Infleqtion(本社:米コロラド州)は、量子力学を利用した製品を開発するディープテック(Deep Tech)の企業だ。量子技術として小型化が可能な「冷却原子方式」を採用し、米国防総省やNASA、英国防省などの顧客に量子コンピューティング、センシングなどのプロダクトを提供してきた。国際市場への拡大意欲を示しており、日本市場向けには住友商事とパートナーシップ契約を結んでいる。同社CEOのScott Faris氏に、事業内容や戦略を聞いた。

政府機関向けに量子デバイスのプロトタイプを開発してきた企業が商用化に挑む

――CEO就任までの経歴を教えてください。

 私の経歴は、金融業界、ベンチャーキャピタル業界から始まりました。あるファンドで働いたとき、学術研究機関と協力するというユニークな機会を得ました。大学や民間企業の優れた技術をライセンスし、それに関わる企業を投資家として立ち上げる仕事をしていたのです。

 その後は主に企業の経営側に立ってきました。多くの場合、研究機関から生まれたハイテク企業やハードウェアベースの企業の経営者を務めました。私自身の主な仕事は、先駆的な研究による技術をもとに、スケーラブルな商業企業へと会社を発展させることです。

Scott Faris
CEO
ペンシルベニア州立大学(Penn State University)で経営情報システムを専攻。1985年にベンチャーキャピタルからキャリアをスタートし、大学や民間企業の優れた技術をもとにした企業設立に携わる。その後はハイテク、ハードウェア関連企業の経営者としてキャリアを重ね、2021年にColdQuanta(2022年11月末に現在のInfleqtionにリブランディング)のCEOとなる。

 私がColdQuanta(以前の社名はColdQuanta、2022年11月末にリブランディングして現在のInfleqtion)に参加したのは、あらゆる側面において、量子に関わる機会があまりにもエキサイティングだと思ったからです。

 量子技術や量子の能力が、世界を直線的な世界から指数関数的な世界へと移行させるというメリットを感じています。これは非常に変革的なことで、人間にとっても変革的なこととなるでしょう。人類は、社会が直面する最も困難な問題のいくつかを解決するために、この技術を使えるのです。この技術は、経済的にも国防としての安全保障にも影響します。つまり、私たちの未来に影響を与えるものなのです。私にとっても大きなチャンスだと考えました。

――Infleqtion、旧ColdQuantaは創業からどのような活動をされてきましたか。

 ColdQuantaは2007年に設立されました。最初のビジネスモデルは、主にアメリカ政府に研究サービスを提供することでした。国防総省などに量子コンピュータやセンサーといった量子デバイスのプロトタイプを開発・提供してきました。

 私たちの戦略のひとつに、量子技術を研究している機関との提携もあります。問題を解決するためには、世界で最も優秀な人たちが力を合わせなければならないと考えているからです。現在はアメリカだけでなく、英国やオーストラリア、日本の機関にも関係を広げています。そして、聡明な人たちの素晴らしい研究をどのように商業市場に展開するかという課題に取り組んでいるのです。

原子を量子ビットに採用することで、小型化・低コスト化に成功

――どのようなプロダクトを提供していますか。

 私たちの製品は量子プロセッサー、量子コンピュータ、量子センサーなどがありますが、すべて同じ技術で作られています。最初に注目したのは原子光時計です。今の世界はGPSシステムによる時刻配信に依存していますが、この時刻配信が乱れる可能性があり、精度が不十分だという課題があります。そこで、非常に小型でコスト効率が良く、精度の高い時計を作り、この課題を解消しようとしています。時計の次の製品として、量子電波受信機や量子コンピュータの商用化の研究もしています。

 私たちの技術の背景には「冷却原子」と呼ばれるものがあります。量子デバイスを作るには、さまざまな方法があります。IBMは超伝導方式を用いた量子コンピュータを開発しています。イオン・トラップ方式を使う企業もあります。私たちは原子を使います。

 量子コンピュータで扱われる情報の最小単位である量子ビットをいくつも必要とする場合、それらがすべて同じサイズでなければなりません。そのため、私たちは原子を量子ビットに採用したのです。原子はよく理解されていますし、母なる自然は原子をすべて完全に同じにしてくれます。そして、それらを管理する方法として、効果的にレーザーを照射して冷却し、安定させます。

