んでいると思いますが、彼らは大規模なプロジェクトにフォーカスしています。おそらく5億ドルから10億ドルのコストがかかるプロジェクトです。一方、私たちは産業界、重工業の脱炭素化に焦点を当てています。重工業は大きな投資もできないですし、プラントに大規模な設備を置くスペースもありません。私たちは、いかにしてコストを削減し、省スペースで実現するかに注力しているのです。

――重工業に注目している理由を教えてください。

 長期的に考えて、すべての産業を脱炭素に置き換えることは不可能だからです。たとえば、火力発電所を停止して、風力発電所や太陽光発電所に置き換えることができます。しかし、鉄鋼やセメント、石油化学では置き換えが難しいです。これは非常にチャレンジングな分野です。

 特に、地球上の20億の人々が貧困ライン以下で生活していることを考えると、持続可能な開発目標を達成するために、私たちは彼らを貧困から救いたいと考えています。彼らが家を持ち、生活を豊かにするには鉄鋼、セメント、石油化学製品、化学製品などの物資が必要になります。これらの製品は今後より多く必要とされるでしょう。

Image:Carbon Clean

製品の性能と生産能力を向上 チーム拡大で高まる需要に応えていく

――2022年5月にシリーズCラウンドの資金調達をしましたね。今後の計画を教えてください。

 1億5000万ドルを調達しました。これはChevronが主導したもので、Saudi Aramco Energy Venturesや丸紅なども参加しています。これによって私たちは3つのことを行う予定です。1つ目は、技術と製品のスケールアップです。2つ目は、今後も大量の需要が見込まれているので、製造能力のアップです。そして3つ目は、チームの規模を拡大・成長させることです。チームメンバーは現在70名ですが、会計年度末には140名を超える計画を立てています。チームの規模を倍にして、より多くのお客さまの問題解決に貢献したいと考えています。

――日本の企業とはどのようにビジネスを進めていきますか。

 日本でより多くのプロジェクトを展開するために今も取り組んでいます。丸紅とのパートナーシップは素晴らしいです。私たちは技術力と製品力を持っています。丸紅は市場に関する完璧な知識と融資能力、そして顧客を持っているので、完璧な組み合わせだと思います。さらに当社は、日本でより多くの顧客を獲得したいと考えています。特に、石油精製、石油化学、化学、エネルギーといった分野のお客様です。日本のパートナーやお客様のためになるような技術を提供することを楽しみにしています。

――長期ビジョンと、産業界の皆様へのメッセージをお願いします。

 私たちが最初に掲げたビジョンは10億トンのCO2排出量削減の達成です。世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて1.5℃に抑えるには、私たちは2050年までに50億トンのCO2を回収する必要があると考えています。そのため、私たちは現在、世界のいたるところでプロジェクトを展開しています。スウェーデン、ドイツ、ポルトガル、ポーランド、北米はアメリカ、カナダ、アジアでは日本、インドネシア、シンガポールなどです。当社は、産業界が必要とするすべての市場に技術を提供し、脱炭素への手助けをしたいと考えています。

 エネルギー転換とCO2排出量削減の必要性は、多くの人たちが思っているよりも早く訪れます。2030年は遠い未来に感じるかもしれませんが、今すぐ行動しなければなりません。産業界の皆さんがプラントを建設、改善する際に、どのようなやり方で脱炭素やコスト削減を実現できるかを理解する必要があるでしょう。私たちの技術では、電化や水素の活用も試すことができるなど、いくつかの選択肢があります。ですから、企業はいろいろなことを試して、自分たちに最も適した方法を採用することができるでしょう。

脱炭素社会実現への注目技術をまとめた、カーボンニュートラルトレンドレポート
関連記事
脱炭素社会実現への注目技術をまとめた、カーボンニュートラルトレンドレポート
「脱炭素社会実現への注目技術をまとめた、カーボンニュートラルトレンドレポート」の詳細を見る

CO2排出量の見える化・削減策のコンサルで急成長 脱炭素経営をサポート 来年はアジア展開も視野 アスエネ
関連記事
CO2排出量の見える化・削減策のコンサルで急成長 脱炭素経営をサポート 来年はアジア展開も視野 アスエネ
「CO2排出量の見える化・削減策のコンサルで急成長 脱炭素経営をサポート 来年はアジア展開も視野 アスエネ」の詳細を見る



RELATED ARTICLES
既存の監視カメラをAIでアップグレード、製造・物流現場の安全性を向上 Spot AI
既存の監視カメラをAIでアップグレード、製造・物流現場の安全性を向上 Spot AI
既存の監視カメラをAIでアップグレード、製造・物流現場の安全性を向上 Spot AIの詳細を見る
宇宙の「ラストマイル問題」に取り組む、北海道大学発スタートアップ Letara
宇宙の「ラストマイル問題」に取り組む、北海道大学発スタートアップ Letara
宇宙の「ラストマイル問題」に取り組む、北海道大学発スタートアップ Letaraの詳細を見る
ソフトウェア開発のエンジニアと「共に歩む」AI 市場を席巻するGitHub Copilotがライバル Augment Code
ソフトウェア開発のエンジニアと「共に歩む」AI 市場を席巻するGitHub Copilotがライバル Augment Code
ソフトウェア開発のエンジニアと「共に歩む」AI 市場を席巻するGitHub Copilotがライバル Augment Codeの詳細を見る
自発的に学習する航空業界向けAI開発 精度バツグンの「ダイナミックプライシング」実現するFetcherr
自発的に学習する航空業界向けAI開発 精度バツグンの「ダイナミックプライシング」実現するFetcherr
自発的に学習する航空業界向けAI開発 精度バツグンの「ダイナミックプライシング」実現するFetcherrの詳細を見る
プラセボ治験者を「データ」に置換し臨床試験を短縮 Johnson & Johnsonとも協業するデジタルツインのUnlearn.ai
プラセボ治験者を「データ」に置換し臨床試験を短縮 Johnson & Johnsonとも協業するデジタルツインのUnlearn.ai
プラセボ治験者を「データ」に置換し臨床試験を短縮 Johnson & Johnsonとも協業するデジタルツインのUnlearn.aiの詳細を見る
人手不足の米テック企業の救世主?中南米や東欧の「隠れた凄腕エンジニア」を発掘するTerminal
人手不足の米テック企業の救世主?中南米や東欧の「隠れた凄腕エンジニア」を発掘するTerminal
人手不足の米テック企業の救世主?中南米や東欧の「隠れた凄腕エンジニア」を発掘するTerminalの詳細を見る

NEWSLETTER

世界のイノベーション、イベント、
お役立ち情報をお届け
「オープンイノベーション事例集 vol.5」
もプレゼント

Follow

探すのは、
日本のスタートアップだけじゃない
成長産業に特化した調査プラットフォーム
BLITZ Portal

Copyright © 2024 Ishin Co., Ltd. All Rights Reserved.