位置情報という新たなデータ資源に将来性を見出し創業
――これまでのキャリアと、クロスロケーションズ株式会社創業の経緯についてお聞かせください。
クロスロケーションズを創業するまでは、デジタルガレージの取締役やGoogleの執行役員、モバイル広告企業のインモビ(InMobi)ジャパンの代表取締役などを務めてきました。その後、シリコンバレーなど海外から日本市場に参入する企業の支援をしていたところ、スマートフォンの位置情報の広告に特化したニアーインテリジェンス(Near Intelligence)社から、日本の事業部を支援してほしいとオファーがありました。
位置情報を活用した広告では、特定の場所にあるスマートフォンに限定した広告を出すことができるため、広告主にとって最も効率の良い見込み客に絞って広告が出せます。たとえば、海辺にいる人に限定してサングラスやサンオイルの広告を出すといったことができます。2017年にニアーインテリジェンス社からお話をいただいたとき、日本の事業部では数名が活動しており、そこから一緒に事業を進めていました。
位置情報はスマートフォンの普及によって出てきた新しいデータです。スマートフォンの利用者は、あまり意識せず便利な機能として使っていますが、アプリの提供事業者からすれば、非常に貴重なビッグデータです。私は、このビッグデータは大きな可能性を秘めていると考え、当時ニアーインテリジェンス社の日本地域の責任者であったの猪谷(クロスロケーションズ取締役 COO)に相談して、ニアーインテリジェンスを巻き込む形で会社を創業することにしました。
独自に開発したロケーションエンジンを活用した製品を展開
――クロスロケーションズが展開しているプロダクト、ビジネスモデルについてお聞かせください。
当社サービスの基になっているのがロケーションエンジンです。これは、当社が独自で技術開発をした、位置情報を分析するためのエンジンです。Googleでいう検索エンジンのようなものですね。
このロケーションエンジンを使ったサービスとして展開しているのが「LAP(Location AI Platform)」です。これは、ロケーションエンジンに対して分析条件を入力し、その結果をWebブラウザ上で視覚化できるクラウドサービスです。
当社の1つ目のビジネスモデルが、このLAPの利用権利を企業に販売することです。月額課金型のサービスで、権利を購入した企業はロケーションエンジンのデータを自由に使い、位置情報関連の分析ができます。
2つ目が、位置情報広告のサービスの「LMS(Location Marketing Service)」です。当社が運営する広告の配信システムを使ったマーケティングサービスとなり、広告主がキャンペーンを実施する際、特定の場所にあるスマホだけを対象に絞り込めます。たとえば、スポーツ用品のメーカーがキャンペーンを実施するときに、スポーツに興味のある人に絞って訴求するということができます。
当社が提供する位置情報は、履歴も蓄積して確認できます。たとえば、前日に国立競技場でサッカー観戦をしていた人を分析して、翌日以降にスポーツウェアやシューズといった広告を出すこともできます。
Image: クロスロケーションズ HP
――ロケーションエンジンの構築や位置情報の分析などにあたって苦労した点があれば教えてください。
人材探しに苦労しました。位置情報ビッグデータをAIで分析するという前人未踏なことをするために、技術を持った開発者が必要だったのです。そこで、フィリピンや中国、トーゴなど世界中から技術者を採用しました。我々がやろうとしているのは、「ロケーションテック」と呼ばれています。これは「インターネット」「モバイル」「GPS」「GIS」の4つの技術の進歩によって成り立っています。これら4つの技術を組み合わせて、顧客が価値を認めるものを作り上げることが課題でした。
インターネットの普及は当然ですが、モバイル端末も携帯電話からスマートフォンに進化したことで、位置情報が確認できるというパラダイムシフトが起こりました。
GPSは人工衛星を利用した測位システムのことですが、衛星が発信する電波を使って緯度経度を割り出しています。GISは地理情報システム、地図ソフトです。地図自体は昔からありましたが、デジタル地図に進化したことで、コンピュータで処理できるようになりました。さらに天気や交通状況などのデータと連携することで様々な調査が可能になりました。
当社のシステムでは、スマートフォンの端末の移動がわかれば、所持している人の行動がわかるため、人の動きを視覚化できるようになります。ひと昔前は、街角での計測や来客者へのアンケートでデータを取るのが一般的でした。得られたデータの分析や傾向を出すのは全て、人が行っていました。地図ソフトも高価なため、人流を把握するのに、かなりの時間とコストがかかっていたのです。
