タンス預金という言葉に象徴されるように、日本人には貯蓄文化が深く根付き、投資には不向きな環境と言われてきた。それを見事にビジネスチャンスに変えたのがスタートアップのTORANOTEC(本社:東京都港区)。「おつり投資」というユニークなサービスで投資の門戸をグッと広げ、「興味はあるが始めるきっかけがない」という初心者の心をつかんだ。金融畑出身で日本特有の投資環境にチャンスを見出した代表取締役社長のJustin Balogh氏に、投資運用サービス「トラノコ」を立ち上げた背景や、近年の日本人の投資マインドの変化について聞いた。

目次
投資初心者を意識したビジネスモデル
「貯蓄から株式投資へ」の流れ
投資ソリューション企業を作る

投資初心者を意識したビジネスモデル

―日本の投資環境について、どのような課題感があると考えていましたか。

 トラノコは、投資に馴染みがなく、自信がない人々の問題を解決しようと設計しました。日本では、すでに証券会社やネット証券などの金融サービスが発展していますが、未経験の若者が投資を気軽に始めるための入り口がないというギャップがありました。そこで私たちが着目したのが、日本にはポイントプログラムの文化が根付いている点です。それを投資に利用できるようにすれば、投資へのより簡単な入口を作れると考えたのです。つまり、「投資の敷居を低くする」ことを目的にトラノコは設計されました。

 トラノコのサービスの1つに、買い物金額の端数を「おつり」に見立て、それを自動的に投資に回すことができる「おつり投資」があります。買い物金額の端数は100円、500円、1000円という3段階の単位で設定が可能で、例えば320円の買い物をしたとすると、それぞれ端数は80円、180円、680円となります。そして、その月に投資選択したおつりの合計金額が、投資資金として自動で引き落とされる仕組みです。

 また、多くの企業のポイントプログラムと連携していて、セブン&アイ・ホールディングスの電子マネー「nanaco」などのポイントと連携した「ポイント投資」、ANAマイルと連携した「マイル投資」、歩数計アプリを利用し、「歩いて投資」などのサービスを展開しています。

 コンセプトは、ライフスタイルに組み込まれた資産運用サービスです。金融サービス以外の企業、例えば交通、小売り、エンターテイメント、ライフラインサービスとコラボレーションすることで、人々の生活に寄り添った投資サービスを提供しているのです。

 投資へのアクセスを容易にするために、顧客の投資額に依存しないビジネスモデルが重要です。人々がポイントや少額の資金、初心者レベルで投資できるようにしています。ビジネスモデルが主に管理手数料を求める場合、それはチャレンジングになります。そこで、ビジネスモデルとしてはサブスクリプションのアプローチを採用しました。

 私たちのミッションは、顧客に対してプロフェッショナルに管理された資産運用サービスへのアクセスやさまざまなパートナープログラムの利用機会を提供することで、定額料金を支払うサブスクリプション制に値する価値を示すことです。

image: TORANOTEC HP




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―ユーザーはどのようにトラノコを利用しているのでしょうか。

 私たちの顧客の多くが、パートナーとのコラボレーションを通じて私たちのサービスを認知していただいています。例えば、ANAやnanaco、電力会社その他、提携している企業のポイントプログラム経由などです。航空会社のマイレージを交換して、投資信託に投資に利用できるようにしたことは他に先駆けた取り組みだったと自負しています。当社自身でデジタル広告やその他のキャンペーンなど、独自のマーケティングも行っていますが、影響力や認知度の高い会社と提携することで顧客を獲得しています。

 トラノコアプリでは、4つのステップで口座を開設できます。リスク許容度やリターンの期待に基づいてファンド商品を選択し、アプリをポイント投資や報酬獲得のためのパートナープログラムに連携させ、投資を始めることができます。口座を開設したら、アプリ上から市場やファンドのパフォーマンスに関する情報を得ることができます。投資サービスに最もシンプルでアクセスしやすいモデルとなるよう設計されています。

―パートナー企業にとって、どのような点が提携のモチベーションになっているのでしょうか。

 パートナー企業に代わって直接話すことはできませんが、私たちのサービスが提携企業の顧客にとって価値のあるものだと考えていただけることを願っています。未来の資産形成は、次世代の日本人にとって根本的に重要なことです。そのため、信頼性があり、機能的でシンプルな投資サービスを提供することは、パートナー企業の顧客に利益をもたらす動機になっていると思います。

