コーヒーの家庭用エスプレッソマシンのような手軽さで、碾茶(てんちゃ)から本格的な抹茶が飲めたら、抹茶がもっと身近な存在になるはずーー。そんな想いで立ち上げられた日本発のスタートアップがWorld Matcha(本社:東京都目黒区)だ。創業者の塚田 英次郎氏はサントリーで21年間のキャリアを積み、キャリアの中では『伊右衛門 特茶』の開発に携わったり、米国での抹茶カフェ開設という新規事業を率いたりした、"お茶のプロ"とも呼べる人物。サントリーを飛び出し、起業の道へとかじを切った情熱の源などについて話を聞いた。

目次
ありそうでなかった家庭用抹茶マシン
きっかけは、ソムリエの「衝撃的」な一言
起業を決意したある出来事とは
「コーヒーの代わり」に抹茶?
ホテルやカフェ業界との提携を希望

ありそうでなかった家庭用抹茶マシン

―茶葉を挽いた抹茶が手軽に楽しめる家庭用抹茶マシン、というのはありそうでなかったプロダクトですね。どのような発想で開発されたのでしょうか。

 ボタンを押せば、誰でも簡単に「茶葉から液体のお茶」が飲めるという構想で開発したのが抹茶マシン「Cuzen Matcha(空禅抹茶)」です。

image: World Matcha

 抹茶マシンの仕組み自体は比較的シンプルで、上部の円筒部分に茶葉を入れ、内蔵されている頑丈なセラミック製のグラインダーで、その都度、フレッシュな抹茶を挽きます。これが、石臼で挽く工程に当たります。マシン下部の台座に置かれたコップの中では水が回転していて、挽きたての粉が上から少しずつ落ちていき、コップの中で攪拌されます。抹茶を「挽きながら、点てている」という感じです。

 基本的に、お茶は水に溶けないものです。抹茶を入れた後に水に溶けだすのは3割程度、残りの7割は細かい粒子として水の中で浮遊している状態なんですが、実はこの方法だと、そんなに力がなくても攪拌できるんです。飲料メーカーでも水に溶けないものをペットボトルの水溶液に落とすときはあらかじめ流れを作ってそこに徐々に落とすんですが、それと同じ発想ですね。

―飲料メーカー勤務時のノウハウも活かされているんですね。開発にはどの程度の期間がかかりましたか。

 創業時にはプロダクトの方向性は決まっていて、チームの立ち上げに約2カ月かけ、エンジニアリングやデザインの具体的な案を固めていきました。最初のプロトタイプが完成するまでにかかった開発期間は6カ月くらいです。

 味に対する細かいフィードバックなどの意思疎通をしっかりと取るためにエンジニアリングの面では日本のメーカーさんと組んでいますが、最終的な組み立てに関してはサプライチェーンが確立している中国・深センで行っています。

―どのようなビジネスモデルですか。

 抹茶マシン本体の価格が3万9,600円で、専用の茶葉を別途購入していただく形です。茶葉は「オリジナルブレンド」、うまみと色鮮やかさが強く、苦味が少ない「プレミアムブレンド」、抹茶ラテを作るのに最適な「ラテブレンド」の3種類を用意していて、いずれも20杯分でそれぞれ2,000円、3,000円、1,700円。定期購入していただくと、15%オフの価格での提供となります。鹿児島県・霧島の茶畑で、農薬や化学肥料を使用せず育てたオーガニック茶葉を使用しています。

 抹茶は粉で流通させるのが業界の常識ですが、粉に挽く前の茶葉、いわゆる碾茶の状態で抹茶を流通させる挑戦をしているのが当社の大きな特徴です。

image: World Matcha

きっかけは、ソムリエの「衝撃的」な一言

―ペットボトルのお茶問題。

 自分が長年やってきたペットボトルのお茶の事業に対しては、やり切ったからこその限界を感じていました。

 日本人はもともと急須でお茶を入れて飲んでいましたが、ライフスタイルの変化とともにお茶の摂取の仕方もどんどん変わり、今は「お茶」といえばペットボトルのお茶に取って代わられています。そこで考えてみたいのが、「結局、ペットボトルのお茶って何なのだろう」という疑問です。

