日本発の次世代型リチウムイオン電池「全樹脂電池」を開発するAPB(本社:福井県越前市)。全樹脂電池は、従来のリチウムイオン電池よりも発火リスクが大幅に低減したことによる安全性の高さや、低コスト生産が可能な点が大きな特徴。同社は現在、2026年の大規模量産化に向けた動きを進めており、2023年3月にはサウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコと連携協定が締結され、目標とする世界展開に向けても弾みが付いた。APBの代表取締役CEOの堀江 英明氏に、あらためて全樹脂電池の革新性や技術的なポイントをおさらいしてもらい、全樹脂電池開発に情熱を注ぐ理由でもあるエネルギー問題への思いについても話を聞いた。
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目次
「リーフ」の電池開発に携わった経歴
日産が電池事業売却、研究継続のため起業
製造コストは10分の1以下、リサイクルも容易
2026年の大規模量産化を目指す
水の甕から電気の甕へ

「リーフ」の電池開発に携わった経歴

―全樹脂電池の開発に至った経緯をお聞かせください。

 大学院を卒業後、日産自動車に入社したのですが、率直に言うと、化学が嫌いだった私が自動車の排ガス浄化用触媒の研究チームに配属されました。そこで金属製の触媒保持部材の開発などに携わるうちに、1990年にカリフォルニア州大気資源局がZEV規制を打ち出し、州内で販売される全販売台数の2%を無排出ガス車、つまりEVにするとしたのです。「電気だけで走る車なんて作れるのか」と驚愕しました。

 しかし、その決定の後に、日産がEVの開発をスタートさせたので、かねてから世の中にないものを創り出したいと思っていたこともあって、その開発チームに加えてもらいました。私はEVの心臓部である電池の研究開発に携わることになりましたが、研究を始めたちょうどその時、ソニーさんがリチウムイオン電池を開発したという新聞記事を見つけました。当時、自動車メーカーは、いずれもニッケル水素電池ベースのEV開発を進めていましたが、これはすごい電池かも知れないという勘が働き、ソニーさんに共同開発を申し込んだんです。

―交渉はすぐにまとまったのですか?

 それが全然受け付けてくれなくて、2年間、ずっと断られ続けました(笑)。そこで、社内のある人を介してソニーの大賀典雄社長(当時)に直接連絡していただき、EV用電池の共同開発にこぎつけることができました。以降、こちらからもモジュールの設計に関する提案などを行って実用化に成功し、世界の先駆けとなったリチウムイオン電池搭載車「プレーリージョイEV」や「リーフ」などが世に送り出されました。

 しかし、金属が使われている既存のリチウムイオン電池には、コストや寿命、リユースが難しいといった問題があり、さらに異常時に起きる熱暴走が重大なリスクとなります。電池から電気を取り出す「集電体」に短絡(ショート)や折り曲げ、衝撃、切断などの異常事態が発生した時に、大電流が流れ、発熱・発火事故を起こす危険性があるんです。開発段階でそれが明らかになり、金属製の集電体には限界があるとの認識に至ったため、新たな電池の創出を目指して「バイポーラ(双極)構造」の研究に着手しました。

堀江 英明
代表取締役CEO
東京大学大学院理学系研究科 修士課程(物理学)修了後、1985年に日産自動車に入社。EV・HEV用高性能電源システムの研究開発に携わる。2007年、東京大学人工物工学研究センター准教授、2011年同大生産技術研究所特任教授。2015年、慶應義塾大学政策・メディア研究科特任教授。2018年に次世代型リチウムイオン電池「全樹脂電池」の開発・製造・販売を行うスタートアップAPBを設立。社名は全樹脂電池を意味する「All Polymer Battery」の頭文字を取ったもの。

日産が電池事業売却、研究継続のため起業

―バイポーラ構造とはどのようなものですか?

