(2020年にInsurance Acquisition Corp.が買収。2023年6月追記)
横行する保険の不正請求を防ぎたい
欧州の保険業界団体である保険ヨーロッパ(Insurance Europe)の推計値によると、多くの国で保険金支払額には10%前後の不正請求が含まれるとされており、保険業界に大きな影響を与えている。
保険金詐欺を検知する手法として、従来、レッドフラッグ(危険信号)を用いたルールベースシステムの運用が一般的だったが、誤検知や検知漏れ、追加調査に手間がかかる、新たな組織犯罪に対応できないなどの問題があった。
こうした課題に対し、Shift Technologyの共同創業者兼CEOのJeremy Jawish氏は、保険会社でインターンとして不正検知の数理モデルを研究していた頃、AIや機械学習を利用した不正検知ソフトウェアサービスを開発したいと決意する。そしてJawish氏は2013年、保険会社のインターン時に知り合ったEric Sibony氏(現在はCSO)と、コンサルティング会社で短期間勤務していた際に知り合ったDavid Durrleman氏(現在はCTO)とともにShift Technologyを創業した。
当初、このようなアプローチは保険業界では無視されていたため、保険会社に真剣に検討してもらうよう説得するのは大変だったとJawish氏は振り返る。だが、いくつかのシード資金と初期の顧客のおかげで、サービスの有効性が発揮されると風向きが変わった。ある自動車保険会社とのトライアルで、Shift Technologyのソフトウェアが検知したアラートの75%が、実際に不正な請求であると判明したのだ。
契約、請求、代位までカバーできる不正検知製品群
すでに米欧では、保険会社と業界団体をあげて外部データベースなど情報源の活用や、ITツールによる自動化が進む。どのような不正検知技術も絶対ではないため、複数の技術を組み合わせるのがトレンドだ。
Jawish氏は、「私たちは創業以来、いくつかの製品を開発してきました。最初の製品は、私たちが『writing fraud detection(書面上の詐欺検出)』と呼んでいるものです」と述べ、保険業界に特化した検知製品のいくつかを紹介した。
Shift Underwriting Fraud Detection(引受不正検知)は、顧客が保険契約を締結する時、契約内容に疑わしいものがないかどうか検知できるもの。不正行為を早い段階で取り除くので、調査効率のスピードアップにつながる。
Shift Claims Automation(保険金支払プロセスの自動化)は、顧客が保険金を請求する時、いくつかの質問を投げかけて、偽装がないか、補償される内容かどうかアルゴリズムを用いて判断するもの。保険会社は、アジャスター(保険事故の損害調査業務を行うスタッフ)を派遣すべきか早期に判断できるため時間短縮につながる。
また、クレームの不正を検知するShift Claims Fraud Detection(保険金不正請求検知)や、責任のある第三者に保険金と損害賠償金との二重取りをさせないよう検知するShift Subrogation Detection(保険代位検知)などもラインアップされている。
なお、すべて製品群には、金融テロリストやブラックリストなどのデータベースを基に、疑わしい人物を検出するShift Financial Crime Detection(金融犯罪検知)を搭載する。
データサイエンティストを魅きつけてやまないAI予測力
Shift社のアルゴリズムは、法令情報、刑事・民事情報、不正情報のデータベース分析のほか、契約情報や報告書、写真、動画など非構造化データのテキストマイニング、ブログ、Twitter、Facebookなどソーシャルメディアメディア分析など、データの種類に応じて検知パターンを設定できる。保険業界に特化してアルゴリズムの改良と微調整を行ってきたため、顧客数が増えれば増えるほど、システムは常にデータプールから学習していき、競合他社に対して優位性を保つことができるというわけだ。
Image: Shift Technology HP
保険分野に特化したデータサイエンティストを100名以上抱えるというJawish氏は、「保険請求が認められるか、偽りのない請求なのかという不安を、AI予測は軽減することができます。AIがこれほどインパクトを与えているプロダクトはありません。データサイエンティストとして、人々の生活に影響を与えられる仕事でしょう」と、AI技術のメリットが人々の生活に直接インパクトを与えるからこそ、データサイエンティストとしてやりがいを見出せる職場になっていると説明した。
コロナ禍によって保険会社に問い合わせが増加したことも、Shift Technologyの成功を加速させている。リモートワークになった従業員が、自宅で顧客対応できるツールがなく、ストレスを多く抱えることになったため、保険会社がソリューション導入を必須と考えるようになったからだ。
パリ、ボストン、シンガポールのほか、東京にもオフィスがあり、三井住友海上火災保険、セゾン自動車火災保険、メットライフ生命など多数の保険会社が利用している。日本は同社にとって、「最高の市場のひとつであり、データサイエンティストやプロジェクトマネージャー、お客様サポートなどを多く採用しています」と積極的な投資を行いたい場所とした。
保険会社と「顧客の安心のために」が使命
2021年5月、3億2000万ドルの資金調達を、アメリカの大手VCであるAccelやBessemer Venture Partnersなどから得た。新しい国や事業領域に進出するよりも、引き続き保険分野に特化していきたい考えだ。目標はあらゆる方法を使って顧客を助けられるよう、1つの製品だけでなく、同社の全ての製品群が展開されるよう注力していくことだ。
欧州では保険詐欺機関ALFAを通じて、保険会社同士で不正請求を検出する情報共有も盛んだ。今後は、詐欺との闘いを会社単位ではなく、複数の保険会社が一体となったコンソーシアムを通じて行われるように、不正行為を調査できるような仕組みを構築していく予定。
Jawish氏は「人々が保険会社を利用するのは、問題が発生したときにサポートしてもらいたいからです。私たちのミッションは、保険会社がお客さまに寄り添うことができるように、最大限の支援をすることです」と、一部の不正行為によって保険の価値が損なわれることなく、人々の本物の安心につながるよう努力していきたいと、その使命を述べた。