インドのバザールと言えば、露天商が肩を寄せ合い、食材や衣類などさまざまな売り物が一堂に会する活気あふれる市場だ。インドで指折りのフィンテック企業であるBankBazaar.com(本社:インド南部チェンナイ)が提供するサービスは、その名の通り「銀行のバザール」。クレジットカードや自動車ローン、住宅ローンといった、さまざまな銀行の金融商品をワンストップで取りそろえるマーケットプレイスで、利用者の適格性に応じた金融商品をカスタマイズして提案する。サービスの利用料は無料で、申請をオンライン上で完結できる手軽さも人気の理由だ。共同創業者でCEOのAdhil Shetty氏に、創業の経緯や成長の軌跡、将来の展望などを聞いた。

インドでのデジタル金融の未来を拓く:BankBazaar.comの創設背景とその戦略

―これまでの経歴と起業の理由を教えていただけますか?

 私は大学で電子工学を専攻したエンジニアで、Cisco Systemsでキャリアをスタートしました。その後、コロンビア大学で国際金融やビジネスに関する修士課程を修了し、ニューヨークのDeloitte Consultingで働きました。

 BankBazaar.comを始めた理由は2つあります。1つは、共同創業者が、対面による面談や煩雑な申請書類のやり取りがなく、即座にクレジット商品を利用できるデジタル金融プラットフォームを作るというアイデアを思いついたことです。そしてもう1つの理由は、私は母国のインドで起業したいと考えていたことです。この2つの条件が一致し、創業に至りました。

Adhil Shetty
BankBazaar.com
Co-Founder & CEO
グインディ工科大学で電子・電気通信を専攻し、卒業後の2001年にCisco Systemsにエンジニアとして入社。その後、コロンビア大学で国際関係学-国際金融・ビジネスの修士課程を修了。2005年にはDeloitte Consultingでコンサルタントを務め、2007年にBankBazaar.comを創業する。

―BankBazaar.comはどのようなプラットフォームですか。

 BankBazaar.comは金融商品のマーケットプレイスで、クレジットカードや自動車ローン、住宅ローンなどさまざまな銀行の金融商品がワンストップで選べるプラットフォームです。また、自身の信用スコアを無料でチェックできるプラットフォームも提供しています。

 オンライン上のサービスですので、インド全土の消費者が対象です。年間で約1億5700万人のユニークユーザーがBankBazaar.comを訪れて、金融商品の検索や信用スコアのチェックなどを行っています。そのうち私たちのサービスに連絡先などの詳細情報を登録しているのが6000万人です。こうした顧客基盤を銀行側と共有できることが、当社の強みの1つです。

―近年はどのようなサービスに力を入れていますか。

 近年はコ・ブランドカードの発行に力を入れています。銀行と「BankBazaar」の両ブランド名が記載されたクレジットカードを発行するもので、2021年にこのビジネスモデルに注力する事業戦略の転換を行いました。

 双方にはそれぞれ得意分野があり、銀行はバランスシートの分析や与信、コンプライアンスなどが得意ですね。一方、私たちのようなフィンテック企業が得意とするのは、優れた顧客体験の提供、新規顧客の開拓、データ活用、テクノロジーです。お互いの得意な領域を活かせるシステムを作って、消費者が使いやすい金融サービスとして提供しています。BankBazaar.comが消費者との接点となり、どのような金融を求めているのか、どうしたら活用してくれるのかを考えて、実行しているのです。銀行とは、カードの利用において生じる収益を分配しています。

image: BankBazaar.com

クレジットカード普及に大きな伸びしろ

―コ・ブランドカード発行事業の実績はいかがですか。

 2022年は約50万枚のクレジットカードを発行しました。これは前年比約60%の伸びで、2023年は伸びがさらに加速し、70%になると見込んでいます。また、2022年はクレジットカード発行枚数だけでなく、取引額と売上高も共に約60%伸びました。

 こうした成長の理由は、インド特有の事情が関係しています。インドの人口のうち、クレジットカード保有者の割合は5%前後しかいません。日本を含む他国では、この割合は80%に達することも珍しくありません。その一方で、インドの2022年の経済成長率は7.2%と高い水準にあり、リテール部門のクレジットカード使用率は前年比で20%台の伸びを示しました。つまり、クレジットカードが普及する余地が大きいのです。