 このように、私たちのテクノロジーは非常にシンプルです。センサーからコンピューター、量子メモリーまで、私たちが作るものはすべて原子をレーザーで撃つというアイデアに基づいて作られています。量子ビットを発明する必要がなく、存在するレーザー技術や光学技術によって原子を閉じ込めるもので、エネルギーもさほど必要ありません。製品のサイズをコンパクトにできますし、使用する原子の数も制限はありません。超伝導やイオンの場合はこのような特性はありません。

Image: Infleqtion

――御社のプロダクトが活躍する分野を教えてください。

 私たちは、長年にわたって、さまざまな政府機関のパートナーのために原子光時計の研究を行ってきました。政府のパートナーはこれに非常に満足しています。おそらく、どの企業よりも多くの量子時計を製造してきたと思います。そして今この技術の商用化を進めていますが、通信ネットワークの効率化に貢献するでしょう。ワイヤレスネットワークや衛星ネットワーク、データセンター内でも活躍すると考えています。

 たとえば、銀行では取引の度にデータベース中にトランザクションが作成されます。すべての取引にはタイムスタンプが押されます。巨大なコンピューターや、世界中のあらゆる取引がタイムスタンプを必要とします。それらを効率的にできる時計なのです。

 時間管理の分野では、世界で最も正確な時計は机ほどの大きさで、購入と年間のメンテナンスに何十万ドルもかかります。全米でも十数個しか設置されていません。一方、当社の原子光時計は、スマートフォンの2倍ほどの大きさで、数千ドルで販売する予定です。これまでに作られた最も正確な時計と同じレベルの精度です。正確な時計を小さく、誰もが使えるコストにして提供したいのです。

 企業としての戦略は、「エッジからリードしたい」というものです。私たちの構想では、この時計は、たとえば、すべてのデータセンターに1つ設置されると考えています。グローバルに展開すれば、最高の時刻管理装置を世界中に配備することができるでしょう。他社と違って、小さく作ることができる技術があるからです。

日本を含め、グローバルに量子プロダクトの商用化をリード

――2022年11月にはシリーズBラウンドで1億1000万ドルの資金調達をしましたね。今後の戦略を教えてください。

 今後1年間は、先ほど申し上げたように、原子光時計の商用化を推進します。2023年の第1四半期には、いくつかの発表をします。量子コンピュータの開発もかなり進んでいて、その進捗状況も公表する予定です。量子電波領域の研究成果もお伝えできるでしょう。例えばラジオ放送やテレビ放送の受信が原子レベルでできるようになります。電波のためのアンテナを原子レベルで作ることができるのです。現在、携帯電話の電波塔があちこちにありますが、それらを取り除き、スマートフォンほどの大きさのものですべての仕事をこなすことができるようになると考えています。

 プロダクト開発のほかに、適切なパートナーとの契約もすすめています。日本では住友商事と信頼関係を築きながら代理店契約を結ぶことができ、非常に幸運だと感じています。代理店だけでなく、開発パートナーも探しています。日本には光学とエレクトロニクスを結びつける技術を持つ企業がたくさんあります。レーザーや光学機器を製造している企業は、私たちにとって本当に重要な存在だと考えています。

Image: Infleqtion

――量子コンピューティングは技術的課題が多い分野だと思いますが、御社の長期的なビジョンをお聞かせください。

 グローバルな量子企業になることです。エンドユーザーに量子技術のシステムやサブシステムを提供するサプライヤーになりたいと考えています。他の量子関連企業にも部品やコンポーネントを供給しています。例えば、量子コンピューティングの分野で競合他社のソフトウェア・プラットフォームを開発しています。このように、私たちはグローバル企業として、自社製品だけでなく、他の量子システムにも機能を提供しています。

 アメリカ、イギリス、オーストラリアに拠点を構え、2023年には日本にも社員が誕生するでしょう。4カ国で事業を展開する量子技術専門の企業は私たちだけだと思います。

 多くの人が、量子技術の普及は遠い未来だと考えていると思います。特に量子コンピュータは最も複雑なので、多くの人が思っていたよりもずっと先の未来にあるのです。しかし、今すぐにでも使える量子技術はたくさんあります。原子光時計はその一つです。センサーなどの量子デバイスも近いうちにヘルスケアなどに利用されるようになるでしょう。量子デバイスの面白いところは、性能が2倍、100倍になるということではありません。10万倍、場合によっては100万倍良くなるのです。



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