新型コロナウイルスのパンデミックやロシアのウクライナ侵攻、グローバル規模でのサプライチェーンの不安定化など世界の不確実性が増す中、米国有数のベンチャーキャピタル、General Catalyst(ゼネラル・カタリスト)は「グローバルレジリエンス(危機への耐性)」を軸に、次世代を形作っていくべきだとの展望を示している。TECHBLITZは来日したゼネラル・カタリストのCEO兼マネジングダイレクターのへマント・タネジャ(Hemant Taneja)氏に単独インタビューし、新しい世界を再構築していく上で鍵となるマクロトレンドや、80億ドル規模の最新ファンドの使い道などについて聞いた。

目次
ゼネラル・カタリストが注目する2つのトレンド
「人間」と「AIエージェント」の両輪が標準になる
投資対象としての日本をどう見るか
80億ドル規模の最新ファンドは「真にグローバルに」

ゼネラル・カタリストが注目する2つのトレンド

―AI時代に突入し、世界が驚異的なスピードで変化していると感じます。ゼネラル・カタリストが今の世界をどう捉えているのか、軸となる視点を教えてください。

 ゼネラル・カタリストが特に注目している大きなマクロトレンドが2つあります。それは、「グローバルレジリエンス(危機への耐性)」「AIの進化」です。

 グローバルレジリエンスとは、「防衛」「ヘルスケア」「エネルギー」「工業」「フィンテック」など国の根幹となるような重要な産業において、各国がいかに自立性を高めるかを模索する考え方です。このグローバルレジリエンスを司る分野で、どのようにして世界的なリーダー企業を構築しつつ、各国の主権ニーズを満たすかが重要です。

 分かりやすい例で言うと、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が挙げられます。パンデミックを振り返ると、ワクチン供給が始まった初期の段階では、ワクチン開発能力がない国々は米国製などのワクチンが自国に割り当てられるのを待つしかない状況でした。次に同じような事態が発生した場合、どの国も再び同じ状況に陥りたくないはずです。このように各国は、自国民を自国で守れる能力を求めています。

 今まさにヨーロッパで起きているエネルギー問題も同じことで、欧州各国はいかに自給自足でこの問題を解決するかに知恵を絞っています。また、戦争で言えば、AIや軍事用ドローンの登場で戦争の形態が根本的に変化しており、全ての国が他国に依存せず自国で能力を構築したいと考えています。だからこそ私たちは、防衛戦略の一環として、こうしたビジネスを構築する企業への投資を進めているのです。

注目しているマクロトレンドは「グローバルレジリエンス」と「AIの進化」だと語るタネジャ氏(TECHBLITZ編集部撮影)

―AIに関しては、具体的にどのような側面に注目していますか?

 ゼネラル・カタリストがAIに期待を寄せているのは、「労働力の変革」(Workforce Transformation)を支える役割です。ポイントは、あらゆる産業において「その産業に特化した言語モデル」を作ること。ヘルスケア特化の言語モデル、製造業特化の言語モデル、メディア特化の言語モデルなど、これらをどのように構築するかを考えています。今まさに、そのためのスタートアップを育てている最中です。

 労働力の変革のもう一つの側面として、企業の各部門に「AIファースト」を取り込んでいくかも重要です。AIファーストのコールセンター、AIファーストのマーケティング、AIファーストの人事といった具合ですね。労働力の変革が進んでいく中で、業界の最前線を目指す起業家たちを見つけ出し、彼らと一緒になってこれらの分野に影響を与えていくことを目指しています。

Hemant Taneja
CEO & Managing Director
米マサチューセッツ工科大学にて、コンピューター工学や生物学など5つの学位を取得。2002年よりアントレプレナー・イン・レジデンス(客員起業家)としてGeneral Catalystに参加。Stripe、Samsara、Snap、GitLab他、市場をリードする多数の企業に初期投資をした。現在はCEO兼Managing Directorを務める傍ら、投資先企業の役員、非営利団体Responsible Innovation Labs、Advanced Energy Unitedの共同設立者兼会長、米ノースイースタン大学とスタンフォード大学医学部の評議員なども務める。シリコンバレーにあるイノベーション教育に特化したKhan Lab Schoolの設立メンバーでもある。

「人間」と「AIエージェント」の両輪が標準になる

―AIが労働力という概念そのものに大きなパラダイムシフトをもたらすわけですね。これから各産業でAI導入が加速していくと思いますが、その過程で留意すべき点はありますか?

