目次
・大阪ガスの研究からスタートアップ創業へ
・SPACECOOLの「放射冷却技術」の特徴
・ゴアテックスのビジネスモデルがお手本
・目標は「世の中をスマートサーフェス化」
大阪ガスの研究からスタートアップ創業へ
―起業に至るまでの経緯を教えてください。
当社の技術開発は、2013年に大阪ガスで始めた光工学の研究にさかのぼります。その研究を通じて、まずは非常に高温のガスの炎から出る光(輻射熱)を制御する技術の開発が始まりました。2017年に、その技術も活用して新たに放射冷却素材の研究開発を始めます。そして現在販売している放射冷却フィルムにつながる素材の開発に至ったのが2019年のことです。
その年の冬、当時の大阪ガス副社長から、開発した素材をどう事業化するかという相談をされます。大阪ガス社員だった私は、スタートアップ型でこの研究テーマをビジネス化したほうがいいなと思ったので、ぜひやらせてくださいと伝えました。それから1年半後の2021年4月に、大阪ガスの経営会議を通じてSPACECOOLを創業しました。大阪ガスに社内ベンチャー制度はないのですが、社長も「新しい市場を開拓する研究開発は、やはりスタートアップ型で進めるべき」というアドバイスをくれまして、それで立ち上げたというような感じですね。
創業メンバーは、私と現在CSOを務める宝珠山の2名です。宝珠山はSPACECOOLにも出資したVCの社員で、創業前からビジネスパートナーとして相談していました。創業時は宝珠山が社長を務め、2024年1月から私が代表取締役CEOとなりました。
―CEOになった経緯と、就任後に変化したことについてお聞かせください。
実は、創業時から「スタートアップは技術が第一だから、技術者の末光が社長をするべき」という話はありました。しかしSPACECOOLは、大阪ガスが49%を出資し、VCと共同設立したスタートアップなので、大阪ガスの社員だった私が社長になると、大阪ガスの連結子会社になってしまうんですね。そうなると毎月の与信管理などが重荷になり、「社内の研究所でやっていたほうがよかった」といった話になりかねません。そのため当初は、宝珠山自身も「暫定社長」と言っていたように、私が大阪ガスを辞めるタイミングまで引き受けてもらい、2024年にCEOを引き継いだわけです。
肩書きがCEO兼CTOとなり、変化したのは「責任」です。技術面でも経営面でも、うまくいかなければ全部自分の責任になってくるので、責任の範囲がかなり広くなったというのは強く感じています。
また、社長としてフェアに判断しないといけない場面が増えました。今までは自分の本心をちょっと隠して「上司に聞いてみます」と言いながら、ワンテンポ置いて自分の本音を言うこともできました。最終責任者の自分が、その場で答えないといけない、その重責を最近は強く感じます。

2013年より大阪ガスにとって新領域であったフォトニクス(光工学)分野の研究開発の立ち上げを行い、京都大学大学院電子工学専攻野田進教授と共同実施した熱光発電(TPV)の研究ではフォトニック結晶を用いた光制御によって、当時マサチューセッツ工科大学(MIT)が保有していた発電効率の世界記録を大きく超える効率を記録し、Nature Photonicsをはじめ数々の媒体で成果が取り上げられる。社会人博士として京都大学大学院に進学し、2019年に博士(工学)を取得。
SPACECOOLに繋がる「放射冷却素材」の研究開発は2017年に大阪ガスで独自に立ち上げ。事業化のために2021年4月にWiLと大阪ガスの出資を受けスタートアップSPACECOOLを設立し、出向する形でCTOに就任。2023年12月に大阪ガスを退職。2024年4月より代表取締役CEOに就任。
SPACECOOLの「放射冷却技術」の特徴
―SPACECOOLの技術的な特徴はどこにありますか?