人流という言葉は、2020年、新型コロナウイルス流行に伴う「緊急事態宣言」からよく使われるようになりました。当時、政府は人と人との接触を8割減らすように要請し、飲食店や映画館、スポーツクラブなどは休業や営業時間を短縮していましたね。しかし、実際にどれくらいの人流が削減できたのか把握する術がなかったのです。そのときに当社や大手通信キャリアの関連企業が、スマートフォンの位置情報から人流を把握できることを提案しました。それから3年ほど経過し、最近になって企業が興味を持ち始めています。
Image: クロスロケーションズ HP
さまざまな分野の企業と提携して分析に必要なデータを取得
――人流を分析するための端末IDが3000万件以上あるそうですね。これだけの数を創業から数年でどのように集められたのでしょうか。
当社は、あくまでもデータ分析の会社です。人流データの統計や集計をして、傾向や分布を分析します。テレビ番組の視聴率を出す企業、もしくは選挙の出口調査をするような企業のイメージが近いです。
当社にとって、燃料のような役割があるデータ資源は、スマートフォンのアプリ開発をしている企業などと提携をして収集しています。具体的には、カレンダーや「ポイ活」アプリなど、エンドユーザーが位置情報の提供を許諾しているアプリです。ただし、データの収集には個人情報の問題があります。端末IDは、広告用と分析用とで厳密には違うものを集めていますが、当社がもらうデータは、端末ID、緯度経度と時間などです。個人情報の取り扱いには注意しており、個人が特定できる部分はカットしています。現状のID数はおよそ3,000万ですが、毎月更新されるため、今後も増えていく予定です。
もう1つ、当社が事業をするうえで専門会社から購入しているのが、地図情報と場所の名称です。これらのデータを組み合わせて分析し、視覚化したのがロケーションエンジンとLAPです。
――クロスロケーションズの製品を活用して、実際に成果につながったケースを教えてください。
当社の製品を企業様に提案し始めたのは2019年頃からです。百貨店やスーパーマーケット、ドラッグストアなどの小売業から始まり、外食業、卸売業と広げていきました。これらの企業では、新しい店舗を出店する際、立地によって売上が大きく変わるため、出店先店舗の場所が最も重要です。店舗の場所を決める際、従来は人の動きや周辺の状況を確認するには、不動産会社の情報がメインでした。
しかし、人通りが多い場所といってもターゲット層が多いとは限りません。20代をターゲットにしているのに、実際の人通りは高齢者がほとんどというケースもあります。人流データを活用すれば、店舗周辺の人通りの年代、ライバル店の情報などをより正確に把握できるようになります。
観光地や商店街でも活用されています。たとえば、横浜中華街では、季節ごとにイベントを開催していますが、来場者がどこから来るのか、去年と比較したときの人数の増減などを把握しています。その他、インバウンド回復を見込んで、訪日外国人が多い地域の観光協会などの需要もあります。
ほかに、駅や店舗などでデジタルサイネージを提供している屋外広告会社でも人流データが活用されています。人流データがわかれば、広告主に対してより具体的な提案ができるようになるからです。当社では、数百カ所のデジタルサイネージを運営している企業様に、看板の前の人流に関するデータを毎日送っています。
建設や不動産業界でも大型ショッピングモールの建設場所や店舗を出展する際に、人流データが活用されていますし、劇場、ホールなどの運営会社や交通機関も人流データを使っています。あるバス会社は、コロナ禍の人の動きに合わせた経路変更のために利用しました。
金融や投資の業界でも、今後人流データの活用が期待されています。たとえば、あるメーカーの生産施設付近の人流を分析すれば、生産量の推測が可能です。そこから業績予測をするのです。
Image: クロスロケーションズ HP
日本中の企業、団体が利用可能な柔軟性の高いプラットフォームを提供しているのが強み
――位置情報を分析して提供している競合があれば教えてください。
2020年に、位置情報を扱う業界の企業とLBMA Japan(Location Based Marketing Association Japan)という団体を立ち上げて、メンバーが増え続けている状況です。