 さらに、パートナー企業のもう一つの動機は、デジタルアクセスポイントを作成し、顧客とのエンゲージメントを生み出すことです。多くのパートナーが金融サービス部門に属していないため、魅力的で継続的、シンプルな資産管理サービスを提供することにより、顧客との強い結びつきや付加価値を生み出すことが可能です。これは、彼らが提供する従来のサービスに追加の価値をもたらすことになります。

「貯蓄から株式投資へ」の流れ

―職業的背景と創業の経緯を教えてください。

 私は金融サービス業界出身で、キャリアの多くを機関金融サービスで過ごしました。キャリアはオーストラリアで始まり、その後、数年間をロンドンで過ごしました。そして、米国の大手銀行から東京に移動し、日本での事業拡大を任されました。さらに、その後はシンガポールで数年間を過ごし、再び日本に戻りました。

 その銀行を辞める前、私は日本およびアジア全域で複数のビジネスを統括していました。その頃、金融サービスとフィンテックの発展に強い興味を持ちました。機関での取引などの文脈では技術と金融サービスに精通していましたが、スマートフォンを使い、個人投資家が投資により簡単かつ容易に参加できるようなビジネスモデルの構築に魅力を感じていました。

 また、日本市場において、個人向けの投資ビジネスのチャンスがあるとも考えていました。日本は貯蓄文化が根付いた国であり、投資文化を発展させる余地があると感じていたのです。このような考えをもとに、2016年に創業し、資産管理会社を買収、事業に必要なライセンスとプラットフォームを獲得し、スマホアプリ「トラノコ」を通じた個人向けの投資サービスを展開しています。

 私は、当時の自身の立ち位置とビジネスチャンスの組み合わせが重要だったと考えています。日本市場は新規事業を行うには簡単ではないとよく言われますが、新しい世代の潜在的な個人投資家に、投資へのアクセスを提供する機会に溢れています。日本は技術的に進んでいて、誰もがスマートフォンを持っています。したがって、初期段階で日本市場に焦点を当てることにしたのです。

Justin Balogh
代表取締役社長
ニューサウスウェールズ大学商学部を卒業し、同大学の経済修士課程を修了。State Street Groupにて18年間、証券、投資顧問、銀行業務を担当。2004年から2015年までステート・ストリート・グローバル・マーケッツ証券の代表取締役、ステート・ストリート銀行の在日代表、およびステート・ストリート・グループの証券部門のアジア環太平洋地域のトップとして、グローバルなビジネス展開を主導した。2016年8月にTORANOTECを設立した。

―長期にわたり貯蓄文化が根付いた日本において、投資意欲を喚起することは難しいのではないかと思います。実際はどうなのでしょうか。

 日本人の投資に関する考え方は変わりつつあり、その傾向が見られます。トラノコの顧客の70%近くが完全な初心者で、初めて投資をする人たちです。新しい世代の投資家を育てているとも言えるため、非常にポジティブな影響を提供できていると感じています。ちなみに、一度投資を始めると多くのユーザーは毎月の最低投資額を高く設定し続ける傾向があります。

 さらに重要な点がいくつかあります。1つは、日本人を貯蓄から株式投資へと導くことが、現在国家戦略の課題となっており、政策レベルのミッションになっていることです。新しいNISAのような取り組みを通じて、人々が自分の将来の資産を年金制度に頼らずに準備することの重要性を認識することを促進する動きが多く見られます。

 もう1つは、日本でインフレの兆しがついに見られるようになったことです。物価がゆっくりと上昇し始めています。ほとんど利息が付かない銀行口座にお金を置いておくことは、もはや受け入れられる選択肢ではありません。実際、それはマイナスの選択であり、人々もそれに気づきはじめています。現在の日本の状況や雰囲気は、人々の意識を変化させているように思えます。

―すでにあるネット証券など、競合と比較した際の優位性を教えてください。

 デジタル資産管理サービスにはさまざまなものがあります。しかし、私たちが取り組んでいるライフスタイルに組み込まれたアプローチを完全に実現しているサービスは、現時点では他にありません。このアプローチは非常にユニークであり、人々の生活に密接に関わっています。

