日本国内のドローンビジネス市場規模は2024年度には4,684億円、2028年にはその2倍の9,000億円超になると予測されている*。ドローン市場の拡大が見込まれる中、急務となっているのがインフラ構築だ。福岡発のスタートアップ、トルビズオンは、ドローン航路直下の土地所有者と、ドローンを飛ばす事業会社をつなぐプラットフォームを構築し、ドローンの安全運航のサポートを目指す。単なる法的なクリアランスではない、地域住民との合意形成を基盤とした「真の意味での空の自由化」をミッションに掲げるトルビズオン代表取締役の増本衛氏に、同社が描く未来像について聞いた。

*出所:インプレス総合研究所「ドローンビジネス調査報告書2024」

目次
ドローンに着目したきっかけ
「空の道」が解決する課題とは
地域の大手インフラ企業と実証実験
「日本発社会インフラ」を世界に広げる

ドローンに着目したきっかけ

―起業に至った経緯を教えてください。

 新卒で入社したのが、日本テレコム(現:ソフトバンク)でした。当時は通信会社が電話会社からデジタルへと脱却していく過渡期で、最先端のIT企業というイメージがあったからですね。NTTやKDDIとともにJR系の日本テレコムも、業界全体が大きく変わろうとしている時で新たなイノベーションが起こる真っ只中に身を置くことができました。その後、ソフトバンクによる買収など、激しい変化も経験しましたね。私のビジネスの原点にある、「新たなイノベーションを起こすこと」への関心は、今も変わっていません。

 その後、同社を退職し一時期は家業の立て直しのため実家へ戻ることにしました。でも、やはりITをベースにした新しい産業に関わりたいという思いが強くなり、トルビズオンの起業を決意します。2014年のことです。

 トルビズオンの創業当初は、SNSと動画分野に注目していました。今では当たり前になっているYouTuberも、まだ存在しない時代です。アイドルグループのプロデュースを手掛けて、SNSを使った情報発信をサポートしたり、自治体や病院が自前でメディアを持つためのアドバイザリー業務も行っていました。

―ドローンビジネスに参入したきっかけは?

 創業のころからドローンのことは知っていて、ビジネスに活用できないかと研究は行っていましたが、当時はまだおもちゃレベルでビジネス用途には耐えられませんでした。ところが、2015年ごろからドローンで鮮明に撮影ができるようになり、その可能性に衝撃を受けました。それまで空からの映像撮影というと、ヘリコプターをチャーターするしかなくて、大手メディアの特権みたいなものでした。それが、ドローンで手軽に実現できることに感動しましたね。

 さらに、単なる空撮手段としてだけでなく、産業全体の構造を変えられる革新的なツールになると直感したんです。カメラが搭載されているという特性を生かせば、点検や広範囲でのセキュリティ監視など、さまざまなソリューションに展開できると考えました。

 2016年ごろから、企業向けのドローンビジネスコンサルティングを本格的に始めました。当時はまだドローンに関する法規制も整備段階で、事業部を持つ企業もほとんどありませんでした。時勢を先取りする形で、ドローン操縦士の育成から機体の選定、さらにはドローンを活用した事業構想の策定まで、包括的なサポートを提供していきました。

 それと並行して、交通インフラや通信、電力などの大手企業とともに福岡都市圏を中心とした産学官民プラットフォーム「九州ドローンコンソーシアム」を設立して、ドローンビジネスモデルの実証実験などを重ねていきました。福岡市のサポートも得て、シリコンバレーやフランスのトゥールーズ、ボルドー、中国の広州など、ドローン先進地域への視察も行いました。こうした経験から、ドローンインフラ事業というビジョンを徐々に形作っていきました。

増本 衛
代表取締役
九州大学経済学府産業マネジメント専攻(MBA)卒。大学卒業後、日本テレコム(現ソフトバンク)に営業職として入社。2014年にトルビズオンを起業し、ドローン事業を立ち上げた。その後、ドローンの社会受容性を高めるため、「sora:share(ソラシェア)」モデルを考案し、ビジネスモデル特許を取得。同事業モデルの紹介で、テレビ東京「ガイアの夜明け」やTBS「がっちりマンデー!!」などメディアに多数出演。

「空の道」が解決する課題とは

―「空の道」の構築は、どのような課題を解決するのでしょうか。

 根本的な課題は、少子高齢化で労働力が減少してインフラの維持管理や、災害時の復旧対応が困難になっているという、日本が直面している深刻な社会問題です。これらの課題をドローンで解決できると考えています。

 そのためには、ドローンが社会に広く受け入れられる必要があり、それには2つの大きな壁が存在します。一つは安全性の担保。航空法による規制は非常に厳格で、飛行禁止区域や飛行方法に関する細かいルールが設けられています。例えば、人との距離は30メートル以上離さなければいけないし、目視外飛行も原則として禁止です。

 もう一つが社会受容性で、これが特に重要だと捉えています。例えば物流用のドローンは、一般的にイメージされるドローンよりも大きな機体で、本体重量も10kg程度あります。これが定期的に家の上を飛ぶことを、地域住民の方々に受け入れていただかないといけません。法規制をクリアできたとしても、ドローン航路となるエリアの住民理解が得られなければビジネスとして成り立ちません。

「空の道」を敷設する私たちの取り組みは、この社会受容性の問題に正面から取り組むものです。この事業を支える技術基盤として、「スカイドメイン」という独自の技術を開発しました。これは空路のリスクをデータベース化して、地域の合意情報も含めた包括的なデータセットなのです。土地所有者の合意を得ている地点をつなぎ合わせた「空の道」を提供する「S:ROAD(スカイロード)」や、土地所有者が上空にドローンを飛行させる同意すると、収益化が可能な「sora:share(ソラシェア)」といった具体的なサービスは、すべてこの技術の上に構築されています。

―スカイドメインの特徴は?

