阪神・淡路大震災で被災した自身の原体験から、東日本大震災の発生後には現地にボランティア活動に赴いた村上建治郎さん。現場に足を運んだからこそ痛感した、メディア報道と被災地の実態のギャップという課題解決に取り組むため、SNSにアップされる情報などをAI処理することによってリアルタイムの災害・リスク情報を提供するSpectee(スペクティ、本社:東京都千代田区)を創業した。サービスは全国各地の自治体で導入され、2023年11月には製造業のサプライチェーン・リスク管理サービスも新たにローンチ。村上CEOに創業に至った理由や、サービスに込めた思いを聞いた。

目次
メディア情報と被災地の実態のギャップを痛感
Specteeが提供する2つのプロダクト
リリースから4年で契約数が5倍に急増
防災予算は無限じゃないから、バランスが大事

メディア情報と被災地の実態のギャップを痛感

―Specteeを創業された経緯についてお聞かせください。

 私が大学生の時、阪神・淡路大震災が起きて、当時住んでいた神戸市灘区のアパートが潰れました。幸い私自身は無事でしたので、東京の実家には戻らず、避難所で生活しながらボランティアに従事しました。その後、IT業界で働いていましたが、シスコシステムズに勤めていた2011年に東日本大震災が発生し、阪神・淡路大震災での体験があったので、現地にボランティアに入ることにしました。

 その時、宮城県石巻市からのテレビ中継を見ていたら、ボランティアセンターの受付に長蛇の列ができていて、リポーターが「全国からこんなにボランティアの方が集まっています」と報じていました。それを見て、今から石巻に行っても仕方がないと思ったので、隣接する東松島市に行ったのですが、そこにはボランティアがほとんどおらず、受付の方も「本当に人手が足りなくて困っている」というのです。石巻とのギャップに驚きました。

 その後もボランティアで東北各地を回りましたが、陸前高田や大船渡など「象徴的」な地区についてはマスメディアが大きく報じ、ボランティアなどの人も集まるのに、その隣の地区には人が来ていない。被災地の実態とマスメディアが伝える情報が乖離していると思いましたし、そのミスリードによって本当に手が足りていないところに人が回っていかないことに大きな課題を感じました。

 一方、Twitter(現:X)などを見ると「ここでボランティアを募集している」「こういう物資が不足している」といった情報をリアルタイムに伝える投稿がアップされており、IT業界で培った知見を基に、SNSを活用して課題解決ができるのではないかと考えるようになりました。そこで、その年に当時勤めていた会社を退職して、Specteeの前身となる「ユークリッドラボ」を設立し、被災地の状況やボランティア募集などの情報を収集して、地図上にプロットするコミュニティサイトをまず立ち上げたんです。

―現在のSpecteeのプロダクトの開発に着手したのはいつごろですか?

 2012年後半に開発をスタートし、SNSにアップされる大量のテキスト情報や写真、動画を処理するために、当時話題になりつつあったAIを活用することにしました。カリフォルニア大学バークレー校がオープンソースで提供していたAIシステムを自社でカスタマイズし、発信場所の特定や信ぴょう性の判断を自動でできるようにして、2014年にベータ版をリリースしたんです。しかし、当初は個人ユーザー向けのスマホアプリとしてサービスを提供しており、なかなかユーザーを獲得できずに苦戦しました。

 サービスを収益化するためにはBtoBに舵を切った方がいいと判断し、デジタルガレージ社が運営するスタートアップ育成プログラムに応募して、伴走してもらいながらターゲット候補のさまざまな企業にヒアリングを行いました。そこでくみ取ったニーズに合わせてプロダクトをブラッシュアップし、2014年に改めてBtoBのサービスとしてリリースしました。

村上 建治郎
代表取締役CEO
米国ネバダ大学理学部物理学科卒、早稲田大学大学院商学研究科修了。ソニー子会社のテレビ番組制作会社エー・アイ・アイで、デジタルコンテンツの事業開発を担当。その後、米Charles River Laboratories、シスコシステムズでの勤務を経て、2011年に同社を退社し独立。東日本大震災の発生直後から災害ボランティアを続ける中で、被災地からの情報共有の脆弱性を実感しユークリッドラボ(現・Spectee)を創業。

