2022年は激動だった
激動の2022年が終わり、混沌とした中、2023年に突入―。2020年に拡散したCOVID-19から始まった世界的パンデミックをきっかけに、混乱をきたした2020-2021年を経て、2022年は明確にリセッションに入った年であった。そんな2022年を振り返りながら2023年を予測してみる。
私自身、2004年からシリコンバレーの地にてベンチャー投資を行ってきているが、今回の混乱は想像を超える影響であり、気を引き締める大いなる変化となっている。政府介入による表面的な景気の上振れに翻弄され、2021年は多くのアセットクラスがリターンを産み、加えてベンチャーキャピタル(VC)業界におけるドライパウダー(ファンド総額のうち、まだ投資を行なっていない投資余力額)の積み上げにより投資も活況で、振り返るとバブルだった状況だった。(Exhibit 1)
Image:DNX Ventures
比べて2022年は、ロシアによるウクライナ侵攻を皮切りに、継続されるサプライチェーンの未解決、半導体不足、利上げとインフレにより、米国金融市場は急激なブレーキが全般的にかかり、ベンチャーキャピタル含むほぼ全てのアセットクラスのパフォーマンスがネガティブに反転する。つまり2021年のバブルが2022年に破裂したと捉えられる。(Exhibit 2)
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ただ、一般的なニュースでは見えてこないベンチャー業界の内側での指標に目を向けてみると、いかに2021年が異常値であったかが浮き彫りとなり、よって2022年が短期的にネガティブに映るが、長期的には依然として上昇指向である状況であることが見え隠れする。
ベンチャー企業が目指すExitは大きく分けて上場と買収が存在するが、日本市場におけるスタートアップのExitの約8割が上場(IPO)であるのに対し、米国のスタートアップの約7割は買収されるExitとなる。2022年上半期までの米国VC投資によるスタートアップの買収状況を見ると(Exhibit 3)、少なくとも2021年とあまり変わらないペースではあったが、その後、大幅に減少したIPOやバイアウトも含めた全てのExitの2022年の結果を見ると(Exhibit 4)、突発的に増加した2021年のExit件数、Exit総額から2022年は振り戻されていることが良くわかる。
ただし、スタートアップが市場に提供する価値が継続的にあることを信じるVCとしては、長期的な視野で見ればExitとして増加傾向であると捉えており、長期トレンドラインに沿ってExitは(ある程度のUpDownはあっても)発生し続けると思っている。
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このように長期的にはExit環境なども標準値に戻ると期待されつつも、VCと起業家が会話をする現場での温度感はよりシビアだ。ボード(取締役会)の場においてはこのリセッション時代を生き残るための、様々な議論やアドバイスが飛び交う。前回の寄稿で紹介したSequoia Capitalのレポートは業界に大きな影響を与え、多くのVCや起業家は参考にしていた。
弊社(DNX Ventures)においては現在米国、欧州においてスタートアップ60社の投資先を抱え、24社のボードに関わっており、全投資先企業に対して積極的なコスト削減と共に24カ月の運転資金の確保、運転資金がそれ以下の場合は早急に資金調達に奔走、過度な投資を避け自社の強みへの集中を促す1年であった。多くの投資先がオフィスを解約し、フルリモートになった年でもあった。
このようなLayoffは業界全体に加速しており、Q2-Q4/2022では13万人近くが解雇されており、COVIDに対する一時不安的な対応であったQ1-Q3/2020での8万人解雇とは違い、より多くの企業がLayoffに取り組んでいる。今回(Q2-Q4/2022)は長期的リセッションに備え、より多くの企業が大規模にLayoffに取り組んでいる傾向がグラフからも読み取れる。(Exhibit 5)
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企業統治、ガバナンスの重要性
2022年はスタートアップ業界においてもCoporate Governance(企業統治)の重要性を再認識させられた年でもあった。
シリコンバレーのヘルスケアスタートアップであったTheranos社が2015年に、根幹の血液検査の技術が虚偽であることが暴露され、最終的に2022年11月に投資家に対する詐欺罪として元Founder / CEOであったElizabeth Holmesは11年の実刑判決が下された。
2003年創業のTheranos社は1000億円以上の資金調達を実現し、出資者にはニューズ・コーポレーションのルパート・マードック(Rupert Murdoch)会長、ウォルマート(Walmart)創業家のウォルトン家のメンバーなどが含まれ、一時期は1兆円を超える時価総額として評価され、Elizabethは医療業界の寵児としてもてはやされた。
同時期に、暗号資産交換所の最大手の1社であったFTX社が2022年11月に突然の破綻となり、まだ全貌が明らかになっていないが1兆円以上の被害になるとも言われている。
