いま、京都の地において、産学公の英知を結集したひとつのプロジェクトが進行している。「ゼロカーボンバイオ産業創出による資源循環共創拠点」。脱炭素社会の実現を掲げ、京都府が推進する「ZET-valley構想」の一環であり、同構想のリーディングプロジェクトという位置づけだという。地域の大学や企業を巻き込み、ゼロカーボンのまちづくりに研究開発フェーズから着手する京都府の取り組みとは、どのようなものか。同構想を主導する京都府商工労働観光部ものづくり振興課課長の足利健淳氏と、プロジェクトリーダーを務める京都大学大学院教授の沼田圭司氏に取り組みの内容や今後のビジョンなどを聞いた。

※この記事は自治体通信Vol.47(2023年2月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。

※京都府とTECHBLITZは、産業創造リーディングゾーン「ZET-valley」の実現に向け、国内外の脱炭素テクノロジー(ZET:Zero Emission Technology)関連スタートアップ等との協業、まちづくり・地域産業への技術導入をテーマに、産学公の関係者が一堂に集う国際会議「ZET(Zero Emission Technology)New Japan Summit 2023 Kyoto」を3月2日、3日に向日市で開催します。

[京都府]:
■人口:254万8,832人(令和4年12月1日現在) ■世帯数:120万6,197世帯(令和4年12月1日現在) ■予算規模:1兆6,486億7,400万円(令和4年度当初) ■面積:4,612.20km2 ■概要:南北に細長い形の京都府は、そのほぼ中央に位置する丹波山地を境にして、気候が日本海型と内陸型に分かれる。丹後・中丹地域の海岸線は、変化に富むリアス式海岸で、豊富な景勝地や天然の良港に恵まれている。中丹地域から中部地域は、大部分が山地で、丹波山地を源に桂川水系、由良川水系に分かれ、その流域には、亀岡、福知山盆地のほか小盆地が点在する。京都・乙訓、山城中部・相楽地域は、桂川、宇治川、木津川の三川合流を要に、山城盆地が広がっている。

京都府
商工労働観光部 ものづくり振興課 課長
足利 健淳 (あしかが けんじゅん)

京都大学大学院
工学研究科 材料化学専攻 教授
沼田 圭司 (ぬまた けいじ)

[提供] 京都府

脱炭素社会への技術革新で、地産地消型社会の実現へ

――京都府が「ZET-valley構想」を立ち上げた理由はなんですか。

足利 2015年のパリ協定以降、「脱炭素」への世界的な潮流が生まれるなか、これを本気で実現するには、従来のエネルギー転換にとどまらず、ものづくりのサプライチェーンやまちづくりそのものを脱炭素化する技術革新が必要だとの課題認識がありました。それらの技術のうえに実現すべきは地産地消型の社会です。そこで、府北部を研究開発ゾーン、府南部を生産ゾーン、その中間部を「ZET(Zero Emission Technology)-valley」リーディングゾーンに設定。さまざまな脱炭素テクノロジー企業や自治体などが、交流の中から共創プロジェクトを組成し、まちでの実証、まちへの実装を進めていく「ゼロカーボンまちづくり」のモデルを形成する構想を立ち上げたのです。なかでも、「ゼロカーボンバイオ産業創出による資源循環共創拠点」事業は、本構想のリーディングプロジェクトであるとともに、地方が最先端を走れることを示すモデルプロジェクトとも言えます。

――概要を教えてください。

沼田 私が研究している海洋性紅色光合成細菌は、CO2やN2を固定化することが知られています。この特性を利用し、地球上に豊富に存在する海水と二酸化炭素、窒素を原材料に、そして無尽蔵な太陽エネルギーを栄養源として光合成代謝物(タンパク質)を生産し、それを産業利用することをプロジェクトでは目指しています。たとえば、このタンパク質から人工シルクを生成し、伝統産業の西陣織で利用する研究のほか、農業用窒素肥料や水産養殖用飼料を生成する研究も進めています。