 AIが各産業を再形成する真の推進力になることは、もはや疑いの余地がありません。しかし、各産業においてAIをどのように導入するべきかは要検討事項です。「パイロット」として完全に信頼され、意思決定を独立して行えるようにするべきなのか。それとも、「コパイロット」として人間の意思決定を補助するツールとするべきなのか。

 例えば、ヘルスケア分野では収益サイクル管理のような業務はAIが完全に主導してもいい領域です。実際、すでに多くの企業が導入しています。しかし、人間の健康状態を診断する場合、AIだけに意思決定を委ねたくありませんよね。十分な信頼を得られない限り、AIは補助的な役割であるべきです。パイロットか、コパイロットか。ここに関しては、しっかりとした意図を持って取り組んでいます。

 いずれにしても、私達は10年から15年後には全ての組織が「人間」と「AIエージェント」という両方の“労働力”を持つようになると考えています。仕事の進め方が大きく変化するでしょう。この変化がどのように進行するのか、企業文化にどう影響どう影響するのかなどを考えることは非常に重要です。

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―2022年11月30日にOpenAIがChatGPTを公開して以来、2年間余りが経ちました。AIを取り巻く環境は今どのように変化し、今後どのように進んでいくとお考えですか?

 現在、多くの資金が言語モデルやAIインフラの構築に注がれていますが、これらは時間とともにコモディティ化する運命にあります。例えば、あるAI言語モデル企業が新しいモデルを発表した場合、次に出てくるモデルはコストが10分の1、あるいは100分の1に下がっていくでしょう。つまり、これらはどんどん安価になっていきます。だからこそ大切なことは、どの分野、どのビジネス課題にAIを適用すべきかを考え、それに基づいて企業を作り上げ、変革を進めることに集中しています。これがベンチャーキャピタルとして最も適したアプローチだと信じています。

「言語モデルやAIインフラはコモディティ化する」とし、「どのビジネス課題にAIを適用するかが大切」だと話すタネジャ氏(同上)

投資対象としての日本をどう見るか

―グローバルレジリエンス戦略を世界で進めていく中で、投資対象としての日本をどのように見ていますか?

 ゼネラル・カタリストのグローバルレジリエンス戦略にとって重要なのは、各地域で現地のパートナーと連携し、その地域ごとのビジネス機会を理解することです。インドを見てみると、さまざまな産業で新たなイノベーションや成長が大規模に起きています。医療システムが構築され、エネルギーインフラが整備されており、高成長の機会があります。だから、私たちはインドでそのような企業を支援し、構築する方法を模索しています。

 ヨーロッパの場合、中国からの競争的な圧力を受けている産業、例えば自動車産業の保護方法を検討しています。同じように、日本には日本特有の課題と機会があるはずです。労働力の変革やAIを活用した生産性の向上は、日本で非常に大きな可能性を秘めています。日本の大企業のポテンシャルは高く、我々のポートフォリオ企業とパートナーシップを結べば、きっと産業全体の変革を実現できると考えています。特にエネルギー、製造業、ロボティクス、半導体などの分野を有望視していますね。

 日本市場は言語の壁がしばしば俎上に上がりますが、AIの翻訳機能は非常に高性能です。英語で開発されたAIソフトウェアを、他の言語にも簡単に対応させることができますし、逆もまた然りで、日本で開発されたAIソフトウェアがあれば、それをグローバルに利用可能にすることもできます。これによって、ある地域で構築されたソフトウェアを別の地域で効果的に活用することが可能になるわけです。ソフトウェア部門を活性化させられる可能性があります。