Theranos社とは違い、VC最大手のSequoia Capital ($213M、約276億円投資)、New Enterprise Associates、IVP、SoftBank Vision Fund、Lightspeed Venture Partners、Insight Partners、Tiger Globalといった大手VCが投資していたにもかかわらず、投資家が外部取締役の席につくことなく、約$2 billion(約2,600億円)が同社に投資された事は、恐らくFOMO (Fear of missing out: 参加しない事による機会損失に対する恐怖)が投資意思決定をドライブしてしまったのだろうと私は想像しつつも、Corporate Governanceの薄さは同業者として悔やまれる。
いずれのケースにしても、VC業務におけるDD(投資調査)の大事さ、Corporate Governanceの必要性が大きな話題となり、VC業務におけるそれらの重要性が大きく議論された。
VCの投資ペースの鈍化
VCファンドの多くは機関投資家(年金基金や大学基金等)からの資金供給で成り立っている。ここ数年、急激なVCファンドへの投資が加熱したこともあり、ドライパウダーが積み上がってきており、投資加熱気味だった市場がいよいよ鈍化してきている。
背景には機関投資家内でのアセットクラスのバランスがあり、彼らの多くは基金のうち、40-50%をGlobal Equityに、約10-15%をVCやバイアウトを含むPrivate Equiy(PE)に割り振る事が多い。上場、プライベート共にテック企業全般の企業価値の圧縮は起こっているが、上場市場での価値の圧縮に比べ、未上場市場スタートアップでの価値圧縮が少ないので、機関投資家らがアセットバランスの戦略変更をしない限りは、彼らの上場市場の持分価値の低下が結果的にPEアセットクラス比率の上昇につながる。
よって、新たなるPEへの投資は控え、従来のバランスを求める動きに転じる。このような動きにより機関投資家はVCへの投資は慎重になり、経験と実績のあるVCを中心としたファンドへのLP投資を好む傾向が出てくるために、未経験 / 経験の浅いファンドマネージャーはファンド立ち上げに苦労し、Tier1VCのファンドにはより集まり巨大化するという事象が発生する。
上場市場の圧縮が連鎖的にVCファンドへのLP投資が鈍化(Exhibit 7)、巨大ファンド以外のVCはスタートアップへの投資速度が鈍化する。特に、上場市場に近いLateStageでの投資モメンタムは急激に減速、徐々にその波紋はEarly Stageに広がっている。(Exhibit 8)
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一方で、前回の寄稿でも触れたが、不況時にSlackの様な革新的な企業が生まれるのも事実。その背景はタフな起業家、明確なROI価値のプロダクトと説明したが、そこにもう1点どのような投資家の種別や規模が存在するか、という背景も影響がある。
SlackはAccel、a16z、Social Capital、GV、SoftBank Vision Fundと素晴らしい投資家が名を連ねる。いずれも大型のファンド(多くは$500M+)を運用しており、彼らが業界平均を超えたSlack社の各ラウンドの資金調達額を支え、潤沢な資金で攻めの経営が進められ、他社の追随を許さなかった。
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つまり、VCへの資金供給が減少すると、ドライパウダーが急激に先細り、VCにおけるスタートアップへの投資検討はより厳選される。スタートアップの提供価値はリセッション時にはより「必要」とされるペニシリンでなければならない。VCも攻めの姿勢から守りに入ると、「J-Curve的な過度な投資で一旦大きく沈むが、多額の資金投下と共に失敗を許容しながら成長する」というモデルは減少傾向となり、より早いBreakevenや高い利益率を求め始め、次なる資金調達をより確実なものにするための布石を打つ戦略へとシフトする。
一方で、以前より数は少なくなったが、Sequoiaなどの巨大ファンドは引き続き巨大な投資を行う余力はあるために、メガ級のラウンドを実現することが可能となる。
Slackでの資金調達を振り返るとわかりやすいのだが、Slack社が設立当初のゲーム事業からコラボレーションツールにPivotした2013年末以降の資金調達を見てみると、業界平均の調達額とは桁外れであることがよくわかり、彼らの爆発的成長を支えたのがよく分かる。(Exhibit 9)
20xのピークは7xに「戻る」
2022年、米国上場市場のSaaS企業のRevenue Multiple(Median Enterprise Value/ Next Tweleve Month Revenue)は、ピークの20x から5.7xに圧縮され(Exhibit 10)、加えて先に述べたVCのドライパウダーが今後減少されることが重なると、2023年はVCによる投資はより慎重姿勢になり、投資時のValuationも圧縮される方向に向かう。起業家にとっては今年も資金調達はタフな時期が続くと思われる。
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CVCの立ち位置と日本企業の機会
一方で、一般的なVCのペースがスローダウンする中、CVCのプレゼンスは上がってきている。(Exhbit 11)
ここ10年でCVCの米国ベンチャー投資案件に参加する割合は年々増えており、数年前と比べると約2倍の20%のDealにおいてCVCによる参加がされている。Financial VCの投資ペースが揺れ動く2023年に、事業会社による投資業務がブレずに行われることができるのであれば、スタートアップのイノベーションを支える大きな存在になる可能性を持っている。