 私は、ペットボトルのお茶は「お茶」というより「お茶の風味がする水」に近いと感じています。急須でお茶を入れると、やはり入れたてが一番おいしくて、分単位で品質が劣化します。それがペットボトルのお茶だと、常温でも賞味期限が1年間もつ。ちょっと不思議ですよね。

―確かに、ちょっと不思議です。何かデメリットはあるのですか?

 ペットボトルのお茶の製造過程では、製品にカビが生えたりしないよう加熱殺菌しますが、熱という負荷がかかるとお茶が本来持つ「爽やかな香り」とか「きれいな緑色」が犠牲になります。残るのは、熱に対して強い「香ばしい香り」とか「黄色」「茶褐色系の色」です。ペットボトルのお茶はそういう「熱のサバイバー」の要素で味や見た目を構成していくしかないジレンマを抱えています。

 そういうことにはうすうす気付きながらも、『伊右衛門』関連の開発をしている中で、自社の製品が他社よりおいしいという自分勝手な確信を持ちながら仕事をしていました。それに対する客観的な担保が欲しいと思い、有名なソムリエの方にペットボトルのお茶、急須で入れた場合のお茶などを飲み比べしてもらったことがあります。そこで言われたのは、「ペットボトルのお茶はどれもあまり味が変わらないですね」でした。とても衝撃的な一言でした。

―なかなか痛烈な指摘ですね。

 僕ら業界人は、ペットボトルのお茶に対して「今年の出来は良い」とか言ったりしているんですけれど、ソムリエという「味のプロ」からの一言で、こんなにも狭い世界に閉じこもっていると改めて気付かされました。お茶の世界は本来、ものすごく広くて、入れたてとか温度とかにこだわりだすと本当に色々な違いが出せる。それこそ、ワインが赤と白の違い、ブドウの品種の違いによってグラスの形を変えて、いかに違いを楽しむかみたいに。しかし、加熱殺菌という工程がお茶が本来持つポテンシャルを狭めていたんです。これが、「次のプラン」を考えるきっかけになりました。

 また、ベットボトルのもう1つの問題として、やはり環境への負担もあります。水を輸送することはCO2排出につながりますし、ベットボトル自体も「ボトルtoボトル」(使用済みペットボトルをペットボトルにリサイクルする取り組み)がうまく回らない限りはどんどんゴミを生み出す原因になります。地球環境への問題意識、お茶自体のおいしさを考えた時、飲む直前に入れるという答えが最も理にかなっていると思いました。

起業を決意したある出来事とは

―そうして現在の会社を起業されたのですか?

 起業前に、サンフランシスコで抹茶カフェを立ち上げる新規事業に携わりました。「STONEMILL MATCHA」という名前で、店舗は流行の発信地であるミッション地区に構えました。石臼で挽いた本格的な抹茶や抹茶スイーツを提供するというコンセプトで、僕の中では「本物の抹茶体験」を通じて、米国で抹茶事業を拡大していく第一歩という位置付けだったんです。

 社内でのさまざまな調整を経て、物件を見つけて契約交渉をするわけですが、物件を押さえてからもまた大変で。工事がなかなか思い通りに進まなかったりするんですね。僕なりに最速でやったつもりですけれど、2015年秋にプロジェクトが始動して、実際に店舗がオープンしたのは2018年春でした。

 約3年がかりでようやくオープンまでこぎつけたのですが、オープンから約2カ月後に社内の人事異動で日本に戻ることになりました。抹茶カフェは大繁盛だったと言えると思いますが、サントリーという会社の規模からしたら米粒程度のものだったのも確かです。

 ただ、喪失感がとても大きかった。このまま会社に残るのか、別の道を歩むのかという選択肢を迫られた時に、どうしても抹茶ビジネスを諦めることができませんでした。そうして会社を辞めて、起業の道へとかじを切りました。

「コーヒーの代わり」に抹茶?