 また、AIのイノベーションを日本の大企業と連携させることで、これらの企業にイノベーションを起こすことも可能です。このような「イノベーション回廊(Innovationn Corridor)」を作り出すことは非常に大きな可能性を秘めています。私たちはすでにアメリカとインドの間でこれを行っていますが、日本も巻き込んで協力体制を構築する方法を模索しています。

―アメリカ、インド、日本を結ぶ「イノベーション回廊」は非常に興味深い構想です。この3カ国間でイノベーションの相乗効果を狙っていく場合、どのような分野であれば強みを発揮できるでしょうか。

 特に興味を持っている分野は、ロボティクスとエネルギーです。例えば、アメリカと日本のロボティクス産業において、今後10年から15年で大きな進化が期待されています。ロボティクス分野向けの言語モデルに関するAIの研究が進んでおり、それを製造業やサプライチェーンと結び付ける必要がありますが、ここに日本の強みが活かせるでしょう。

 もう一つはエネルギーです。エネルギーシフトはグローバルな現象であり、日本にはその転換を支える能力を持った技術者が数多くいます。これらの企業とパートナーシップを結ぶことで、エネルギーシフトを促進できる可能性があると考えています。

ゼネラル・カタリストのポートフォリオ企業例(ゼネラル・カタリスト提供)

80億ドル規模の最新ファンドは「真にグローバルに」

―ゼネラル・カタリストは2024年10月に80億ドル規模の12号ファンド設立を発表しました。世界有数の規模のファンドですが、どのような使い道をお考えですか。

 最新ファンドについては、先ほど申し上げたグローバルレジリエンスとAIというマクロトレンドへの資本配分を大きく考えています。そのため、今回はよりグローバルなアプローチを取っています。ご存知かもしれませんが、ゼネラル・カタリストは近年、ヨーロッパとインドのベンチャーキャピタルを買収しました*。これにより、各地域で野心的な起業家と現地でパートナーシップを結ぶことが可能となりました。

 現在、ロンドン、ベルリン、ミュンヘン、インドのデリー、バンガロールに拠点があります。米国ではシリコンバレーに加え、ボストンとニューヨークにも事務所があります。今回の12号ファンドを通じて、真にグローバルな視点をもって取り組んでいくつもりです。

*ゼネラル・カタリストは2023年10月、ドイツのLa Famiglia(ラ・ファミリア)と提携すると発表。2024年6月にはインドのVenture Highway(ベンチャー・ハイウェイ)を統合すると発表した。

―世界を取り巻く状況をどのように見ていますか。また、その中でベンチャーキャピタルが果たすべき役割は。

 現在、世界中で「ポピュリズム」の台頭が見られます。私の考えでは、テクノロジーが多くの人々を取り残してしまったことが一因です。テクノロジーは社会に生産性の向上をもたらしましたが、その恩恵は非常に限られた企業に集中してしまいました。その結果、多くの国民がその恩恵を受けられず、社会全体として包摂性に欠ける状況になりました。これが現在、各国で選挙の結果や政策に表れています。例えばアメリカの選挙では、「アメリカ・ファースト」を支持する声が圧倒的でしたが、こうした自国第一主義はフランスやドイツ、インドでも同様の傾向が見られます。

 このような状況下で、各国が自国に活気あるレジリエンスをもたらすグローバル企業をどのように構築するかが問われています。これは、ベンチャーキャピタル業界が俯瞰的な視点を持って取り組むべき課題です。現地パートナーとの協力、政府との連携、現地のニーズに応じた製品やサプライチェーンの構築などが必要です。繰り返しになりますが、このグローバルレジリエンスというマクロトレンドが、次世代のマーケットリーダーを形作る新しい潮流を生み出しています。

※ゼネラル・カタリストCEO単独取材・後編では、ゼネラル・カタリストと他のVCとの差別化要因やタネジャ氏の横顔などに迫ります。お楽しみに!



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