個人的にはシリコンバレーでの日本企業の進出が近年良いペースで増えており、CVC活動の中でも日本企業の名前が出てくるようになってきているので、これを機にさらに日本の事業会社の活動に拍車がかかり、スタートアップにとって頼もしい存在になることに期待したい。
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セクター動向
多くの分野の動向をコメントする余白はないので、3分野ほど気になった業界の動向に関してコメントすると:
メタバース
2022年はメタバースやweb3が非常に話題になった年でもあったが、前職にてLinden Labs(SecondLife)に投資をしていた私としては非常に思い入れのある領域であると同時に、メインストリームになることの難しさを理解している。
同領域がエンターテイメントの延長ではあるものの、企業や人の生活に「必要」となり、抜本的に何かを「改善」するには至っておらず、メインストリームになるにはまだ時間がかかると思われる。
FTX事件も含め、web3関連に関するネガティブなニュースが続き、浸透にブレーキがかかることは間違いない。web3は中央集権を嫌う本来の思想の方向性も影響しているが、まだ業界全体が”Wild West”(米国西部開拓時代)であり、集まる人材もカウボーイが多く、規律よりも自由が前面に出ている状態と揶揄される事がまだ多いのが現状だ。
web3アーキテクチャ自体は非常に革新的であり、メインストリームのアプリケーションのバックボーンになると信じているが、まだもう少し時間はかかる。
サイバーセキュリティ
リセッションプルーフと言われるサイバーセキュリティは引き続き盛り上がっており、2022年の11カ月で米国では$19B (約2.4兆円)がVCにより投資されており、M&Aも同11カ月で247件、$118B (約15.3兆円)の規模で買収が行われている。5年前(2017)の投資規模$6.1Bと比較すると3倍以上の投資規模に成長している。
web3関連でのハッキングが引き続き目にあまり、被害額は年々増加(Exhibit 12)。2021年の被害額は前年比約3倍の$4.25Bのとなっており、急速な対応が求められている。既に$2.3B (約3,000億円)がweb3セキュリティ企業に2021年に投資されたが、従来のアーキテクチャとは違うweb3が故に、まだまだセキュリティソリューションの成長の余地が十分あり、今後の更なる成長に期待がかかる。
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サステナビリティ
地球規模での環境変化は明確に起きており、シリコンバレーでもここ数年の山火事や水不足は深刻化している。2020年単年で、カリフォルニア州では9,900件(過去5年平均比25%増)の山火事が発生している。カリフォルニア州は米国内でも環境対策には積極的に取り組んでおり、サンフランシスコ市内においては既にペットボトル飲料は販売禁止、2035年にはハイブリッド車を含む燃料エンジンの乗用車の新車販売が禁止となることが決定している。
VC投資でもその波は同様で、2022年投資ペース全般が下振れした中、サステナビリティ系のスタートアップへの投資は変わらず投資がされており、環境対策が鈍化する事がない限り、今後も投資モメンタムは続くと思われる。
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2023年、どこに向かうのか
迎えた2023年、シリコンバレーはどこに向かっているのか。
誤解と批判を恐れずに乱暴に短い言葉で2023年をブレットポイントでまとめると:
- VCによるベンチャー投資(Annomalyであった2021年と比較すると)
- ペースと投資金額は低下
- 前回ラウンドのExtensionや、少額インサイダーラウンドでしのぐスタートアップは増える
- Valuationも圧縮(圧縮率はLate>Mid>Early)
- Exitのペースや規模も下降するが、長期的にはぶれていない
- CVCの活動は相対的に上昇しており、日本企業への期待がかかる
- 経済低迷期には決まって後の巨大ユニコーンとなる新しい企業が生まれる
- ROIが明確なペニシリン
- リセッションフレンドリーな価値提供
- 巨大ファンドからの資金調達の傾向
- 多くのVCはよりシビアにスタートアップを選定
- Lean Operation
- Distributed workforce
- Focus on building core value
- Do more with Less
- より厳格なDD、Reference check
- No more FOMO
- 盛り上がる領域、盛り下がる領域
- Sustainability、Cyber Securityは今後も盛り上がる
- web3は一旦休息
- Enterprise SaaS含めリセッションフレンドリーなコスト削減系は人気
- Generative AIの技術革新が一般利用に適用し始め、事業として成り立つタイミング
様々な方向からVC、スタートアップを取り巻く環境には変化が起きているが、2021年の突発的な数字に踊らされることなく、長期的な視野でみればスタートアップがもたらす技術革新の価値は市場からも引き続き必要とされており、評価もされる。
短期的な投資ペースの上下はあるものの、巨大スタートアップが生まれる機会でもあり、日本の事業会社が注目される機会でもあるので、日本のみなさんの更なるシリコンバレーでの活動と活躍に期待したい2023年である。