GISの制作会社では、Googleやゼンリン社、ジオテクノロジーズ社などが加入しています。位置情報データを販売する会社では、NTTドコモの子会社なども加入しています。ほかにも、ビーコンのシステムを提供している会社、スマホアプリを制作する会社なども加入しています。これらの企業は、情報を取得するだけで、データの分析は行っていません。
LBMA Japanには、当社と同じようにデータ分析をする企業も加入しています。ただし、他社は請負で事業を行っているケースや、コンサル会社のように特定のクライアントにデータを使った広告手法を実行して、集客につなげるなどの支援をしています。当社のように、SaaS形態で提供しているわけではありません。
当社のサービスは、幅広い業界の人が使える柔軟性があります。企業だけでなく、自治体や団体も利用できるため、事業の拡大が期待できます。すべて請負ですと人手が必要ですが、SaaSではお客様がセルフサービスで利用しますのでそれがありません。あるところを超えればその先は黒字が期待できます。現在の顧客数は数十社ですが、2023年中には倍増する予定です。
――顧客倍増のための戦略について教えてください。
LAPは月額50万円のクラウドサービスで、ユーザー企業の利用人数に制限はありません。SaaSは、利用人数によって料金が変わることが多いですが、LAPではそれがないため、導入コストを抑えられます。ユーザー企業にとっては導入しやすい料金体系です。
また当社では「人流アナリティクス」というサービスを2022年の夏から本格的に提供を開始しました。これは、月額1万円で10カ所まで特定の地域が調べられるサービスです。機能が制限されるため、商圏分析に活用するのは難しいですが、渋谷のスクランブル交差点の人流や、特定の百貨店に滞在している人数などのデータを比較的安価に入手できます。人流アナリティクスには無料版もあり、すでに設定されている60カ所のポイントを自由に見ることができます。サービスを体感して価値をご理解いただくことで、利用者の拡大を狙っているのです。
個別の見積もりとなりますが、オーダーメイドで要望の人流データを作ることができるサービス「LDS(Location Data Service)」も展開しています。たとえば、大手町や池袋などのオフィス街の人流データを出して、不動産会社やビル会社、飲食店などが必要としているデータとして提供しました。
まずは、人流アナリティクスでサービスを体感していただき、実際にデータを分析したい場合は、LAPを利用していただきます。より細かい分析が必要であればLDSをご提案する流れです。分析だけでなく広告を展開していただく場合はLMSをご利用いただきます。
製品の拡販やビッグデータを持つ企業との提携で事業拡大を目指す
――今後協業していきたい業界や企業があれば教えてください。
1つは、当社の製品を新しい商材として取り扱ってみたいという企業です。当社は直接営業することでさまざまなノウハウが蓄積され、業界ごとの使い方の傾向がわかってきました。今後は、LAPを主体として、利用料を再販売していただける企業様と提携したいと思っています。当社のシステムで分析したデータを販売する企業も募集しています。
2つ目は、独自のデータを取得している企業です。当社の人流データは、他のデータと組み合わせることで今まで見えなかった傾向が見えることがあります。コロナ禍での売上と人流の変化を、全国のスーパーマーケット、ホームセンター、コンビニの決済データと組み合わせて分析しました。その結果、スーパーマーケットは売上にほとんど変化がなく、コンビニは低下していました。いずれも客数は減少しています。一方で、ホームセンターは売上が伸び、客数も増加傾向にあることがわかりました。
テレビの番組やCMのデータと連携すればCMの効果測定もできます。このように、今後は気象データ、交通データ、決済データといった他のビッグデータと組み合わせられる企業と提携したいと考えています。
――中長期的なビジョンと今後の展望について教えてください。
人流データは、登場して間もないデータですが、特に先進的な企業様にご利用いただいていて、解約がほとんどありません。一度使っていただいたあとはずっと使っていただいています。今後は分析に欠かせない基本的なデータになると思っています。当社は多くの企業に喜ばれるデータを提供できる唯一の企業になりたいと思っています。
アメリカではニアーインテリジェンス社も含めて位置情報の分析をやっている企業が数社あり、ユニコーン企業に成長しています。ベンチャー企業で利益が出ていない状況でも、将来を期待されているのです。海外での展開については、2024年以降にアジア地域をターゲットに考えています。ロケーションエンジンがありますので、分析に必要なデータを集めるだけで日本と同じ事業を早期に展開できると考えています。