微量の汗から肌や筋肉の栄養状態をその場で分析・可視化する。そんな新たなヘルスケアの可能性を拓く汗分析プラットフォームを開発し、注目を集めているスタートアップがPITTAN(本社:神戸市)だ。「体の悩み」に寄り添うプロダクトを目指す同社の創業ストーリーと今後の展望について、共同創業者でCEOの辻本和也氏に話を聞いた。

目次
神戸のスタートアップスタジオから誕生
大企業と一線を画すビジネスモデルを採用
世界展開を見据え、資金調達を強化へ

神戸のスタートアップスタジオから誕生

―2022年に、共同創業者の児山氏と創業された経緯を教えてください。

 CTOの児山とは、私がVCにいるときに手がけていた、京都府と一緒に地元の大企業からスタートアップを作るプロジェクトで出会いました。その後、2022年に神戸でスタートアップスタジオを一緒に立ち上げ、そのスタジオから最初に生まれた企業がPITTANです。

 私と児山には、共に抱いていた共通の課題がありました。1つが、大学時代はMEMS(半導体技術と機械部品を組み合わせた微細な機械システム)分野での研究に携わっていたこともあり、MEMSを使って液体分析をしたいという思いです。

 もう1つが、地域的な起業へのハードルの高さです。私はVCの前はロームのエンジニアで、児山は島津製作所のエンジニアでした。ロームも島津製作所も京都で創業した、元はテックベンチャー企業です。しかし、近年では東京などと比べてスタートアップの創業が少なく、そのため自治体も問題意識を持ち起業プロジェクトを進めていたのです。その背景として、優秀な大学の生徒でも起業志向が低めで、工学部のようなものづくり系の学部ほど、いわゆる大企業信仰や安定志向が根強い傾向がありました。

 とりわけ神戸ではスタートアップがなかなか生まれず、神戸で起業の機運を高めるべくスタートアップスタジオを設立しました。しかし具体的な動きがないと成功事例も作れません。そこで児山と相談したところ、彼が東京大学の教授と共同研究していた汗中アミノ酸分析の技術の話を聞きました。これこそ自分たちが追い求めていた、世の中を変える技術だと確信したんです。

 当初は児山が代表になる予定でしたが、私自身も自分でやりたいと感じましたし、エンジェル投資家からも「辻本がCEO、児山がCTOというチームのほうがバランスがとれている」とアドバイスされたこともあり、スタートアップスタジオからは離れてPITTANに専念することになりました。

―創業から約3年となり、シリーズAラウンド目前です。現在に至るまでどのような課題がありましたか。

 フェーズごとに課題の種類は全く違います。創業直後は、副業で参加するメンバーも多く、資金面よりはビジネスモデルの構築や新たな市場の創出、そして技術者中心のチームでエンドユーザーのニーズをつかむことが課題でした。ほとんどのメンバーが技術者出身で、一般消費者と直接話してニーズを拾い上げる経験を持っていなかったためです。

 プロダクトが形になり始めたプレシリーズAラウンド前は、資金調達が一番大変でした。プロダクトの完成度はまだ低く、継続顧客も少ない中で、シード期のように期待感だけでは投資を得にくかったですね。現在は組織作りが課題です。メンバーが9人体制になり、創業当初の「あうんの呼吸」が通用しなくなってきました。経営陣とメンバーとの間で情報の格差が生じ、私の中では当たり前と思っていることが、メンバーには腹落ちしていないケースも出てきています。スタートアップらしくあるためにも、大企業病に陥らないよう、組織内の情報格差を解消していくことを目指しています。経営者として、技術開発、ビジネス、人事、財務、法務など……すべてを把握し続けるハードさはありますが、それもおもしろさだと感じています。

―大企業でのエンジニア経験やVCなどさまざまな職種を経験されています。これまでの経験で今に役立っていると思われるものはありますか?

 大学ではMEMSの研究、その後入社した東京エレクトロンでは半導体製造装置の研究と製造現場経験、ロームでは品質管理も経験しました。その後、コンサルティング会社では新規事業や組織面について学び、複数の企業を見てきました。さらにVCでの経験から、スタートアップの力学や、特にディープテック・ものづくりスタートアップ特有の難しさも知ることができました。

 PITTANは分析技術、マシン開発、ITアプリと多岐にわたる開発を行い、それらを統合して価値を創出する企業です。一分野だけが突出して強いタイプではなく、総合力で勝負するタイプなので、私の多様な経験が非常に生きていると感じます。技術面でもビジネス面でも一定の知識があるため、どのメンバーと話をしても「辻本が言うなら」と納得してもらえるところがあります。この強みには、これまでの経験が生きていると思っています。

辻本 和也
共同創業者 代表取締役CEO
京都大学でMEMS分野を研究し、修士・博士課程を修了。機器の小型化技術を社会実装するため、東京エレクトロンの研究部門に入社後、京都の半導体メーカーであるロームに転職。その後、大企業の持つ技術をより効率的に社会実装してイノベーションを創出したいと考えるようになり、コンサルファーム、VCを経て、2022年にスタートアップスタジオを共同設立。そのパイロットプロジェクトとして自身がEIR(Entrepreneur in Residence)としてPITTANを創業。

大企業と一線を画すビジネスモデルを採用

―技術的な特徴および解決を目指している課題についてお聞かせください。

 核となる考え方は「液体分析のユビキタス化」です。従来、液体分析はラボでしか行えませんでしたが、どこでも分析できるようにする可能性を追求しています。これは半導体やコンピューターの普及と同じような経緯をたどると考えています。