――それらの研究の意義を、どのように捉えていますか。

沼田 この研究が実用化されれば、エネルギー源は石油から空気に変換され脱炭素が実現されるだけではなく、従来のように海外からエネルギー源を調達する必要がなくなります。私はこれを、「空気の資源化」と呼んでいますが、この研究は環境負荷の低い多様な新産業を創出する技術シーズにもなります。その意味では、多様な産業を抱える京都府でこの研究が進むことの意義は大きいと考えています。

――今後のビジョンを聞かせてください。

足利 それぞれの研究では有望な結果が出ており、令和5年度中には商品化フェーズに入れると考えています。それを受け、今後はゼロカーボンものづくりの技術を、実際のまちづくりに実装していくための研究も進めるべく、新たな勉強会や研究プロジェクトも立ち上げていきたいと考えています。




参画企業の視点 ー島津製作所ー

CO2固定化量の計測技術で、製造プロセスの改善に貢献
株式会社島津製作所 基盤技術研究所 新事業開発室 室長 髙橋 雅俊
[提供] 京都府

株式会社島津製作所
基盤技術研究所 新事業開発室 室長
髙橋 雅俊 (たかはし まさとし)

 成長戦略におけるターゲットのひとつに「グリーン」を掲げる当社では、「光合成細菌を使ったCO2やN2の固定化」という研究にはかねてより注目していました。この研究成果を社会実装するにあたっては、技術を検証し培養条件の最適化を図るために、固定化量の精緻な計測が重要な役割を果たします。そこでは、当社の計測技術が大きく貢献できると考えており、現在の実証プラントでも製造プロセス改善に貢献していきます。

 この産学公プロジェクトでは、京都府の役割が非常に大きいです。一部で始まっている用途開発では、農業や水産業、織物業といった幅広い産業界との連携が必要でしたが、京都府が仲介役となり、社会実装を進める重要な役割を果たしています。


参画企業の視点 ーSymbiobeー

光合成細菌を用いたものづくりの、実用化に向け量産化技術を開発
Symbiobe株式会社 代表取締役 後 圭介
[提供] 京都府

Symbiobe株式会社
代表取締役
後 圭介 (うしろ けいすけ)

 当社は、沼田教授の海洋性紅色光合成細菌に関する研究成果の社会実装を目指して設立した京都大学発ベンチャー企業です。実用化に向けて必須となる培養・ものづくり技術のスケールアップを担う役割として、この産学公プロジェクトに参画しています。

 「空気の資源化」による新しいものづくりの社会実装には、CO2・N2を原料とした物質生産技術のブラッシュアップとともに、地域や社会にとって有益な用途を想定した最適サプライチェーンの構築や産業連携なども同時に必要になります。本プロジェクトでは、京都府が各地域の多様な産業・企業などとの橋渡し役を担ってくれており、大変心強く感じています。

「ZET-valley構想」を彩る、注目プロジェクトの紹介

これまで紹介した「ゼロカーボンバイオ産業創出による資源循環共創拠点」。この産学公連携プロジェクト以外にも、「ZET-valley構想」においては、脱炭素社会の実現を掲げる公民連携プロジェクトがいくつも進行中だ。ここでは、京都府内で進むそれらのプロジェクトのなかから、注目すべき取り組みをピックアップ。プロジェクトの概要のほか、それら連携プロジェクトで中心的な役割を担うイノベーション企業の横顔を紹介する。


京都府・向日市 X DeepForest Technologies
ドローン及びAIを活用した脱炭素化事業の可能性調査

課題/背景

 現在、もっとも活用が進んでいないとされるバイオマス資源の「竹」。京都府では、人手不足もあいまって適正管理ができない「放置竹林」が増加している。そこで、竹資源の活用を促進する新たな脱炭素事業が求められている。

プロジェクト概要

 本事業では、「物集女(もづめ)のたけのこ」でも知られる京都府向日市の「竹林」を舞台に、ドローン・AIを活用した竹の本数・サイズの高精度把握による竹林管理の見える化・効率化を図る。さらに、炭素蓄積量の推定により、竹林の適正管理によって削減できたCO2のクレジット化の可能性を実証・調査するとともに、ドローン産業の新たな事業展開の可能性も調査する。

