植物の成長に微生物がポジティブな影響を及ぼすことは広く知られているが、土壌にどんな微生物が存在するかは偶然性に大きく左右される。農業バイオテクノロジー企業のBioConsortiaは(バイオコンソーシア、本社:米国カリフォルニア州)はこうした点に着目し、植物の成長に有用な微生物を独自のアプローチで特定し、微生物コンソーシアム(群)を形成する技術を確立。種子に処理を施したり、液状、顆粒にして提供している。同社CEOのMarcus Meadows-Smith氏に技術の独自性や日本市場への関心などについて話を聞いた。

植物が微生物を「選ぶ」というアプローチ

―植物に有用な微生物群を特定する御社独自のアプローチについて教えて下さい。

 まず、微生物群を特定するプロセスにおける最初のステップである「Advanced Microbial Selection(AMS)」について説明させてください。これは、土壌環境などから微生物を採取して一つ一つ、それがどう植物に作用するかを調べていく手法ではありません。植物をストレス環境下において、そうしたストレス環境下でも育った植物がどのような微生物を「選んだ」かを調べるという手法で、やっていることは植物ブリーダーに近いですね。

「その植物にとって有用な微生物は何か」を知っているのは、その植物自身なのです。植物は、ストレスを与えられた条件下において、生き残り、繁栄していくために必要となる有用な微生物を自分自身で選びます。研究者が何万回というテストを繰り返すよりも、この手法は直接的で効果的です。

 例えば、窒素が存在しない土壌で植物を育成した場合、そうした環境下でも生き残ることができる植物は、その根茎に窒素固定微生物をリクルートできたものだけです。他にも、土壌に病原菌や線虫を投入した場合、そうした外敵から身を守る微生物をリクルートできた植物だけが生き残る、といった具合です。

 これが有用な微生物を特定するプロセスの最初のステップで、当社と競合他社との大きな違いです。このような反復プロセスを何世代にもわたって行い、その後のステップで個々の微生物を分離・選択していきます。

image: BioConsortia HP

―他にも競合との差別化点はありますか。

 私たちは、微生物を選択するステップにおいて微生物にタギング(タグ付け)をしていますが、このタギングにおいても強みを持っています。微生物のゲノムに蛍光タンパク質でタグ付けすることで、その微生物が植物内のどこにコロニーを形成するのか、どんな種類の植物にコロニーを形成するのかを知ることができるほか、どのような環境条件、どのような種類の土壌にコロニーを形成するのかを確認することができます。

 微生物やバイオ製品が抱える大きな問題点の一つは、ある特定のフィールドではうまく機能したのに、近隣の別のフィールドでは機能しないということが起こり得ることです。これは微生物が特定の土壌の種類を好むことが理由の一つとして挙げられます。私たちのプロセスを利用することによって、フィールド試験を実施する前に、製品が機能するかどうかの確度を高めることができるのです。

 さらに、こうした野生種の微生物の発見に加え、微生物のゲノム編集にも取り組んでいます。野生の微生物が本来持っている可能性を利用するもので、遺伝子組み換えとは異なるものです。例えば、空気中の窒素を固定できる微生物がいたとすれば、そのポテンシャルを引き上げていきます。グラム陽性菌のゲノム編集に関しては、非常に優れた技術を有していると自負しています。

 現在、当社には55人の科学者が在籍し、そのうち20人程が博士号を取得しています。研究開発に強みを持ったチームと言えるでしょう。

image: BioConsortia HP

―BioConsortiaに入社する前はどのようなキャリアを歩まれていたのですか。

 私のキャリアは研究分野で始まっており、University of Birminghamで遺伝学の学位を取得した後、南アフリカでゲノム編集の研究に2年間携わりました。

 その後、複数の企業で農業科学などに長年携わり、2008年にバイオ農薬のスタートアップ企業であるAgraQuestにCEOとして就任しました。AgraQuestの成長に貢献して同社を売却した後、しばらくBayerでの生物製剤責任者を務めたり、フリーのコンサルタントをしたりしていた時期がありました。そんな時に出会ったのがAMSプロセスで画期的な発見をしていたニュージーランドの植物研究開発企業(BioDiscovery New Zealand)で、2014年にBioDiscoveryの親会社としてBioConsortiaが新しく設立された際に私はCEOに就任し、本社をニュージーランドから現在のカリフォルニア州デイビスに移しました。