 日本で個人向けフィンテックサービスが増えていることについても前向きに考えています。私たちの提供するものは独占的ではないと感じているからです。私たちは、人々の日常生活に及ぼす可能性を十分に引き出すことに集中しなければなりません。また、一部の人々が私たちのサービスを利用しつつ、他の会社や銀行で口座を持っている場合もありますが、それは素晴らしいことだと思います。

 また、私たちにとっては、ビジネス面だけでなく、日本社会への貢献としても、金融リテラシーのサポートは非常に重要です。私たちは投資運用サービスだけでなく、投資に関する教育を提供するコンテンツの提供もしています。2022年4月には「ながら投資生活」という書籍を出版しました。この本は、漫画を使って投資のメリットを理解できるようデザインされています。

投資ソリューション企業を作る

―御社の成長性を示す指標を教えてください。また今後1〜2年の目標も併せてお聞かせください。

 過去数年間で、口座数は約37万件を獲得しており、この成長はかなり良いものだと感じています。特に2022年から2023年にかけては市場が非常に不安定でしたが、その期間中も成長を続けてきたことは励みになっています。

 次の大きなプロジェクトは、新しいNISAに対応したサービスのリリースになります。これは非常に重要で、私たちの優先事項の一つです。さらに、大規模なパートナーシップの機会を提供し続け、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)や他のパートナーとの展開を拡大していきます。そして、これまでの初心者中心だけでなく、もう少し高度な投資家向けのサービスや投資商品のカテゴリーも準備しています。そうすれば、自社チャンネル内でより顧客の投資力向上の場を提供できると考えています。

 3年以内に口座数を100万件以上にしていきたいと考えています。現在計画しているパートナーシップや新機能の適切な実装ができれば、十分に達成できると考えています。

―パートナーシップ拡大の展望についてはいかがでしょう。

 近く、パートナー企業と作り上げるエコシステムの拡大を発表する予定でいます。業種などを広げていきたいと考えています。

 また、過去1年から1年半の間に特に注力してきたのが、従業員向けのソリューション「トラノコ福利厚生」です。日本では、長らく続いた終身雇用が減少し、パートタイムや柔軟な働き方への移行がトレンドとなっています。そのような働き方の中で構造化された年金プログラムへの参加を促すことが課題でした。トラノコ福利厚生は、従業員の資産形成をサポートし、企業にも社員定着などのメリットをもたらすと考えています。

―バロックさん自身はオーストラリア出身で、アジア太平洋地域でも活躍されていました。海外展開は考えていますか。

 海外展開も非常に興味を持っています。新型コロナウイルスのパンデミックが始まる直前には、シンガポール、タイ、インドネシア、東南アジアなどの市場から多くの関心を集めていました。東南アジアは金融リテラシーや私たちが提供するライフスタイル組み込みソリューションを展開する絶大な機会がある市場です。

 残念ながら、パンデミックの間に自然とこれらの話し合いは一時的に保留されました。しかし、今では、このサービスを提供するためのより戦略的な市場を再検討する機会があります。もちろん、日本での目標達成と実行が優先事項ですが、他の市場でのパートナーシップを発展させ、この戦略とソリューションをそれらの国々にもたらすことにも積極的です。

―長期ビジョンを教えてください。また、将来のパートナーや顧客に対するメッセージをお願いします。

 私たちの目標は、これまでに築き上げたものから発展させ、より広範で幅広い投資ソリューション企業を作ることです。トラノコは、誰もが参加できるようにするものです。しかし、私たちは海外市場からの製品選定に関する多くの専門知識を持っており、高品質な投資商品を日本市場にもたらし、より洗練された投資家にも提供することができます。初心者から経験豊富な投資家まで、投資ピラミッドの複数の領域に利益をもたらすことができる、より幅広く包括的な資産管理会社を作りたいと考えているのです。

 将来の企業パートナーに向けては、私たちのソリューションが、経済のさまざまなセクターに属する企業に価値を提供できることを示していきたいです。私たちは、多様な企業パートナーと対話し、積極的に関係を築いています。個人消費者との接点を持たない企業に対しても、従業員向けの福利厚生としてのソリューションを提供しています。

 潜在的な投資家の皆さんに対しては、トラノコで投資を始めてみることをおすすめします。トラノコは使いやすく設計されており、少額からの投資が可能です。大きな貯蓄が必要なく、投資体験を通じて知識や快適さ、自信を高め、様々な金融サービスに参加できるようになることを目指しています。私たちは顧客を独占しようと考えていません。ひとつの選択肢として、ぜひお試しください。



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