森林をドローンとAIで可視化

 本事業を推進するのは、ドローン撮影・データ処理・人工知能モデルが一体となった植生自動識別技術の開発に取り組むスタートアップ企業DeepForest Technologies社。同社は、ドローンからAIを用いて、森林の木1本ずつの樹種やサイズの測定や、炭素蓄積・吸収量を把握する技術を開発しており、今後生物多様性の保全などへの応用を目指している。

DeepForest Technologies

事業内容 ドローン撮影&解析
URL https://deepforest-tech.co.jp/


京都府・向日市 X 京都フュージョニアリング
バイオマス熱分解技術に関わる技術検討及び事業開発

課題/背景

 急速な成長速度を有する「竹」は、いずれ腐朽すれば、竹の中のCO2が再び環境へ放出される。そこで、竹を炭化(炭素の固定化)することで、カーボンネガティブに貢献するとともに、未利用の竹資源の有効活用につなげる仕組みを構築する。

プロジェクト概要

 本事業では、向日市の竹の一部を利用し、炭素の固定化技術のさらなる向上と、バイオマス資源の炭化率の向上に取り組む。エネルギー源として、新たに開発したマイクロ波発生装置を活用。効率的なマイクロ波照射時間や熱効率などのデータ分析を進める。将来的には、事業化の可能性とともに、核融合エネルギーを利用したバイオマス炭化技術の開発も視野に入れる。

核融合の産業化を目指す

 京都フュージョニアリング社は、「温室効果ガスを排出しない」「資源が海水中に豊富にある」ことから、安全で無尽蔵の究極的なエネルギーソリューションと考える「核融合」の実現と産業構築を掲げている。同社は、核融合熱の取り出し(炉心要素技術)・核融合炉のプラントエンジニアリングと基幹装置の販売に注力しており、事業会社などとの裾野の広い協業を通じて核融合の産業化を目指す。

京都フュージョニアリング

事業内容 核融合炉に関する装置の研究開発など
URL https://kyotofusioneering.com/


京都府 X フクオカ機業
脱炭素対応地産地消型ものづくり

課題/背景

 経済・社会・環境のバランスの取れた発展を目指す京都府において、衰退の進む伝統産業にも持続可能性をもたらしたいとの課題認識から事業が発足。時代や環境に配慮したサスティナビリティ素材の活用を研究するなかで、再生ペットボトルを原料に採用し、西陣織の技術で織る繊維織物の製作、ならびに用途開発にも取り組む。

プロジェクト概要

 本事業では、蚕からの糸ではなく、ペットボトルなどを原料に製造された「再生PET繊維」を用いて、西陣織を製作するフクオカ機業が織物素材の製品化・商品化を行う。製品のPRやWeb販売は京都市内の企業が協力。一連のプロセスでプロジェクト参画企業各社が強みを活かして協業する体制を構築している。この繊維素材を使い、すでにクッションや車のシート、着物・洋服、バッグ、シューズなどのさまざまな商品に活かす用途開発の取り組みが始まっている。

最先端繊維素材で西陣織の再興を

 本事業を推進するのは、京都・西陣で有職文様の西陣織を製作しているフクオカ機業社。同社はこれまでも、カーボン繊維を採用した織物製品「西陣カーボン」など、最先端繊維素材を使用した西陣織を製作してきた実績をもつ、イノベーション企業である。同社では、同じく「ZET-valley構想」のなかで進行中の「ゼロカーボンバイオ産業創出による資源循環共創拠点」にも協力。海洋性紅色光合成細菌から生成されたバイオプラスチックを原料とする人工クモ糸を使い、新たな織物製作にも挑戦している。

 伝統の西陣織で培われた「織の文化」を再構築することで、西陣に根付くものづくりの再興を目指すという。

フクオカ機業

事業内容 西陣の技術を結集した高度な織物の製造など
URL https://fukuoka-k.co.jp/


イベント情報
世界に伍する脱炭素イノベーションを京都から
脱炭素インターナショナル・カンファレンス

「ZET New Japan Summit 2023 Kyoto」

■詳細はこちらよりご覧ください



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