 最初のサービスは、東京大学薬学系研究科の角田誠准教授(共同創業者)が開発した生体分子分析技術を活用したものでしたが、現在はもっと幅広いアプローチに変わっています。私たちはマシン側のハードウエア、IoTの仕組み、アプリ開発などのインテグレーションを強みとし、必要な分析技術は世界中の研究者と共同研究しながら取り入れる方向にシフトしました。

 特に注目しているのが「体の悩み」の解決です。多くの人が病気のほか、肌トラブルや体形維持といったさまざまな悩みを抱えています。これらを対症療法的に解決するのではなく、細胞の状態を見える化することで根元から改善していくアプローチをとっています。

―競合との違いやPITTANの強みを教えてください。

 体液分析の分野では、特に海外に競合が多くあります。海外は日本のような国民皆保険制度がないこともあり、ヘルスケアや予防医療への意識が非常に高く、血液や尿、唾液の分析サービスが複数存在します。また、今年からフランスのロレアルから「ロレアル セル バイオプリント」という、私たちと似たコンセプトの卓上型デバイスを発表されました。肌に貼ったテープから角質を採取し、ビタミンAの吸収しやすさなどを、ロレアル店舗のその場で分析するものです。資生堂も“美の検診”サービス「Beauty Diagnosis Lab」を展開するなど、美容業界の大手でも店舗での測定というアプローチを強めています。

 当社の強みは、分析機器のある場所で肌を傷つけずに簡単に分析できることです。大手のサービスは自社店舗や自社製品の販売につながる使い方だけですが、PITTANはさまざまな企業にツールとして提供するオープンなビジネスモデルを採用しています。

 また、科学的な正しさと親しみやすさのバランス、優れたUI / UXを最重要視しているのも特徴です。人間は非合理な生き物で、「健康になろう」と考えていても行動しづらい面があります。しかし「かっこよくなりたい」「若々しくありたい」「美しくなりたい」という欲求は本能的なものです。この人間の本質的な欲求を起点に、体をケアする習慣を根付かせ、結果的に健康につなげたいと考えています。

 多くの人がさまざまな情報に惑わされ、試行錯誤を繰り返すジプシー状態に陥りがちです。科学的な根拠に基づいて自身の体の状態を正確に知ることで、そうした悩みから解放され、一人ひとりに合った最適なケアを見つけられるようにしたいと考えています。また、そのことが美容等のビジネスを提供する企業にとってもプラスになり、PITTANのサービスを通じて、企業とエンドユーザーの間でwin-winの関係性が構築できます。

image : PITTAN

世界展開を見据え、資金調達を強化へ

―国内企業との提携について、意向を教えてください。

 販売・拡販のための提携、技術的な提携、資本的な提携、すべてが重要です。現在もさまざまな企業と話を進めています。大企業との共同開発ではエビデンスの取得とサービス提供のスピードアップを図っています。当社にとっては規模の拡大と信頼性の向上につながります。

 注力しているエステティックやフィットネスの分野はPITTAN単独での展開も可能ですが、クリニック向けなどは、私たち単独のリソースでは展開が難しい上、今後展開する分野も増えていくので、パートナー企業とサービスを一緒に作り、届けていくつもりです。パートナー企業には同時に販売代理店としての役割も担っていただくような提携形態を検討しています。

 研究開発の面では、大学を中心に最先端の研究成果を実装するための連携を進めています。ディープテックスタートアップとしては少し珍しいかもしれませんが、一つの技術にこだわらず、顧客ニーズに応じて必要な技術を持つ研究者を探して連携するというスタイルをとっています。

 資本業務提携については、これまでは銀行やVCから資金調達してきましたが、次回は事業会社ラウンドを予定しています。医療機器化を進めるならば、製造面を含めて当社だけではノウハウが不足しているため、医療機器メーカーとの連携も検討中です。また、分析だけでなく食生活も含めた改善を提案するため、健康的な食品を開発する食品メーカーやお菓子メーカーとも連携し、ともに新しい世界観を作っていきたいと考えています。

―短期的な目標と、中長期的なビジョンについて教えてください。

 今年は非常に重要な年になると考えています。前半は、リアルタイムで即時分析できるポータブル機器「ミニラボ(miniLab)」を、実際のビジネスの現場で使ってもらい、フィードバックを集めることに注力します。すでにプロトタイプの「ミニラボ」への引き合いが多数あり、コスメキッチンの一部店舗をはじめ、エステティックサロンやフィットネスクラブなどでの導入が決まっています。後半は、このフィードバックを元にブラッシュアップし、量産体制への移行を目指します。

 また、シンガポールでのビジネスも今年の春から始まりますので、海外展開に向けた準備も進めていきます。これらを支える大型資金調達も不可欠です。同じ分野の海外スタートアップと比べると調達額がまだ小さいので、世界レベルで戦えるよう資金力も強化したいと思います。

 中長期的なビジョンとしては、「体の悩み」を抱える人々が自分らしく生きられる社会の実現を目指しています。年齢を重ねると体が痛むのは当たり前だと思われていますが、それは本当に仕方ないことなのか。多くの人が長生きする時代に、最期の瞬間まで自分らしくやりたいことを100%できる社会を作りたいのです。

 その価値観をいろいろなパートナーと共有しながら、世界中で何十万台、何百万台と使われる状態を目指します。多くの人が「体の悩み」から解放されるとともに、「なりたい自分になる」ような科学的サポートを提供して、ウエルネスの概念を変えていきたいです。

 私たちが目指すのは優良な中小企業ではなく、数兆円規模の企業になることです。PITTANが関西で展開している理由の一つに、パナソニックやシャープなど、革新的な技術を安価に量産してきた日本のものづくりの伝統があります。松下幸之助の「水道哲学」の理念のように、高品質なものを安く提供する日本のお家芸をもう一度実現したいと考えています。

image : PITTAN HP



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