目次
・地雷除去の現場から生まれた安全哲学
・無線による安全制御という「不可能」に挑む
・ゲームコントローラーのような主力製品
・インバウンド受注多く「市場に巨大な穴がある」
・日本市場への本格参入へ準備中
・フィジカルAI時代のインフラを目指す
地雷除去の現場から生まれた安全哲学
「人間だけでは解決できない大きな問題に挑みたい」。リーブス氏は、この信念からロボティクスの世界に足を踏み入れた。そして大学在学中の2004年、地雷除去という極めて危険な領域で起業する道を選んだ。
「世界65カ国以上で地雷が深刻な課題となっており、地中には何百万個もの地雷が眠っています。住民が自由に使えない土地が広範囲に存在している状況でした」と、当時の危機感を振り返る。
学生起業家として立ち上げた会社は、従来の地雷除去作業が抱えるリスクと非効率性に着目した。「金属探知機と小さなシャベルで地雷を探し出し、掘り起こす――人々は地面に這いながら、命の危険と隣り合わせで作業していました。まさにロボットを投入すべき理由そのものだったのです」
その会社は米軍の支援を受け、建設機械大手テレックス(Terex Corporation)と提携してロボット化キットを開発。建設車両に地雷除去用アタッチメントを装着し、自律走行させるシステムを構築した。
しかし、そこで新たな安全上の課題に直面する。「重量1万ポンド超の大型機械がソフトウェアで制御され、運転席に人間がいない状態で、人の近くを作業する――これらが組み合わさると極めて危険な状況になります」。この問題意識こそが、後のフォート・ロボティクス創業へとつながっていく。
無線による安全制御という「不可能」に挑む
産業機器が自律化する中で、リーブス氏は従来とは異なる角度から安全課題の解決に挑んだ。業界では長年、無線による安全制御は『不可能』とされてきた。その理由は、ネットワークの信頼性にある。
「世界最高水準の5Gネットワークでも信頼性は99.9999%に過ぎません。しかし、安全制御システムには99.99999999%以上が求められます」
多くの企業がネットワークそのものを高性能化しようと試みて断念する中、フォート・ロボティクスは発想の方向を変えた。「私たちはシスコでも、エリクソンでも、NTTドコモでもありません。無線技術そのものを再発明することはできませんが、ネットワークの状態を極めて厳密に診断し、接続が安全に使える状態かどうかを判断することは可能です」
こうした考え方から同社が生み出したのが、独自の「オーバーレイネットワーク」だ。既存のWi-Fi、LTE、Bluetoothといった無線通信に安全レイヤーを被せることで、安全制御信号の送信を実現する。「既存ネットワークを活用し、その上に安全層を提供します。たとえネットワークが安全制御に必要な水準に届かなくても、緊急停止や機械制御といった重要な信号を確実に届けられるのです」
image : FORT Robotics Pro Series Products
ゲームコントローラーのような主力製品
フォート・ロボティクスは、独自のオーバーレイネットワークを活用し、自律型ロボットや産業機械向けにワイヤレス制御プラットフォームを提供している。システムは人が操作するリモートコントローラーと、機械側に取り付ける通信・制御ユニットによって構成され、既存の機械制御システムと組み合わせて安全な制御環境を構築する。
主力製品の1つである「セーフ・リモート・コントロール(Safe Remote Control)」は、一見すると家庭用ゲーム機のコントローラーのようだが、防水・防塵・耐衝撃性を備えた産業用仕様のリモートデバイスだ。建設機械や農業機器、倉庫ロボット、ヒューマノイドロボットなど、移動式・自律型・再構成可能な機械であれば分野を問わず操作できる。
「防水、防塵、耐落下性に対応し、安全制御に必要な操作機能を搭載しています」とリーブス氏は説明する。
もう1つの主力製品「ワイヤレス・Eストップ・プロ(Wireless E-Stop Pro)」は、身に着けて持ち運べる無線式の緊急停止装置で、危険な事態が発生した際に安全な距離から機械を停止できる。
これらのデバイスの導入管理を支えるのがクラウドサービス「フォート・マネジャー(FORT Manager)」だ。デバイスのペアリングを容易にし、ハードウェアとソフトウェアのサイバーセキュリティを確保する。導入プロセスもシンプルで、「1時間以内に統合を完了し、すぐに使用を開始できます」とリーブス氏はその手軽さを強調する。