―海外展開に力を入れていますが、米国ではコーヒーの代替品として抹茶が飲まれているそうですね。

 創業前の話になりますが、米国では2014年ごろに抹茶ブームの兆しというか、抹茶カフェが出てきた時期があります。現地の人に聞くと「コーヒーはカフェインがきつい」「抹茶はカフェインがじわじわと来る感じが好きだ」と言っていたんですね。コーヒーの代わりに抹茶を飲むという状況が自分としてはものすごく新鮮でした。

 これは科学的にも裏付けがあります。コーヒーに含まれるカフェインは摂取後すぐに効果が表れ、短時間で集中力が向上したりしますが、その後に「カフェインクラッシュ」と呼ばれる急激な効果の減退が起きることがあると知られています。

 しかし、抹茶の主要成分にはカフェイン以外にもテアニンというアミノ酸の一種が含まれていて、これはリラックス状態を誘導すると言われています。主に覚醒作用を持つカフェインと相互に補完し合う効果があって、カフェイン単体での摂取に比べて、カフェインクラッシュのリスクも軽減されるというわけです。

 コーヒー市場は非常に大きいですが、例えばその1%を抹茶が取れたら、抹茶市場はかなり大きくなる。そういう動きが本当に起こったらすごいなとワクワクします。

ホテルやカフェ業界との提携を希望

―2024年1月に資金調達のシリーズAラウンドで7億円の資金調達を完了しました。業務用抹茶マシンの開発を進めるとのことでしたが、企業とのパートナーシップも視野に入れていますか。

 そうですね、業務用のビジネスに関してはインバウンドのお客さんが多いので、ホテルチェーンだったり、カフェチェーンといった企業と何かできたらいいというのはやはりありますね。

 また、企業以外にもバーテンダーとかバリスタの方に店舗で抹茶メニューを出してもらったり、抹茶マシンの使い方を正しく知っていただいて、このマシンで抹茶を作るとこんなにおいしいものが作れるんだと伝えていきたいです。影響力のある方たちに発信していただくことで、日本の茶産業も変わってくると思うので、「スポークスマン」になっていただけるような方とのコラボレーションもできると良いなと思います。

image: World Matcha 開発中の業務用マシン

―最後に、抹茶ビジネスを展開していく上で大切にしたいことを教えてください。

 若い頃はたくさんコーヒーを飲んでいましたが、気付けば「お茶まみれ」の人生です。だからと言って、おいしいお茶を作れるわけじゃないし、僕なんかよりお茶に詳しい人は全然たくさんいます。ですが、色んな人を繋いでこういう風に抹茶ビジネスを構築できる人はあまりいないと思うんです。だからこそ、このビジネスをやらせていただいていると思っています。

 大切にするべきことは、「和」を満たしていくということに尽きると思います。「平和」とか「調和」とかありますし、このマシンにも漢字は違うけれども「輪」がデザインされています。あと循環という意味でもあり、日本のお茶の価値を世界中の人に知ってもらってファンになってもらえば、それは結局、適正価格での購入という形で日本の生産者の方にも還ってきます。そうして、消費者にも生産者にも自然環境にも良い、近江商人の「三方良し」のような循環を作っていきたいです。

塚田 英次郎
創業者 / 代表取締役
1998年に東京大学経済学部を卒業後、新卒でサントリーに入社。21年間にわたり日米で飲料事業の新商品開発、新規事業開発を行った。サントリー時代は「DAKARA」「Gokuri」「伊右衛門 特茶」などのヒット商品を生み出した。2019年にWorld Matcha Inc.(米国法人)とWorld Matcha株式会社(日本法人)を創業、現職。



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