当社が提供するのは、放射冷却技術によってエネルギーを使わずに宇宙空間へ熱を放出できる仕組みを持つ素材です。この素材で建物や機械を覆えば、直射日光の当たる環境でも、ゼロエネルギーで外気温よりも低い温度を実現できます。
放射冷却とは、地表のエネルギーが遠赤外線の形で宇宙空間に逃げていく現象です。8~13μmの赤外線が大気を通過して地球外へ出て行く「大気の窓」と呼ぶ波長帯があります。これに着目し、熱を赤外線へと変換して「大気の窓」から宇宙へ放射し、熱を逃がす構造を作りました。
しかし、それだけでは日中は冷えません。普通の素材では太陽光から受ける熱のほうが、放射冷却による放熱よりも大きいためです。そこで、当社の素材は複数の樹脂を多層構造にし、太陽光のインプットを極限までゼロにして、放射冷却のアウトプットを95%以上にすることで、常にアウトプットが大きい状態を実現しています。熱の差し引きはマイナスになるので、日光が当たっていてもゼロエネルギーでの冷却が実現できるわけです。
自社製品としては、フィルムやマグネットシートなどがあります。また、「SPACECOOL」素材を採用していただいたテント生地や防水シートなどの他社製の商品もあり、今後は素材としての提供も増やす予定です。
―競合他社の製品との違いはどのような点でしょうか。
競合製品との違いはいくつかあります。1つが耐久性です。私たちが行っている加速試験では、SPACECOOLの製品は約15年間の耐久性があり、競合との比較で高い耐久性を確認しております。
2つ目は、製品ラインナップの豊富さです。フィルムのみならず、マグネットシートや防水シート、テント生地など様々な形態での提供が可能です。
3つ目は、フッ素未使用という点です。近年欧州を中心にフッ素樹脂を規制する動きがありますが、我々は使っておりませんので、グローバル展開するうえでの障壁が少ないです。
image : SPACECOOL HP
ゴアテックスのビジネスモデルがお手本
―目指しているビジネスモデルについて教えてください。また、国内企業との提携意向はありますか?
特に今力を入れているのは、プラットフォームビジネスです。例えば、「GORE-TEX」がスポーツブランドの上着や鞄などに使用されて機能性素材のブランドとして確立しているように、当社も自分たちで最終製品を作るのではなく、パートナー企業様などに放射冷却素材を活用していただき、その企業様の商品として展開していく形を考えています。
具体的に言うと、国内ではシート防水のパイオニアであるロンシール工業様との共同開発製品であるコンクリート屋根向けの工業用防水シート(防水性能を持つシートに放射冷却性能を付与)などがあり、東京都交通局品川営業所やネッツトヨタ埼玉熊谷店にも実際に導入いただいています。今後は、グローバルでもこうしたメーカー様との連携を進めていく方針です。
また、第三者評価につながる実証実験での提携も重視しています。自分たちでやろうと思えばできるかもしれませんが、材料屋である私たちがやるよりも、大学や大企業と協力して行う実証実験のほうが客観的で説得力もあります。ホンダ寄居工場での実証実験はその好例です。外部からの評価や公表で、さらにSPACECOOLの信頼性を高めていきたいです。
―海外展開では、どの地域をターゲットとしていますか。
私たちのビジネスの強みは、「熱さ」という全世界共通で抱えている課題に対応する点です。それこそ売上のかなりの比率を海外市場から得なければならないと思っています。現在、海外展開先として特に注力しているのがサウジアラビアです。気温が高い地域であるとともに、カーボンニュートラルに対する投資額が増えているため、サウジアラビアで海外ビジネスのモデルケースを作ろうと取り組んでいます。
次のターゲットとしてはASEANやアメリカ大陸ですが、地球をぐるりと一周するように、グローバル市場の開発と展開も狙っていきたいと考えています。それには、各国の販売代理店との連携強化が重要です。地域の特性に合わせた展開戦略を立てながら、グローバルでのブランド認知も同時に高めていきたいです。
目標は「世の中をスマートサーフェス化」
―今後の目標について教えてください。
大阪ガス時代から、複数の研究テーマを立ち上げていましたが、いずれもカーボンニュートラルに関連する研究開発を一貫して行ってきました。研究者として、次のテーマを立ち上げるならば、やはり今の時代や時代性に適した案件であるべきだろうという思いからです。ただ、省エネやCO2削減というのは効果が10年後に出てくるような気の長い話で、しかも全世界が協力しないと成果が見えづらい。そういう意味では、モチベーション維持も簡単ではありません。
その点、放射冷却素材は即効性があります。例えば、「暑さでエラーが発生し、機械が止まる」といったスケールの問題に対しても、素材を貼ればすぐに解決できます。そして、CO2削減にも間違いなくつながります。地球温暖化は誰もが肌で感じられるレベルの、喫緊の課題です。その課題に対して即効性のある解決策を提供できることに、研究者としても非常にやりがいを感じます。企業として目指しているのは、評価額10億ドル以上のユニコーン企業となることです。そのためには、単なる放射冷却素材の企業ではなく、放射冷却素材を基軸としたスマートサーフェス事業へと展開する必要性を感じています。放射冷却素材で建物の外観をスマート化する事業を進めていきます。
最終的には、世の中全体をスマートサーフェス化したいです。売上を上げることも大事ですが、地球温暖化による気温上昇は世界的な問題となっていますので、建物の外側を変えることによって、ヒートアイランド現象も緩和できるでしょう。この素材自体が地球温暖化対策の糸口になる可能性は大いにあると思ってますので、地球温暖化現象そのものの解決へと、最終的につなげていきたいです。