Specteeが提供する2つのプロダクト

―御社のプロダクトの特長について、詳しくお聞かせください。

 当社のプロダクトには、災害発生時の被害状況を可視化する「Spectee Pro」と製造業のサプライチェーンのリスクを管理する「Spectee SCR」の2つがあります。

 Spectee Proは、BtoB向けにカスタマイズしたSpecteeをさらに2020年にアップデートしたもので、災害発生時の被害状況をリアルタイムで可視化するサービスです。XやInstagram、Facebookなど世界中のSNS投稿の中から有益な情報を瞬時に取り出すとともに、気象データや地震情報、衛星画像、全国の道路・河川に設置されている公共の監視カメラの画像・動画情報を収集。複数の情報を一元管理して、リアルタイムの被害状況を地図上に表示するのと同時に、AIが蓄積している過去のデータを組み合わせ、災害発生後の被害範囲などのリスクも分析・予測しますので、BCP(事業継続計画)対策や防災・災害対策に役立てることができます。

 また、事前に登録しておいた拠点周辺の状況をアラートで知らせ、災害発生直後に「○○工場で火災発生」などと音声アナウンスし、メールやスマホアプリにも即時通知します。さらに、これは有料のオプションサービスになりますが、物流・運行などを停滞させる事象や危機が発生した地域を走る車の走行速度や位置情報などのデータを取得し、それを解析することによって、最適なルートの提案も行います。

 Spectee Proは、47都道府県の地方自治体で導入済み、あるいはトライアルが行われているほか、官公庁や民間企業でも導入が進んでいます。民間企業の場合は、全国にチェーン店を展開しているコンビニやスーパー、配送センター、電力やガスなどのインフラ企業、住宅メーカーや建設会社といった業界にご利用いただいていますし、テレビ局や新聞社など主要な報道機関のほぼすべてに導入されていますね。

image : Spectee 「Spectee Pro」のサンプル画面

―Spectee SCRについてはいかがですか?

 Spectee SCRは、製造業のサプライチェーンのリスク管理に特化したサービスです。さまざまなサプライヤーから部品を調達して製品を作っている自動車メーカーや家電メーカーなどは、サプライヤーの一つが被災して操業できなくなると、製品が作れなくなってしまうリスクがあります。

 そのようなリスクに対処するために、Spectee SCRは各種情報を取得してサプライヤー周辺で起きる災害や事故などの危機を把握するとともに、各サプライヤーとのつながりや取り扱っている部品などを可視化し、サプライチェーン全体に関わるリスクを自動分析します。そして、災害・事故情報に照らし合わせて、どのサプライヤーが被災している可能性が高いかなどの判定を行い、納期が遅れる可能性や、それによる生産活動への影響を予測するため、迅速・的確な対応が可能になります。

―近年では、新型コロナウイルスの流行によるサプライチェーンの混乱などもありましたが、Spectee SCRはそのような災害・事故以外のリスクについても対応しているのですか?

 はい。感染症やサイバー攻撃、地政学リスクなどのインシデント(重大事件・事故が発生する恐れのある事態)を把握し、リスク管理に反映させます。製造業のサプライチェーンはグローバルに広がっていますので、ロシアによるウクライナ侵攻やイスラエルによるパレスチナ攻撃をはじめとする海外での戦争・テロはもとより、アメリカやオーストラリアでの大規模な山火事なども含め、リスクになり得る情報はすべて拾えるようになっています。

image : Spectee 「Spectee SCR」

リリースから4年で契約数が5倍に急増

―御社の事業の収益モデルや商流、競合についてお聞かせください。

 Spectee Pro 、Spectee SCRは、クラウド型SaaSを提供していますので、基本的にはユーザー数が増えれば、収益は拡大していきます。また、自動車の通行実績データから物流・運行ルート上の危機を回避する最適なルート提案を行うサービスなど、有料オプションがいくつかあり、それも収益になっています。

 セールスについてですが、当社の主力メンバーはエンジニアで、営業にはあまりリソースを割けないことから、NTTデータさんやNTTビジネスソリューションズさんをはじめとする販売パートナーの方々の力を借りて、営業を展開しています。売上の7割以上は販売パートナー経由です。シスコシステムズ時代にパートナービジネスを行っていたので、その経験が活かされています。

