600億通りから選ぶ「カスタマイズ性」
―御社の事業について教えてください。
私たちは、3Dプリント技術を活用した2つの製品ブランドを保有していて、一つは「SCRIPT3D」というパーソナライズされた薬を生産するものです。そしてもう一つが、3Dプリント技術を用いてパーソナライズされたサプリメントグミを作る「NOURISH3D(ナリッシュ3D、読み:ナリッシュト)」で、こちらを紹介するために日本へやって来ました。
ナリッシュ3Dは、1粒が7層のグミで出来ていて、それぞれの層に異なる栄養素を配合した「7層のサプリメントグミ」です。30種類以上の栄養素から7つを選択して、味も好みに応じて選べます。これらの組み合わせのパターンは600億通り以上にもなり、あらゆる要望にオンデマンドで対応できるのです。3Dプリント技術を使う真のコンセプトは、目新しさなどではなく、この「カスタマイズ性」にあります。
グミの成分は、ビタミン・ミネラル類はもちろん、肝臓の健康に良いとされる「ミルクシスルエキス」、消化器系やメンタルヘルスなどに効用がある「ベータグルカン」、ウェイトコントロール効果が期待される「ホワイトキドニービーンズエキス」、アンチエイジングのための「CoQ10」など幅広いラインアップから選べます。サプリメントを摂る目的は美肌、ダイエット、睡眠改善など人それぞれですよね。これなら一人ひとりのニーズに合わせられますし、複数の栄養素のサプリメントを別々に購入する手間も省けます。
来日時のイベント用に持参したデモ機で製造の様子を実演(TECHBLITZ編集部撮影)
―選べる成分の種類が多くて、迷ってしまいそうなくらいです。
商品の注文時に、ライフスタイルや健康状態、食習慣に関する質問にクリック形式で答えていただく数分間の「クイズ」の時間があります。この回答を分析して、お悩みやライフスタイルに合わせた、最適な栄養素の組み合わせを提案します。もちろん、希望する特定の栄養素を自分で選択することも可能です。
ちなみにサステナビリティも重視していて、原材料は全てビーガン対応でアレルゲン不使用です。砂糖も不使用で、表面をコーティングしている白い粉は、砂糖ではなくエリスリトールという天然甘味料です。
従来型の製造スタイルがもどかしかった
―とてもユニークなアイデアですね。発想はどこから来たのですか?
私は、2010年に食品製造関連のビジネスを始めました。「グッディー・グッド(Goody Good)」というビーガン向けグミ製品を開発し、一般的な工場で生産を行っていましたが、従来型の製造スタイルには制約が多く、融通の利かなさを非常にもどかしく感じていました。
例えば、「製品に含まれる栄養成分を1種類だけ日本市場向けに変更したい」というアイデアが出たとしても、それを実現するのは現実的に不可能でした。もちろん技術的には可能だとしても、時間がかかり、ビジネスとして成り立つレベルではないのです。極端に言うと、数年間待たなくてはならず、パッケージングなどその他の細々した業務も行う必要があります。
こうした製造工程は、長い目で見ると消費者のニーズを満たしていくことができなくなると感じました。消費者が欲する物は本来、その時々によって形を変え、画一的なものでなく、一人ひとりのニーズを反映した多様なものであるべきだからです。
―既存の製造工程のあり方に改善すべき点があると感じたわけですね。
その通りです。製造現場のメインストリームにはびこる無駄と緩慢さを解決したいと思いました。そうした背景から、「グッディー・グッド」事業は2014年に売却しました。その売却益を元手に、新たなビジネスへと動き出したんです。例えるなら、消費者自身が自分のための製品を生み出す「クリエイター」になれるような、新たな製造技術の開発に乗り出しました。
そして、3Dプリンターを利用したキャンディー生産を最初に手がけました。顔写真や絵などをベースにして自由な形でキャンディーが作れたりするもので、この事業は非常に好調で今も続いています。ただ、この製造技術はキャンディーにとどまらず、もっと応用範囲の広い、力強いものだと気づきました。
そこで頭に浮かんだ考えはこうです。「もしこの技術をヘルス分野に応用できたら、世界規模のウェルネスに多大な貢献ができるかもしれない」。そこから技術面での適応に向けて走り出しました。これがまさに、現在のRem3dy Healthにつながっています。