価格設定も導入しやすさを意識している。コントローラーは2,000〜3,000ドル、機械側の制御ユニットは3,000〜4,000ドルで、大量購入時の割引にも対応する。また、フォート・マネジャーの基本機能はハードウェアに付属し、追加のデータストリームやAPIアクセスが必要な場合のみサブスクリプション料金が発生するモデルとなっている。
image : FORT Robotics FORT Wireless E-Stop
インバウンド受注多く「市場に巨大な穴がある」
2025年10月時点で、フォート・ロボティクスは40名規模ながら、すでに650社以上の企業へ製品を提供している。注目すべきは、その大半がウェブサイトを経由したインバウンド問い合わせによって獲得されている点だ。
「これは市場に巨大な穴があることを示しています」とリーブス氏は語る。同社の成長スピードも際立つ。売上は2024年の700万ドルから2025年には1,400万ドルへと倍増し、ロボティクス分野ではすでに大手企業クラスの規模に到達しつつある。
顧客層の幅広さは、同社技術の汎用性を裏付ける。「ボストン・ダイナミクス、ホンダの作業現場ロボット、アマゾン、『ジョン・ディア』ブランドで知られるディア・アンド・カンパニー、キャタピラーなどが顧客です。また、日本の大手建設機械OEM2社とも取引しています」とリーブス氏は主要企業を挙げる。
さらに、アジリティロボティクス(Agility Robotics)やアプトロニック(Apptronik)といったヒューマノイドロボット企業、ロッキード・マーティン、BAEシステムズ、ゼネラル・ダイナミクス、オシュコシュ(Oshkosh Corporation)など、主要な防衛企業も顧客として名を連ねる。
適用範囲は、移動式・自律型・再構成可能な機械を用いるあらゆる業界に及ぶ。倉庫、製造、建設、農業、鉱業、芝生管理、物流、ラストマイル配送、防衛産業など、多様な現場で導入が進んでいる。
日本市場への本格参入へ準備中
フォート・ロボティクスは現在、日本市場への本格的な参入に向けて準備を進めている。技術面では、日本特有の無線規制に対応する新たな技術を開発した。「日本の無線規制に適したLong Range Bluetoothで製品を動作させられるようになりました。現在は日本で販売するための技適マーク取得を進めています」とリーブス氏は説明する。
同氏は日本における需要拡大にも期待を寄せる。「日本では産業分野の自動化が大きく成長しており、その一翼を担いたいと考えています」と語り、ターゲットとしてホンダ、コマツ、日立、クボタ、ヤンマーなど、日本の主要な機械OEMを挙げた。
想定する協業モデルは幅広い。機械メーカーや産業自動化システムインテグレーター、大規模ロボットのエンドユーザーとのパートナーシップなどだ。「移動式でAI駆動、再構成可能な新タイプの機械に安全性を提供する方法を、産業自動化システムインテグレーターは検討すべきです。無線安全技術は、こうした課題に横断的に対応可能です」とリーブス氏は語る。
フィジカルAI時代のインフラを目指す
中長期的なビジョンについて、リーブス氏は壮大な構想を描いている。「我々のビジョンは、人間と機械がともに生産的に働ける世界を実現することです」
技術的には、フィジカルAI(物理的なAI駆動システム)向けの汎用ビルディングブロックの創出を目指している。
「ロボティクスはフィジカルAIの一種ですが、AIは移動するあらゆるものに浸透しています。AI+移動=フィジカルAIです。そのプラットフォーム構築に必要なコア技術は安全性であり、だからこそ我々は安全制御から始めました」
次期の製品開発では、ビデオストリーミング機能と安全認識機能の追加を予定している。
「我々は優れた制御を行いますが、その理由を知る必要があります。コンテキストが必要であり、そのためにセンシング機能を追加します」
同時に、事業モデルの拡張も進める。現在の機械メーカー向け販売に加え、機械使用者への直接販売も開始する。
「大規模な運用では、複数の会社の多数の機械を使用します。全体の安全と制御を維持する方法が必要です。これが次のステップです」
最後にリーブス氏は、日本市場への強い期待を込めてこう語った。
「日本は人口動態の課題があり、自動化という解決策を見つけています。人間と機械の協働作業現場が最も安全で生産性の高い作業現場であることを日本は理解しているのです。我々の安全制御プラットフォームが、この日本のビジョン実現に貢献できると確信しています」
image : Fort Robotics HP