 単純にA地点からB地点への最短距離を結ぶのは誰でもできます。確実に利用できる航路とするには、住民の方々との対話を通じて、安全性と住民の受容性との両面で最適な経路を見いだす必要があります。全国各地で行っている実証実験では、実際に地域住民との対話を重ねて空路を設計していきました。

 航空法の基準をクリアして国から許可を得ただけでは、実際の運用は難しいです。私たちは、地域住民との丁寧なコミュニケーションを重視しています。例えば、最短距離で直線的なルートを引くのではなく、住民の方々の声を聞きながら、川沿いを活用するなど、リスクの低い経路を探っていきます。

 アナログで手間のかかる作業に思えますが、私たちはこのプロセスを体系化しました。住民説明会のプレゼンテーション資料から合意書のフォーマットまで、必要な書類や手順をパッケージ化しています。

 このアプローチは、Airbnbのビジネスモデルにも似ています。Airbnbが誰でも部屋を貸し出せるプラットフォームを提供しているように、私たちも誰でも土地の上空を空路として貸し出せる仕組みを確立しました。地域との合意形成という複雑なプロセスを、再現可能な形で標準化することで、持続可能なビジネスモデルを実現しているのです。プロセスで得られたノウハウは、すべてスカイドメインのデータベースに蓄積されていきます。

image : トルビズオン HP

地域の大手インフラ企業と実証実験

―事業が抱えている課題や、乗り越えるべき課題は、どのようなものでしょうか。

 最大の課題はリソース不足です。私たちが掲げるビジョンは非常に大きく、長期的な取り組みですが、大手企業のような基礎体力があるわけではありません。そのため、小規模なビジネスのプロトタイプを作りながら、それを着実にアピールして、ビジネスモデルを確立していく必要があります。

 知名度の不足も大きな課題です。テレビ番組でも取り上げていただいているのですが、ドローンそのものがまだ広く飛んでいない現状では、私たちの事業の価値が伝わりにくい面がありますね。特に「空の道」という概念は、実際に目に見えない仮想的なインフラなので、一般の方々には分かりづらいかもしれません。

 それと、ドローン産業全体の発展スピードとの調整も課題です。技術の進展と法規制の緩和、この2つがキードライバーになっています。技術面では、ドローンの性能向上とコストダウンが必要です。量産化が進まないと価格が高止まりして、市場への浸透が遅れてしまう。

 法規制については、2015年の首相官邸でのドローン落下事件以降、一気に規制が強化されましたよね。その後、徐々に緩和の方向に向かっているのですが、国際競争力の観点では、アメリカや中国に比べてまだ遅れを取っている状況です。

―大企業との提携について、意向を聞かせてください。

 大企業との連携は積極的に推進したいと考えています。私たちの事業は本質的にインフラ整備なので、電力会社や鉄道会社、通信会社など、既存のインフラ企業との協業は不可欠です。すでにJR九州商事やNEXCO西日本とは実証実験を行っていて、共同開発も一部実施しています。送電線や線路、高速道路を敷設するには、用地取得が必要で用地部門を持っています。自治体や地域との交渉ノウハウはすでに何十年も蓄積されていて、私たちからすれば大先輩です。その交渉モデルを共に検討した経験もありますし、今後は一緒に実証実験などを重ねて信頼関係を築いたその先に、出資・資本提携という道筋もあろうかと思います。

「空の道」事業は、エリア限定では意味が薄いですから広域連携である必要があると考えています。また一企業による独占的なものになってはいけないものだと認識しています。そのため、できるだけ多くのインフラ企業から少しずつ出資いただき、オープンなプラットフォームとして発展させていくのが理想的だと考えています。

image : ART STOCK CREATIVE / Shutterstock

「日本発社会インフラ」を世界に広げる

―今後の事業ロードMAPおよびマイルストーンを教えてください。

 具体的な目標として、2026年度末までに4,000本の「空の道」を作ることを掲げています。これは全国1,700ある自治体ごとに平均3本程度の空路を設置するイメージですが、特定の地域に集中的に100本程度の空路を設置するような形も考えられます。ただし、これは法規制の動向やニーズを見極めながら、柔軟に対応していく必要がありますね。2025年度内には、どのような方向性で展開していくかの判断を行う予定です。

 私たちの強みは、早くから社会受容性の問題に取り組んできたことなのです。住民説明会の実施方法から合意形成のプロセス、必要な文書のフォーマットまで、すべてを体系化しています。これにより、誰でも空路を展開できる仕組みを確立してきました。

 自治体との連携も戦略的に進めていて、特に災害対策の観点では、単独の自治体ではなく、県単位での広域連携が重要だと考えています。実際に、福岡県と防災協定を締結したのですが、これを皮切りに、この取り組みを全国に広げていきたいですね。

 自治体同士の連携も大切で、ある自治体での取り組みを別の自治体の方に見学に来ていただいて、そこから新たな連携が生まれるようなことも実際に起きています。一つの成功事例を作って、それを横展開していく。そういった地道な活動が大切だと考えています。

 法規制への働きかけも重要な課題ですが、小規模な企業が単独でロビー活動を行うのは現実的ではありません。そこで、自治体や大手企業との連携を通じて、より効果的な提言活動を行っていきたいと考えています。積み重ねた運用実績を基に規制のあり方を提案していくという地道な活動が、最終的には社会全体のためになると信じています。

 私たちにとって大切なのは、このインフラをしっかりと完成させることです。単なる利益追求ではなくて、社会インフラとしての完成を目指す。日本発の「空の道」モデルを世界に広げていくことが私たちの究極的な目標です。



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