自身の失敗談からサプリグミを着想
―サプリメントと言えば錠剤型が一般的ですが、グミで作ろうという発想はどのようにして生まれたのですか。
これには、少し笑えるエピソードがあります。私がまだキャンディーの会社で働いていた2018年の話で、ドイツから英国への出張の帰路で起きた出来事です。デュッセルドルフ空港で手荷物からノートパソコンを取り出す際、ジッパーが袋を巻き込んでしまい、中に入っていたビタミン剤やサプリメントを床一面に巻き散らかしてしまったんです。
後ろには人が並んでいて、きっとイライラしていたと思います。散らばったサプリメントを慌てて拾い集め、搭乗する飛行機に向かって歩きながら、とても恥ずかしい気持ちでいっぱいでした。しかし、これこそがアイデアが生まれるきっかけになったんです。
二度とこんな思いをしないために、何かもっといい方法があるはずだと考えました。その時、「そうだ!私は3Dプリンティングの食品会社を運営しているじゃない」と我に返ったんです。帰りの飛行機の中で手にした紙ナプキンに夢中でアイデアを書き留め、それをチームに持ち帰りました。その次の日、このグミのサプリメントというプロジェクトが動き出したんです。フィージビリティスタディ(実現可能性調査)が完了するのにかかった日数は約6カ月でした。
必要な栄養素が1粒にまとまった個別包装のサプリメントグミ。これなら旅行する時も持ち運びに便利ですし、あの日の私のように大量の錠剤を床にばら撒くこともなくなりますよね。
image: Rem3dy Health
―錠剤ではなくグミにするメリットが他にもあれば教えてください。
まず、グミ状なら食べるのがとても簡単で気軽に続けることができますし、さまざまな味を楽しむことができます。錠剤型のサプリは、栄養成分の量が多くなるほど形も大きくなり、飲み込むのが大変なこともあります。もし、複数の錠剤を飲むとしたら、たくさんの錠剤を飲み込む作業は苦痛なプロセスになり得ますよね。
また、錠剤型のサプリメントは長いサプライチェーンを経て消費者の手元に届くため、表記されている栄養成分の有効性より低くなることがあります。当社のグミは、工場での生産後、すぐに消費者へと直接発送されるためフレッシュな状態で手元に届きますし、有効性は最大で99.5%を実現しています。他にも、例えばビタミンDなどの特定の成分は、グミ状の方が吸収効率が優れているといった調査結果*も出ています。
*Bioequivalence Studies of Vitamin D Gummies and Tablets in Healthy Adults: Results of a Cross-Over Study(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6566230/)
栄養素が互いに干渉しないための独自技術
―技術面ではどのような強みをお持ちですか。
ハードウェア関連や材料科学関連、製造手法などで19件の特許技術を取得しています。特に、グミを低温製造できる技術と、スピーディーな3Dプリント技術、栄養素のカプセル化技術が非常に重要です。
当社の技術では50℃前後での成形が可能で、長くて4~5分で成形が完了します。従来のグミの製造手法では成形時に最大300℃以上に加熱する必要がありました。長時間にわたり高温にさらした場合、中に含まれている栄養素は破壊され、有効成分が損なわれることがあります。例えば、善玉菌やビタミンCなどがそうです。
また通常、グミ製品は乾燥状態になるのに3〜5日間かかります。しかし、当社の3Dプリント技術なら、1層の作成が完成した時点でその層は完全に乾燥状態になっているので、次の層は乾燥した表面にプリントすることができます。グミを構成する7層は完全にくっついているように見えて、各層が独立しているので、爪などでゆっくり剥がせば層ごとにばらばらにすることができるんですよ。
さらに、各栄養素は頑強にカプセル化されていて、上下にある別の栄養素と混ざり合ったり、干渉し合ったりすることがありません。特定の栄養素同士は混ざり合うことで、互いを傷つけ合ったり、相互作用をおよぼし合ったりし得るので、これは栄養素を扱う上で、非常に重要な技術です。
―グローバル展開や事業成長の歩みについて教えてください。