 競合については、細かなサービス単位では存在しますが、それらを全部手掛けている会社はほとんどありませんね。当社は災害・リスク情報の収集提供から管理までトータルのパッケージを提供している点で、非常にユニークだと言われています。

―これまでの業績の推移や資金調達の状況について教えてください。

 Spectee Proの提供を開始したのが2020年の3月で、当初の契約数が200程度だったのが、2024年7月時点で1000件を突破しました。Spectee SCRは、2023年の11月にリリースしたばかりですので、実績はまだまだですが、自動車関連メーカーや半導体関連メーカーからの引き合いが急速に増えています。資金調達に関しては、最初にデジタルガレージ社に投資いただいたのを皮切りに、今までにシリーズDまで実施し、累計25億円を調達しています。

image : Spectee

防災予算は無限じゃないから、バランスが大事

―今後の事業展開や目標についてお聞かせください。

 Spectee Pro 、Spectee SCRの事業拡大はもちろんですが、今もう一つ進めているのが海外展開で、今秋グローバル版のSpectee Proのフィリピン向けバージョンをリリースする予定です。フィリピンは日本と同じ島国で、台風・地震・火山などによる自然災害も多く、気候変動に対して脆弱な国の一つです。

 当社は、ビジネスとしての成功可能性が高く、また同国の災害対応能力の底上げに大きく貢献できるとの判断から、フィージビリティ・スタディを行ってきましたが、2023年末に当社の「フィリピン国 SNS情報を活用したAIリアルタイム危機管理情報システムに係る普及・実証・ビジネス化事業」が、独立行政法人国際協力機構(JICA)の「中小企業・SDGsビジネス支援事業」に採択されました。同事業での実績を基に、今後タイ、ベトナム、インドネシアなど、東南アジアへの展開を進めていきたいと思っています。

―今後、どんな企業とどのような形でパートナーシップを組んでいかれるお考えですか?

 リリースから間もないSpectee SCRのビジネスをどんどん拡大していきたいと思っていますが、これは製造業向けのサービスなので、我々単独でユーザーを開拓するのは難しい面もあります。ですので、製造業に販売ルートのあるパートナーに力を貸していただくことが重要になってきます。また、海外ビジネスに関しても、現在はJICAさんのサポートを受けながら進めていますが、ベンチャー企業が海外に進出するのは体力的に厳しいので、今後はグローバル展開されているような企業とパートナーシップを組んでいければと考えています。

―御社の将来のビジョンをお聞かせください。

 南海トラフ地震臨時情報のニュースなどもあって、防災への意識が高まりましたが、いざ防災対策をしようと思っても、何から手をつけていいかわからないという方もいらっしゃると思います。中には、大手のリスクコンサルを入れているところもあるでしょうが、防災対策というのは、やろうと思えばどれだけでもやれる反面、お金もかかりますので、予算を無尽蔵に投じるわけにもいきません。やはり、重要なのはバランスです。

 われわれのサービスは、常時モニタリングを行って災害やインシデントの発生を瞬時に察知・可視化し、どのような対応をすればいいのかすぐに判断できるようサポートしますし、導入も簡単で使い勝手がよく、コスト負担も少ないので、手軽にお使いいただけます。能登地震の際には、多くのお客様から「Specteeを入れておいてよかった」という声をいただきましたが、何か起きた時にSpecteeがお役に立てるよう、さらにユーザー層を広げ、危機に強い社会を実現していきたいと思います。

―Specteeは人の命を守る意義あるサービスだと思いますが、御社に興味をお持ちの企業の皆さんに、改めてメッセージをお願いします。

 企業の危機管理やBCPに関しては、今までほとんどDXが進められておらず、アナログな手法での取り組みしかなされていません。しかし、気候変動による災害の激甚化や、ウクライナ問題をはじめとする地政学的リスクの増大など、企業活動に対するリスクは年々高まっています。危機管理のDXを推進することで、より適切で効率的な対策ができるようになるはずですし、事故・災害が発生しても被害を最小限に抑え、いち早く復旧させることができます。当社は、「社会のレジリエンスを高め、持続可能な世界を実現すること」をパーパスとして掲げていますが、ぜひ一緒に、危機に強い企業・社会を作っていきましょう。



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