 1つの集電体の両面に正極と負極の2つの電極を併せ持った構造で、電流が電極に沿って並行に流れる従来型リチウムイオン電池とは異なり、電流が垂直方向に流れます。従来のリチウムイオン電池において、個々の電池(セル)を組み合わせるには、電池の外装体や接続のための配線が必要でした。しかし、バイポーラ構造を用いれば、集電体の表面全体から電流が流れ、セルの層を積み重ねるだけで直列に接続できるため、配線が不要になります。

 また、重ねたセルの中を垂直に電流が流れることにより、通電距離が短くなり、電気抵抗が少なくなるので、電流が流れやすくなります。樹脂は金属に比べて電気抵抗が高く、従来のリチウムイオン電池の集電体に用いることはできませんでしたが、バイポーラ構造にすることでそれが可能になり、熱暴走リスクの低い全樹脂電池が作れるのです。私は20年以上にわたってその研究を続けてきましたが、おかげで今、バイポーラ構造に関する世界の特許の多くをわれわれが押さえています。

―APBを設立された理由は?

 私がバイポーラ構造の研究に取り組んでいた時、日産が電池事業を売却することが決まり、研究の継続が危ぶまれる状況になりました。しかし、今後の社会のエネルギー需要を考えると、従来の電池技術の延長でその需要を賄うことは難しい。未来の社会のために全樹脂電池が貢献できるはずだと考え、起業を決意しました。

―全樹脂電池の特徴やメリットについて、改めてお聞かせください。

 従来のリチウムイオン電池は、正極にリチウム含有金属酸化物、負極にグラファイトなどの炭素材、集電体に銅やアルミ、電解液に有機電解液を用いています。一方、全樹脂電池は、正極・負極、集電体のいずれも樹脂製で、電解液もゲル状の樹脂になっています。この電池セルの層を積み重ねてモジュールにすることで、効率的に電気を取り出せるのと同時に、集電体が樹脂なので短絡が発生しても一気に大電流が流れることもなく、非常に安全性が高い。

 また、電極部材がすべて樹脂であるため、形状の自由度が高いことも大きなメリットです。用途に合わせて自由にデザインでき、セルを大型化することも可能ですので、EVから大規模蓄電池まで様々な製品に展開できます。特に、EVに搭載する場合、電池のスペースが限られますので、全樹脂電池の持ち味を有効に活かせます。従来のリチウムイオン電池は、モジュールにする過程で電池間の接続などのために多くの部品やスペースが必要でしたが、全樹脂電池はそれが不要でスペースいっぱいに電池を敷き詰めることができ、体積当たりのエネルギー密度が格段に向上します。

image: APB

製造コストは10分の1以下、リサイクルも容易

―全樹脂電池は製造工程がシンプルで、コストを抑えられるそうですね。

 それも全樹脂電池の大きな強みですね。従来のリチウムイオン電池の製造工程では、多くの部品の加工・組立が必要な上に、安全性を担保するために、多くの手間をかけなければなりませんでした。例えば、金属部品同士を接合するには溶接しなければなりませんし、バリが残っていると破損・短絡の原因になるので、その処理工程も必要です。30GWhの電池工場を作ろうとすると、建設費だけで何千億円もかかる上に、工場を操業するのに何千人もの従業員を雇わなければなりません。

 一方、全樹脂電池の製造工程は非常にシンプルで、パンにジャムを塗るように基材に樹脂を塗ってセルを作り、それを重ねればモジュールが完成します。余計な金属部材や配線も要らず、印刷と同じ要領でコンパクトなローラーでセルを作れるので、低コストかつハイスピードの製造が可能です。工場の建設費も圧倒的に安くなりますし、全自動でラインを稼働させられますので、人件費も圧縮され、製造コストを従来の10分の1以下に抑えられます。

 また、全自動化により、真空環境の中でセルを製造できるのも大きなメリットです。リチウムイオン電池の最大の敵は水分で、セルが水分に触れることによって劣化が起き、寿命を縮めてしまいます。従来の製造法では、基材に正極・負極の材料になる活物質や導電材を塗った後に、それを乾燥させる工程で溶剤を揮発させるために大気開放しなければなりません。その際に、大気中の水分に触れるので、劣化しやすくなるんです。しかし、真空環境での製造なら水分に触れることもないため、劣化を抑えることができ、電池の寿命を3倍以上伸ばすことが可能になります。

―リユースやリサイクルについては、全樹脂電池を使うことでどんなメリットがあるのでしょうか?