これまでに英国と米国で事業を展開しており、日本は3カ国目の市場です。アジア市場の中でも、日本は消費者のニーズが非常に似ているため、最初の市場にしたいと考えていました。人口規模も理想的ですし、栄養補助食品の市場も成長しています。日本人向けに製品をうまくローカライズすることで、成功できる可能性が十分にあると踏みました。日本市場向けには新たにユズ味を開発し、フレーバーは日本人の好みに合わせたユズ、グリーンアップル、ブラッドオレンジ、パイナップルの4種展開です。
工場はイングランド中部の最大都市バーミンガムとその近郊エリアに計3カ所あります。工場で使用している3Dプリンターは7つのヘッドを持つタイプで、グミ1粒当たり最長5分で生産できます。月間の生産能力は数百万個と、既に大規模な生産体制を確立しています。米国には流通拠点を構えていますが、工場はありません。日本向けの製品は、当面は英国で生産したものを発送する形を取ります。
現在、従業員は225人です。事業を始めた2019年末にはたった4人だったことを考えると、数年間でこのような成長を遂げたことはにわかに信じがたいことです。当社の製品は、私が当時、心から欲しいと思えるものを形にしたものなので、事業のコンセプト自体は上手く回ると期待していましたが、これほど早く事業が拡大するというのは予想していませんでした。
ただ、決して平坦な道のりではありませんでした。製品を発売したのが2020年1月で、ご存じの通り、新型コロナウイルスの影響で約10週間後に英国はロックダウンとなり、18カ月間にわたって厳しい外出規制を伴う封鎖措置が断続的に取られました。さらに、EU離脱のブレグジット問題も重なっていたため、サプライチェーンが崩れ、財務的に危機的な状況に陥ったんです。
それでも、在庫不足だった手指消毒液をラボで生産して必要な人に無償で配ったり、3Dプリンターで顔にフィットするマスクを製造したりするなど、自分たちに出来ることに必死で取り組みました。不透明感が社会を覆う中で、社員一丸でコミュニティをサポートできたあの経験は、私たちがこれまでに成し遂げたことの中で最良の出来事でした。起業して間もない、非常に脆弱なスタートアップだった私たちが、あのようなチャレンジングな状況を乗り越えられたことを本当に誇らしく思います。
image: Rem3dy Health
今年後半に欧州市場への進出計画
―既にサントリーから出資を受けています。日本で他社との提携の可能性はありますか。
もちろん他社との提携は検討しています。サントリーは出資にとどまらず、日本市場を熟知した食品・飲料業界の大企業として驚くほど協力的でいてくれています。そのおかげで、当社の製品をどのようにして日本市場向けに適応させていくべきかをよく理解することができました。その一方で、私たちが他社と提携関係を結ぶことに対しても理解を示してくれていて、ビジネス全体の目的を達成することをサポートしてくれています。
提携の形態がどのようなものであれ、当社と何らかのビジネスを展開したいと考えていただける企業であれば協議の場を持ちたいと考えています。私たちは「ビッグアイデア」を愛していて、概して日本やアジアで私たちのビジネスを大きく成長させることができるような方法を模索しています。これまでの提携事例で言うと、歯磨き粉で有名なColgate(コルゲート)と提携し、オーラルケア製品を発売しました。また、スキンケア製品を手掛けるNeutrogena(ニュートロジーナ)との提携では、肌の健康状態を保つのに特化した栄養素を含んだサプリメントを開発しました。
―最後に、今後の事業展開の方向性を教えてください。
次の大きなマイルストーンは、ブレグジット問題の影響で遅れていた欧州市場への進出です。残念ながら、具体的な国名を現時点でお伝えすることは出来ないのですが、今年後半には実現できる見通しです。英国が欧州連合(EU)から離脱したことで、それぞれの国ごとに進出時に異なる規制が適用されるなど煩雑な点は確かに増えましたが、欧州進出は非常に大きな意味を持ちます。
それから、ペット向け製品も検討中です。実は当社の顧客の7割前後が犬を飼っていて、犬向けの製品が欲しいという声を多くいただいていました。人間向けと同様、ペットの動物向けにパーソナライズされた機能性おやつを検討中で、こちらも今年末までにはベータテスト版を立ち上げられる見通しです。
image: Rem3dy Health