Marcus Meadows-Smith
CEO
University of Birminghamで遺伝学を専攻後、Sumitomo Corporation UKにて作物保護製品・公衆衛生農薬部門のマーケティング・マネージャー、Uniroyal Chemical(現:Chemtura Corporation)にて従業員価値提案(EVP)や作物保護などに携わる。2008年にAgraQuestのCEOに就任、AgraQuestをBayer Corpscienceに売却後、フリーランス・コンサルタントを経て、2014年にBioConsortiaのCEOに就任。現在に至る。

研究開発型の企業として特化

―2020年には米肥料会社Mosaicと製品開発などで提携し、2023年6月には日本農薬の米販売子会社と供給契約を結んでいます。今後の動向を差し支えない範囲で教えていただけますか。

 私たちは研究開発に専念し、製品の発見・開発・登録を行い、その後、製品を実際に販売したり、マーケティングを行ったりするパートナーを見つけていくというモデルをとっています。

 Mosaicは化学肥料の生産・販売において世界屈指の企業です。しかし、リン酸肥料とカリ肥料と異なり、窒素肥料は十分ではありません。彼らはわれわれの微生物を使って、窒素製品の供給源を顧客に提供しているのです。これは非常にエキサイティングな関係で、彼らは来年、私たちの微生物を使った製品を発売しようと計画しています。

 また、日本農薬の米販売子会社(Nichino America)とは、まず米国とカナダでのバイオ殺菌剤「BEC-60」の販売契約を結びました。この製品は、リンゴやブドウなどの果物や野菜の育成における主要な病気に対して効果があります。日本農薬は、同製品の効用に関するさらなる試験も行う計画です。

 来年ごろには、農薬メーカーや肥料メーカーなど、他の企業とも契約も発表する予定です。現在、多くの企業が私たちの製品をテストしている段階です。今後さらに有名企業数社と契約を結び、私たちの製品を販売・流通することになるでしょう。私たちのパイプラインには、5種類の殺虫剤、2種類の殺菌剤、そして複数の窒素固定剤があり、今後2~3年で市場に投入する準備が整っています。

―これまで総額5,200万ドルの資金を調達しています。調達資金の使い道について教えて下さい。

 私たちにはOtter CapitalとKhosla Venturesという2社の投資家しかいないという点で非常に珍しい存在です。おそらく今年の終わりか来年の初めには、他の投資家にも参加していただき、製品の発売を開始し、米国とカナダ以外の国での登録を目指す段階に入るでしょう。

 ブラジルへの本格進出も発表しました。資金を調達して拡大するにつれて、欧州での登録も開始する予定です。私たち自身で初期登録を行うか、または、パートナーに登録取得をサポートしてもらうことになると思います。

image: Billion Photos / Shutterstock

日本進出も視野に入れながらグローバル化を加速

―日本市場への参入は視野に入れていますか?その場合、どのようなパートナーシップを求めていますか?

 日本において、すでに農薬や肥料の分野で活躍している日本の一流企業との提携を考えており、私たちの製品を使ってテストを行っている段階です。

 当初の焦点は米国であり、米国は私たちにとって主要市場の1つです。次に大きな市場は欧州で、さらにブラジルが続いています。そのため、私たちの開発の焦点はそこにあったのですが、現在は他の地域にも目を向けています。中国、インド、ベトナム、タイでパートナーシップを結ぶことも発表しました。次のステップとしてもちろん日本も視野に入れています。登録にどれくらいの時間がかかるかにもよりますが、そう遠くない将来、日本の農家さんが利用できるようになることを期待しています。

―最後に長期的なビジョンを教えて下さい。

 私たちの長期的なビジョンは、研究開発型企業であり続けることです。私たちは、生産者が病害虫による損失を受けることなく、より高い収量を得られるような製品を世に送り出すことに情熱を注いでいます。私たちの目標は、現在市販されている化学製品に劣らない微生物製品を開発することです。有効性、収量増加、さまざまな環境での一貫性という点で、より高いレベルを目指しています。

 それと同時に、製品も環境に優しいものでありたいと考えています。窒素固定によって環境への化学的負荷を軽減したいのです。ご存知のように、窒素肥料の生産は、人類が排出する温室効果ガスの2~4%を占めています。もし肥料や人工肥料の使用量を減らすことができれば、それは地球にとっても人類にとっても大きな利益となるのです。



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