コロナ禍で一気に進んだリモートワークによって、さまざまなデジタルツールが活用されるようになった。オンラインコミュニケーションツールの「oVice(オヴィス)」もその一つだ。同ツールを提供するスタートアップのoVice(本社:石川県七尾市)代表取締役CEOのジョン・セーヒョン氏は、出張先のチュニジアでコロナ禍のロックダウンとなり出国できなくなった経験から着想し、このサービスを開発した。以来、多くの企業ユーザーを獲得してきた。社会的にコロナ禍が落ち着きを見せる中で、次の一手を準備しているセーヒョン氏に聞いた。

「ロックダウン」をきっかけに生まれたコミュニケーションサービス

 韓国生まれのセーヒョン氏は京都工芸繊維大学で学ぶために2011年に来日。在学中にHRソリューションに特化したスタートアップを起業し、エンジニアとしてもサービス開発を行ってきた。自分自身が欲しいものを自分で作ってサービス化することを繰り返してきた連続起業家で、oViceは4社目となる。

「2020年1月にチュニジアに出張に行っていまして、そこで新型コロナの影響でロックダウンになり、日本に戻れなくなり、初めてリモートワークを体験しました。そこで感じたフラストレーションを解消したいと思い、oViceを作りました。ロックダウン中はコーディングするしかありませんでした。そして6月にようやく日本に戻ることができ、2020年8月にサービスをリリースしました」

ジョン・セーヒョン
oVice
代表取締役CEO
京都工芸繊維大学デザイン経営工学科卒。在学中に、日本で働きたい外国人や海外で働きたい日本人を採用担当とマッチングさせる会社を設立し、その後、東証一部上場企業に売却するなど、さまざまな事業を手掛けてきたシリアルアントレプレナー。チュニジア出張中に新型コロナウイルスの影響を受け、現地で足止めされたことをきっかけに「oVice」のプロトタイプを開発。2020年にoVice(旧NIMARU TECHNOLOG)を創業し、CEOに就任。

 oViceはこうして、コロナ禍のリモートワークで生じたコミュニケーションの課題を解決するツールとして生まれた。特徴は「声」を中心とした同期コミュニケーションだ。玄関や会議スペース、テーブルなど、オフィスなどのスペースを模した画面にユーザーがアバターとして登場し、音声でコミュニケーションができる。

 画面上のアバター同士の距離が近ければ声も大きく聞こえる。偶然聞こえた会話に聞き耳を立てられるような実生活に近い環境を実現している。ビジネスモデルは、人数やスペースのサイズに応じた月額課金モデルだ。2022年末までに日本、韓国、アメリカなど世界の2300以上の組織で利用されるなど、急速に成長してきた。

 コロナ禍でリアルオフィスを減らした企業や、全国に複数の拠点がある企業がoViceを導入し、物理的に離れた場所でも同じ場所にいるかのように勤務できるようになった。

「例えば、同じ顧客でも関東と関西に拠点があれば、そこに対する営業担当も関東と関西で分かれる場合があります。そこで、oViceを使うことで、場所が離れていても気軽に情報共有できるんですよ。東京の人と大阪の人が隣にいるように声をかけられるのです」

ほどよい緊張感によって健全な関係を維持できるデジタルな空間

 oViceのビジョンは、物理的な制約によって生じる課題を解消していくこと。リモートワークによって生産性が下がることを心配する企業も多いが、セーヒョン氏は、その理由として生産性が高まるツールを使っていないことを指摘した。oViceによってコミュニケーションの課題が解消し、企業が求める生産性の向上にも役立つ。それが従業員の働き方にも大きな影響を与えている。oViceによって人生が変わったと話すユーザーも多いという。

「顧客企業の社員の方で、毎週千葉にサーフィンに行かれている方がいらっしゃいました。oViceによって勤務地という物理的な制約がなくなったことから、目の前に海のある沖縄に移住されました。もちろん会社には定着しており、生産性も下がっていません。東京で仕事をすると、給与が高いけれど生活に関わる費用も高いです。oViceを使って、子育てのために移住したという方も増えています」

 近年の企業は、売上や利益だけでなく、持続可能性や人的資本についてもケアしなければならない。oViceなら、交通・移動を抑制してCO2削減に貢献でき、生産性を落とすことなく従業員の満足度を高め、子育てで現場を離れた人のキャリア復帰の機会も与えられる。セーヒョン氏は、現在は過渡期であるものの、これからも物理的な制約にとらわれない働き方が定着し、oViceの認知度も高まっていくと考えている。

 また、セーヒョン氏は働く環境が変わっても生産性を下げないためには、社員の評価制度が重要だとした。oViceはオンラインでもメンバーの存在を感じることができるので、社員は自分の仕事ぶりをアピールでき、孤独を和らげられる。マネジメントする側も評価に対する不安が払拭される。ほどよい緊張感によって健全な関係が維持できる雰囲気を醸成できるのだ。

Image:oVice HP

リアルなオフィスとも連携した「空間DX」を目指す

 oViceはバーチャル空間だけでなく、リアルなオフィスとの連携技術も開発している。リアルオフィスにセンサーを導入することによって、デジタル上のオフィスにおいても所在を示すことが可能となる。所在がわかれば、リアルオフィスで会いに行くような動きも生まれる。物理的な制約を超えた体験の提供だ。これをセーヒョン氏は「空間のDX」と呼んだ。

 2022年までのoViceはコロナ特需で急成長してきたが、今後はオフライン連携を進め、空間のDXを進化させていくとしている。セーヒョン氏は、現在新たなPMF(プロダクトマーケットフィット)を模索している段階にあるという。

「オフライン・オンラインを区別するのでなく、どこにいても仕事ができる価値を提供していく。コロナ禍で生まれたバーチャルオフィス事業者のなかには撤退を余儀なくされているところもありますが、私たちは幸いユーザーも多く、資金調達も行っています。2024年から2025年にかけ、新たなPMFによって、世界一を目指していきたいです。現状は日本のお客様が多いですが、世界共通の普遍的な個人の働き方にフィットするものにしていきたいです」

 oViceではパートナーへの門戸を広く開いている。空間のDXはさまざまな可能性があり、オフィス空間だけでなく、障がい者雇用や子供の学習、コミュニティの運営とも相性がいいいという。リコーとは電子ホワイトボードの共創の実績があるため、物理デバイスやオフィス家具との連携もできる。oVice上で使えるソフトウェアをサードパーティが提供するプラットフォームにもなるだろう。セーヒョン氏は今後の展望について次のようにコメントした。

「我々は場所を提供するだけで、あとはみんなでエコシステムを作って必要なものを提供できればと考えています。新型コロナ以前に当たり前だった物理的な制約は、当たり前ではなくなりました。これは社会の進化だと思っています。物理的制約を超えるという考え方は私たちに広がっていくでしょう。特にビジネス用途にはoViceが向いていますので、物理的制約を超えたいというお考えのある方々とは、たとえそれが漠然とした状態であっても、何かご一緒できると考えています」



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