 従来のリチウムイオン電池の製法では、金属の集電体の上に活物質を乗せ、全体をガチガチに固めます。そうなると、例えば使用済み電池のニッケルの正極をリサイクルしたいと思っても、電池を裁断して正極だけを取り出すのがとても大変なので、いったん全部燃やした後、電気を使って回収しなければなりません。またその費用が1キログラム数千円と高額なため、リサイクルの際にも大きなコスト負担が生じてしまいます。それに比べて全樹脂電池は、製造時にガチガチに固めることなく、半固体の製品として使用できますので、分解するのも簡単で、リユースやリサイクルがしやすい製品と言えるでしょう。

2026年の大規模量産化を目指す

―御社の事業の進捗状況と今後の展開について教えてください。

 全樹脂電池の基本的な製造技術はすでに完成しており、量産化に向け、第1工場の福井センター武生工場を2021年に開設しました。現在、同工場でさらなるスケールアップのための技術検討を行っていて、2026年には日本国内に8GWhの大型工場を立ち上げ、国内への製品供給を開始する予定です。

 また、2023年3月にはサウジアラムコと連携協定を締結しました。全樹脂電池素材の共同開発に関わる協業のためのもので、サウジアラムコと共同開発の形で、樹脂素材のさらなる技術革新や生産体制のスケールアップを進めているところです。

 まずは住宅や商業施設、病院などの建物に設置される定置式蓄電池市場に製品を投入し、再生可能エネルギーの蓄電などにご利用いただこうと考えています。近年、定置式蓄電池の販売量は伸びてきてはいるものの、その市場ポテンシャルははるかに大きく、需要をまったく掘り起こせていない状態と言っていいでしょう。今後、再生可能エネルギーは世界の基幹電力になっていきますので、定置式蓄電池はそれを活用するためのキーデバイスになるはずです。

 一方、EV向けの電池は、従来型のリチウムイオン電池のメーカーがしのぎを削っていますが、EVは販売台数がまだまだ少ない上に、自動車メーカーからコストダウンを求められ、厳しい状況になってきています。当社の電池はエネルギー密度が高く、今までより走行距離を延ばすことができるのに加え、低コストで長寿命ですから、今後EVの普及が加速し、さらに高性能な電池が不可欠になった時に本格的に市場参入したいと考えています。

―世界展開については、どのように考えておられますか?

 電池製造のアライアンスメンバーを募り、フランチャイズのような形で事業を広げていきます。従来のリチウムイオン電池に比べ、全樹脂電池の設備投資は格段に安く済みますし、当社がフランチャイザーとなって、電池の製造技術やノウハウをすべて提供し、ライン設計もしますので、オーナーさんの手間やリスクを大幅に低減できます。フランチャイズ方式をとることで、スピード感を持って世界各地で全樹脂電池の生産体制を構築する狙いです。

水の甕から電気の甕へ

―将来的なビジョンをお聞かせください。

 現在、世界で消費されているエネルギーのほとんどは、化石燃料で賄われており、再生可能エネルギーは全体の10分の1に過ぎません。化石燃料は当分なくなることはないとはいえ、これからAIやロボットが発達し、さらに多くのエネルギーが必要になった時、化石燃料だけではその需要を賄いきれません。今後、経済を一層拡大させ、社会を豊かにするには、再生可能エネルギーの普及が不可欠なんです。今、世界では多くの人が貧困に苦しんでいますが、誰もが安価で便利なエネルギーを使えるようなネットワークが構築できれば、貧困問題を改善する一助にもなるはずです。

 人類は数十万年もの間、甕(かめ)に水を貯めてきましたが、われわれが今作っているのは新たなエネルギーネットワークを支える電気の甕です。それをなるべく早く、コストをかけずに増やしていくことで、潤沢なエネルギーが循環する豊かな社会づくりに貢献したいですね。

―未来の顧客やパートナーへのメッセージをお願いします。

 先ほど申しましたように、今後われわれはフランチャイズ方式で事業を世界に広げたいと考えており、必要な技術やノウハウはすべて提供いたしますので、電気の甕を必要とされている再生可能エネルギーなどのエネルギー関連企業や、海外への展開をお手伝いいただける企業の皆さんとアライアンスが組めればと思っています。また、樹脂材料の技術をお持ちの企業ともコラボし、当社の全樹脂電池をさらにブラッシュアップしていきたいですね。ぜひわれわれの事業に参画いただき、より豊かな社会を実現する新しいエネルギーネットワークを一緒に作り上げていきましょう。  



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