 この分野での競合というのは、やはり従来型の実店舗においてカード発行業務を行う業者です。また、数多くのフィンテック企業がこの分野に参入しようとしているので、彼らも競合と言えます。ただ、私たちとのアプローチの違いは、多くのフィンテック企業はビジネスの全てを自分たちで完結しようとしている点です。私たちは単独でビジネスを作り上げるのではなく、銀行などと提携することで、ビジネスを共に作り、共に運営していく方針を掲げています。「フィンテック企業は銀行より優れている」という高飛車な態度を取ることはせず、それぞれの得意分野を活かすのです。そうすることで、実店舗よりもはるかに効率的に顧客を獲得できますし、他のフィンテック企業のように莫大な固定費をかけたり、コンプライアンスに手を抜いたりすることもしません。

―消費者や金融機関の成功事例にはどのようなものがありますか。

 まず、消費者のメリットは、オンラインでの信用スコアのチェックによってカード発行の事前承認ができることと、カードの申し込み時に紙の書類の提出が必要ないことです。申し込みたいと思ったら、ビデオ通話でオペレーターが対応し、身分証を確認できたら5分後にはカードが発行されます。インドのどこに住んでいても申し込みができるので、大都市でも小さな町でもサービス水準に差が出ないことは大きな利点です。

 金融機関側のメリットは、クレジットカード会員獲得のために人を雇う必要はなく、支店や窓口でかかる固定費もかからないことです。今では、私たちと提携している金融機関の売り上げの25%がBankBazaar.com経由となっています。

 成長の背景には新型コロナウイルスのパンデミックもあります。政策面が大きく変わり、インド準備銀行(中央銀行)がビデオ通話による顧客の本人確認(KYC)を認めたため、非対面で大型の金融商品を販売できるようになったのです。これは私たちにとって非常に良い影響を与えました。同時に、パートナーの金融機関の考え方も変わり、デジタル活用が急速に進展しました。それによって、消費者の行動も大きく変わったのです。

インドのすべての銀行と共同商品が作れるデジタルプラットフォームへ

―今後1〜2年のマイルストーンを教えてください。また、日本企業との提携はお考えですか?

 3つあります。1つ目はコ・ブランドカードのユーザー基盤拡大です。2022年には50万枚発行しましたが、2年後には200万〜300万枚程度を発行し、大きな基盤を作りたいのです。2つ目は、個人向けローンや法人向けローンなど、クレジットカード以外の商品を増やすことです。コ・ブランドカード事業と同様のアプローチで事業を拡大できると踏んでおり、実際に個人向けローンでは試験運用が成功しています。そして3つ目は株式公開です。

 投資家とともに世界的なエクイティ・ポジションを築くことは、私にとって最も関心の高いことのひとつです。そして、インドの成長を支えている資本には多くの日本企業が関わっています。ただ、現在私たちの事業はインド市場にフォーカスしているので、今のところは日本部門を立ち上げたり、日本市場に進出したりする計画はありません。

―長期ビジョンに加え、日本の読者へのメッセージをおねがいします。

 長期的なビジョンとして、私たちはあらゆる銀行のコ・ブランド商品を取りそろえ、全ての銀行のプラットフォームになりたいと考えています。私たちのサービスを利用すれば、あらゆる銀行の金融商品にアクセスできて、かつ銀行名とともに「BankBazaar」のブランド名が併記されているイメージです。単なる金融商品のディストリビューターではなく、私たちも共同でこの金融商品を作ったと言えるような存在になっていきたいと思っています。

 インドは30歳未満の人口が約50%を占めていて、経済の成長は今後10年続くでしょう。インドの若者は日本に憧れていて、両国には歴史的な深い関係性もあります。私たちの将来に対する考え方はとても似ているので、未来はとても明るいと感じています。私たちは民主主義を信じ、人々が適切なテクノロジーを活用できるようにすることを信じ、イノベーションを信じます。だから両国は互いに恩恵を受けることができるでしょう。日本人とインド人、日本企業とインド企業の関係を促進するためなら私たちは何でもできると思います。次の100年に向けて、非常に前向きな相互学習の関係を築くことができると思っています。



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